作品タイトル不明
涙と驚き
パチパチと薪のはぜる音を聞きながら、ハルカたちは夜を過ごす。
モンタナはお腹を光らせたトーチを頭に乗せて手作業を、ハルカは思い出したことを手帳に書き込んだり、見返したりしている。イーストンは「散歩をしてくるよ」と夜の闇の中へ姿を消したところだ。
いつもと同じような光景だが、違っている点が一つ。それは、ナディムとシャディヤが一緒に焚き火を囲っていることだ。
いつもなら仲間たちが休む時間には一緒に休んでいるのだが、今日は違うらしい。
それが気になっていたハルカは手帳に村長の名前を記して片付けた。
作業をしていると話しかけづらいかもしれないと思ってのことだ。
ぼんやりとモンタナの手元を見ていると、ナディムが低く抑えた声で呟く。
「シャナは、こんな遠くまで逃げてきたんだな……」
「……ええ、そうですね」
「竜の背に乗ってもこれだけかかる距離を、ユーリを連れて、追っ手を避けながら……」
「お姉ちゃんも、冒険者だったから」
ナディムはしばらく黙り込み、それからまた口を開く。
「なぁ、ハルカさん。俺はなぁ、娘が生まれた時、こいつを幸せにしてやらにゃならんって思ったんだ。それが俺の使命だと思ったね。……妻が亡くなった後は、悲しむだけ悲しんで、それから、娘たちを全員立派な男の嫁に出すまでは死なんって思ったね」
「……いつも娘は嫁にやらんって言ってた気がするけど」
「そりゃあ表向きだ。いつかそんなこと言ってる俺を納得させるだけの相手に渋々頷いてやる気だったさ」
親子とはそういうものなのかもしれない。
もしかしたらそのうち自分も、ユーリは婿にやらないなんて言い出すのだろうかとハルカは考える。
結論としては、相手によるというところだ。
「立派な男、なんて望んだのが間違いだったのか。王様な、そりゃあさぞかし立派だ。立派すぎて、俺の娘を二人も連れていきやがった。俺はただ……、ただ……、あいつらを幸せにしてくれる男だったら、貧乏人でも博打うちでも良かったのによ……、いや、博打うちはやっぱりダメだからな、シャディヤ」
「はいはい……」
「どこで間違っちまったんだろうなぁ、まったく。でもなぁ、あいつらは最後まで立派だったんだ。二人とも大事なものを守るために逝った。サーヤは、シャナは、立派だったんだ、そう思うだろ?」
「ええ、そうですね」
ずびっと鼻を啜る音がして、ナディムが空を見上げる。
「俺はよ、別に大したやつじゃないんだ。一人じゃなぁんもできなかったし、娘が居なくなりゃ酒浸りで残った末娘に迷惑をかけるときた。その上なぁ、ここにくるまで何度となく思ったんだ。どうしてあんたら、シャナが死ぬ前に助けに来てくれなかったんだって。ほんの数時間の差だぜ、きっと。あんたらだったらきっと助けられたんだ、きっと……」
ハルカたちを責めるようなこと言っているのに、その口調は全く正反対で、自分の罪を暴露するような静かで、苦々しい言い方だった。
ハルカもモンタナも、黙って話を聞いた。
「お父さん、そんなこと……」
「わかってんだ、シャディヤ、わかってんだよ。……んでよ、こんなこと考えちまったことを後悔するんだ。あんたらのおかげでユーリが、孫が生きてて、あんたらのおかげでこうして感傷にも浸れてる。俺はもう、本当に最低な奴なんだ。何もしてやれないことが、悔しくて悔しくて身の置き場がねぇ。本当は、本当はよ、あんたらを憎く思ったことなんて一度もねぇよ。本当は、俺が、サーヤの、シャナの辛い時に、助けに行ってやりたかったんだ、それだけなんだ……」
男の情けない自意識の暴露だった。
ナディムは心のうちを残らずに吐き出して、そして仰向けになって涙を流した。
シャディヤの前だと言うのに、カッコもつけず、声を漏らして泣いた。
「お父さんがさ、情けないのは、私もお姉ちゃんたちも知ってたよ」
シャディヤが、寝転がったナディムの腹をポンと叩く。
「お母さんが死んじゃった時いっぱい泣いてて、私がしっかりしなきゃってお姉ちゃんたち思ったんだって。お父さんと私のこと守ってあげなきゃって思ったって言ってたよ」
シャディヤは笑っていたが、目元にはみるみるうちに涙が溜まっていく。
「お姉ちゃんたちは、お父さんのことも、私のことも、大好きだったんだよ。連れてかれる前に、お父さんのこと、よろしくって……! もう! しっかりしてよ!」
シャディヤはボロボロと涙をこぼし、最後にはもう一度ナディムの腹を叩いてから、そこに顔を埋めた。
ハルカはただ黙ってその話を聞いて、静かにぽろりと涙を流す。
ちらっと顔を上げたモンタナはハルカを見て立ち上がり、歩いて寄ってくる。急に動き出した主人に、トーチは慌てて頭にしっかりへばりついた。
袖で涙を拭おうとしていたハルカの頬に、綺麗な布が当てられる。
「すみません」
「いいです」
大切な人を亡くした無念を思う。
いつか仲間達を失ったのではないかと焦った大竜峰での気持ちを思い出し、ハルカの心臓はぎゅっと締め付けられていた。
モンタナがハルカの膝の上に座る。
トーチがまたも慌てて動き出し、肩から腕、腕から袖の中へと逃げ込んだ。
突然の行動に、ハルカが目を丸くすると、モンタナが振り返って告げる。
「あっちの二人が羨ましくなったかと思ったです。頭撫でても尻尾触ってもいいですよ」
「すみません」
「泣き止んだですか?」
「はい、大丈夫です。びっくりして止まりました」
「じゃ、いいです」
モンタナはすぐに膝から降りると、隣に座って作業の続きに戻る。
「なんかあの、すみません、本当に、いい年して」
「ハルカがそんななのは前からです、気にしないです」
「あ、はい、ほんとすみません」
「尻尾梳かしてくれてもいいです」
「はい、やります」
モンタナに謝ってばかりいたハルカは、いつのまにか目を何度も瞬かせ、口元に手を当てながら自分たちの方を見ているシャディヤには、さっぱり気づいていなかった。