軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ぶるう?」

振り返ってきょとんとした目でレカンをみつめるその怪物は、ジェリコだった。

「な、に?」

レカンは呆然と立ち尽くした。

ジェリコとはもう何年も付き合っている。気性はごく温厚だし、気遣いのできる、いい猿だ。そして知能も抜群に高い。

今も邪気のまったくないつぶらな瞳でまっすぐにレカンをみているが、そこには狂気も獰猛さも張り詰めた敵意もない。

だがしかし、その放つ気配の圧倒的な力は隠しようもない。

ツボルト迷宮最下層の敵よりもなお、今のジェリコは恐ろしい。

(勝てん!)

不用意に相手の間合いに飛び込んでしまった。今下手に動けばたちまち殺されるかもしれない。だから剣を抜くこともできない。そして剣もなく、魔法を撃つための距離と時間もないとなれば、この強大な相手と戦いようなどない。

(これがジェリコの正体か!)

のんびりしたいつもの姿は擬態だろうとは思っていた。

しかしここまでの力を持っているとは想像もしていなかった。

「ぶるぶる?」

かわいらしげに何かをレカンに問いかけている。

レカンはごくりと唾を飲み込んで、右足をゆっくりと後ろに引いた。

ジェリコは相変わらず攻撃の構えをみせない。

レカンは次に左足を引いた。

ゆっくり、ゆっくり時間をかけて、ジェリコから目をそらさないようにし、またうかつに攻撃の気配を放たないよう注意しながら、五歩後ろに下がった。

そこで大きく息をはいた。

(これだけの距離があれば万が一の場合剣を抜ける)

汗がどっと体からあふれ出た。

どうして今までジェリコがこれほどの怪物だということに気づかなかったのか。

もちろんそれはシーラが隠蔽していたからだ。

ジェリコから充分な距離を取ると、レカンはくるりと振り向いて、シーラの家に向かった。

戸口は、エダが入ったときに開けたままになっている。

ずかずかとレカンは家に踏み込んだ。

「シーラ! 聞きたいことが……」

と言いかけて言葉に詰まった。

家のなかにはジェリコがいて、エダから土産を受け取っている。

エダが振り返ってレカンをみた。ジェリコもレカンに視線を向けた。

「どうしたの、レカン?」

「ぶるふう?」

どうして家のなかにジェリコがいるのか。

たった今庭で出会ったばかりなのに。

そのとき背後に巨大な魔法の気配があった。

レカンは素早く振り向いて剣を抜いた。

魔法の気配は一瞬で消えた。だが、レカンの鋭敏な感覚は、一瞬のうちに背後で起きた出来事を感知していた。

シーラだ。

シーラが現れ、何かの魔法を行使した。

そしてレカンが振り返ったときには、シーラの気配は消えていた。

「い、今の、何?」

エダの質問にも答えず、レカンは剣を抜いたまま、前に二歩進んだ。

ジェリコがこちらに歩いてくる。その後ろにシーラがいる。もちろんシーラは〈生命感知〉に映っていない。〈魔力感知〉でも捉えられない。〈立体知覚〉ではぼんやりとした姿が映っている。

「シーラばあちゃん!」

急にこどもに戻ったような驚きの声を発して、エダが家から飛び出した。

「ばあちゃん、無事だったんだ。元気だった?」

「久しぶりだね、エダ。あたしは元気さ。あんたはずいぶん成長したね」

「帰ってきたんだね。帰ってきたんだね。もうずっとここにいるの?」

「いや。あたしは消えたことになってるからね。今日はちょっと用事があったから出てきたのさ」

「用事って、そのお猿さん? もしかして、ジェリコのお嫁さん?」

レカンは振り返ってジェリコをみて、そして向き直って近づいてくる猿をみた。

ちがう。

よくみるとちがう。

ジェリコは普通の長腕猿と比べると、腕が少し短く、顔つきがやや人間じみている。普通の長腕猿は体毛が茶色がかった黒色だが、ジェリコは青みがかった黒色だ。

だが庭にいるジェリコに似た何かは、普通の長腕猿よりは腕が短く、顔つきがやや人間じみているものの、体毛の色が赤みがかっていてやや薄い。そして表情が柔和だ。

だが似ている。この新しい猿は、ジェリコととてもよく似ている。そして、先ほど感じた怪物じみた強さを、今は感じない。これはいったいどういうことなのか。

「うほっほ」

ジェリコが家から出てきて、庭の猿を迎えた。そして優しく抱きしめた。相手の猿も柔らかくジェリコを抱き返した。

こうしてみると、ジェリコのほうがわずかに身長が高い。

ジェリコともう一匹の猿は、いとおしそうな目でみつめあっている。

後ろでシーラがにこにこ笑っている。

「ねえねえ、シーラばあちゃん。この 娘(こ) 、ジェリコのお嫁さん?」

「そうだよ。ユリーカっていう名さ」

「わあ、素敵な名前だね。どこの山でみつけてきたの?」

「まあ、そこらの山でね」

(嘘をつけ!)

(こんな危険な魔獣がそこらの山にいてたまるか)

「ジェリコ! ユリーカ! おめでとう! お似合いだよ」

「うほほ」

「ほほう」

二匹の猿が幸せそうに照れている。

「レカン。大変だ」

「ああ」

「ノーマさんに言って、ユリーカの部屋も作ってもらわないと」

「えっ?」

「うほほう」

「ほほ」

「え? いいの? あ、そうか。新婚さんだもんね。同じ部屋でいいか」

「うほう!」