作品タイトル不明
第三話
「聖国の要望は、希望する地方への新しい教会の建設と、国交の正常化で間違いないな?」
「そうでございます、陛下。過去の行き違いにより両国の関係は遠ざかっておりましたが、王国にはいまだに天聖教の信者がおります。その者たちに信仰の道を示し、場を与えたいのでございます」
事前に聞いていた通りの答えだったので、ウーゼルさんや事情を知っている貴族に変化は見られなかったが、違う派閥の貴族や知らされていない貴族から、将来的な政治への介入を懸念する声が上がった。
「それは、政治に介入することを目的としたものか?」
ウーゼルさんが懸念の声を代表する形で問いかけたが、
「いえ、そのつもりはありません。あくまでも、 今(・) い(・) る(・) 信(・) 者(・) の為の信仰の場を目的としております。ただ、将来的に天聖教を信仰している者が、バルムンク王国の政治に絡むかもしれない可能性は否定できません」
その発言にまたざわついたが、これに関しては無いと断言する方が無責任だろう。
むしろ否定しなかったのは、枢機卿の誠意の表れとも取れる。
「まあ、確かに将来の可能性まで責任を持てというのは酷なことだ。余としては、天聖教であっても王国に住んでいる以上、大切な国民であることに違いない。その者たちの心のよりどころを作ることには賛成である。ただし、聖国やその関係者は王国の政治に介入することを禁ずる。そして、教会を作ることを許可するとはいえ、建設図の事前確認と提出を必須とし、こちらで選んだ者に建設の責任者と同等の権限を与えた上で監視者として置かせてもらう。それと聖国の者が滞在する間、いかなる立場の者であっても王国の法を守ってもらい、それに反した場合は王国の法によって裁かれるものとする。いかがかな?」
「問題ございません」
枢機卿がウーゼルさんの出した条件を全て承諾したことで、聖国との交渉はほぼ終了したことになる。
事前に結果を知っていたとはいえ、無事に終わったことにホッとしたし、大半の貴族も安堵の表情を浮かべてはいるが、中には不服そうな顔をしている者もいるので、完全に気は抜けない状況だ。
「ふむ、書類を作成し互いに署名するまで終わったとは言えないが、まあ一区切りはついたな。あとはファブールだが……別に理不尽なことを言っているわけではないのだから、さっさと受け入れればいいものを」
ウーゼルさんがボヤくと、貴族の間からは賛同する意見がいくつも出たが、枢機卿は軽く笑うだけだった。
ウーゼルさん……王国がファブールに出した条件は、侵略に対してファブールの正式な謝罪と、賠償金を王国換算で金貨五百万枚と言うものだった。
それに対するファブールの条件は、謝罪金として金貨十万枚に、関税の一定期間撤廃と言うものだ。
額が違い過ぎる上に、謝罪も非公式でいいのならすると言う態度だった為、ウーゼルさんがキレて全面戦争をにおわせたところ、元々国力に大きな差があるところに自分たちの切り札である今代の雷が俺に負けていて、さらにこちらには今代の緑であるエンドラさんが控えているという事実を 思(・) い(・) 出(・) し(・) た(・) ファブール側が、どうにかしようともがいた結果があの見苦しい場面に繋がったのだ。
一応、多少は賠償金の額を下げてもいいと譲歩したが、その条件としてあの侵略を主導した者と今代の雷の首を差し出すことを提案したものの、それは受け入れられないと叫ぶばかりだったので、今のところ全面戦争が濃厚となっている。
しかしながら、ウーゼルさんとしてはいくら国力に差があるとは言っても、全面戦争となればこちらも無傷では済まないし、下手をすると他の国が介入してくる可能性も大いに考えられる為、出来るなら避けたいというのが本音だろう。
ただまあ……もしもウーゼルさんが全面戦争を選んだ場合、それが正式に今代の黒が表に出る時だろうと、覚悟はしている。
「そろそろ、ファブールの者たちを呼び寄せるか。これだけ時間を与えていれば、話もまとまっているだろう」
一時間も経っていないので、まだまとまってはいないだろうが、だからと言ってこちらが向こうに合わせる必要はない。
それに、一応時間を与えたという形はとったのだ。まとまっていなかったとしても、それは事前の準備が足りなかったファブールの問題であり、こちらとしては一番攻撃した衰弱点である。攻めないという選択肢はない。
「ウーゼル陛下、その……まだ話がまとまっておりませんので……」
「そんなことは知らん。それで、どうするのだ? こちらの出した条件を呑むのか? それとも、全面戦争が望みか?」
ウーゼルさんが厳しい口調で問うと、ファブールの代表は言葉を失っていた。
短時間だったとはいえ、ここまで話をまとめることが出来ない奴を送り込んでくるあたり、ファブールはバルムンク王国を侮っていたと見られても仕方がないだろう。
このままだと、本当に全面戦争になるな……と思っていたところに、
「ウーゼル陛下、少し意見させていただいてもよろしいでしょうか?」
それまで黙って事の成り行きを見守っていたオーエン枢機卿が、ウーゼルさんに発言を求めた。
「許可する」
「ありがとうございます」
オーエン枢機卿が一礼をして前に出てファブールの代表の近くに立つと、王国の貴族は怪訝そうな顔で枢機卿を睨み、逆にファブール側の表情は少し明るくなった。
「このままでは、両国が全面戦争に突入することは避けられません。そうなると、両国に住んでいる天聖教の信者にも多大なる影響が出てしまいます。そこでご提案なのですが、王国は賠償金代わりにファブール国の領土の一部の割譲を求めるというのはいかがでしょうか?」
しかし、ファブールの期待を裏切るかのように枢機卿が提案したのは、ある意味賠償金以上に厳しい条件だった。
確かにファブールが、王国が望むだけの賠償金を払うことが出来ない、そして首謀者の首を差し出すことも無理というのなら、こちらが納得できそうな別の条件を出さなければならないが、枢機卿の条件だと分かりやすくファブールの国力が落ちることは確定だ。
「オーエン枢機卿! それは流石に!」
「ではどうするのでしょうか? バルムンク王国の提示する賠償金は支払えないし、首謀者の首も差し出せない。だから自分たちの言う条件で納得しろと言われても、王国側が納得しないのは当たり前のことです。むしろ、私どもから見ても到底 敗(・) 戦(・) 国(・) が出す条件とは思えません。ましてや、戦争を仕掛けた側というのだから、なおのこと」
オーエン枢機卿が厳しい視線を向けながら言うと、ファブールの代表はここにきて一番顔色が悪くなった。
「カドゥケウス聖国は、我々を助ける為に来てくれたのでは……」
「ええ、その通りです。ですから私は、ファブール国が 滅(・) 亡(・) しないように動いています。提示された賠償金を支払い経済を悪化させて国を危険にさらすか、賠償金と首謀者たちの首を差し出して国を混乱させるか、一部の領地を割譲して耐えるか、もしくは……全面戦争に全てを賭けるのか、どれかを選ばなければならないでしょう。ただ足、全面戦争で逆転を狙うとなれば、ファブールに味方をする国はないでしょうな。むしろ、バルムンク王国の支援に回る国の方が多いでしょう」
もしもバルムンク王国がキレ割れているのなら、王国憎しでファブールに味方する国も現れるだろうが、周辺国とは長年友好国として良好な関係を続けている。
今回の騒動の原因からしても、まず敵対することは考えられないだろう。
「ただ、国土の割譲ともなれば、あなた方の一存で決めることは出来ないでしょう。ウーゼル陛下、ここは一度この者たちを国に帰らせて、再度検討させるというのはいかがでしょうか?」
「確かに枢機卿の言う通りだな。こちらとしても、国土の割譲であれば賠償金を大幅に減額することもやぶさかではない。もしこの話を持ち帰り、再度検討するというのなら、割譲した場合の条件を記した書類を明日までに用意しよう。どうする?」
どうするも何も、この状況では帰るしか選択肢はないだろう。
それに、この場でファブール側がどれかの条件を呑んだとしても、どうせ戻ってからあの場ではこいつらに決定する権限はなかったとか言い出すに決まっている。
「一度持ち帰らせていただきたく思います」
案の定、ファブールの代表は国に戻ることを選択したが、
「そうか、ではこちらもすぐに条件を書いた文書を用意するとしよう。ただ、そちらが条件を呑むまで、あの戦争はまだ続いているということは覚えておくがいい。それはそなたらがこの国にいる間も同様である」
実際にカレトヴルッフ公爵家はまだ軍を解除していないし、国からの援助も続いている。
そして全面戦争が選択肢に上がった以上、今後はさらに国境付近に戦力を集めることになるだろう。
「畏まりました……」
「うむ、では、ゆっくりと体を休めるといい」
ウーゼルさんがそう言うと、顔を青くしたファブールの代表たちは肩を落として部屋を出て行った。
そのすぐ後にカレトヴルッフ公爵が何か所かに視線を送っていたので、この後の監視を怠るなと言う指示を出したのだろう。
「それでは、この後は関係者を集めてファブールに送る文書について話し合うものとする。呼ばれた者はこの場に残るように。おお、その前にオーエン枢機卿、聖国との話し合いは明日以降としたいのだが、構わないだろうか?」
「ええ、構いません。我々としても、仲間内で話し合いたいこともありますので」
そう答えて退出しようとするオーエン枢機卿に、ウーゼルさんは宿のことを聞いたが王都にいる間はシスターマルゲリータの教会に世話になるということなので、後で教会に寄付金と食事を届けることを約束していた。
そして枢機卿たちが出て行った後で、ファブールへの文書の話し合いに参加する貴族が呼ばれたが……何故か俺は三番目に名前が呼ばれることになった。
順番としては、最初にカレトヴルッフ公爵で、次がスノールソン侯爵、そして俺と言う順番だ。
公爵と侯爵に続いて子爵である俺の名前が呼ばれたことに部屋中から疑問の声が上がったが、今現在で一番オーエン枢機卿たちと繋がりが強いのと、今回の話し合いの中心となったスノールソン侯爵の補佐であること、そして何よりもファブールとの戦争における一番の立役者という理由から選んだとウーゼルさんが行ったことで、何とか他の貴族は鎮まったのだった。
ちなみにその話し合いだが、俺は自分から発言することはせず、ほぼスノールソン侯爵の後ろに控えて聞かれたことのみを話したので、正直言うといなくてもいいような存在だったと思う。
なお、ヴァレンシュタイン家からは俺が出るということで、カラードさんは参加することなく先に屋敷に戻されることになり、後で聞いた話では俺に同情ながらサマンサさんとのんびり過ごしていたとのことだった。
「お疲れのようだな、ヴァレンシュタイン子爵」
元々ある程度草案は出来ていたので、細かなすり合わせなどが話の中心だったのだが、話し合いの最中に自分の利権を確保しようと口を出す貴族やそれに反発したり反論する貴族のせいで、まとまるまで三時間以上かかってしまった。
そんな状況で、解散となって早々に声を掛けてきたのがフランベルジュ伯爵だった。
伯爵も戦争に関わった中心人物の一人ということで話し合いに呼ばれたのだが、カレトヴルッフ公爵とスノールソン侯爵がウーゼルさんの派閥ということもあり、同派閥のフランベルジュ伯爵は俺以上に話す機会がなかった。
「呼ばれること自体想定していなかったというのに、何度か急に話を振られましたからね。正直、黙って立っているだけでいいと思っていた俺にとって、少々荷の重い場でした」
「はは、少々で済んでいるだけ、肝が据わっていると言う者だ! それに、あの場に居た子爵はジークただ一人。スノールソン侯爵の補佐という立場ではあったが、それだけ陛下に期待されているということだ。それに、俺や他に参加していた伯爵よりも声を掛けられていたしな」
確かに期待されていると言えば聞こえはいいが、ウーゼルさんの場合、半分は面白がっていたようにも思える。
まあ、カレトヴルッフ公爵やスノールソン侯爵からは何も言われなかったので、的外れな発言だけはしていなかったということ……だったらいいな。
「まあ、俺としても義理の息子が目を掛けられているというのは嬉しいものだ」
息子と言うのにはまだ早いが、そう言われて悪い気分はしない。
せっかくだからと途中まで一緒の馬車で帰ることにしたのだが、その馬車のところまで行こうとした時、
「ヴァレンシュタイン子爵、伝言がございます」
何故かメイドに呼び止められた。
いきなり声を掛けてきたメイドに怪訝そうな顔をする伯爵だが、俺はすぐにこのメイドが変装している暗部だと気が付いたので、その場で話を聞いたところ、
「聖国の聖女がジークに懐いているというのは聞いていたが、まさかエリカも懐かれているとはな。一応そんなことを言ってはいたが、まさかここまでとは思わなかった」
すぐに行き先をシスターマルゲリータの教会に変更することになった。
一応、エリカも呼ばれていたのだが、俺と伯爵の場所が少し離れていたのと、ファブール側の代表が出て行った後ですぐに俺が文書の話し合いに呼ばれてしまった為、今日はあまり話す暇がなかった。
そのエリカも、ファブールとの戦争の関係者として呼ばれていたのだが、一言も話す機会がなく静かに伯爵の後ろに控えていたというのに、どうやらクレアはそんなエリカにしっかりと気が付いていたようで、俺かエリカが出てくるのを待っていたらしい。
ちなみに、クレアは最初部屋のドアの前で待とうとしていたそうだが、それに気が付いたメイドに変装していた暗部が控室に案内して、部屋から出てきたエリカに知らせたそうだ。
なお、クレアが待ち構えていることはウーゼルさんにも知らせたそうだが、話し合いの最中で俺に知らせると他の貴族が感付く恐れがあった為、終わるまで秘密にするようにしたらしい。
終わってすぐに知らされなかったのは、多分ウーゼルさんが教えるのを忘れでもしていたのだろう。
俺と伯爵は、教会についてエリカと合流したらすぐに帰るつもりだったのだが、
「申し訳ありません。まだクレアは戻ってきていないのです」
教会にエリカはおらず、代わりに申し訳なさそうな枢機卿が俺たちを出迎えた。
俺としては、まだ帰ってきていないならどこかで時間を潰すか探しに行きたいところだし、伯爵も同じ考えだとは思うけど、
「買ってくるまで、少し話でもしませんか?」
枢機卿のような重要人物にそう言われては断ることが出来ない。
そのまま俺たちは枢機卿が借りている部屋へと案内されて、お茶までいただくことになった。
このお茶も、出来るなら口を付けずにそのままにしておきたいが、流石に枢機卿自ら淹れられたものを放置するわけにはいかず、先に俺が口を付けてから伯爵も飲んだ。
「結構苦いですね」
「口に合いませんでしたかな? これは聖国の者がよく飲んでいるお茶でしてな。日持ちがするので巡礼する際の必需品と言われていたのですよ。まあ、最近の巡礼者には人気がないですがね」
もしかするとと、この苦みの成分に殺菌や解毒の効果があるのかもしれないが……だからと言って、苦いと分かっているのに断れない相手に呑ますのは、かなりいい性格をしている証拠だろう。
「それで、いつくらいに戻ってきそうだとかは聞いていますか?」
「さぁ……クレアには 少(・) し(・) 多(・) め(・) に(・) お小遣いを渡しましたからな。あの子の性格上、使い切るまで遊んで来るのではないですかな?」
ハメられたと思ったが、枢機卿相手に公然と批判することは難しい。特に、ファブールとの話し合いがこちらに有利な状況になりつつある今は、下手なことをして向こう側に寝返られるのは避けたいところだ。
「何が目的でしょうか? わざわざエリカを使ってまで、我々を誘い出した理由を教えてもらいたいところですな」
伯爵としても、本当は抗議の声を上げてすぐにでも部屋を出て行きたかっただろうがぐっとこらえて、少々とげのある言い方で枢機卿に問いかけている。
「誘い出したのは確かですが、危害を加えよう問いわけではありません。もっとも、私程度ではお二方を相手にする力はありませんけどね」
枢機卿としての権力を使えば話は別だろうが、確かに単純な武力では権力を使う前に倒れることになるだろう。まあ、それは手段としては悪手も悪手だけど。
「ただ私は、お二人とお話がしてみたかっただけなのですよ。クレアが心を許しているジーク・ヴァレンシュタイン子爵と、同じくエリカ・フランベルジュ名誉男爵の御父上とね」
俺はともかくとして、伯爵に関しては本人というよりもエリカの方に興味があったみたいだ。
まあ、そのエリカはクレアが連れて行ってしまっているから、代わりに伯爵なのだろうけど。
「その言い方だと、私よりも本来は娘の方が望ましかったようですね……まさかとは思いますが、ジークをクレア嬢の伴侶にしようとか考えていませんか?」
俺も伯爵と同じことを考えたが、聖国の切り札とも言えるクレアに他国の子爵……まあ、今のところは伯爵になる予定ではあるが、その程度の地位の人間を選ぶとは思えない。
もしこれが俺の正体を知った上での行動だとすればありえなくもないが、クレアのことだから俺の誰にも言うなという約束を破るとは思えない。
仮に枢機卿に話していたとすれば、クレアのことだから真っ先に俺に謝ってくるか、すぐにバレるような態度でいただろう。
「いえ、そのようなことはございません。確かに聖国も王国も、共に一夫多妻が認められておりますが、両国ともここ最近では一夫一妻が好まれる傾向にございます。私としても、仮にクレアが伴侶を持つとすれば、その夫にはクレアだけを好いてくれる人物が好ましいと考えております。ただまあ……クレアは幼少期の頃から特殊な環境で育てられてきたせいか、身内や仲間への愛情は理解していても、男女のものに関しては知識として知っている程度だと思われます。あまりこういった話は他人にすることではないのですが、あの子は心が歪に育ったままか、どこかが壊れているのでしょうな」
クレアのことを話す枢機卿はそれまで俺たちに向けていたような造られた顔ではなく、心からクレアを心配しているような表情になっていた。
「友人に関しても、聖国内では教会の用意した者しかおりませんでした。唯一の例外は、フレイヤでしょう。あの子はクーゲルと共に戦場から逃れて怪我をしていたところをクレアに助けられて以来、ずっとクレアのそばにおります」
その流れでクーゲルとフレイヤのことを聞いたが、元々クーゲルは傭兵として戦場を駆けめぐっており、フレイヤは戦場で産まれたそうだ。
ただ、ある戦争でクーゲルが雇われていた側が大敗を喫し、フレイヤは瀕死の重傷を負い、クーゲルもフレイヤ程ではないにしろ大怪我を負わされた。
そしてクーゲルは、瀕死のフレイヤを背負って少しでも戦場から離れようと逃げ続けた結果、たまたまクレアを連れて巡礼をしていたオーエン枢機卿たちが滞在していた村にたどり着いたらしい。
戦場から逃げてきた二人に対し、枢機卿たちは最低限の手当だけして残党狩りが来ない内に村を去ろうとしたらしいが、持ち前の好奇心から枢機卿たちの目をかいくぐって近づいたクレアは二人の様子に同情し、習い始めたばかりの回復魔法で勝手に治療をしたそうだ
そして二人にとっては運のいいことに、今代の白になる程の才能を発揮し始めたクレアの魔法によって一命をとりとめることになり、それ以降クレアの為に生きる誓いを立てたらしい。
最初こそ反対していた枢機卿だったが、クーゲルがそこそこ名の知れた傭兵だったのと、クレア 個(・) 人(・) への忠誠が本物だと知り、特例としてクレアの親衛隊を作ることにしたそうだ。
まあ、信者でもないものを親衛隊にすることは出来なかったので、形だけでも天聖教に入信させたらしいが、結果としてクレアに他の枢機卿の手が伸びる前に、クレア自身が信頼し懐いている者を護衛に置くことに成功したとのことだった。
そう言った事情があるのなら、初めて会った時にフレイヤが俺を敵視するような視線を向けていた理由が分かった気がする。
「それで、それが俺たちと話したかったということにどうつながるのですか?」
ただ、そこまでの枢機卿の話だと、俺たちとこうまでして話してみたかったっという理由に繋がらない気がした。
「ええまあ、話が少し逸れてしまいましたが、クレアはあれで勘の鋭いところのある子でして、特に自分に向けられる悪意に関しては敏感です。ですので、あの子が懐いている人物は、教会内だと片手で数える程しかいないでしょう。まあ、親衛隊の面々を除けばの話ですが」
それだと、教会よりも親衛隊の方をクレアは信頼していることになるが、確かに教会も一枚岩ではなく、クレアを利用しようとしたり性的な目を向ける者もいるだろうから、クレアにとって心を許せる場所ではないのかもしれない。
「そんなところに、他国の冒険者……まあ、実際は王国の貴族だったわけですが、しかも会って間もない男に懐いていたというではないですか。赤子の頃からクレアを知っている身としては、興味が湧いてしまうのも当然だとは思いませんか? フランベルジュ伯爵には、この気持ちを分かってもらえると思うのですが?」
「まあ……そう言われると、確かにそうではありますが……」
伯爵も、エリカが俺の名前を出していたから気になっていたとのことだし、娘を持つ親として枢機卿が俺に興味を持つ理由に納得できるようだ。ただ、
「それだけなら、別にあのような小細工をする必要はなかったのではないですか?」
俺が気になるだけなら、わざわざクレアとエリカを利用する必要はなく、それこそこの間話した時にでもその機会はあったのだ。
こんな、下手をすると悪だくみをしているのではないかと疑われるようなことなどする必要はない。
俺に言われてそのことに気が付いたらしい伯爵は、改めて枢機卿を警戒し始めたが、
「まあ、話をしてみたかったというのは本当ですが、確かにそれだけではこんなことはしません」
当の枢機卿は、あっさりと別の目的があることを白状した。