作品タイトル不明
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一瞬、怒りが湧いた。
〈ザナの守護石〉を奪われてたまるか、と思った。
だが、レカンはその怒りを押し殺した。
まずはガスコエルの言い分を聞いてみなければならない。
深く息を吸って、ゆっくりとはいた。
少し気持ちが落ち着いた。
「〈覇王の守護石〉というのは、これのことか?」
レカンが革鎧の隠しから青い宝玉を取り出すと、机の上においた。
「あ、そうだ。これだ。これが〈覇王の守護石〉だ」
ガスコエルが手を伸ばして宝玉を取ろうとしたので、レカンは右手でそれを遮った。
ガスコエルは、一瞬、むっとした顔をみせた。
「家宝だと言ったな」
「そうだ。わが家が代々伝えてきた秘宝だ」
「ならば家長が保管すべき品だろう。どうしてルビアナフェル姫が持っていたんだ? そして家宝である品をどうしてルビアナフェル姫はオレに渡したんだ?」
「実のところ、私自身も最近まで詳しい事情は知らなかった。母が病弱だったため、父は母を守護するため、この守護石を常に母の首にかけさせた。それを母が亡くなったあと、勝手に妹が自分のもののようにしていたんだそうだ。父は妹に甘いから、きつくは叱らなかった」
「家宝だということを、誰もルビアナフェル姫に言わなかったのか?」
「これがザイドモール家の家宝であるということ自体、家のなかでも秘密なんだ。そうしないと安全が保てなかった。それほど大きな歴史的価値が、この宝玉にはある」
「歴史的価値か。この宝玉には実用的な恩寵はついていないのか?」
「恩寵? 恩寵品だとは聞いていないが」
ドアをノックする音がして、騎士オルガノが入ってきた。手には盆を持っており、茶が二つ載っている。オルガノの目は、机の上の宝玉をみて妖しい輝きを帯びた。
オルガノは、まずガスコエルの前に、次にレカンの前に茶を置いた。
ガスコエルに差し出した茶は、茶碗と皿の縁に青い縁取りがあり、レカンのものには赤い縁取りがある。
「これはまさに〈覇王の守護石〉。このごろつきは、売りさばきもせずにまだ持っていたのですな。これは僥倖」
そう言って宝玉に手を伸ばそうとしたので、レカンはそれを素早く革鎧の隠しにしまった。
「何をする! 返せ!」
「いずれにしてもお前のものではないだろう。さて、ガスコエル殿」
「うむ」
「あんたの言い分は、つまりこうだな。この青い宝玉はもともとザイドモール家の家宝であり、家長が代々引き継いできたものだが、ルビアナフェル姫はそうと知らずに母の死後この宝玉を身に着けていた。だから正当な持ち主であるザイドモール家として返却を要求すると」
「そうだ。わかってもらえたか」
「ふむ」
レカンは目を閉じ、泡立つ心を静めながら沈思した。
騎士オルガノは、その時間を待つことに耐えられなかったようで、強い声を発した。
「ザイドモール家の後継者が、自家の秘宝を返却するよう命じているのだ! 屁理屈を言わず、ただちに〈覇王の守護石〉を返せ!」
レカンは右目を薄く開け、オルガノに顔を向けたが、すぐに顔を戻し、目を閉じて黙考に戻った。
だが、オルガノの言い分を聞いて、強いいら立ちを感じていた。
オルガノは、荒々しい声で自分の主君に話しかけた。
「ガスコエル様。こんなごろつきに道理を説いても無駄です。そもそも浮浪者のような冒険者が持っていた石ころと、〈覇王の守護石〉の価値が比べられるわけもありません。こやつは巧言でルビアナフェル姫をたぶらかし、至宝を奪ったのです。盗賊同然のふるまいです。ただちに盗人として捕縛し、宝玉を取り上げるべきです。あなたは王都騎士団の団員で、間もなく騎士となられる身。その権限があるではありませんか!」
もう我慢できなかった。
レカンは、かっと目をみひらいた。
そして、ふざけるな、と一喝しようとしたとき、ゾルタンの声が聞こえたような気がした。
《お前さん、怒りに縛られて自由を失いかけているぞ》
《大切なものは何か。そこをみうしなうんじゃない》
はっとした。
確かにそうだ。
自分にとって大切なものは何か。そこが問題だ。オルガノごとき小物の戯れ言に心を乱されて、そこをみうしなうようでは剛剣にはほど遠い。
今の自分にとって大切なのは、〈ザナの守護石〉だ。だが、それは二番目だ。一番大事なのは、ルビアナフェルの想いだ。レカンにこの守護石をくれた、そのルビアナフェルの想い。それこそ最も大切にしなければならないものだ。その想いに応えるため、レカンは守護石を大事にする。ガスコエルが何と言おうと、そんなことはどうでもいい。
ただし、守護石が本当はザイドモール家の家宝だったとルビアナフェルが知ったとき、どう思うかという問題がある。もしもルビアナフェルが、もう一度守護石と赤い宝玉の交換を願うようなら、レカンはそれに応じなければならない。そうなった場合にも、レカンに守護石を下賜したルビアナフェルの気持ちは、しっかりとレカンに伝わっている。
レカンの目から怒りが消えた。
(そうか)
(やっとわかった)
(本当に大事なものを守れるのを剛剣というんだ)
口から出た言葉は、自分でも意外なほど静かで落ち着いていた。
「オレは、この宝玉をルビアナフェル姫から譲り受けた。だからあんたはまずルビアナフェル姫に事情を説明し、納得させる必要がある。そしてルビアナフェル姫がオレにこの宝玉の返還を求めるなら、オレはその交渉に応じる用意がある。ただし、オレは長年大切に使ってきた赤い宝玉とこれを交換したんだ。だからこの守護石をルビアナフェル姫に返却するとしたら、その赤い宝玉と交換でなくてはならない」
「貴様、なにをふざけたことを!」
オルガノが血相を変えてにじり寄ろうとしたが、ガスコエルが右手を上げて、それを制した。
「レカン殿の持つ宝玉と〈覇王の守護石〉を交換したという話は、グリアからの手紙で知っていた。だが、レカン殿の言うことは実現不可能だ」
「なに?」
「妹はユフ侯爵家の妃なのだぞ。呼び寄せることもできないし、気軽に会うこともできない。今はユフとの連絡は途絶しているし、途絶していなくても、ユフとやりとりなどすれば、どれほど時間がかかることか。そもそも、妹がユフ侯爵家の妃となった以上、その持ち物である宝玉を譲れなどという申し出ができるはずがない」
(なに?)
(ルビアナフェルの嫁ぎ先はユフだったのか?)
(ユフ迷宮のあるところだな)
(たしか一階層しかない妙な大迷宮だった)
(大炎竜が出るのもユフ迷宮だったな)
「レカン殿。すまないが、あなたの宝玉は取り戻せない。諦めてもらうよりしかたない。だが、〈覇王の守護石〉は、わが家にとり、失うわけにはいかない秘宝なのだ。これで譲ってもらえないだろうか」
そう言ってガスコエルは、一枚の金貨を差し出した。
(ふむ)
(このぼっちゃんにしてみれば)
(これは精いっぱいの誠意なんだろうな)
(だがそれは通らん)
時間がかかろうが、相手が侯爵家だろうが、ルビアナフェルを訪ねてその気持ちを確かめることができないわけがない。
ガスコエルに手紙を書かせてレカンがそれをルビアナフェルに届ければいいだろう。そうすればルビアナフェルの気持ちをレカン自身が確かめることができる。ガスコエルがレカンを信用できないというなら、マンフリー・ワズロフに保証人になってもらえばいい。
レカンは茶を一口すすった。
そのとたん、覚えのある刺激が舌の先を刺した。
(〈 平白蛇(ウラスリン) 〉の毒か)
(やってくれるな)
シーラから毒の知識を仕込まれたとき、真っ先に飲まされたのがこれだ。貴族がよく暗殺に使う毒で、即効性と致死性が高い。いろんな迷宮で採れるので、足がつきにくいという利点もある。無味無臭で色も薄いが、肌を近づけると、かすかにぴりぴりとした感触がある。さらに、ある程度以上の温度の茶に入れると、わずかながら独特の刺激臭を発する。レカンはこの毒を、そのままの状態と、温かい茶に入れた状態で飲まされたのだ。あのときは〈ローザンの指輪〉もはずしていたし、しばらくは緑ポーションを飲むことも許されなかった。今は〈ローザンの指輪〉をはめているから、たぶんこの茶を全部飲み干しても死にはしない。
レカンは椅子の背もたれに背を預け、左に首を向けて、騎士オルガノをみた。
「騎士オルガノ」
「何だ」
「喉が乾かないか」
「何だと?」
レカンは椅子から立ち上がり、左手でソーサーごと茶碗を持ち上げると、騎士オルガノの顔の前に突き出した。
「よかったらこれを飲め」
「き、貴様の飲みさしなど飲めるか!」
「飲めないのは、オレの飲みさしだからか? それとも平白蛇の毒が入っているからか?」
「なっ、なにぃ」