作品タイトル不明
7
六の月の三日に、エダはケレス神殿に参拝してケレス神に拝礼し、神殿長と、神殿が選んだ病人に〈浄化〉をほどこした。
びっくりするほど大勢の人々が集まってきた。
近隣の町からも領主や神殿の使者が派遣されていた。驚いたことに、王都ケレス神殿総神殿からマルリア・フォートスがやって来た。
マルリアは、ノーマに恨み言を並べ立てた。どうしてペンタロス・フォートスの求婚を受けてくれなかったのかという恨み言だ。だが、しゃべっているうちに、ノーマの結婚相手にはペンタロスよりレカンのほうが断然よいという結論に自分自身でたどり着いた。
そして、レカンとノーマのあいだにできた子は絶対に神官にするべきだと熱弁をふるった。
ノーマはさりげなく、ペンタロスがレカンを恨んでよからぬ企みをしたことをほのめかした。
マルリアは怒りを沸騰させ、ペンタロスと父親の侯爵にはきつく言って聞かせる、と約束した。そういえば、この女傑には現侯爵も頭が上がらないと、アーマミールから聞いたような気がする。
五月のうちには大量の魔力回復薬ができていたのだが、ノーマの勧めにより、特別仕様の魔力回復薬を十個作り、マルリアに進呈した。マルリアは文字通り躍り上がって喜んだ。そして、領主や神殿にレカンを褒めたたえ、王都に帰っていった。
ちなみに、〈浄化〉の儀のあと、副神殿長は孤児院のこどもたちをレカンに引き合わせた。こどもたちに取り囲まれてせがまれて、レカンは危うく孤児院行きを承諾させられるところだったが、エダの仲裁でその場をしのぐことができた。
チェイニー商店を訪ねたが、チェイニーはバンタロイにいるという。
こうしてさまざまな用事も終わり、山ほどの魔力回復薬もできた。
いよいよパルシモ迷宮への再挑戦である。ノーマにみおくられ、レカンとエダはヴォーカを出発した。
「あ、しまった」
「どうしたの、レカン?」
「竜の肉をジェリコの土産にと思ってたんだが、渡すのを忘れていた」
「レカン。長腕猿はお肉を食べないよ」
「なん……だと」
7
レカンとエダを見送ったあと、ノーマはぼうっとしてお茶を飲んでいた。
レカンが去ったヴォーカの町は、急に光を失ってしまったようだ。
ジンガーが淹れてくれた茶が味気なく感じる。
いつのまにか自分はレカンをこんなにも愛していたんだと、しみじみと感じた。
それでもいつかレカンはここに戻ってきてくれる。
レカンは離れの住まいを気に入ってくれた。ノーマはレカンの気分を害するようなものが離れに舞い込まないよう、細心の注意を払っている。
調薬小屋には、予想を超えた喜びをレカンはみせてくれた。今後調薬はここの小屋で行うと言っていた。つまり薬を作るときには必ずレカンは戻ってきてくれるのだ。
そのことにひどく安心感を感じるとともに、以前ほど狂おしい気持ちでレカンを求めてはいない自分であることも感じていた。
あれは何だったのだろう。
レカンを手に入れずにはすませないという、あの激しい情念は。
いざレカンを婚約者とすることができ、ゴンクール家の離れに住んでもらえることが確定した時点で、燃えさかるような執着の気持ちは不思議なほど静かに収まり、今では恋の炎に焼かれた自分がいたなどということが夢のように思われる。
ただしレカンへの愛情が薄れてしまったのかというと、そうではない。
独占欲のような強く一方的な恋情が、柔らかで深い愛情に変わったのだ。もしも何者かがノーマからレカンを奪おうとしたら、あるいは何者かがレカンを傷つけ踏みにじろうとしたら、ノーマはその相手に対峙し、自分のすべてと引き換えてもレカンを守ろうとするだろう。
いまだノーマはレカンと床をともにしていないが、それはもうどうでもいいことのように思われた。レカンの子が欲しいという思いもないではないが、安らかで満ち足りた時間が続けばそれでいい。それ以上を望もうとは思わない。
奇妙なことだが、ヘレスに感じた強烈な嫉妬を、エダには感じない。もともとそうだったが、今ではなおさらそうだ。
というより、レカンが幸せで平安であるためには、エダが一緒にいることが必要に思われる。レカンとエダは互いに引かれ合っている。それはまちがいのないことだ。そしてレカンには、自分の命などどうでもいいと思っているふしがあり、常に戦いに身を置かねばならない気性と運命の持ち主であるように思われる。だからエダのような愛情と守護の対象を身近に置くことは、レカンの生存と安寧にとって、大いに意味がある。
もう少しいえば、エダを大事にするレカンがノーマは好きなのだ。エダのことを忘れてみすてるようなレカンであってほしくない。ただし無自覚にエダから離れることはあり得た。
だからノーマはレカンに、エダを婚約者にするよう勧めた。その結果、レカンとノーマとエダの関係は、婚約という絆で結び直され、ゴンクール家の離れは、三人の巣となった。
どこに行こうともレカンとエダはここに帰ってくるだろう。それが今のノーマにはとてもうれしい。
しかし、婚約の祝宴でも、レカンはエダに与えるほど優しい笑みをノーマにはくれなかった。
レカンの冒険についていってレカンを助けられるのはエダであってノーマではない。
そのことに少しばかりの寂しさを感じないといえば嘘になる。
(まったく人の欲には限りがないな)
(ほどのよいところで我慢をすれば幸せは続き)
(我慢できなければその幸せは続かないと知っているのに)
(より多くを手にした自分を夢みることはやめられない)
冷めた茶を口に運ぶノーマを、ジンガーがみまもっていた。