作品タイトル不明
国としてなら
しばらく黙ってハルカの話を聞いていたコーディは、それが終わった後も数十秒黙り込んだままだった。不安になったハルカが「あの……」と声を発したところでようやく答えが返ってくる。
「ああ、申し訳ない。まだ何かとんでもない発言が飛び出してくるんじゃないかと思ってね。つまり何かな、ハルカさんはすでに〈忘れ人の墓場〉から〈暗闇の森〉を抜けてリザードマンたちの住む里までを領有する国王ってことになるね」
「……いや、リザードマンの里に関しては百歩譲ってそうかもしれませんが」
拠点は国とは別物だし、暗闇の森だって何か管理しているわけではない。あまり誇大解釈されてもハルカとしては困ってしまう。
「どうかな? じゃあ【プレイヌ】から君たちに、拠点を明け渡せって言ってきたらどうするんだい?」
「意味わかんねぇ」
「だよね? つまり拠点から向こうは君たちが領有してるのと変わらなくないかな。他に人も来ないんだろう?」
「来ませんね」
わざわざ〈オランズ〉から〈黄昏の森〉を抜けて拠点へ来るのは、ハルカ達に用事がある人達だけだ。拠点ができてから今まで、それ以外の用事できた人は一人もいない。
ましてわざわざ〈暗闇の森〉から〈混沌領〉まで行こうなんて言うのは、よほどの変人くらいだ。例を挙げるのならノクトやクダンである。
「じゃあそれは実質そういうことじゃない? あくまで認識としてだけどね。そんなことはいいんだけど」
「そんなこと……」
真面目に考え込んでいるハルカをよそに、コーディは次の話に進んでいく。
「【ドットハルト公国】の〈グリヴォイ〉付近の山に、一つ目の巨人が住んでいて、しかも理性的だったと。私の知っている情報だと、巨人というのはなかなかに会話が通じないことが多いんだけれどね」
「私が知っているものもそうでした」
「どんな 破壊者(ルインズ) にも交渉の余地はあるということになるのかな」
小鬼(ゴブリン) のことを思うと、必ずしもそうとは言えない。
ただし、交渉の余地がまるでないという相手の方が珍しいとハルカは思っている。
もともと敵対している人と 破壊者(ルインズ) だから、まずどう交渉の席に着くかというところからなのだが。
「コーディさんは 小鬼(ゴブリン) の生態はご存じですか?」
とりあえずの注意喚起として、ハルカは 小鬼(ゴブリン) の話を出してみる。
「うん。食欲旺盛で知能は低く世代交代が早い。生態としては鼠にかなり近いイメージがあるね」
「そうですか……。少し前に 小鬼(ゴブリン) の集団がハーピーの住処を襲ったことがあるんです。たまたま縁があって、ハーピーを助けたので、今はリザードマンの里で一緒に暮らしてもらっているのですが……。 破壊者(ルインズ) 同士でも、争いは多いようですね」
「ん? ちょっと待ってほしい。リザードマンとハーピーが共存しているのかい?」
先ほどはリザードマンとブロンテスの話をしただけで、ハーピーの部分までは語っていなかった。
コーディはその部分に興味があるようで、心なしか体を前傾させる。
「はい、仲良くしています。ハーピーの世話をリザードマンがしている、という方がそれっぽいですが……。ハーピーたちは、なんというかその……、幼子のような性格をしているので」
「 破壊者(ルインズ) 同士で争わないこともあるのか」
「エルフと人の関係と変わらないのかもしれません」
「……ではなぜ、これほど人と 破壊者(ルインズ) は敵対するようになったのだろうね」
それこそブロンテスの話を聞けば、オラクル教の教えと人の発展についてわかるのだけれど、そこはかなりデリケートなのでハルカは伏せていた。掘り下げていくとブロンテスの悔恨まで話がつながってしまう。
どうせならコーディとブロンテスで対面して話してもらうのがベストだと考えている。
「コーディさんさえ良ければ、巨釜山に案内します。もちろん、ブロンテスさんの許可を取ってからになりますが」
「今は〈ヴィスタ〉を離れられないけれど、そのうちお願いするかもしれない。その時はまた連絡をすることにしよう。さて、報告は終わったから今後の話になるね。……おそらく今後〈オランズ〉の街には騎士を含めた教会の者がそれなりの数配属されることになるだろうね。そしてここまでの話を考えれば、彼らに拠点付近を嗅ぎまわられるとかなり面倒なことになる」
拠点にはカーミラ、その先にはリザードマンとハーピー達。
もし戦いが始まろうものなら、困ったことになる。
カーミラやリザードマンを擁護すれば、今後オラクル教と敵対に近い状態になり、コーディの立場だって危うくなるだろう。
かといって偵察隊なんかを出された場合に、表向きにそれを邪魔する理由もない。
どうしても始まってしまった場合は、知らないやつらに拠点の周りを嗅ぎまわられたくないと突っぱねることもできなくはないが、それは時間稼ぎにしかならないだろう。
いずれ疑われて本格的な敵対状態になる。
「何とかなりませんか」
「私の手が届く人物か、専守防衛に努めるタイプの騎士を派遣するよう手配する。いざとなれば、君たちとの縁を理由に、私が一時的に〈オランズ〉の街に赴任して計画を主導してもいい。これはどう考えても、渉外担当の私の仕事だからね。ただしそこまでした場合は、他の枢機卿からかなり怪しい目で見られることになる。早急に、 破壊者(ルインズ) への意識改革が必要だ」
「……なるほど、私達にできることは?」
「そうだなぁ…………、ああ、君たち帝国の方に行ってきたんだったね。その南にある【自由都市同盟】は知ってるかな?」
冒険者の一団、イェットたちが所属する国だ。
そのイェットたちからは繰り返し招待を受けている。
「ええ、まぁ」
「その返事だと何か縁があるようだね。あそこは、海を隔てた 破壊者(ルインズ) だらけの大陸と交易があると言われている。遺跡の探索や学問にも力を入れていてね、オラクル教としてはあまり認めたくない国さ。あまりに遠いから手出しなんかできないけれどね。建国にあの 【 深紅の要塞(クリムゾンフォートレス) 】が関わっている」
「クダンさんの仲間だよな」
「アルベルト君は冒険者の話になると急に生き生きするんだなぁ。そう、彼女の慈悲の心は海よりも深く、しかし戦いとなると勇ましい、かの国では信仰心まで持たれている冒険者だ。信仰心の扱いについては、私達はよくよく心得ているからね。泥沼はごめんだ」
「それで、知っていたらどうなんだい?」
イーストンが先を促すとコーディは両手を広げて笑った。
「あそこは私の手の届かない場所だからね、君たちの手を伸ばしてもらった方がいいかと思ってさ。互いに 破壊者(ルインズ) と縁があるもの同士だ。こっそりと国同士の同盟を結んでおくのもありなんじゃないかな? もちろん、私はあずかり知らぬ体でね。ああ、あちらが信頼できると判断したら、私が 破壊者(ルインズ) との関係をどう思っているかは先方に伝えても構わないよ。その判断については任せてもいいかな?」
そうしてコーディが見たのは、イーストン・モンタナ・コリンの三人。
最近失礼を隠さなくなってきた。それだけ気の置けない仲になったと思えば、そうなのかもしれないが。