作品タイトル不明
218 上位なる支配者
天音 凛がジオ・イクシードを圧倒し始める一方。
ただ呆然と、信じられない思いでその光景を見届ける者たちがいた。
「何だ、これは……夢でも見ているのか?」
絞り出すように、そう零す斎藤。
他の者たちは疑問を口にする余裕もなく無言を貫くばかり。
それほどまでに今、目の前で繰り広げられている光景は異常だった。
青年の戦いぶりは常軌を逸していた。
ここまでの攻防を見るに、恐らくレベルはジオ・イクシードの方が上のはず。
だが、転移を含めた様々なスキルと、異質とも言えるべき多さの武器を臨機応変に切り替えながら、彼は敵を圧倒してみせていた。
これがどれだけおかしいことかなど、説明するまでもないだろう。
斎藤はこれまで、一度だけSランク魔物と対峙したことがある。
その時は同じくSランク冒険者である、【ミューテーション】のリーダーが矢面に立ち敵を圧倒した。
10年以上もの間、トップ冒険者として最前線で戦い続けてきた男の見せる風格は今でもはっきりと覚えている。
――だが、彼は何だ?
見た目から察するに、冒険者歴は10年どころか5年にも達していないはず。
そんな若者がなぜ、Sランク魔物という脅威を前に恐れることなく立ち回れるのか。
その理由など、どれだけ考えても一つしか思い浮かばなかった。
「彼はいったい、これまでにどれだけの死線を潜り抜けてきたんだ?」
その答えに至った瞬間、ぶるりと斎藤の体が震える。
あれだけ紙一重の戦いを続けられる理由など、これまでも同様の脅威を超えてきたからとしか考えられない。
そこに秘められているのは圧倒的密度。
彼の体には、斎藤たちでは想像できない程の絶望と苦痛が備わっているはずだ。
彼は圧倒的強者ではない。弱者だったからこそ得た力で、最強の魔物を蹂躙していた。
(君はいったい、何者なんだ……?)
衝撃と動揺、そしてそれ以上の尊敬心が籠った視線を向けられる中。
とうとう青年とジオ・イクシードの戦いに、決着がつこうとしていた――――
◇◆◇
(……そろそろ正念場だな)
ジオ・イクシードに連撃を浴びせる中、凛は小さく覚悟を決める。
HPは既に大分削れたはず。この調子で攻撃を続ければ、勝利を掴むのは自分だという自信があった。
しかしここで、ジオ・イクシードは想定外の行動を起こす。
『ヴァァァァァアアアアアアアアアア!!!』
咆哮と共に出現する三つの水球。
ついさっき防がれたばかりだろうに、また同じ手段を試すのか。
そう疑問に思う凛の前で、ジオ・イクシードの三つの頭は 斎(・) 藤(・) た(・) ち(・) に(・) 向(・) け(・) ら(・) れ(・) た(・) 。
「――――――ッ!」
瞬時に狙いを看破する凛。
しかしジオ・イクシードはそれを気にも留めず行動を続ける。
『ガルァァァアアアアア!』
再びの咆哮。
水の塊はそれぞれ数十の矢へと変貌し、豪雨のように斎藤たちへ降り注ぐ。
傷だらけの彼らでは、まずそれらを受けきることはできない。
だからといってこの数では、転移で先回りしたところで、 魔奪剣(グリード) を使っても全てを吸収することはできない。
まるでイフリート戦の再現だ。
『グルゥ』
勝利を確信したように唸り声を上げるジオ・イクシード。
単独で相手に勝てないのであれば、周囲の味方を狙う。
この狡猾さもまた、上位の魔物だけが有している特徴だった。
「………………」
だが、凛は戸惑わない。
むしろ、 ジ(・) オ(・) ・(・) イ(・) ク(・) シ(・) ー(・) ド(・) が(・) 自(・) 分(・) か(・) ら(・) 視(・) 線(・) を(・) 外(・) し(・) た(・) ――この瞬間を以て勝利を確信していた。
なぜなら。
彼にはもう、この絶望を塗り替える術が備わっていたから。
「―――― 全景支配(ピース・ルーラー) 」
この瞬間を以て、魔法の支配権は 上位者(天音凛) へと書き換えられる。
――――――――――――――
【 全景支配(ピース・ルーラー) 】
発動対象に含まれる魔力と同量のMPを消費することにより、視界に映るものを転移させることが可能。人や魔物、およびそれらが身に纏っているものに対しては使用不可。
継続時間:10秒
クールタイム:10時間
――――――――――――――
全てを穿つ豪雨の矢が、矛先を変えジオ・イクシードを狙い始める。
『グルゥ!?!?!?』
戸惑いの声を上げるジオ・イクシード。
咄嗟に支配権を奪い返そうとするも、それよりも早く豪雨は転移を繰り返す。
ジオ・イクシードの手から、魔法の支配権は完全に滑り落ちていった。
空気を裂く豪雨の矢、吹き荒れる血飛沫。
そして、痛みと戸惑いをかき消すように放たれる咆哮。
そんな嵐の中を、天音凛は軽々と突き進む。
「――――はあッ!」
「グガァァァ!?」「ヴルゥゥゥ!?」
半月が二枚、宙に輝く。
わずかな断末魔の声のみを残し、両端の首がくるくると空を舞った。
「――――――ッッッ!」
残る一頭が気付いた時にはもう遅い。
天音 凛は再び、遥か頭上へと転移していた。
その目は深い海のような蒼から、闇のような黒へと変貌するも、変わらず目の前の標的を見据えていた。
グッ、と。力を込めて天井を蹴る凛。
無名剣(ネームレス) を両手に持ち加速する様は、まさに初撃の再現。
違う点があるとすれば、既にジオ・イクシードは 二つの頭(両翼) を失っており、それらの反撃を考慮する必要がなくなったということ。
――――つまり、攻撃だけに全身全霊を注ぐことができる。
凛の体は重力によってさらに加速し、全てのエネルギーは 無名剣(ネームレス) に伝わる。
最早その目に一切の迷いはなかった。
「ガァァァアアアアア!」
ジオ・イクシードは足掻くように、獰猛な牙を剥き出しにして反撃を試みる。
しかし凛は、その意思をも真正面から蹂躙する。
「――――これで、終わりだッ!!!」
全力を持って振るわれる、天音 凛の一撃。
白銀の刃は宙に月を描き、そのままジオ・イクシードの首を斬り落とした。
「………………」
そのまま軽やかに着地した凛は、剣を軽く二回振るう。
強敵からの勝利を掴み取った事実を噛み締めるでもなく、当然のように立ち尽くす青年。
彼は圧倒的な風格をもってここに君臨する。
かくして凛とジオ・イクシードの対決は、凛の圧勝で幕を閉じるのだった。