作品タイトル不明
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呆然と立ちつくすぽっちゃりを置き去りにして、レカンは歩き去った。アリオスも黙ってついてきた。
ぽっちゃりの姿がみえなくなってから、アリオスが言った。
「さっきのやりとり、お見事でした」
「そうか?」
「レカン殿。変わりましたね」
「少しは剛剣になったかな」
「何のことです?」
「いや、何でもない」
剛剣といえば、結局自分が愛剣とすべき剣はいったいどれなのだろう、とレカンは考えた。
使い心地がよく、どんなに乱暴に扱っても折れることのない剣。常に信用できる剣。取り回しのいい剣、あるいは最高の攻撃力を持った剣。そんな剛剣をこそ求めてレカンはツボルトに来た。
一時は〈彗星斬り〉こそ探し求めた理想の剣なのではないかと思った。
だが、ツボルト迷宮の最下層では、〈彗星斬り〉はただのショートソードと化した。恩寵が無効化されたからだ。
そもそも強さとは何か。
よい武器や防具や装備を手に入れることは、もちろん大事だ。レカンは剣士なのだから、よい剣を得ることは何より大事だ。
だが、その剣を振るレカン自身の強さも大事だ。恩寵に頼った戦いをしていては、レカン自身の強さは磨かれない。
そう考えると、普段使うべき剣は、頑丈で信頼性が高く、格別な恩寵のない剣なのではないか。
〈ラスクの剣〉だ。
あの剣こそ、最高の操作性と信頼性と深度を兼ね備えた、本当の名剣だ。使うことによって使い手が磨かれる、優れた剣だ。いざというときには〈彗星斬り〉も大いに活用すればいいが、普段の戦いには、〈ラスクの剣〉〈アゴストの剣〉こそふさわしい。
「待てよ。ナディス男爵領はこの近くだったな」
「ええ」
「リプリンという町は遠いのか?」
「リプリンなら、ちょうどここから真東に行ったところにあります。距離はそれほどでもないんですが、ちょっと山道になりますから、五日ぐらいかかりますかね。まあ、レカン殿と私なら、もう少し早く着くかもしれません」
「よし、行くぞ」
リプリンには三日で着いた。
ラスクとアゴストの住んでいた家はすぐにみつかった。亡くなったアゴストの妻だった女が家を守っていた。その女から、レカンは〈アゴストの剣〉が作られ、売りに出された事情を聞いた。
レカンが、〈ラスクの剣〉と〈アゴストの剣〉を愛用していると知ると、女は泣いた。
アゴストの息子が危機に陥っていて、問題を解決するにはリプリンのすぐ隣にあるカパドア迷宮に行って鉱石を集めてくるのが早道だと知った二人は、さっそくカパドア迷宮に潜った。三十の階層を持つ迷宮で、得られるものは鉱石か魔石だけという妙な仕組みだ。二人はたった三日で踏破し、数多くの鉱石と魔石を得た。
進化した〈収納〉だが、意外な欠点がわかった。念じるだけで〈収納〉の中身を呼び出すことはできるが、明確に対象を心に思い描かないと出てこない。それはいいのだが、異常に魔力を消費するのである。半分とはいわないが、レカンの保有魔力量のかなりの量が失われる。だからこの能力は、いざというときにしか使えない。というより、普段は普通に手を突っ込んで武器を取り出したほうが早い。あのときは偶然素早く呼び出せたが、あれは狙ってできることではない。
〈突風〉も、やはり進化していた。以前は強い風を起こせるのは自分の身の周りだけだった。十歩離れると威力は格段に落ち、二十歩離れるとそよ風のようだった。ところが今は、五十歩離れた相手もよろめかせるほど、有効範囲が広がっていた。
一つ不思議だったことがある。
レカンはツボルトで過ごした最後の夜に、金ポーションを飲んだ。ところがカパドア迷宮の探索では、結局どんなスキルを得たかわからなかったのだ。もしかすると戦闘スキルではないのかもしれない。
それから二人はヴォーカに帰った。
到着したのは七の月の六日である。
ヴォーカを出てから二百四十六日が過ぎていた。
13
家に戻ってみると、鍵はかかっておらず、エダはいなかった。
壁に伝言が書いてある。
〈エダとジェリコは私とゴンクール邸にいます。無事ですからご安心を。ノーマ〉
どうしてゴンクール家などにいるのか知らないが、とりあえず無事ならいい。
レカンは一人でシーラのもとに向かった。リーコネン地区にあるサンドラの住まいだ。
家のなかにいるようなので、〈隠蔽〉を自分にかけてベランダに立った。
しばらくすると、シーラがベランダに現れた。
「お帰り」
「ああ。ところで、〈ティーリ・ワルダ・ロア〉というのはどういう意味だ」
「お茶の準備をするから、ちょっとお待ち」
シーラは二人分のお茶を淹れて椅子にすわった。
「さてと。〈ティーリ・ワルダ・ロア〉だったね。古語だね。今は使わない、古い古い言葉さね。しかも儀式なんかで使う神聖語という特別な言葉だよ。〈 黄泉(よみ) の翼よ 訪(おとな) ふなかれ〉という意味だね」
「なに?」
「少し現代風にかみ砕いていえば、〈死よ、われを避けよ〉ってところかね。まさかあんたが、それをねえ。あんたツボルトに向かったはずなのにダイナに着いちまったのかい」
シーラの視線が、ちらと〈不死王の指輪〉に向けられたような気がした。
「そうじゃない。これを得た」
レカンは〈収納〉から〈彗星斬り〉を出した。
「あ、出たんだ。よかったね」
「ああ。この剣について聞きたいことがいくつかある」
「へえ? 何だろうね」
「この剣は〈ウォルカンの盾〉を素通りした。あれはどういうことだ」
「〈彗星斬り〉がほかの魔法剣とちがうのは、剣身本体よりずっと長い魔法刃ができることさ。その部分には実体がない。その部分で実体のあるものに斬りつけると、相手が切れるものであれば切る」
「ふむ」
「相手がひどく頑丈で切れないときは素通りする。だけどそのとき相手の耐久度は下がっちまう。傷も付かないし消耗度も上がらないから、一見何も起きなかったみたいにみえるけれども、素通りしながらダメージは与えてるのさ。といっても、頑丈な鎧の上から斬りつけたら、鎧の耐久度は下がっても、なかの人間は無事だ。〈ウォルカンの盾〉は耐久度を犠牲にして使い手を守ったともいえるね」
「なるほど。それから、〈彗星斬り〉をほかの魔法剣と打ち合わせたら、お互いがお互いを防いだ。あれはどういうことなんだ」
「え? そんなことがあるはずが……いや。その魔法剣の使い手は、ただもんじゃなかったんだね?」
「ああ。とてつもない相手だった」
「普通は魔法剣を切っても、今説明したのと同じように、相手を真っ二つにするか素通りして耐久度を削るかなんだけどね。魔力量がばかみたいに多いやつが思いっきり魔力を込めると、何ていえばいいのかね、魔法刃の密度が上がるんだよ」
「ほう?」
「魔力量だけじゃなくて、魔力のそそぎ方も大事なんだけどね。とにかく、そうやってできた特別製の魔法刃なら、中身の剣身が削られないように他の魔法刃をはじくんだ。というか魔法をはじくんだ。〈彗星斬り〉の魔法刃は、もともと密度が高いから似たような性質がある。だからそんなことになったんだろうねえ」