作品タイトル不明
214 絶体絶命
合獣ダンジョン第32階層。
そこでは 斎藤(さいとう) 遼一(りょういち) が率いる、ギルド【ミューテーション】の面々が魔物の群れと戦闘を繰り広げていた。
攻略を始めてから既に6時間は経過しており、メンバーの顔には疲労が見え始めていた。
そんな彼らに対し、指揮を務める斎藤は檄を飛ばす。
「ここにいる魔物を全滅させれば、今日の行程は終わりだ! 最後まで決して気は抜くなよ!」
「「「はい!!!」」」
力強い返事と共に気合を入れ直す部下を眺めながら、斎藤は何かを考え込むように自分の手を顎に当てた。
(今日一日で、随分と練度を上げられた。さらに欲を言えばこのまま最下層に向かい、部下たちだけでボスに挑戦させたいところだが……残念ながら、それはアイツらのせいで無理だからな)
脳裏によぎるのは、【 無敵の(パーフェクト) 超越者(・カイザー) 】のギルドマスターである尾形だ。
彼らが下層を独占しているため、斎藤たちはボス部屋に行くことが許されていなかった。
正直かなり不満があるし、追加で文句の一つや二つ言ってやりたいところだ。
だが悔しいことに、現在の斎藤のレベルは70000強であり、連れてきた部下たちは最高でも30000程度。
尾形はアレでも実力だけは確かなため、必要以上に怒りを買って最悪の事態に巻き込まれるのだけは避けたかった。
(まっ、このくらい冒険者を続けてりゃよくあることだ。切り替えていくしかない)
そんなことを考えているうちに、残る魔物の数は3体にまで減っていた。
あと少しで戦いが終わる。
斎藤がそう確信した、その直後――
―― 突(・) 如(・) と(・) し(・) て(・) 、 ダ(・) ン(・) ジ(・) ョ(・) ン(・) 全(・) 体(・) が(・) 激(・) し(・) く(・) 揺(・) れ(・) 始(・) め(・) た(・) 。
「っ、なんだ!?」
突然のことに驚きつつも、斎藤は落ち着いて周囲の警戒をしながら何が起きているか考える。
この揺れには、一つだけ心当たりがあった。
「まさかこれは…… 迷宮崩壊(ダンジョン・カラプス) か!?」
迷宮が崩壊し、内部の魔物が外に溢れる現象―― 迷宮崩壊(ダンジョン・カラプス) 。
この現象の厄介なところは、崩壊に合わせて魔物やダンジョンボスのレベルが跳ね上がることだ。
そんな風に分析する斎藤に対し、他のメンバーが声を張り上げる。
「これって、 迷宮崩壊(ダンジョン・カラプス) ですよね!?」
「リーダー、どうしますか!?」
「指示をお願いします!」
指示――つまりはすぐにでもここから撤退するか、逆にボスを倒しに行くべきかを聞いているのだろう。
迷宮崩壊時、ダンジョンボスは時間が経つごとにどんどん強力化していく。
それを考慮すれば、早めに叩きにいくというのは決して悪い案ではないが――
「帰還する! 総員、撤退準備を進めろ!」
「っ、はい!」
――問題は、ここがAランクダンジョンだということ。
過去の限られた例にはなるが、Aランクダンジョンで迷宮崩壊が発生した際、ダンジョンボスのレベルが100000に達することも少なくない。
そして何より、ここから最下層に向かうのにもそれなりに時間を要する。
賭けに出るには、あまりに高すぎるリスクだった。
(そういう意味なら、もしかしたら下の階層にいる尾形たちの方が討伐に近いかもしれない……)
そこまでを考え、斎藤はふるふると首を左右に振った。
(いや、アイツは徹底的にリスクを避けるタイプ。恐らくは今にも全力で、地上に向けて撤退を始めているはずだ)
いずれにせよ、この場にいない相手を構う余裕はない。
全員の準備が整い、斎藤たちがここから撤退しようとしたその時、
耳を 劈(つんざ) くような破砕音と共に、 斎(・) 藤(・) た(・) ち(・) の(・) 前(・) に(・) 広(・) が(・) る(・) 地(・) 面(・) が(・) 割(・) れ(・) た(・) 。
「――――は?」
あまりにも想定外な事態に、斎藤たちは思わずその場に立ち止まった。
それは、迷宮崩壊に伴う地盤の弱化に伴うものなどでは決してない。
明確な意思と共に、強力な力を持った存在により起こされた現象だった。
「グルァァァアァァァァァ!!!」
そして、目の前に開いた大穴から一体の巨大な獣が姿を現した。
どれだけ下の階層からやってきたのかは分からないが、その獣は天井スレスレまで飛び上がった後、鈍い重低音とともに着地した。
獣はなんと3つの頭を有しており、その姿はまるで神話に出てくるケルベロスのようだった。
黄金に輝く6つの瞳に、獰猛に光る鋭い牙。
大繩に締め上げられたかのように隆起する筋骨は、ただそこにあるだけで圧倒的な存在感を発していた。
斎藤は呆然としながら、ほとんど反射のように鑑定を使用した。
――――――――――――――
【ジオ・イクシード】
・討伐推奨レベル:100000
・エクストラボス:合獣ダンジョン
・合成魔獣イクシード・キマイラの進化個体。
――――――――――――――
そこに書かれている内容を見て、斎藤は思わず自身の目を疑った。
「なっ! レベル100000……Sランク魔物だと!?」
迷宮崩壊が発生した直後だというのに、あまりにも強力化が早い。
まさかレベル30000のアルス・キマイラが、この短時間でSランクに達するとは――
「いや、待て。違うぞ」
斎藤は改めて鑑定結果を確認し、自分が一つ勘違いしていることに気付いた。
コイツはどうやら、通常のボスではなくエクストラボスのようだ。
いや、もっと正しく読み取るなら、エクストラボスである『合成魔獣イクシード・キマイラ』が進化した個体ということだろう。
だが合獣ダンジョンでエクストラボスが出現するなど、これまで斎藤は聞いたことがなかった。
いったい何が起きているのか……そう思考を巡らせる斎藤は、不意にその答えへとたどり着いた。
「まさか…… 尾形たち(アイツら) が原因か!?」
彼らがあそこまで独占したがったギミック。
それが何らかの方法でエクストラボスを出現させ、報酬を得るためだったとしたら全て納得がいく。
ただ一つ、大きな問題があったとすれば……どうやら彼らはその調整を間違ってしまったみたいだが。
(まったく……とことんまでふざけやがって)
唐突に訪れた絶体絶命の状況。
斎藤は、自分の頬に冷たい汗が流れるのを感じつつも、ここから生き延びるための手段を考える。
(圧倒的格上のSランク魔物が1体……だが、俺だって冒険者だ。ほんのわずかの時間でよければ、渡り合うための手がないわけじゃない。何とかして、他の奴らが逃げるための時間を稼がなくては……)
覚悟を決める斎藤。
だが、彼はまだ気付いていなかった。
これすらもまだ、悲劇の序章に過ぎなかったということを。