軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雨降る森の小さな小屋

翌日いっぱい、ハルカが地道に草を刈りながら進むことになった。昼を過ぎた頃、頬にポツリと雨粒が落ちて、ハルカは空を見上げた。

この辺りは降雨量が多い方でないのだが、この五月六月は、他の時期よりも少し雨が降る日が多い。あとは冬も厳しくなってきた頃にちらほらと雪が降るくらいだ。

ハルカはローブのフードを被ると、自分の上に障壁を展開して雨除けにする。カーミラはどうしたかと振り返ると、かなり距離を詰めてきており、やや不満そうな表情をしていた。

ハルカを自分の傘に入れてやろうと寄ってきたというのに、さっさと対処されてしまったのが気に入らなかったのだ。

しかしそんなことには気づかずに、ハルカはカーミラへ声をかける。

「上に広めに障壁を張りましたから、横並びで行きましょう。傘は布でできていますから、あまり濡らさないほうがいいですよ」

ハルカが選んで買ってやった傘だ。材質は把握している。土砂降りにならなければ支障はないけれど、カーミラが傘を大事にしていることは知っている。わざわざその寿命を短くするような真似はしなくてもいいだろうとの心遣いだ。

ハルカの提案にすぐに機嫌よくなったカーミラは、ハルカのすぐ隣に並び、体が触れ合うくらいの位置で歩く。

「割と広めにしてるので、そんなに体を寄せなくても濡れませんよ……?」

「お姉様は……、なんでもないわ」

自らの魅力を知っているカーミラは、ハルカの反応の薄さに一言物申そうとしてやめた。別にデレデレしてほしいわけでもない。今くらい適度に甘やかしてくれるだけで十分だと思ったからだ。

「なんでしょう……?」

「なんでもないわ、行きましょう」

「本当ですか? 何かあるなら聞きますけど……」

「なんでもないのよ、本当に」

不審がるハルカだったが、なぜか機嫌が良くなったカーミラにそのまま誤魔化されて、首を傾げながらも普通に雨の中を歩き続けることになるのだった。

日が暮れる少し前になると、すこしずつ草の背が低くなり、土が露出する道が出現した。〈黄昏の森〉の半ばまでたどり着いたということだ。

ここから先は街の冒険者や木こりがやってくる領域だから道も整備されている。街の人から言わせてもらえば、この辺りが〈黄昏の森〉の突き当たりだ。

これ以上先に行ったところで、魔物が強くなったり、獲物が持ち帰れなくなったりするだけだ。進むメリットはほとんどない。

石が敷いてあるわけでもなければ、水捌けが良いわけでもない森の土は、随分とぬかるんできていた。

歩くうちにだんだんと雨足が強くなり、雨粒が障壁を叩いてパラパラと音を立てている。上からは汚れないのだけれど、ぬかるんだ土や泥水が、歩くたびに跳ねるせいで足元は汚れてしまっていた。

「もう少しで小屋に着くと思います」

道に沿っていくつか掘立小屋があるのは、魔物を狩りにきた冒険者が利用するためだ。

いまのハルカたちと同じように、雨に降られた時などにあると便利だろうと、オランズの冒険者たちがポツポツと作っていた。

今晩を過ごすために、できれば乾いた地面が欲しい。ボロかろうが扉が無かろうが、水気が入り込んでいないというのが大事なのだ。

普通の旅だったら雨が降り始めたくらいで、その日の行程を切り上げて野営地を作るのだが、今回は掘建小屋の存在を知っていたのでハルカは少し早足でここまでやってきたというわけである。

土が露出しているせいで、余計に足元の悪くなっている道を少し進むと、視界の端に丸太を重ねて作ったような小屋が見えてきた。

申し訳程度に付けられている扉の隙間からは、煙が漏れ出してきている。

どうやら先客がいるようだ。

「どうしましょうかね……」

なんならここから空を飛んで街まですっ飛んで行ってもいいのだが、それにしたって到着は夜になってからだ。

顔見知りばかりだから、中に入ることくらいはできるだろうが、余計な手間をかけることは間違いない。

ハルカが悩んでいると、カーミラがすんすんと鼻を動かして首を傾げる。

「……お姉様、雨に紛れて分かりにくいけど、なんだか血の匂いがするわ」

「……魔物でも仕留めたんでしょうか」

「ううん、これは人の血ね。小屋の中じゃないかしら?」

どうやら空を飛んで街へ行く案はひとまず却下となりそうだ。怪我をしている人がいるのならと、ハルカは小屋へ歩み寄って頼りない扉をノックした。

「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

そうしてしばし待ってみたけれど、返事がない。雨音にかき消されたのかと思い、もう一度ノックをして、少し声を張ってみる。

それでも動きがないため、仕方ないから扉を勝手に開けようとしたところ、ようやく中から人が動く物音が聞こえてきた。

そして扉がほんの少しだけ押し開かれて、ポツポツと髭を生やした壮年の男が顔を出した。

ハルカはこの男に見覚えがある。

オランズで木こりをしている男で、駆け出しの頃に護衛依頼を受けたことがあった。

「ああ、ハルカさんじゃねぇか。こんな森の奥で何を、って言っても【竜の庭】の人たちはさらに奥の方に住んでるんだっけか」

覚えていたのは向こうも同じようで、名前を呼んで話しかけてくる。だというのに、扉をしっかりと掴んで、頻りに視線を動かしているのがどうも不自然だ。

「……あの、体調が悪かったり、お怪我されてたりしませんか? 少し顔色が悪いように見えますが」

木こりをやっているものたちは、ガタイがよくて威勢のいいものが多い。だというのに、男の表情はなんとなくいつもより冴えないように見えた。

ハルカの質問に、男は視線を何度も右へ動かすことを繰り返す。

いよいよな挙動不審に、ハルカは首を傾げながらも、さらに言葉を続けることにした。