作品タイトル不明
ゆらりと思う
タゴスははじめのうち、食事をするときも警戒しているようだったが、数日もすると慣れたようだった。
日中アルベルトやモンタナと戦闘訓練をしている姿も見られるし、夜になれば酒をちびちびと舐めていることもある。
身体強化においては二人に分があるのだが、戦いにおける引き出しはタゴスの方が随分多いようで、訓練はなかなか役に立っているようだ。
逆にレジーナは人と戦いなれているため、純粋にパワーで下回っている相手に負けることはまずない。そのため挑まれれば相手をしてやる、くらいの感覚でタゴスの相手をしているようだった。
訓練で大きな怪我をしてもハルカが治すことで、すぐに復帰できることを、タゴスは単純に喜んでいた。さすがに身体強化の訓練で治癒魔法を使ってやるつもりはなかったが、それでもタゴスは十二分にハルカたちといる恩恵を受けているといえるだろう。
そんな生活をしながら一週間。
翌日には予定していた通り、モンタナの故郷である〈グリヴォイ〉の街へと向かうことになった。直線距離だとそれほど遠い場所ではない。〈オランズ〉の街から南へ進み、山脈を越えて【ドットハルト公国】へ入ってすぐの場所にある。
ナギの背に乗っていけば、のんびりでも片道三日ほどで到着できるだろう。
今回の旅は、ナギを除くと最初にパーティを組んだ四人で出かけることになる。ユーリを誘ってみたところ、ノクトやサラと訓練をし、エリに魔法の基礎などを教えてもらっているらしく、そちらを頑張りたいとのことだった。
ハルカたちと旅をするのは楽しいけれど、自身も成長して早く冒険者になりたいという気持ちの表れなのかもしれない。
レジーナも今回の旅の目的を伝えると辞退。特に興味がないとのことだった。薄情なようだがレジーナらしくある。イーストンはイーストンで、それなら四人で行っておいでよと笑って送り出し、カーミラは相変わらず引きこもっている。
夕食も終えて、ハルカが風呂に入って焚火の前へ行くと、ノクトが小さな音で鼻歌を歌っている。目を閉じて首と尻尾をゆっくりと揺らす姿は、妙に機嫌がいいように見えた。
ハルカが珍しい光景を突っ立って見ていると、きりのいいところで歌うのをやめたノクトが目を開けた。
「どうしましたかぁ?」
「聞いたことのない歌だったので」
「歌詞のない子守歌みたいなものですよぉ」
「故郷の歌ですか?」
「そのようなものですかねぇ」
ノクトが座っている場所を少しずらしたのを見て、ハルカはその隣に座った。
あとは寝るだけだから、雑談もいいだろうと思ってのことだ。
「いつかそうなる気がしましたが、アル君とコリンさんは結婚しましたねぇ」
「ええ、急だったので驚きましたが、お似合いだと思います」
「収まるべきところに収まったという感じがします。ということは、明日からの旅は新婚旅行ですかぁ」
「……そうなりますか? 何か気を付けることはあるでしょうか?」
「冗談ですよぉ。気を使わないのが一番なんじゃないですかねぇ」
ハルカが余計に気を回せば、ただ雰囲気がぎくしゃくするだけなのはわかりきっている。その光景はちょっと面白いかもしれないけれど、せっかくのめでたいことに水を差すようなことをするつもりはない。
「家とか、二人のを作ってあげたほうがいいんでしょうか」
「言ったそばからですねぇ」
「……気にしないようにします」
「それでいいと思いますよぉ」
話が途切れると、ノクトはまた目を閉じてゆらりゆらりとさっきと同じペースで首と尻尾を揺らす。音には出していないが、今もまた頭の中では先ほどの歌が流れているように見えた。
しばらくその様子を観察していたハルカは、間をおいてノクトに尋ねる。
「……なにか思い出でも?」
「そうですねぇ。結婚の話を聞いたり、ユーリやサラさんの面倒を見てたりして思い出したんですよねぇ。結構長いこと忘れていたので、これで合ってるかわからないんですけど」
「そうですか……。国が気になる、とかではないんですよね?」
「ええ、違いますよぉ。それにねぇ、【フェフト】に帰ってもこの歌を知ってる人はいないんです」
子守歌というくらいだから穏やかな旋律なのに、なんとなく寂しいような音に聞こえてハルカは黙り込んだ。ノクトの雰囲気がそうさせるのかもしれないし、ハルカの気分がそう思わせただけかもしれなかった。
ハルカの見た目はこの世界に来てからほんの少しも変わっていない。
アルベルトは男らしくなったし、コリンも出会った時より少し女性らしい体つきになった。モンタナはあまり変わっていないけれど、着実に年齢は重ねている。
特にユーリを見ていると、成長が著しく、ハルカはなんとなく自分だけが置いていかれているような気持ちになっていた。
元々ダークエルフは寿命の長い種族らしい。
もしそれに準拠するのなら、ハルカは五百年近い寿命を持つことになる。
モンタナは気持ちを察して慰めてくれたけれど、ハルカのもやもやはいまだ消えていなかった。
そして同時に、喜ぶべき仲間たちの成長を見てこんな気持ちを抱えている事実が嫌だった。
黙ってノクトの鼻歌を聞いていると、余計にそんなことを考えてしまう。
いつしかどっぷりと思考の深みにはまってきたところで、ノクトが口を開く。
「ハルカさん、悩み事ですか?」
「……わかりますか?」
「考え事をしていることはわかりましたねぇ……。うーん……、友達が結婚して寂しくなりましたか?」
「……近いような、遠いような、ですね」
「では……、結婚によって関係が変わっていくのではないかと心配?」
「それもちょっとありました。師匠は、長く生きてて辛いことはありませんか?」
「あぁ……なるほど」
ノクトは納得して頷く。
「ハルカさん、先々を憂いていても仕方ありませんよ。長く生きなくても辛いことは訪れます。辛いことは、起こってしまった時の自分に任せるしかないんです。寿命で別れることは寂しく辛いですが、不幸ではないですよ」
慰めの言葉というよりも、諭すような言葉だった。
解決方法ではなく、目を逸らす方法を教えられているようだった。
なんだかうまく誤魔化されているのかなと、ハルカはノクトの顔を見る。
するとノクトは、今まで見たことのないような情けない顔をして自嘲するように笑っていた。
「さっきの歌は、昔とある女性が子供たちに向けて歌っていたものです。この歌を知っている人は、もう僕以外には存在しません」
ノクトは空を見上げて一度瞬きをした。
「百年先のことよりも、大切な人たちと一緒にいられる今を大事にしてください」
「師匠……」
ハルカが見ていることに気づいたのか、ノクトはいつもの余裕のある微笑みに戻る。
「……感傷的なことを言いましたねぇ。ちょっと僕も昔のことを思い出していたせいですかねぇ、恥ずかしい。ハルカさんは嫌なことがあったからって暴れすぎちゃだめですよ。怖い冒険者のおじさんが殴りに来ますから」
ハルカは何かを言おうとしたが、言葉を選べずに黙り込んでしまう。
するとノクトは「よいしょ」と、年寄臭い掛け声とともに立ち上がり、ぽんとハルカの頭に手を置いて言った。
「ほら、早く寝たほうがいいですよ。いくら丈夫とはいえ夜風は体を冷やします。明日からモンタナの大切な用事があるんでしょう」
「……はい」
言われるがままに立ち上がって歩き出したハルカが数歩進んで振り返ると、ノクトが笑って「ほら、早く」と休むことを促してきた。
屋敷の扉を開けて中へ入り、自室へ戻る。
どうしても気になって窓から焚火の方を見ると、ノクトはさっきと同じ場所で、目をつぶりながら体をゆっくりと揺らしていた。