軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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20

「では、ヘレス。迷宮の主について説明してくれ」

「わかった」

ヘレスは、迷宮の主である八目大蜘蛛の女王種について説明した。その説明は、おおむねジェイドから聞いた通りだったが、一つ足りない情報があった。

「おい。〈召喚〉のことも、一応話しておけ」

「召喚? レカン殿。それは何のことだ」

「女王種の特殊能力だ。一万もの斑蜘蛛を呼ぶという」

「はあ? そんなばかな。一万匹だと? もしもそんなことをされたら、戦いようなどない。いったいどこでそんなたわけた話を聞いたのだ」

「ジェイドから直接聞いた話だ」

「ジェイド殿は、若いころには何度も最下層を踏破した、伝説的な冒険者だ。あの人が嘘やまちがいを言うとは思えぬが」

「ただし、今生きてる冒険者のなかで、実際にみたやつはいない。つまり、女王がその能力を使うことは、めったにない」

「そうなのか? 何か特別な条件があるのだろうか」

「それはわからんな」

「わからんことを考えてもしかたあるまい」

「そうだな。だがみんな、そんな話があるということだけは覚えておいてくれ。さて、降りようか」

「うん!」

「はい」

「ふふ。ちょうど姫亀の二刻だな。いつも通りということか」

レカンたちは、階段を降りた。

異様に長い階段だった。

そして最下層に足を踏み入れた。

21

そこは一面の砂漠だった。

ただただ砂地が広がっていた。

周辺では岩がせり上がり、その岩肌が壁となって、これまでの息苦しい階層が嘘のような、高い天井につながっている。

その砂漠の中央に、ぽつんと何かがある。

人間の肉眼ではみえないだろう。

だが、レカンの〈生命感知〉は捉えていた。

一匹の強大な魔物の存在を。

レカンは砂を力強く踏みしめ、その魔物に近づいていった。

近づくにつれ、その形がみえてくる。

砂の大地に突き出た岩と、その岩から突き出した少女の姿が。

ざっ、ざっ、ざっ、と音を立て、近づくごとに明らかになる。

おぞましくも美しき、その姿が。

腰から下は岩のなかに溶け込んでいる。

腰から上は薄衣一つまとわぬ、いたいけな少女だ。

年でいえば五歳か六歳というところだろうか。

両手を差し伸べている。

助けを求めるかのように。

いざなうかのように。

いとしい人を抱きしめようとするかのように。

父親に甘えてすがりつこうとするかのように。

そのこどもに似た何かは両手を差し伸べている。

両の目は縫い合わされたように閉じられていて、瞳の色はわからない。

こどもだ。

殺していいこどもだ。

あと百歩ほどに近づいたとき、レカンは走り始めた。

〈アゴストの剣〉を高々と振り上げ。

殺戮の喜びを顔に浮かべて。

走りながら気がついた。

砂しかないと思っていたが、少女の後ろには小さな茶色の石が無数に転がっている。

しかしそれは、〈生命感知〉には映らぬ、ただの石である。魔獣ではない。

そう思うまに、もはや標的までは指呼の間である。

戦慄すべき破壊力を帯びた剣を、レカンは振りおろした。

その大剣は魔獣の頭を斬り裂き。

喉を斬り裂き。

胸を斬り裂き。

腹を斬り裂いて。

その姿が生えている岩に深々と食い込んだ。

これが、〈ザナの守護石〉が全力を出した威力なのだ。

しかしレカンは気がついてしまった。

〈生命感知〉に映る強大な気配が、いささかも減じていないことを。

レカンの大剣に真っ二つに引き裂かれたそれは、目をみひらいた。

青い、青い、奈落のような闇の目を。

22

レカンは、こうした存在を知っている。

(ちっ。不死特性か)

迷宮で出会うボスクラスの魔獣のなかには、ある一定の条件を満たさないかぎり、決して殺すことのできないタイプのものがある。それは通常、〈不死特性〉と呼ばれる性質である。

では、ここ、ニーナエ迷宮の最下層の主を、殺せるようになる条件とは何か。

(たぶん変身だな)

(変身を解いてもとの魔獣の姿になったとき)

(こいつは殺せるようになるんだろう)

そう思いつつ、レカンは剣を引いた。

もはや宝玉は、その最大の恩寵を発することはない。あと一日のあいだは。

「なにっ」

レカンが驚いたのも無理はない。

つい今しがたまで、レカンの〈生命感知〉に映る青い点は、たった一つだけだった。

だが今や、無数の青い点が、女王の後ろに出現している。

青い点は〈生命感知〉の視界のなかで、しみのように広がり、階層の奧側を埋め尽くしてゆく。

海だ。

青色の海。

魔獣の海だ。

石であった茶色の何かが、もぞもぞと動き始めるのがわかった。

レカンは身をひるがえして全力で走り始めつつ、大声をあげた。

「逃げろ! 一万匹の魔獣が出るぞ!」

レカンのすぐ後ろにはアリオスが走り込んで来ている。

だいぶ遅れてヘレスが走ってきており。

その後方にはエダが止まっている。

アリオスは大量の砂を巻き上げつつ、方向の逆転を行った。

ヘレスも思い切りよく体を反転させた。

エダもくるりと振り返り、走り始めた。

レカンはすぐにヘレスもエダも追い抜いて、なおも加速した。

走って走って、ただ走った。

入り口がない。

これはもとの世界の迷宮では、よくお目にかかった構造だが、この世界でもあるらしい。

すなわち、ひとたび迷宮の主の部屋に侵入した者は、死ぬか、主を殺すまで、部屋から出られないのだ。

入り口があったはずの場所まで走り寄ったレカンは、〈収納〉から杖を取りだした。シーラから譲り受けた、大きな宝玉のついた杖である。

「オレが魔法を放つまで、蜘蛛どもを近づけるな!」

それだけを大きな声で命じると、レカンは右目を閉じて、瞑想に入った。

魔力よ。

魔力よ。

大いなる魔力よ。

わが呼びかけに応え、ここに集え。

わが腹に宿り、渦を巻き。

右腕を通り抜けて、杖に宿れ。

杖に宿りし魔力は旋回せよ。

旋回して合流の時を待て。

さあ、新たな魔力よ、湧き出でよ。

湧き出でて、丹田に収まり。

凝り固まりて威力を増し。

渦を描いてつながり合い。

杖に流れ込むがよい。

杖よ。

杖よ。

加速せよ。

わが魔力を加速せよ。

すべての祈りは一つとなり。

すべての破壊はわが手にある。

そして時至らばわれに告げよ。

解放の時をわれに告げよ。

もはや、そは遠からじ。

来たり。

来たり。

今こそ時は来たり。

すべてを蹂躙する天空の矢よ。

わが命に従い、大地を穿て。

「〈 驟火(ガイルベイ) 〉!」

かっと右目を開き、レカンは杖に魔法の発動を命じた。

杖はレカンの意志を受け、殲滅の恐怖を空に放った。

迷宮の薄暗い空間に光の輝きが満ち、それは恐るべき殺戮の矢となって、砂の大地に降り注いだ。

レカンの周りを取り巻いて、エダはショートソードを振り、アリオスは剣を振り、ヘレスは盾と剣を駆使して、押し寄せる小さな魔獣たちを防いでいる。

広い空間に破壊の光が飽和して、おさまったとき、レカンの周囲を小さく残して、すべての斑蜘蛛は死滅していた。

レカンの視界がくらりと揺れた。

魔力枯渇だ。

そのとたん、レカンの体内に魔力が補填され、枯渇はうるおされた。魔力が完全に満たされたとはいえないが、じゅうぶんに戦える状態になった。

〈ザナの守護石〉による魔力補填だ。こういう働き方をするのだ。

残る斑蜘蛛たちの後始末など、今のこの四人にとってはささいなことでしかない。

最後の斑蜘蛛をアリオスが斬り捨てたとき、女王種がその正体を現した。

青い蜘蛛だ。

この迷宮に出現するすべての蜘蛛は、黒か、茶色か、赤茶色か、赤と黒という色彩を帯びていた。

青い蜘蛛などほかにいなかった。

杖をしまい、レカンは走った。

今度こそ女王蜘蛛を殺すために。

怒りと喜びの雄叫びをあげ、生命力のすべてを込めて突進した。

その剣にはもはや、〈ザナの守護石〉の最大限の恩寵はない。

その代わり、レカンのあくなき闘争心が、〈アゴストの剣〉にそそがれていた。

レカンが到達する寸前に、女王蜘蛛はふわりと起き上がり、おぞましき八本の足を素早く律動させながら、獲物の到着を待ち構えた。

レカンは高々と跳躍し、必殺の一撃を魔獣の頭部にたたきつけた。

がくんと頭部が沈み込む。砂の大地に降り立ったレカンは、魔獣の胸に突きを入れる。だが頑強な甲殻が刃をはばむ。

アリオスが到着して魔獣の左の足を薙ぐ。

確かにダメージは与えたが、斬り落とすまでには至らない。

魔獣の口から白い霧が吹き付けられる。

レカンは盾を構えつつ、呪文を唱えた。

「〈風よ〉!」

突風が白い霧を吹き飛ばす。

レカンが盾の陰から突きを放つ。

それは先ほどとまったく同じ箇所に命中し、甲殻をつらぬいて、魔獣の体内に侵入した。だが、浅い。

魔獣の青い眼が光る。何かの魔法が発動した。

それまで魔獣をみていたアリオスが、レカンのほうを向いた。

アリオスがレカンに向けて剣を振る。

レカンはかろうじて、その神速の一撃を盾で受けた。

次の瞬間には、レカンの左足がアリオスの腹部を蹴り飛ばす。

「〈浄化〉!」

魔獣の八本の足がレカンを襲う。

レカンは身を沈めつつ、左側下部の足の攻撃を盾で防ぐ。

右側の足の攻撃は、ヘレスが防ぐ。

エダが飛ばした〈浄化〉によって〈魅了〉から覚めたアリオスが、起き上がりざまに下から剣で魔獣の腹を薙ぐ。

その瞬間魔獣の姿は消えた。

レカンは、感じ取っていた。

空間系魔法の適性を持ち、いくつかの空間系魔法が使えるレカンには、空間のひずみが感知できる。

自分の真後ろに魔獣が出現する。

レカンは振り向きざまに、何もない空間を盾でなぎ払った。

そのときその空間に出現した魔獣は、レカンの盾で打ち払われ、くるりと向きを変える。

いくら宙に浮いているとはいえ、レカンの予想よりはるかに、レカンの打撃は効果をあげた。

ヘレスが剣を突き出したとき、そこには魔獣の腹の中央のふくらみがあった。すなわちその奥には心臓がある。

ヘレスの突きは、魔獣の心臓をつらぬいた。

女王種は、その動きをぴたりととめ、砂の大地に落下して倒れた。

戦いは終わったのである。