軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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馬車が止まっていた。

それは、どういうことだろう。

ここは、馬車が通るような道ではない。

馬車で訪ねるような家もない。

しかも、レカンたちの家の前に止まっていたという。

(誘拐、されたのか?)

来るはずのない馬車が来たという情報と、いるはずのエダがいないという状況を重ね合わせれば、エダはその馬車でさらわれたのではないか、という推測が成り立つ。

今エダを誘拐する相手といえば、二つしか思いつかない。

ケレス神殿。

ゴンクール家。

だが神殿は、副神殿長が強制はしないと約束したのだ。そして副神殿長は、レカンが怒れば神殿が瓦礫になると知っている。

ゴンクール家はどうか。

早すぎる。

あまりに早すぎる。

ゴンクール家に往診に行ったのは、昨日の昼前だ。

プラド老人は、久々の安らかな眠りを、すぐに終わらせはしなかったはずだ。目が覚めて体調のよさに驚いたかもしれない。だがそれは、早くて昨日の午後であり、今日の朝である可能性さえある。

たった半日で、その体調のよさが今までにないものであり、その原因がエダの〈回復〉にあると気づけるものだろうか。そして、誘拐という非常手段も辞さないほど思い詰め、レカンとエダの住まいを探しあて、準備を調えて馬車を差し向け誘拐してのけるなどということが、はたしてあり得るのだろうか。

そもそも、落ち着いて考えてみると、家が荒らされていないということが、何としてもおかしい。

エダは、あれで反射神経は悪くない。悪くないどころか、かなりすぐれている。

不意をつかれたにせよ、まったく反撃もせず拉致されるような女ではない。あれはあれで、一人の冒険者なのだ。

とすると、やはり自らの意志で出ていったと考えるのが自然だ。無理に誘拐だなどと考えるほうがおかしい。

大事な荷物を置いているのだから、去ったのではない。用事に出たのだ。何か急に用事を思いついたのだ。

だが、もし相手が、ドボルやギドーのような暗殺技能持ちだったらどうだろう。気づかないうちに侵入され、接近され、意識と体の自由を奪われるというようなことも、ないとはいえない。

それにこの世界には、さまざまな恩寵品や魔道具がある。離れた位置から人を気絶させるような恩寵品があるかもしれない。侵入者の姿や物音を隠してしまう魔道具があるかもしれない。

いったい、どう考えるべきなのか。

(オレはどうしてこんなに思い悩んでいるんだ?)

くよくよ悩むなど、まったくレカンらしくないふるまいだ。

レカンの強みは、思考ではなく、行動なのだ。

それなのに、なぜこんなに思考が堂々巡りをするのか。

(オレは、動揺……しているのか?)

レカンは目を閉じ、エダのことを振り返った。

最初の出会いは、好印象とは遠いものだった。一緒に護衛をして、役立たずのところを最後の最後までみせつけられた。

二度目に会ったのは、ヴォーカの町のなかだった。突然呼び止められたのだ。冷たくあしらったが、ふと、お前は魔力持ちだと教えてしまった。

それが三度目の出会いにつながった。エダはレカンを探し出してシーラの家を訪ねてきたのだ。

それからなし崩しのように、エダはレカンとともにいた。なぜかシーラが最初からエダに好意的だったこともあり、レカンはエダに魔法を教え、ともに依頼を受けることになった。

未熟な冒険者だったが、あとで十四歳だと知って驚いた。十四歳であれだけの動きができ、魔法弓が使いこなせれば、むしろ極めて有能だともいえる。魔法の才能もあった。ありすぎた。

ふとレカンは、コグルスでのことを思い出した。

ザイカーズ商店本店の応接間で、あのザック・ザイカーズやドボルや執事たちが放つ異様な重圧をものともせず、ぽりぽりと小動物のように菓子をむさぼり食っていたエダ。その姿をみて、レカンは心地よかった。

あの場面では、よほど肝の据わった冒険者でなければ、萎縮して茶も飲めないはずだ。だが、あれでちぢこまるようでは大成できない。あの傍若無人さこそ、冒険者としての得難い資質だ。あのとき、レカンはエダを仲間として認めたといってよい。

ザックも、エダの度胸には感心したはずだ。エダには、ザックの威圧はまるで効かなかった。ある意味、あのときエダはザックに勝っている。

だが、そのふるまいができたのは、本当に生来の資質のためだったのか。

なるほど、エダは天真爛漫で物怖じしない。だが、それだけだったのだろうか。

たぶん、それだけではない。

エダはレカンを心底信頼していたのだ。だからあの場で、ああも奔放にふるまえた。というより、レカンに甘えたのだ。

そうだ。

それがいつからかはわからないが、エダはなぜか、レカンを信じた。無条件に信頼した。レカンになつき、すがりついた。

最初の護衛のときをのぞけば、レカンは、エダから悪意や疑いを向けられた記憶がない。エダはいつでも、レカンには心を開いた。

どうしてだろう。

どうしてエダは、レカンを信じ、レカンについてこようとしたのだろう。

そんなことはわからない。

レカンは、他人の心を推し量ることが苦手だ。

女の心を推し量ることが苦手だ。

こどもの心を推し量ることが苦手だ。

エダは、その三つを兼ね備えているのである。わかるわけがない。

だが、エダの心をわかる必要などない。問題は、レカン自身がどう思うかだ。

そしてレカンは、エダが寄せる信頼を、不快には思っていない。むしろ、こころよく思っている。

となれば、話は簡単ではないか。

その心に従って動けばいいのだ。

そもそもレカンは、エダを守ると決めたのだ。

最初から、何も思い悩むことなどなかったのだ。

自発的に外出し、あるいは何かやむを得ぬ事情で家を空けたのなら、いずれ戻って来る。

そうではなく、意志に反して連れ去られたのなら、今エダは窮地にある。

悪いほうの事態を想定して動くべきだ。

一番あやしいのは、どこだ?

ゴンクール家だ。

ならばゴンクール家に行けばよい。

行って調べればよい。

邪魔するやつがいるなら倒すまでだ。

立ちふさがる扉があれば、壊すまでだ。

もしもエダがゴンクール家にいなければ、次は神殿を探せばよい。

そうやってゴンクール家と神殿を探しているあいだに、エダが無事にここに戻ってくるなら、それはそれでいい。何の問題もない。

レカンは右目を開けて、にやりと笑った。

猛獣の笑いだった。