作品タイトル不明
ヴィーチェのお願い
「ハルカさん、ちょっといいかしら?」
焚き火を木の棒で突いているハルカに、ヴィーチェが改まって声をかける。
触ってきたり忍び寄ってこないのがかえって不審だとハルカは一瞬思ったが、首を振って失礼な考えだったと否定する。
「真面目な話ですか?」
「ですわね」
「では場所を変えましょう」
木の棒を焚き火の中へ放り入れて立ち上がり、魔法で小さな光を作り出す。
先を歩いて無防備な背中を晒しても、ヴィーチェはやはり飛びついてきたり触ってきたりしなかった。
ユーリがよく遊んでいる小川まで歩いて、その近くに腰を下ろすと、ヴィーチェも横に並んで座った。
小川のせせらぎはそれほど大きな音ではないけれど、小さな声での会話くらいならかき消してくれる。
「珍しいですね、深刻な話ですか?」
「深刻な話ではありませんわね。ただの相談ですわ」
「聞きますよ、何かとお世話になっていますし」
散々セクハラまがいなことはされているが、なんだかんだとずっと気にかけてもらっていたし、留守中の護衛も二つ返事で受けてもらった。
カーミラにもひどく嫌がることはしていないようだし、相談事の一つや二つくらいお安いご用だとハルカは思っていた。
「ハルカさんって【金色の翼】のクランメンバーの数ご存じかしら?」
「いえ、知りません」
「それじゃ、街の浮浪児がどれくらいいるかご存じ?」
「……百人以上、三百人未満くらいでしょうか?」
「あら、意外と詳しいですわね。ではその子たちがどこから来るかはご存じ?」
浮浪児といえど木の股から生まれてくるわけではない。子供がいるということは、その親がいるということだ。
「夜に働く女性の子供たちか……、亡くなった冒険者や商人の子、でしょうか?」
「そうですわね。ハルカさんって性格の割に社会の仕組みを理解しているんですわね。そしてうちのクランメンバーの数が現状八十七人ですわ」
「多いですね」
「減ったり増えたりしてますわね。ああ、減ったといっても死んだわけじゃありませんわ。冒険者としての芽が出なくて、夜の仕事に鞍替えしただけですの。私の街の情報源ですわね」
【金色の翼】は女性だけが所属するクランだ。
話をまとめると、ヴィーチェは街の浮浪児たちをスカウトするなどして、冒険者を募っていることになる。
そしてその才能の芽が出ない場合は夜の街に。
これだけ聞くと随分と人でなしのように思えるけれど、浮浪児の女の子たちにとって、ヴィーチェの下へ行かないという選択がより良い結果をもたらすことはほとんどないはずだ。
ヴィーチェがじっとハルカのことを見つめる。
ハルカがどこまで話を理解しているのかを測っているようだった。
「【金色の翼】が街でどんな役割を果たしているのかわかりました。もしかして【 悪党の宝(ジャックインザボックス) 】は浮浪児の男の子を受け入れています?」
「実際はもっと複雑なんですけれど、ま、概ねそんなところですわね。冒険者になって独立する子達も多いですけれど」
「……〈オランズ〉の裏事情はなんとなく分かりましたけれど」
「ここまでが前置きですわね。で、この辺りってこれから開墾したり、人手が必要になったりしますわよね?」
「……そういうことも、あるかもしれません」
「その中で、女手が必要になったら声をかけてほしいんですの」
「依頼としてですか?」
「依頼でなくてもですわね。定住しての仕事があるならなおいいですわ」
ハルカはようやく話の流れを理解した。
つまりヴィーチェは、孤児の女の子たちのセーフティネットを作ろうとしているのだ。
力の及ぶ範囲が広くなると、難しいしがらみも増えてくる。
「冒険者の仕事をしていると、体や顔が傷つき、夜の街で生きていくのが難しい子もいますわ。トラウマを抱えて戦いに出られなくなった子や、性格的に戦いにも夜の仕事にも向いていない子だっていますの。……元の身分のせいで、伴侶が見つからない子もいますわ」
「言いたいことは理解できました。覚えておくことにします」
「それで十分ですわね」
会話がとまると、水が流れる音と、時折魚が跳ねる音が聞こえるようになる。
ずいぶんと真剣に聞いていたようだと気づいたハルカは、凝ってもない首をぐるりと回した。
「ヴィーチェさんは優しいんですね」
「ただの美人好きだと思っていたのかしら?」
「……まぁ、若干」
「……ふふっ、間違いではないですわね。あれもこれも全部、私が女性を集める手段ですわ! 両手に花、いえ、全方向花に囲まれて過ごしたいですわ!」
立ち上がって両手を広げたヴィーチェは、数歩進んで首だけ振り返る。
「ハルカさんには一番いい席を用意いたしますわ」
「遠慮させていただきます」
だんだんとヴィーチェの対応に慣れてきていたハルカは、この申し出にもすぐさま断りを入れることができた。
「うーん、成長しましたわね。最近はしっかり警戒もしてますし……。昔はもっと触り放題でしたのに……」
「多少慣れましたから。エリは結構ヴィーチェさんにも厳しいですが、昔からですか?」
「あれは会った頃からですわね。……そのあたりの話は本人から聞くといいですわ」
喋りながら靴を脱いで小川に足を入れたヴィーチェは「まだ冷たいですわね……」と言ってすぐに戻ってくる。
「ハルカに温めてもらおうかしら」
「はい、どうぞ」
またしょうもないことを言い出したヴィーチェの近くに、ハルカは小さな火球を出して温まってもらうことにした。
「……そういうことじゃないですわ」
「せっかくいい話を聞いたところなので、このまま終わりにしてください」
「仕方ありませんわねぇ」
その夜、ヴィーチェは珍しくハルカに手を出してこなかった。
心配したコリンが迎えに来るまで、二人は〈オランズ〉の街のあれこれを、ただの友人のように話し続けていたのであった。