軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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マンフリーが挨拶を行った。

それは、異世界から来た勇者レカンを、従姉妹であるノーマ姫の婿に迎えることができたことと、レカンのもう一人の妻として、〈北方の聖女〉をワズロフ家に迎えることができたことへの感謝で始まった。

次に、レカンが仲間たちとともにツボルト、パルシモという二つの大迷宮を踏破し、そうして養った力で〈獣人戦争〉を勝利に導いてくれたことを称賛し、さもなければ今ザカ王国は戦乱のさなかであったかもしれないのだと指摘した。

さらに、レカンがこのザカ王国になじむことができたのは、最初にレカンを迎えたザイドモール領主の度量の広さがあったればこそであり、レカンが住み着くことになったヴォーカ領主の差配があったればこそだと説明し、二人の領主を紹介した。

そしてマンフリーは、こう述べた。

みしらぬもの、みなれぬものを、憎み、しいたげ、排除するのは簡単である。

みしらぬもの、みなれぬものを、理解し、手を差し伸べ、共に生きるのはむずかしい。

だが大空は、どんな風もどんな雲も嫌わない。そこに大空の広さがある。

この大地は、どんな木も草も石も嫌わない。生き物の死体さえ受け入れ、浄め、おのれの一部とする。ゆえに大地は悠久なのだ。

善いものと悪いものを正しくみわけ、恐れるべきを恐れ、親しむべきと親しむ。そこに繁栄の秘訣がある。長い時間のうちには、悪いものが善いものに変わることもあるし、恐れるべきものが頼もしき味方に変わることもある。

だが、それができぬ町もあろう。そのゆとりがない村もあろう。

この町はおのれに合わぬ、この村ではおのれは生きられぬ、と思う者がいるはずだ。

されば来たれ。世に容れられぬ賢人たちよ。

されば来たれ。世人に理解されぬ才の持ち主たちよ。

わがマシャジャインは、捨てられた人々の止まり木となる。異郷よりの 客人(まれびと) の宿となる。

ここに集いし人々が、王国千年の 弥栄(いやさか) の 基(もとい) を築くのだ。

レカンはその最初の一人である。

ノーマとエダもまた、その特異な才をもって王国に豊かさをもたらすであろう。

この三人の婚礼を寿ぎ、ここに祝いの宴を開く。

諸侯諸賢に、遠方よりのご来駕を、深く深く謝しまつる。

大いに楽しみ、喜んでいただきたい。

ザカ王国に繁栄を。イェール。

当初マンフリーが考えていた招待客の範囲は、ワズロフ家が中心で、関係の深い伯爵と子爵数人を招く程度のことだった。町の中心部で民衆に振るまい酒を出し、あとで町の貴族や有力商人らに贈り物をするという、その程度がちょうどいいと考えていた。

当日の祝宴は屋敷のなかで行い、その人数は百人にも達しない予定だった。

ところが、式の日程が決まる前から、チャダ伯爵とロトル伯爵が招待を願い出てきた。

今年の一月に入って、式の日取りが決まったので、関係のあるいくつかの貴族家に連絡をした。

するとトランシェ侯爵から、侯爵本人と正妃を招待してほしいという申し入れがあった。

現トランシェ侯爵の正妃リリアは、〈白雪花の姫〉ローレシアの娘だ。つまりノーマの叔母にあたる。今は亡き母や兄に代わって花嫁姿をみとどけたいと思ったのだろう。

また、トランシェ侯爵の娘であるヘレス姫は、エダを通じて招待を願い出ていた。

そのあと、ツボルト侯爵から招待の申し入れがあった。ギド侯爵、スマーク侯爵からも招待の申し入れがあった。パルシモ侯爵も招待を打診してきた。

この年の一月、ツボルト侯爵の序列は一気に第四位に引き上げられた。つまりこの結婚式は、トランシェ侯爵、マシャジャイン侯爵、ユフ侯爵、ツボルト侯爵、ギド侯爵、スマーク侯爵という六大侯爵家のうち、五家までが一堂に会し、これに序列十二位ながら六大侯爵家に匹敵する実力を持つパルシモ侯爵家が参集する婚礼となった。さらに、トランシェ侯爵家と関係の深いエジス侯爵家が招待を願い出た。三月に入ると、ユフ侯爵家から使者が来て、神薬五個を贈呈して、レカンの結婚式に侯爵本人宛の招待状を出してほしいと言ってきた。六大侯爵家そろい踏みである。

マシャジャインで大きな祝宴があるという噂が立ち、興味を持つ諸侯が増えた。特に、〈ドルン平原の戦い〉のあと、招待の申し入れがずいぶん増えた。

これは、レカンという特異な人物のせいでもあるが、それだけではない。

マシャジャインの実力と実績と名声のせいでもあるが、それだけでもない。

いわく言いがたい、うねりのようなものだ。

ならばそのうねりに乗ってみよう、とマンフリーは思った。

招かねばならない貴族があまりに多くなってきたので、招待の基準を設けた。

原則として侯爵家の場合、一家から五名を招待することにした。

伯爵家は一家から三名、子爵家は一家から二名とした。

爵位を持たない貴族の場合、家単位ではなく個人単位で招待状を出すことにした。

随行の人数も決めた。

侯爵家の場合、招待者一名につき随行は三名まで、ワズロフ家の敷地内に入れることにした。

伯爵家と子爵家と爵位を持たない貴族は、招待者一名につき随行は二名まで、ワズロフ家の敷地内に入れることにした。

平民の場合、招待者だけしか敷地内に入れない。そのかわり、一緒に来ることがわかっている人は、すべて招待した。例えばスカラベル導師の場合、本人宛招待状のほかに、「アーマミール・タランス殿」宛の招待状と「随行殿」宛の招待状二通を添えた。

招待客の人数が増えていくと、親族のなかで当初招待を予定していなかった者たちからも次々と出席の申し出があった。

当初招待客はすべてワズロフ家の屋敷に泊まってもらうつもりだったが、それが不可能であることはすぐに明らかになり、町の宿に宿泊を割り振り、それでも足りなくなって、民家にまで部屋貸しを頼むことになった。食材の注文も驚くほどの量になっていった。

そうなると、これほどの規模の祝宴ならぜひ出席させていただきたいという声が、マシャジャインの町役人や有力商人や職人あるいは農民からも上がり、ますます人数は増えた。

結局最終的には、貴族関係では、侯爵家八家、伯爵家十六家、子爵家二十八家、無爵貴族八十二名、それに王家一名、宰相府一名で、随行まで含め七百二十四名となった。ユフは侯爵代理である侯爵家継嗣の随行に子爵が含まれていたが、これは随行であるので二十八家には含まれていない。二十八というのは、あくまで招待状を出した数である。無爵貴族八十二名も同様で、随行で来た無爵貴族を加えれば百名を軽く超える。

親族ならびに主催者は、ワズロフ家百六十二名、ウルバン家十二名、ザイドモール家八名、ゴンクール家四十二名、計百九十四名となった。

特筆すべきは、侯爵家八家のうち、一家は侯爵本人と正妃が、残り七家のうち六家までは次期侯爵か現侯爵の兄弟が出席することである。ユフからは次期侯爵が来るのだから、顔ぶれの豪華さは、王太子の婚礼のときよりも上かもしれない。

間際になってヘレスの婚約が決まり、婚約者とともに出席することになった。やむを得ず名簿上随行として扱ったが、婚約者であるサリエル・ゴッセン子爵はソプデモア侯爵家の継嗣なので、実質的には九つの侯爵家が参席したことになる。

神殿関係では、ユミノス神殿四十二名、ケレス神殿十一名で、計五十三名となった。ちなみに、ケレス神殿十一名のうち十名はヴォーカのケレス神殿所属だが、一名は、王都ケレス神殿総神殿副神殿長マルリア・フォートスである。マルリアは、はじめスカラベルの随行に潜り込もうとしたが、それが不可能であるとわかり、どういう伝手を使ったものか、ヴォーカからの一行に紛れ込んだのである。

マシャジャインの平民は、計七百二十二名、他領の平民は九十六名となった。この九十六名は、薬師スカラベルや鑑定士テルミンや筆写師ラクルスのように新郎や新婦が指名した人物や、テスラ隊長のようにウルバン家などの家臣であるか、さもなければ特別な技能や役職をもっている人々だ。

総合計は千七百八十九名である。ただしこれは名簿上の人数であり、実際に敷地内に迎えた客の数は、たぶん二千名を超えている。妻を連れてきた、息子を連れてきたという場合、締め出すわけにもいかない。笑顔で迎えて恩を売りつけるのが貴族家の作法というものである。また、神殿関係者も側付きの者を連れている場合がある。そういう人数外の人間が料理の味見をしても、みてみぬ振りをするものだ。

式の間際になって、王宮の貴族たちが大勢招待を申し入れてきた。彼らは、建国王のもとに参集した人々の子孫で、王宮でさまざまな役職を務めている。無役の者も、人脈や技術を活かして何らかの働きをしている。彼らを招くとすれば屋敷に入れないわけにいかないが、もうその余地はなかったので、謝絶するしかなかった。

二千名というのは、ワズロフ家の敷地内に入って食事をする人間だけの人数である。

諸侯のなかには護衛だの荷物運びだので五十人、百人、あるいはそれ以上の人数を連れてくる者もいる。スマーク侯爵家の一行は宴席の余興にと楽士の一団を連れてきたし、ギド侯爵家は曲技団を連れてきた。

せっかく遠方から王都近くの大都市に行くのだからと、見物について来る者もある。

遠方から来る人たちは、数日前に着くように旅をしてくる。あまり早く着きすぎないよう、途中である程度の調節はするはずだが、七日前に到着した侯爵家もあった。

彼らはマシャジャインをみて歩き、食事をし、物を買った。

ワズロフ家が宿泊を斡旋した人数だけで、八千名を超える。家宰のフジスルは発狂しかかった。

祭りの空気というものは伝染し増幅するものである。

マシャジャインに行けば振るまい酒が飲めるそうだ。

おもしろいものがみられるそうだ。

王国中の珍しい品が集まっているそうだ。

そんな噂が広がって、民衆が次々に押し寄せた。

ついには宿が取れずあちこちで野営する者まで現れた。

集まった人々を目当てに物を売る人たちも集まった。式の五日前ぐらいには、町のあちこちで大道芸人や楽士が腕を振るって金を稼いでいた。

マンフリーは結局、婚礼当日の夜には、中心街の主な宿や料理屋で料理と酒を人々に振る舞わせたほか、町中のすべての酒場に、客一人につき一杯の振る舞い酒を出し、経費は後日ワズロフ家に請求するよう命じた。

祝祭の高揚はマシャジャインの町の隅々までをひたした。

人々は、友を呼び、親戚を呼び、近隣で誘いあって、ごちそうを振る舞い、祝杯を上げた。

まさに空前の祝祭となったのである。

思わぬ混雑を呈したのは、贈り物の受け付けである。

屋敷内に招待した客からの受け付けは、それなりの準備がしてあった。

ところが、そうでない人々が次々と贈り物を持って押し寄せた。こういう場合は、通用門で使用人が受け取るのが慣例であり、前日まではそれで何とかこなせたが、当日は通用門の前に延々と贈り物を持った人々が並ぶことになった。そうでなくても人手が足りないところ、何とかやり繰りして人員を配置し、贈り物を持った人たちを最寄りの客棟まで誘導して対処した。いくつもの客棟のロビーや廊下が贈り物であふれかえった。そこに宿泊している客たちは、祝宴が終わって帰ってきて、目をむいて驚くことになる。

ちなみに、自領の平民で屋敷内に招待する者が爆発的に増えたため、他領の商人などは、屋敷外の宿屋に酒食を用意して接待することになったのだが、たった一人、他領の商人で屋敷内に招待された者がいる。

チェイニーである。