作品タイトル不明
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迷宮探索五日目。二の月の十二日。
レカンとエダは、岩山に足を踏み入れた。
魔針虫(レンシリン) や、 茶粉虫(ゴグルリン) 、それに名も知らぬ小さな虫たちがまとわりついてきた。エダが装着している〈退魔の腕輪〉の効果で、レカンとエダから十歩以内には近寄ってこない。その代わり、歩けば歩くほどまとわりつく虫の数は増える。時折レカンが〈虫禍斬り〉と〈火炎剣〉で虫たちを殲滅する。そんなことを何回か繰り返しながら岩山を登っていった。
山の中腹に差しかかるころには小さな虫はいなくなった。 皺男(ゼオファン) や 小火竜(パルベイザム) があちこちにいるが、百歩ほど離れた位置を通っても襲ってこなかった。
〈生命感知〉に注意をそそいで、できるだけ魔獣の近くを通らないように岩山を登っていった。昼食までには、一度も戦闘がなかった。
午後も戦闘がないまま山登りは続いた。〈生命感知〉に映る魔獣は、ますます強力になり、そしてまばらになっていった。
「これなら裾野を通るより全然速いね。どうしてノッドレインさんは迂回路を勧めたんだろう」
「迷宮騎士団は、騎士百人と従騎士が何十人かと、荷物運び百人だ。そのせいかもしれんな」
「そっか。大きな集団だと、どうしても魔獣にみつかっちゃうもんね。通れば戦闘になるって思い込んでたんだね」
「む」
「どうしたの」
「これまでとは格の違う相手がいる。この先まっすぐ二千五百歩登ったところだ」
レカンは速度を上げて斜面を登り始めた。
「といいつつ、進路を変えないのはなぜかな」
前方に巨岩がある。たぶんあの向こう側に敵がいる。
そう思って近づいた。
そして間違いに気がついた。
その巨岩が立ち上がったのだ。
「ちっ」
これはたぶん 岩巨人(ナルガント) だ。あるいはさらに上位の岩塊族だ。敵はすでに戦闘状態に入っている。戦うしかない。レカンは、腰に吊っていた彗星斬りをしまい、〈 破砕槌(グァドバグー) 〉を取り出した。
それにしても巨大だ。岩巨人は一応人のような姿をしているが、その高さは優に八歩はある。つまりレカンの四倍だ。
巨大な岩の右手を振り上げる。振り上げた腕の付け根に〈イェルビッツの弓〉の攻撃が着弾するが、微動だにしない。
岩の右足をレカンが〈破砕槌〉で打ち据える。どごんと音がして爆発が起き、その衝撃は岩巨人の右足に伝わったはずだが、わずかに震動しただけだ。
岩巨人が右腕を振りおろす。
レカンは右にかわしながら前進し、岩巨人の左脚を〈破砕槌〉で打ち据える。
岩巨人の右手は、岩山の岩を粉砕し、かけらが飛び散る。エダはそのかけらをかわして後ろに下がる。
もう一度岩巨人の右足を、今度は後ろからレカンが打ち据える。だが、少しもダメージが通ったようにはみえない。
戦闘は続く。
エダの攻撃も、レカンの攻撃も、まったく効果がない。
レカンとしては、なんとか相手を転倒させて頭部を攻撃したいのだが、倒れない。
足元が土ならもう少しやりようがあったかもしれないが、頑丈な岩山なので、手の打ちようがない。とにかく岩巨人の体が重すぎる。
ちょこまかと逃げ回るレカンとエダに業を煮やしたのか、岩巨人が口から熱い溶岩をはき始めた。
溶岩が落ちた場所を踏むわけにはいかず、少しずつ場所を変えながら、不毛な戦闘は続いた。
(まずい)
(この状態でほかの魔獣の縄張りに入るか)
(この岩巨人が仲間を呼び始めたら)
(とてもじゃないが戦えん)
(くそっ)
(重すぎるし頑丈すぎるだろう!)
(……待てよ)
(重すぎる?)
ふと、収納のなかに入っている〈 積重剣(ダスピスシラー) 〉を思い出した。あれは物品の重さを何倍にもする恩寵を持っている。魔獣は物品ではないが、岩巨人の体は岩だ、ひょっとして岩巨人には〈積重剣〉が効くのではないか。少なくともどこかに効く部分があるのではないか。あれだけの重量なのだから、少しの部分にでも効果があれば、身動きがとれなくなるはずだ。
レカンは〈破砕槌〉を投げ捨て、右手を〈収納〉に突っ込んで〈積重剣〉を取り出して素早く四度振った。
とたんに岩巨人の動きが緩慢になった。
(よし! 効いた)
移動しようにも自分の足が動かせないようだ。それでも無理に歩こうとして、転倒した。
レカンの全身も重くなった。
〈積重剣〉の効果により、近辺にあるものの重さはすべて五倍になったのだ。
レカンは、赤紫のポーションを取りだして飲んだ。筋力を一時的に増幅するポーションだ。たぶん実戦で使うのははじめてだ。
〈積重剣〉を手から放し、〈破砕槌〉を拾い上げた。恐ろしい重さだ。だが、その重さが今は頼もしい。
岩巨人が地に両手を突いて起き上がろうとしている。その背中にレカンは駆け上った。そして〈破砕槌〉を肩の上に担ぎ上げた。筋肉がみしみしときしむ。
振り上げた〈破砕槌〉を、岩巨人の後ろ首にたたき付けた。爆発が起きる。レカンは腕にかかった負荷に顔をしかめる。同時に岩巨人の首をすさまじい衝撃が襲う。
もう一度、振り上げ、たたき付けた。岩巨人の頭部が大きく揺れる。必死で起き上がろうとするその後ろ首に、もう一度〈破砕槌〉をたたき付けた。
さらに二撃を加えたとき、岩巨人の首がもげ、動きが止まった。
次の瞬間岩巨人の姿は消え、そこには大きな宝箱が残されていた。
レカンはその場に膝を突いた。
息が苦しい。臓物がちぎれそうだ。顔が引きつって痛い。
エダの様子が気になったが、今顔をひねれば首が折れそうな気がする。
〈立体知覚〉に意識を集中する。エダは倒れているが、かすかに体は動いているし、息もしているようだ。
意志の力を振り絞り、〈積重剣〉を鞘にしまった。
重量増加の効果は切れた。
レカンはその場に横たわった。
そのあともしばらく動けなかった。
ずいぶん時間がたってから、やっと二人は起き上がった。
「レカン」
「うん?」
「さっき魔獣をみたとき、ちぇっ、大炎竜じゃなかったか、って思ったでしょ」
レカンは返事をしなかった。それが返事といえば返事だった。
宝箱を開けた。みおぼえのある鉱石が大量に入っていた。
聖硬銀(レシャラード) だ。
〈収納〉に収めた。
長く愛用してきた〈貴王熊〉の外套だが、岩巨人との戦闘で焼け焦げ、ちぎれてしまった。
この外套には〈自動修復〉の付与がついた宝玉が装着されているのだが、ここまでぼろぼろになると、元に戻るには相当の時間がかかる。もしかすると、もう完全には元に戻らないかもしれない。
小火竜の軽鎧もかなり傷んできている。
レカンは、〈回復剣〉を取り出し、試してみた。
岩のかけらが当たって負傷した箇所も、熱でただれたあとも、それなりに回復した。だが〈回復剣〉の回復量は大きくないので、すべての傷を治そうと思ったら、何度も何度も自分の体に斬りつけることになる。着ているものを脱がないと使えないのも使い勝手が悪い。そして、回復が起きる前に、いったん体に傷が付くのをみて、エダがひどくいやな顔をした。レカンは〈回復剣〉をしまった。
二人は赤ポーションと体力回復薬を飲み、二千歩ほど前進し、そこで野営した。
まだ時間は早かったが、それ以上前進する気力がなかった。