作品タイトル不明
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そして六の月の十三日である。
ザカ王国中央部の六月は、緑豊かな季節である。
春の花が終わり、夏の花が山野を彩る季節でもある。
結婚の儀式は、ユミノス神殿で行われた。伝統ある都市にふさわしい規模を持ち、現代では失われてしまった建築装飾の技法が惜しみなく投入された、荘厳な建物である。
列席するのは親族だけだ。
儀式を司るのはマシャジャインのユミノス神殿長と、ヴォーカのケレス神殿長だ。
このケレス神殿長は、以前副神殿長だった女性で、名をユリコ・レシーヌという。本来女性は神殿長になれない決まりなので、これは非常に特別な任命である。
ユリコは落ち着き払った所作で粛々と儀式の進行を補助し、最後には朗々と聖句を吟唱して、役目を果たした。つつましやかな仕草からおのずと感じられる風格は、大都市マシャジャインの神殿長に伍して少しもひけを取らなかった。
新郎レカンは白を基調として青の飾りが入った衣装だ。
新婦ノーマは白銀を基調として青紫の飾りが入った衣装だ。
そして新婦エダは真珠色を基調として淡い赤紫の飾りが入った衣装だ。
新婦二人が磨き上げられて美しいのはもちろんだが、新郎レカンも別人のようにりりしい。
マシャジャインに帰着したのは結婚式の三日前で、式までの三日間、睡眠時間と食事時間以外のほぼすべての時間を使って、侍女たちに体のすみずみまでを整えられた。
髪は程よく切りそろえられて、油を塗って後ろになで付けられ、顔は奇麗に剃り上げられている。肌はつやつやと輝きを放っている。
野性味ある貴公子といった風情で、身長は高く、骨格はしっかりして身はすらりとしており、動作はしなやかで生命力にあふれている。この人物が、今国で噂の的となっている救国の英雄だと知らなくても、並外れた力の持ち主だということは、一目みれば明らかである。しかもいざとなれば品格のある振る舞いをできる男なのだ。
儀式の最後には、ユミノス神殿の〈浄化〉持ちのごく若い神官が、三人に祝福の〈浄化〉を降り注いだ。
儀式が終わり、一同は馬車でワズロフ家に向かう。
レカンたち三人が乗るのは、二頭立ての白馬が引く開放型の馬車だ。姿をさえぎる天井も壁もなく、沿道に並ぶ人々は、歓呼の声を上げながら花びらを振り撒く。
先導するのは、騎士ジンガー、騎士ヨーグ、騎士ウォルトの三人で、銀の鎧に身を包み、馬も美しく飾り立てられている。
レカンたちの後ろには、騎士リーガンが進み、そのあとに当主マンフリー、トランシェ侯爵妃、そして親族が続く。レカン側の親族がわりを務めるのはクリムス・ウルバンとザンジカエル・ザイドモールで、あとに続くマシャジャイン騎士団にまじって、テスラ隊長やエザクの姿もみえる。
レカンの顔は愛想がないが、それがまたいい。
右側のノーマは、静かな笑みを浮かべ、手袋をはめた右手を差し伸べて町の人々に挨拶を贈る。手袋を飾り立てるレースが風にゆれてたおやかだ。
左側のエダは、はじけるような笑顔を浮かべ、あちらを向いたかと思えばこちらを向き、人々に感謝の気持ちを伝えている。
ワズロフ家の門をくぐり、石畳の上を進むと、馬車は本館の前で右に迂回して、脇の入り口に止まる。
レカンたちは、案内されるままに階段を上りバルコニーに出る。
二人の新婦のドレスの長い裾は、階段に敷き詰められた赤いじゅうたんの上を、まるで浮かんでいるかのように軽やかに滑ってゆく。そのあとに裾持ちの小姓たちが続く。裾がからまったりねじれたりすれば直し、屋外に出るときには裾を持ち上げる役目だ。小姓はごく若い少年たちで、四人とも貴族家の子弟である。
バルコニーに出れば、下にはぎっしりと招待客が詰めかけている。
この本館前の広場は突貫工事で大きく拡張されたのだが、それでも大勢の招待客がぎっしり立ち並んで、立錐の余地もない。
バルコニーに立つのは、レカン、ノーマ、エダのほか、マンフリー・ワズロフ、プラド・ゴンクール、クリムス・ウルバン、ザンジカエル・ザイドモールの四人であり、後ろには、執事カンネル、アギト・ウルバン、ガスコエル・ザイドモール、騎士エザク、テスラ隊長、そしてワズロフ家の騎士四人が立っており、さらにその後ろには裾持ちの小姓が四人控えている。
マンフリーは、王太子の到着を待った。王太子を先に立たせて待たせるわけにはいかないから、本館内に休憩所を設け、機をみて案内する手はずなのだ。
やがて王太子とイェテリア・ワーズボーンが、六人の王宮騎士と十人のワズロフ家の騎士に守られて広場に姿を現した。
このとき一悶着があった。
王太子付きの騎士が、王太子殿下をみおろしてご挨拶なさる不敬をマシャジャイン侯爵に犯させるのは心苦しいので、王太子殿下をバルコニーにご案内なされてはどうか、と言い出したのだ。
そう大きな声ではなかったので、この言葉は、ごく近くにいた人たちにしか聞こえなかったろうが、レカンの耳はこれを捉えていた。
王太子付きの騎士が話しかけた相手は、ワズロフ家筆頭騎士ジンガー・タウエルだ。マンフリーは、この日の混雑のなか、わずかな人数で王太子を警護するため、ジンガーを差し向けたのである。ちなみに、この日を限りにジンガーはワズロフ家筆頭騎士を返上し、引退したただの老人としてノーマに付き従ってヴォーカに帰ることになっている。
ジンガーは実戦指揮官ならではの朗々たる大音声で述べ立てた。
「殿下を階上にご案内つかまつることにより、ご新郎ともご新婦がたとも何のゆかりもなき殿下が、主宰の 責任(せめ) の一翼を担われたかのごとき誤解を招いてはならじと、このように 庭上(ていじょう) にご案内申し上げたてまつりました。ご無礼と思し召さば、このしわ首をお落としくだされませ」
そう言って、兜を脱いで王太子の足下にひざまずいた。
イェテリアが何事かを王太子に耳打ちし、王太子はしゃがんでジンガーをいたわりながら立たせ、わが騎士がいらぬことを申した、許してくれ、と言った。
王太子をバルコニーに上げて、何をさせるつもりだったのかはわからない。今回の費用は王家が持つと宣言したかもしれない。冒険者レカンは王から緑銀のメダルを下賜され、王に愛され庇護された冒険者であると告げたかもしれない。
いずれにしても、王家とレカンの親しさを印象づけるようなことをしたにちがいない。そして王太子をバルコニーに上げてしまえば、その言葉をさえぎることはできない。
ところがジンガーによって、そうなることは防がれた。
それどころか、レカンと王家は何の関係もないという宣言を、招待客たちに聞かれてしまった。たぶんこれは、王太子付きの騎士の勇み足だ。老練なイェテリアを差し向けたのは、王太子をバルコニーに上げる交渉をするためにちがいない。だが功を焦った騎士のため、思惑ははずれてしまった。
宰相はこれを聞いて、さぞ渋い顔をすることだろう。