軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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1

その扉の前で、レカンは逡巡した。

呼び鈴もノッカーもない。とすると、扉をたたくか、声を張り上げるしかない。

だが、この扉をたたいてよいものかどうか。

レカンは迷った。

2

三日前、ヴォーカの町に入ろうとしたとき、レカンは思わず立ち止まり、チェイニーに訊いた。

「チェイニー。この町には魔獣がたくさん棲み着いているのか」

「えっ、魔獣? ああ! はい、棲んでいますよ。飼いならされた魔獣です。猿と狼ですね。猿は〈 長腕猿(ザンバルドゥ) 〉を飼いならしたもので、狼は〈 木狼(トルジェ) 〉を飼いならしたものです。魔獣とはいわず、家猿や家狼と呼んでいます。ほかの大きな町でも、家猿か家狼を飼うことは珍しくありませんが、両方がいるのはこの町ぐらいでしょうね」

〈生命感知〉でざっと町のなかを探ったところ、魔獣を示す青い点が、驚くほどたくさんあった。ある場所など十以上の点が密集している。また、さすがに大きな町だけあって、魔力持ちの人間を示す赤い点がいくつもある。その青い点や赤い点のなかには、きわめて強力なものもまじっている。

町に魔獣がいるのかという質問は、レカンが特殊な探知能力を持っていることを暴露するようなものだが、ここまでの道中で、たぶんチェイニーには気づかれている。「魔獣とはいわず、家猿や家狼と呼んでいます」というのは、たぶん誰でも知っていることだろうに、わざわざ説明したのは、レカンがこの世界の常識にうといことをみぬいているからだ。

ヴォーカについた最初の夜は、チェイニーが手配した宿に泊まった。夕食どころか朝食までついている宿だった。

二日目の昼、チェイニーから報酬を受け取ったが、そのときレカンは、腕のいい薬師を紹介してほしいと頼んだ。

理由を訊くチェイニーに、レカンは事情を説明した。

もともと自分は程度の高くない魔法薬は自作していた。それは戦闘に明け暮れる自分にとって必需品である。しかしとある事情で故郷からひどく離れたこの地に移ることになったが、植物がみかけないものばかりで、魔法薬の作り方がわからない。そこで、薬師に弟子入りして技術を学びたい。また、自作できない上級の魔法薬を買いだめしておきたい。

「うーん。つまり、技術を学んだら立ち去るわけですね。その条件だと、お金を払って技術を教えてもらうことになりますよ」

「それは当然だ」

「しかも腕のいい薬師となると、授業料も高いでしょうね。ああ、でも、あなたなら、冒険者として授業料や生活費を稼ぎながら学ぶこともできますね。どんな種類の魔法薬の作り方を学びたいのですか」

「治癒薬と、魔力回復薬。この二つがおもだ」

「なるほど。うーん」

しばらく考えたあと、チェイニーは一人の薬師の名を挙げた。

素晴らしく腕のよい薬師なのだが、なぜか弟子をとっていない。

弟子入りを望む者は多いし、領主などは、大金を払うから部下を弟子入りさせてほしいと、再三にわたって頼んだのだが、それなら店をたたんで町を出るとまで言って、薬師はこれを拒否したというのである。

「そんなお人ですので、レカンさんが弟子入りできるみこみは低いと思うんですがね。しかし、彼女の腕は、ほかの薬師と隔絶しています。私は、断られるのを承知で、彼女にレカンさんの弟子入りを頼み込んでみようと思うのです。それに……。いえ、何でもありません。とにかくお願いしてみます」

願ってもないことだ。レカンとしても、そんなに腕のよい薬師に弟子入りできる可能性があるのなら、金や労力を惜しみはしない。

一日か二日待ってほしいとチェイニーが言うので、レカンは、安い宿を教えてくれと言った。

「狭くても臭くてもかまわない。安ければ安いほうがいい。長く泊まることになるかもしれんしな」

「はは。それにレカンさんなら、少々危険な場所でも大丈夫でしょうしね。わかりました」

そう言って、チェイニーはさらさらと地図を描いた。

「ここです。ちょっと奥まった場所にありますし、ここからは距離がありますが、レカンさんなら問題ないでしょう」

「助かる」

その晩の宿泊費と翌朝の食事代はもう支払ってあるということだったのでそのまま宿泊し、三日目の朝、早めに朝食を済ませてから宿を出た。

一緒にチェイニーの護衛をした冒険者の少女エダは、宿のなかで一か所にとどまったままだ。寝ているのだろう。

その日は町中をみてあるき、夕方近くになってから、紹介された宿に行った。なんと一泊銅貨一枚という安さだった。

それでいて寝床にはかび臭くない藁が敷き詰めてあるし、シーツはそこそこ奇麗だった。たらいに水まで張ってある。追加料金を払って夕食を食べたが、量も味も、値段のわりにはなかなか満足のいくものだった。

翌日は、たまった疲れを癒すため、少しゆっくり眠り、今夜も泊まるつもりだと告げて町に出た。あちこち店をみて回り、日常品などを買い込んだ。

まだ夕刻にもならない時間に宿に帰り、一泊分の料金を払って部屋に入った。前日とは別の部屋だ。こういう宿は、連泊するからといって部屋を取り置いてくれたりはしない。

いったん荷物袋に放り込んでおいた買い物を、〈収納〉に収めた。

ふと思い立って、〈収納〉のなかから食品を取り出して検分した。明らかに食えない状態になっていたものもあった。これは処分しないといけない。あれこれと荷物を取り出して状態を確認した。使い物にならなくなっている魔法薬がかなりの分量あったのは残念だった。

食事を取りに階下に降りたとき、ちょうどチェイニーの使いがやってきた。

使いは、わざわざレカンの部屋に来て、チェイニーからの伝言を伝えた。あまり人には聞かせたくないのだろう。

薬師はとにかく会ってくれるそうで、家の地図を渡された。弟子入りできるかどうかは、レカン自身の交渉次第だという。

チェイニーの店の地図も渡された。

「あるじは、交渉の結果が出たら、一度お訪ねいただきたい、と申しておりました」

最後にそう言って、使いは帰った。

そこで翌日、レカンは薬師シーラを訪ねたのである。

ひどくわかりにくい場所である。

繁華街をずっとはずれた城壁際だ。

古く大きな建物が入り組んで立ち並んでいて、たぶん正式の持ち主ではない貧しい人々が、肩を寄せ合うように住んでいる、そんな場所の奥深くを、地図は指し示していた。

細い路地を何度も何度も曲がって進み、ようやくたどりついた場所は、完全に柵に覆われている。

柵の向こう側には、たぶん薬草なのだろうが、妙に毒々しい草や背の低い木が生い茂っている。

奧には木造の家がみえる。この町にはレンガや石でできた家が多く、木でできた家は珍しい。

二階があるようにはみえないが、平屋建てにしては屋根が高い。そして一番奧側の中央近くに、不自然なほど大きな煙突がそそり立っている。

そしてどうみても、その家に近づく道がない。

だが地図には説明書きがあって、柵の一番右側を押すと出入りができるのだ。

柵を押して敷地のなかに入ると、草のアーチに囲まれた隠し通路があった。

その通路を一番奥まで進むと、そこにドアがあったのである。

しかし、よりにもよってこの場所だとは。

地図をみたとき、まさかと思ったのだが。

まるで迷宮深層のボスのような圧倒的な魔力の持ち主がいる場所であり、この場所にだけは近づきたくないと思っていた、まさにその場所を、地図は指し示していたのである。