作品タイトル不明
無責任な
戻ってきた翌日の昼下がり。
ハルカは次にやることをなんとなく考えていた。
人が増えるとできることも増える。
そのためには必要なものも増える。
材木は必要想定以上に積み上げて準備してあるので、職人さえいれば建物はいくらでも建てられる。
ただ、ハルカたちがいない間だと、職人の送り迎えが難しいので、ある建物を使っていたというのが現状なのだそうだ。
幸いカーミラの元犬たちのうちの一人に、建築をかじったものがいたそうで、どこに何を作ったらいいか、という縄張りくらいは考えてくれていたらしい。
ハルカたちが帰ってきたので、その話を進めてはどうかという話が上がっていたので、それがやることの一つ。
もう一つは、リザードマンたちの領地を確認しに行くこと。
しばらく顔を出していないので、問題が発生していないか確認をしておきたい。
リザードマン領より奥地へ行くと、様々な 破壊者(ルインズ) が跋扈しているらしいので、あそこも決して平和な地ではないのだ。
中でも山へ登るとハーピーたちが住んでいて、そことはよく小競り合いをしていると言っていた。
行くならハルカだけで行ってきてもいいので、職人への依頼をコリンたちに任せて同時進行という手もある。
どちらも今すぐにというわけではないので、今日のところはのんびりしているのだが、いつまた出かける用事ができるとも限らない。あまり後回しにして、困ったことになるのもまずい。
隣を見ると、ノクトが木に寄りかかってうつらうつらしている。
先ほどまで遺跡の話だとか、昨日までの件での細かい見解なんかを聞いていたのだが、吸血鬼の話をしていた辺りで眠り始めてしまったのだ。
昨日夜更かししたのに、今日は朝からちゃんと起きて、子供たちやエリの訓練に付き合ってあげていたらしい。
静かに目を閉じていると本当に子供のようにしか見えないのだが、中身は海千山千の古強者だ。ハルカは見解を聞けば聞くほど、自分の至らなさを思い知らされるばかりであった。
「……寝てましたねぇ」
首がこてんと傾いてから目をあけたノクトが呟く。
「師匠は……、方針とかどうやって決めてました?」
「そうですねぇ……。僕は自分の領域確保と、王国各地に散らばった獣人や不自由している人に手を貸すために宿を作りました。目的があって作ったものでしたから、それに沿った方針を出していましたよ。悩むことはあまりなかったですね」
ノクトは【月の道標】の 宿主(クランマスター) である。
たくさんの獣人を率いて、長いこと運営をしてきた経験からアドバイスをもらえるのだから、本当にいい師匠を持ったものだとハルカは思う。
それでも状況が違うから、ピンポイントでのアドバイスは難しい。
「ハルカさんたちは若いですしぃ、動乱のさなかに居るわけでもないです。のんびりやったらいいんですよぉ、人生はぁ長いんですから」
「そういうものですか」
「そういうものですよぉ」
「ところで、師匠がここにいてくれるのは助かるんですが、【月の道標】の方は大丈夫ですか?」
ノクトは指先を合わせたり離したりしながら、「それ、聞きますかぁ」と苦笑した。
「ええ、ちょっと心配なので」
「そうですねぇ……、おそらく大丈夫ですというとこですかねぇ」
「おそらく?」
「ええ、おそらく。ちょっとずつ留守にする期間を長くして、それでも順調にやってきたわけです。本当に大きな問題が起これば連絡が付くようにしていますからねぇ」
聞いてみれば、なんだかノクトが【月の道標】から離れたがっているようにも聞こえてくる。
複雑な事情でもあるのなら、突っ込んで聞かないほうがいいんじゃないかとハルカが悩んでいると、ノクトが続けた。
「クランを作って長く時間が経ちました。その間ずっと僕はそこにいたわけです。人が引退したり、死んだりしていく中、僕だけが代謝せずにずっといたわけです。……一人の存在があまりに大きな組織というのは、あまりよくないなと思ったんですよ」
そよ風にノクトのくせっ毛がふわふわとゆれる。
薄緑色の瞳がどこか遠くを眺めているように見える。
あるいはどこも見ないことで、昔の知り合いを思い出しているのかもしれなかった。
「僕でなければいけないことは、ない方がいいんじゃないか。そんな試みを今しているというわけです」
「師匠……」
ノクトが遠いところにいるようで、ハルカがその居場所を確認するように声を漏らす。それを聞いたノクトは指をついと動かし、自分の体を障壁で地面から浮かせると、うつ伏せになってにまーっと笑った。
「ま、問題が起こればまた前のようにしているかもしれませんしぃ。ってことで、それらしい言い訳に聞こえましたかねぇ?」
こう誤魔化されてしまうと、もうハルカには、先ほどまでの話が嘘か本当かわからなくなってしまう。八割がた本音だったとしても、そうだと信じてはいけないような気もしてくるのだ。
「……師匠がそれでいいのなら、いいと思います。私は師匠がここにいてくれた方が助かりますので」
「おや、肩を持ってくれるんですねぇ。まぁ、実際ここにいると退屈しないんですよぉ。若くて優秀な方も多いですし、長生きしそうな人も多いですし、この調子で僕の居心地のいい場所にしてほしいですねぇ」
「結果的にそうなっていくかもしれませんね。私は弟子ですから、師匠の方針にどこか似ているのかもしれません」
「いい弟子ですねぇ」
ふよふよと浮いているノクトは、ごろんと横向きになった。
仰向きの姿勢をあまり見たことがないのは、きっと立派な尻尾が邪魔でそれが難しいからなのだなと、ハルカは初めて気が付いた。
尻尾の先っぽがだらりと障壁から垂れているのを見てハルカは思う。
よし、明日はやっぱりリザードマンの領土へ顔を出しに行こう、と。
なかなか拠点へ帰らないノクトよりよほどいい加減な王様が、久しぶりに自国へ顔を出そうと決めたのだった。