軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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一瞬顔に驚愕を浮かべたあと、騎士オルガノは籠手をはめたままの右手を下から跳ね上げ、茶碗と皿を吹き飛ばそうとした。

その右手首をレカンは右手でつかんだ。

騎士オルガノが、つかまれた手をふりほどこうと力を入れるが、レカンの右手はびくともしない。

レカンが左手で持つ茶碗は、かたかたと音を立てて皿の上で揺れたが、なかの茶はほとんどこぼれていない。

「〈浮遊〉〈移動〉」

レカンが呪文を唱えると、皿と茶碗はふわふわと宙を漂い、机の上に着地した。

「きっ、貴様?」

騎士オルガノは、信じられないものをみるような目で皿と茶碗の行方をみおくった。その全身から力が抜けたので、レカンは握った右手を放した。

するとオルガノは、茶碗のほうをみたまま剣を抜いてよこざまに斬りつけた。

(なにっ)

信じ難い速度の抜き打ちだ。

オルガノが腰に吊っているのは、長く、幅広く、分厚い騎士剣だ。当然のことながら、重い。

ところがその重い騎士剣で、目にも留まらぬ抜き打ちを行ったのである。攻撃の気配もみせずに。

普通の剣士なら、いやかなり腕の立つ剣士でも、かわすことも受けることもできなかったろう。

しかしレカンの反応速度は異常なほどであり、二度にわたる白炎狼との戦いで研ぎ澄まされている。

すっと踏み込んで右手の手刀で、剣を握るオルガノの右手首を打ちすえた。

そのオルガノの右手首をつかむ。

剣は風を切って飛び去り、壁板に突き刺さった。

そのとき出た音は予想を裏切る軽さである。

短く、薄く、鋭い剣だ。

鞘と柄だけが騎士剣で、中身は細剣だったのである。

(なるほどな。装備もわざも動作も、すべてがだまし討ちに特化されているわけだ)

(見事なほどの卑怯さだな)

違和感の正体はこれだった。みた目と重量感が釣り合わなかったのだ。

レカンはオルガノの右手首を握ったまま魔法を放った。

「〈雷撃〉」

騎士オルガノの体を取り巻くように〈雷撃〉の魔法が発現し、オルガノは硬直したようになって音を立てて倒れた。

レカンは右手で茶碗のハンドルを持ち、オルガノに歩み寄ってしゃがむと、左の膝でオルガノを押さえつけ、左手でオルガノの口を両側から搾り上げた。

オルガノは口を開くまいと抵抗したが、体がしびれていて自由が利かない。たちまち、口の先が開いた。

「飲め。毒が入っていればお前は死ぬ。入っていなければ死なない。お前がしたことがお前自身に返る」

騎士オルガノは恐怖に目を大きく開けて茶碗をみ、首を左右に振ろうとするが、レカンの握力がそれを許さない。

茶碗がオルガノの口の真上に近づき、レカンは茶碗を傾けた。

目の前で起きたことについてゆけなかったガスコエルが、ここで声を上げた。

「待て! 待ってくれ、レカン殿!」

レカンは顔を上げてガスコエルをみた。

「その茶に毒が入っているというのは、本当なのか」

「嘘であるならオルガノは死なない。黙ってみていればいい」

「だが、入っていれば死ぬではないか!」

「オルガノが死んだら、オレを暗殺しようとしていたことになる。客に毒を飲ませて持ち物を奪うのが、ザイドモール家のやり方だということだな」

「わが家を侮辱する気か!」

「なら、あんたが裁くか?」

ガスコエルは一瞬きょとんとした顔をして、そして決意をした表情でうなずいた。

レカンは立ち上がり、茶をテーブルの上に置いた。

オルガノは逃げようとしてもがいた。

「〈雷撃〉」

ごく弱い〈雷撃〉を撃つと、オルガノの動きが止まった。

ガスコエルは茶碗を持ち、オルガノの顔の上空で、かすかに茶碗を傾けた。

オルガノは恐怖を顔に浮かべ、必死でもがいた。その顔の横に茶が落ちた。

悲鳴にならない悲鳴をオルガノは上げた。

「本当、なんだな」

ガスコエルはしばらく呆然としていたが、やがて茶碗をテーブルに置き、レカンに頭を下げた。

「申し訳ない、レカン殿。この通りだ」

レカンはオルガノにもう一度軽い〈雷撃〉を浴びせた。オルガノは気絶した。

そのとき、玄関でにぎやかな声がした。

勅任騎士エザクの帰還である。

二階に上がったエザクは、オルガノが気を失って倒れているのに仰天し、壁板に剣が突き刺さっているのに目を剝いた。そしてガスコエルから事の次第の説明を受け、レカンから宝玉をみせられ、奇声を放った。

「はああ? 〈覇王の守護石〉? ザイドモール家の家宝? 何の冗談ですか、それは」

「ち、ちがうのか?」

「あのですね。私の家は曾祖父の代からザイドモール家に仕えてます。断言しますが、そんな秘密の宝なんかありません。あったら売ってます。というか、その青い宝玉は、亡き奥方様が嫁いでこられるときに着けておられたものですよ」

「何だと? 本当か、エザク」

「だいたいガスコエル様もご存じの通り、オルガノは奥方様の実家からついてきた騎士です。ザイドモール家の歴史については、たいして知らないと思いますよ。もっともその青い宝玉は奥方様が持ってこられたものですから、奥方様のご実家のほうには何か言い伝えがあったかもしれませんけどね。とにかくそれは奥方様の個人財産であり、奥方様から譲り受けられたルビアナフェル姫様の個人財産です。ザイドモール家には何の権利も関係もありません」

「で、ではなぜ、オルガノはそんな嘘をついたのだ。私をだましたのだ」

「わかりません。わかりませんが、ガスコエル様の手にその守護石が戻ったら、盗み出して逃げるつもりだったのかもしれません」

「逃げる? 騎士の身分を捨ててか?」

「若様。今日、騎士叙任のあとで、私は宰相府の書記官様から耳打ちされました。ザイドモール家では、王都の貴族家いくつかから多額の借金をしているが、噂が広まりつつあるので早く返済した方がよいぞと。だから私たちは王宮見学を早々と切り上げて帰ってきたんです」

「借金? そんなものはしていない。今まで私がどれほど節約してきたと思っているんだ」

「実際に借りて回ったのは、騎士オルガノのようですね。それが少々の額じゃないようなんです」

「騎士オルガノが借金? 私の名で」

「はい。そのことはこれからご説明しますが、その前に、ガスコエル様。レカンにちゃんと謝罪なさいましたか」

「ああ。した」

「立ち上がり、威儀を正し、心を込めて謝罪なさいましたか? 謝罪の印は渡しましたか?」

「なんでそんなことをしなければならん。冒険者相手に」

「ガスコエル様」

「な、なんだ」

「確かに冒険者には、ごろつきのような手合いもいます。しかし、大貴族さえもが尊重するような冒険者もいます。レカンはどっちだと思われますか」

「わ、わからん」

「私が王宮で騎士叙任の申請をするなり、スマーク侯爵様の呼び出しを受けたことはお話ししましたね」

「聞いた」

「今までガスコエル様とは行きちがいばかりで、その内容については、直接ザイドモール家に関わることではないとしか申し上げていませんでした」

「ああ」

「では何の用件だったかというと、冒険者レカンについて聞きたいということだったんです」

「え?」

「私はスマーク侯爵様のお屋敷で、高位の騎士から言われたんです。落ち人レカンが二つの大迷宮の探索で大きな成果を上げ、王宮に呼び出されるので、その経歴について調べていると」

「な、な」

「レカンが王宮に伺候したとき、ザイドモール家継嗣の家で毒の茶を飲まされ貴重な品を奪われそうになったと話したら、どうなると思われますか」

「そ、そんなことは」

(もう王宮の用事はすんだし)

(二度と行く気はないんだが)

(まあいいか)

(それにしてもこれでわけがわかった)

(そういえばエザクにはオレが孤児だったことは話したような気がする)

(エザクから漏れた話だったんだな)

(ボウドではなかったか)

「もしそうでなくても、レカンは、礼をもって接すれば礼をもって返す男であり、暴力をもって接すれば暴力をもって返す男です。ガスコエル様。あなたは礼を返されたいんですか。それとも暴力を返されたいんですか。これはレカンに対してだけの問題ではありません。あなたの貴族としてのありようをお訊ねしているんです」

「わ、私は礼をもって返される貴族でありたい」

「では、レカンにちゃんとわびていただけませんか」

ガスコエルは立ち上がり、容儀を整えた。

レカンも席を立った。

「レカン殿。今回、わが家は貴殿に失礼で非道な振る舞いをした。お許し願いたい」

「貴殿の謝罪をお受けする」

「これは謝罪の印である。ご受納あられたい」

ガスコエルは懐から金の入った袋を取り出して差し出した。

レカンはそれを受け取った。あとでエザクに袋を返すつもりだ。勅任騎士叙任の祝い金を入れて。

「さてと、ガスコエル様。私が聞いてきた話を詳しくお伝えします。そのうえで、どう始末をつけるかをご判断いただきます」