軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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ザック・ザイカーズ一行がヴォーカを離れ、エダは自宅に帰った。

ノーマも自宅に帰った。すなわち、ゴンクール屋敷にである。

翌日、質問をため込んだ筆写師ラクルスがやってくると、食事時間以外離してもらえないという状態になった。それは一日ではすまず、数日続いた。

ラクルスは、仕事に疲れたら資料を読んで疲れを癒すという人で、その生活の様子はまるで聖職者のように、写本という務めにすべてを捧げきっている。そして今回の大仕事に、残った人生を捧げきるほどの情熱を燃やしている。

ところで、なぜノーマがここゴンクール屋敷で暮らしているのかといえば、ゴンクール家の後継者となったからだが、ノーマがそれを引き受けるについては、このラクルスの存在が関係している。

話は昨年のアーマミールとの約束にさかのぼる。

薬聖訪問団がヴォーカを離れたのが昨年の九の月の十七日のことである。アーマミール一級神官は、去り際に「王都についたら、すぐに筆写師を一人手配して一年ほどの予定でヴォーカに派遣します。年明け早々になると思いますがの」と言っていたが、この「年明け早々になる」のは、当然筆写師の手配を始めるのが年明けになるという意味だと思われた。

王都帰着は九の月の末か十の月のはじめになる。そしてアーマミール神官は、今回の報告を各所に提出しなければならない。その報告書の作成や資料の取りまとめにも一定の時間がかかる。それから対談記録の整理をすぐにも始めなければならない。本にするのは少し先のことだとしても、あれだけの人数が参加した訪問団であり、彼らは所属する神殿や機関にヴォーカで何があったか必ず報告する。

なかでも病み衰えていたスカラベル導師が健康を取り戻したということと、〈浄化〉に関する問題点が判明したということは、周りの耳目を引かずにはおかない大事件だ。怒濤のように問い合わせが、アーマミール神官に押し寄せるはずだ。

そうした事々を考え合わせれば、年明け早々に筆写師の手配を始めるどころか、年内に始められれば早いほうだと、ノーマは考えていた。

それでもノーマは、十の月のうちに、『薬草学序論』の序文と解説を書き終えた。この書は分量も少なめだし、初学者にも理解しやすい。しかももともとノーマが増補して原稿を整えていたから、解説もごく簡単なものですんだのだ。これで筆写師に渡す最初の仕事が整ったわけで、どんな具合に作業が進もうとも、余裕を持って取り組むことができる、とノーマはすっかり安心した。

アーマミール神官の事務処理能力を、ノーマはまったく甘くみていた。

年が明け、一の月の三日にアーマミールから手紙が来た。筆写師が一の月の中旬に弟子二人を連れてヴォーカに到着するので、宿舎の手配をよろしくお願いするという内容だった。

「これは来年の一の月のことなのかな?」

とジンガーに聞いたものだ。

念のために三人が泊まれる部屋を診療所内に確保した。うち二つは資料で埋まった部屋だが、許してもらうほかない。

本当に一の月の二十一日に筆写師一行が到着した。大量の荷物とともに。荷物を下ろすと御者と護衛は王都に帰っていった。

荷物の整理を弟子二人に任せ、ラクルスは到着の翌日から仕事を始めた。

ただしその最初の仕事とは、写本ではなかった。ノーマに刊行計画の大要を説明し、ここからの作業の進め方について相談をかけてきたのだ。

ノーマはこのときまで、本を刊行するというのは、綺麗に文字を写して製本し、表紙を付ければいいのだと思っていた。だが、本を刊行するというのは、そういうことではなかった。ノーマ自身、父の実家にいたときに本というものをみたこともあるのだが、それがどういうものであるのか、まったく理解していなかったのだ。

まず、本には決まった大きさがある。その規格は、百分法で厳密に定められている。百分法はいうまでもなく大陸で広く使われている長さの単位で、おとなが一歩を踏み出す長さである〈一歩〉を基準に、それを百分の一に割ったのが百分法である。

〈大典〉は高さ一歩、すなわち百分という規格である。これは国王の戴冠式に用いられる〈大典書〉にしか用いられない。横幅は高さの七割となる。これはほかの規格でも同じである。大典書は、一人では持ち運べない大きさと重さを持つ。なお、一度完成した大典書は原則としてページがめくられることはない。

〈法典〉は高さ六十分という規格である。教会法を記す書物の大きさであり、勅令の記録や国の正史といった重要書がこの大きさで作られる。

〈祝典〉は高さ五十分という規格である。主要祭典の際使われる戒律集〈祝典書〉の大きさであり、貴族が本を作り所蔵したり献納したりする際許される最大の大きさである。

〈略典〉は高さ四十分という規格である。日常の礼拝で使われる戒律集〈略式祝典書〉の大きさである。

〈貴典〉は高さ三十分という規格である。信仰厚い貴族に下賜される戒律集の大きさである。

〈民典〉は高さ二十分という規格である。信仰厚い庶民に下賜される戒律集の大きさである。この規格の本は、箔押しや金箔貼りが許されない。

本というものは、この六つの規格のいずれかでなければならない。もっとも、〈分〉の長さ自体が地域などで微妙にちがううえ、〈飾り幅〉などと称して高さや幅を水増しする慣行もあるので、実際の本の大きさというものには多様性がある。だが、規格としてはこの六つのいずれかであることが要求される。今回の本についていえば、上の二つの規格は使えないから、実質〈祝典〉以下の四つの規格でなければならないということだ。