作品タイトル不明
215 天を駆ける流星
突如として現れた、 レベル10万(Sランク) のエクストラボスという脅威。
それを前にした斎藤は、一刻も早くこの場から撤退すべきだと判断した。
しかし――
「グルォォォオォォォォォ!!!」
「ッ、これは……!」
ジオ・イクシードの咆哮に応じるように、ダンジョン全体の振動が激しくなる。
これではまるで、あの魔物が意識的に迷宮崩壊を引き起こしているようだ。
いずれにせよ、時間がない。
斎藤は振り返ると、後ろにいる他のメンバーに向かって言った。
「総員、今すぐ撤退だ! 斥候職(スカウト) はいち早く地上に出て、このことをギルドマスターに連絡しろ! コイツを倒すにはSランク冒険者の力が必要だ!」
「リーダーはどうされるおつもりですか!?」
「ここで殿を務めて時間を稼ぐ! ただ、どれだけ多く見積もっても10分が最大だ! その間にできる限り上を目指せ!」
「っ、分かりました!」
斎藤だけがここに残るという判断に、全員が表情を硬くする。
しかし、彼らはこれでも国内序列一位のギルドに所属する、将来を約束された精鋭たち。
すぐに覚悟を決め、リーダーの指示通り地上へと向かうことにした。
――だが、その直後だった。
ジオ・イクシードが地面に開けた大穴から、 そ(・) い(・) つ(・) ら(・) が現れたのは。
「ガルルルゥゥゥゥゥ!」
「ガウッ!」
「クォォォオォォォォォン!」
(――――ッ! 今度は何だ!?)
ただならぬ気配に、斎藤は思わずジオ・イクシードから視線を外し周囲の状況を確認する。
――そして、驚愕に目を見開いた。
そ(・) れ(・) は、尾形の失敗により大量発生したイクシード・キマイラの群れだった。
1体1体が60000レベルを上回る強さを誇っており、この場で対等に渡り合えるのは斎藤しかいない。
そんな強力な魔物が一気に10体以上、盤面に加わる。
さらに厄介なことに、イクシード・キマイラたちは冒険者を逃がさないよう、出口を抑えるような立ち回りを見せた。
そんな光景を前にし、斎藤は眉をひそめた。
(くそっ、1体だけでも厄介この上ないってのに、まさか増援が来るなんて。さらに一瞬で逃げ道を防いだことといい、まるで何者かに統率されたかのような動きだ……いや、実際にそうなのかもな)
斎藤はジオ・イクシードに視線を戻す。
すると心なしか、三つの顔がニヤリと笑みを浮かべているように見えた。
――そして、斎藤が冷静に状況を分析する一方。
「おい、何だよこれ……冗談だろ? レベル60000超えの魔物がこんなに現れるなんて……」
「しかも出口を防がれた……これじゃ逃げられない!」
「いったい、どうすれば……」
まだ経験の浅い他のメンバーは、例外なく混乱と恐怖の渦に飲み込まれていた。
とてもじゃないが、まともな判断ができる状態ではなかった。
そして。
イクシード・キマイラの群れは、そんな彼らに対して容赦なく牙を向く。
「「「グルァァァアァァァァァ!!!」」」
咆哮と共に、とうとう攻撃を始める魔物の群れ。
斎藤は慌てて声を張り上げた。
「総員、防御態勢を取れ! 何としてでも活路を見出すんだ!」
「「「……っ、はい!!!」」」
指示に応じ、部下たちは何重もの結界を展開する。
イクシード・キマイラの猛攻により何度も破られてしまうが、その度に再度張り直すことによって何とか凌げていた。
とはいえあの様子では、そう長い時間は稼げないだろう。
斎藤は覚悟を決め、眼前のジオ・イクシードに向き合った。
(こうなった以上、時間稼ぎはできない……俺の手でコイツを倒すしかない!)
7万レベル(Aランク) と 10万レベル(Sランク) 。
その差は歴然であり、覚悟の一つや二つでひっくり返せるようなものではない。
それでもこの状況を覆すためには奇跡を起こすしかなかった。
(格上相手に出し惜しみはなしだ、一発で決める)
斎藤は両手に、持ちうる全ての魔力を集めていく。
その結果、彼の手には極限まで圧縮された、眩い水色の球体が浮かび上がる。
「支援隊! 一瞬でいい、俺にバフをかけてくれ!」
「「「はい!」」」
支援術士から援護をもらえたことで、その輝きはさらに膨れ上がった。
全ての準備を終えた斎藤は、なぜか今もその場から動こうとしないジオ・イクシードを見据える。
(高みの見物が趣味のようだが……後悔させてやる)
斎藤は両手を前に出し、改めてジオ・イクシードに狙いを定める。
そして、体の内側にある魔力を絞り出すようにして叫んだ。
「テンペスト・ジェノサイドォォォ!」
水属性と風属性の複合最上級魔法、テンペスト・ジェノサイド。
解き放たれる極限まで圧縮された水の奔流は、何人たりとも立ちはだかる者を許さない。
絶対の貫通力と破壊力を持って如何なる鉄壁をも貫き、周囲に吹き荒れる暴嵐によって存在の全てを蹂躙する。
発動までの隙が大きいことだけが玉に瑕。
しかし逆にいえば、無防備な敵にはこの上ない効果を発揮する。
結果、全身全霊で解き放った水の奔流は、真正面からジオ・イクシードの巨体へと迫り――
―― 接(・) 触(・) す(・) る(・) 直(・) 前(・) 、 突(・) 如(・) と(・) し(・) て(・) 静(・) 止(・) し(・) た(・) 。
「…………なっ!?」
意味が分からなかった。
まるで夢の中にでもいるかのような、非現実的な光景に思考が停止する。
ふと、斎藤の視界にジオ・イクシードの巨大な尾が映った。
(何だ、あれは? 獣に似つかわしくない見た目……まさか“鱗”か?)
それも、ある魔物によく似た鱗だった。
斎藤自身、何度か戦ったことがある相手。
水魔法を得意とする彼からすれば天敵とも言っていいAランク魔物――リヴァイアサン。
その特徴をジオ・イクシードは有していた。
「リヴァイアサンだと……!?」
その存在に思い至った瞬間、斎藤の脳裏にある記憶が過った。
リヴァイアサンは水を操る力を持っており、初めて戦った時、斎藤が放った水魔法すら相手の支配下に吸収された。
操れる魔力量には限度があったようで、上級以上の魔法を放つことで何とか対応できたが……いま目の前で起きている現象は、まるであの時の再現だ。
そしてその時、水魔法を支配下に置いたリヴァイアサンが次に取った行動は――
「――ッ! 全員、伏せろ!」
斎藤がそう叫んだ直後だった。
「グルォォォオォォォォォ!」
ジオ・イクシードの前で静止していた水の塊が、 数(・) 十(・) の(・) 砲(・) 弾(・) と(・) な(・) り(・) 斎(・) 藤(・) た(・) ち(・) に(・) 向(・) か(・) っ(・) て(・) 弾(・) き(・) 返(・) さ(・) れ(・) た(・) 。
「クッ――アクアウォール!」
斎藤は最後に余った魔力をかき集め、何とか中級魔法を発動する。
しかしその程度で防げる攻撃ではなく、水の砲弾は斎藤、そして背後にいる全員に襲い掛かった。
「うわぁぁぁ!」
「がはっ!」
「―――くぅっ!」
数がばらけていたことで一つ一つの威力は下がっていたとはいえ、元々のレベル差は甚大。
たった一度の攻防で、ほとんどのメンバーは戦闘不能状態へと追いやられた。
斎藤は砲弾が直撃した腹部を押さえながら、自身の失態を悟る。
どういうわけかは不明だが、あの魔物はリヴァイアサンの能力を使える。
元々のレベル差に加え、能力的にも相性は最悪ときた。
こんな状況でまともに戦えるはずがなかった。
イクシード・キマイラの群れが来た段階で、全員での生還という目標を捨て、せめて数人だけでも地上を目指させるべきだったのだ。
「すまない、皆……俺のせいで」
なんとか謝罪の言葉を口にするも、他のメンバーはもう会話をする余裕すらないようだった。
「「「グルルゥゥゥ」」」
魔物たちはそんな彼らを捕食するべく、ゆっくりと近づいてくる。
(くそっ、ここまでか……)
斎藤が……否。
この場にいる全員が死を覚悟した、その刹那――
イ(・) ク(・) シ(・) ー(・) ド(・) ・(・) キ(・) マ(・) イ(・) ラ(・) の(・) 群(・) れ(・) が(・) 、 同(・) 時(・) に(・) 崩(・) れ(・) 落(・) ち(・) た(・) 。
「………………は?」
――血を噴き出しながら、その場に伏せる魔物たち。
何が起きたのか、朦朧とする頭では理解することができなかった。
ただ一つだけはっきりしているのは、何者かによって一瞬で、音もなくイクシード・キマイラの群れが倒されてたと言うことであり――
「どういう状況かは知らないが――アレ、俺が貰ってもいいんだよな?」
――そんな声と共に、天を駆ける流星がジオ・イクシードに降り注いだ。