作品タイトル不明
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青白い燐光が岩の床と壁と天井からあふれ、百階層に踏み込んだ五人を淡く照らす。
〈生命感知〉には五人以外、誰も映っていない。この階層には今この五人しかいないのだ。
「さて、いくぞ」
レカンが先頭になって歩き、四人が従う。この迷宮では通路で魔獣に出会うことはない。だから全員くつろいでいる。
いや、レカンはそうではなかった。
ゆるやかな動作で歩きつつも、警戒心は解いていない。狼は、用心深い生き物なのだ。
百階層では、中央に通路があり、その左右両側に一つずつ部屋がある。それが四か所続いていて、通路の正面に一つ部屋がある。この正面奥の部屋が階段部屋であることはすでに聞き込みでわかっていることだし、〈図化〉によっても確認できる。
そして九つの部屋を取り巻くように回廊がある。
中央の通路も周りの回廊も、多少曲がりくねっているので、こうして中央に立っても直接階段部屋はみえない。
レカンは、階層の入り口から右にすすみ、右手前の部屋の前に進んだ。
「これが入り口だな」
「これが」
「おお」
「へえ」
青白い燐光を放つ岩壁の一部が大きくくり抜かれたようになっており、白っぽいもやに包まれて淡く光っている。月明かりに照らされる雲のように。
「検証したいことがある。ちょっと付き合ってくれ」
レカンはそう言うと、迷いなく回廊を進んでいった。一度右奥まで進み、突き当たりを左に曲がり、すぐに左に曲がった。
回廊はどこも柔らかな光にあふれている。
「ここだな」
「レカン殿。これは?」
「さっきの部屋の出口だ」
そこも入り口と同じように、岩壁の一部がくり抜かれたようになっていて、もやがかかっている。だがそのもやは灰色にくすんでいる。
レカンはそこを通ろうとした。だが通れない。
「なるほど。やはり出口の側からは入れないんだな」
「それを疑っておったのかい」
「なんで素直に入り口から入らないんだい?」
「出口から入れると思ったのかい、レカン」
「百階層以下の構造を把握したいんだ。段々わかってきた」
「ほう?」
「では、戦闘してみようか。この部屋の入り口に戻るまでもないな。すぐ後ろが次の部屋の入り口だ」
振りかえってみれば、確かにそこに別の部屋の入り口がある。階層のなかでいうと、右側の手前から二番目の部屋ということになる。
「よし。ここの侵入通路に入るぞ。ヨアナ、これを飲んでおけ」
「えっ? 今日はもうくれるのかい」
レカンはヨアナに魔力回復薬を渡した。
今日までは、一度戦闘が終わって二度目の戦闘に移るときに渡してきた。
だが今日は百階層戦だ。
今日の戦いでは最初から飲ませておくのがよいと、レカンは判断したのだ。
最初に飲んだときの印象が非常に強かったためか、ヨアナはほとんど妄信的といっていいぐらいに強く、この回復薬の効果を信頼している。
ヨアナは魔力回復薬を口に放り込み、かみ砕いて、なお口のなかでこねまわしている。そのようにして嚥下すると効果が早く現れると、レカンが教えたのだ。
レカンは侵入通路に入った。
侵入通路というのは、回廊と魔獣の出現する部屋を結ぶ通路だ。
五人全員が入ったところで、レカンは回廊のほうに戻ろうとしたが、白い雲のようなもやに押し戻された。これも話に聞いていた通りだ。侵入通路は一方通行なのである。
「お」
予想していたことが起きた。
今まで何もいなかった部屋のなかに、突然青い点が五つ生じたのだ。
やはりそうだった。
ツボルト迷宮の百階層は、侵入通路に人間が入ってきたときはじめて、魔獣を生み出すのだ。昨日、この階層についての話をいろいろ聞くなかで、きっとそうだろうと思っていたのだ。
そういう迷宮は、もとの世界でもみたことがある。ただし、もとの世界では侵入通路などというものはみたことがない。冒険者が部屋に入って少しあとに、その目の前で魔獣が湧き出るのである。そして、もとの世界では、魔獣が湧き出たあとはそれ以上の冒険者は部屋に入れなかった。
そして、この予想が当たった以上、おそらくもう一つの予想も当たっている。
だが、そのことは知られていないようだ。少なくとも、〈グリンダム〉の三人も、ナークも、そんな可能性があるとは考えていないようにみえた。
たぶん知っている者はいる。今までもいたろうし、今もいるだろう。知っていながら口を閉ざしているのだ。
(まあいい)
(そのことはあとで検証すればいい)
(今は目の前の敵と戦うことだ)
レカンは〈立体知覚〉で部屋のなかを観察した。
広い部屋だ。
ほぼ丸い形をしていて、直径は百歩少々ある。天井も高い。椀を伏せたような形状をしており、中央部分では三十歩はあるだろう。
魔獣五体は、なるほど今までより小さい。アリオスと同じぐらいの体格だ。
部屋の中央に五体並んでこちらをみている。
レカンたちの存在を知っているのだ。
五体とも武器を持っている。
レカンが観察をしているあいだに、ヨアナは防護魔法をかけ、〈豪炎斬〉の準備詠唱を済ませた。
「〈展開〉!」
〈ウォルカンの盾〉を左手に持ち、レカンは全員に話しかけた。
「部屋の形はほぼ円形で、直径は百歩少々ある。その中央に五体の敵がいる。敵は横一列に並んでこちらをみている。固まってはいない。それぞれ五歩程度離れている。全員武器を持っている」
四人は真剣なまなざしでレカンをみつめている。侵入通路は回廊にくらべて薄暗い。その薄暗さが奇妙な緊張感をもたらしている。
レカンの目がアリオスの胸で止まった。
アリオスは右胸に〈命根のしずく〉という宝玉を埋め込んでいる。その宝玉の魔力は、〈魔力感知〉にはっきりと映っている。
もう一つ、胸の中央、軽鎧の下辺りに、何か魔力の込められた物がある。宝玉ほどの大きさであり形だ。
今までは、そんな物はなかったはずだ。ということは、今日になって〈箱〉から出して軽鎧の隠しに入れたのだろう。
「最初にアリオスが入れ。その右側にブルスカが並べ。アリオスの左側にツインガーだ。俺は三人の後ろに立つ。その斜め左後ろがヨアナだ」
指示が四人の頭にしみるのを待って、レカンは次の指示を出した。
「敵の武器は向かって右から、ハルバード、ショートソード、バトルハンマー、シミター、ロングソード。ブルスカは右端のハルバード持ちに当たれ。ツインガーは左端のロングソードだ。ヨアナは中央の三体のうちどれかを狙え。倒さなくていい、時間をかせげ。アリオスとオレはそれ以外の二体だ。ヨアナ」
ヨアナがうなずく。準備詠唱を終えて魔法を維持している最中なのだから、言葉を発するわけにはいかない。
「オレも前進するが、お前のことは必ず守る。お前は攻撃に適した位置まで進んで攻撃しろ」
ヨアナがもう一度うなずいた。レカンはもう一度全員をみわたした。
「相手が位置を交換しても、こちらは陣形を変えない。目前の敵を倒せ。では、いいか」
五人は、もやもやとした白色の入り口の前に並んだ。
レカンが〈オドの剣〉を抜く。
アリオスは剣を鞘に収めたままだ。
「急がなくていい。なかに入ったらよく足場をみさだめるんだ。仲間同士の距離は五歩以上とれよ」
一つだけ気になることがある。
百階層以下で出る〈鉄甲〉五体に能力の差はないという情報だった。だが、ショートソード持ちの〈鉄甲〉だけ非常に魔力が強い。
これが何を意味するのかはわからない。今考えてもしかたのないことだ。
レカンは指示を発した。
「行くぞ!」