軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

改めて出発

「しかし、そうですか……。全部覚えていたんですね」

やや場が落ち着いたころにハルカが思案しながら呟く。

いくら賢くてもそこまで小さな頃の記憶は曖昧だろうと踏んでいた。そこまではっきりと理解できているのなら、兄である皇帝に会うことにはかなりの忌避感があるのではないかと思えた。

小さなうちに誤魔化すと言えば聞こえが悪いが、成長したときに血の繋がりがある人物と憎み合うような状況は本来ならば避けたかった。

これだけはっきりと意思があるのならば、辛かろうが本人の意思を聞いておく必要がある。ハルカは言葉を選ぶのにしばし沈黙した。

その間にモンタナがユーリに手招きをする。

ユーリはというと、泣きすぎたことが恥ずかしくなったのか大人しくハルカの膝の上に座っていた。目を伏せたまま立ち上がり、モンタナの前へ行く。

モンタナは珍しくほんの少し表情を緩めて、膝立ちになり、ユーリの頬を両手で支え額を合わせる。

「記憶があっても、今のユーリはまだ小さいです。背伸びしたりしなくていいです。レジーナも言ってたです。まだまだ、ユーリは守られてていい年ですから」

モンタナは分かっていた。

出会った時から、ユーリが色々なことを考え、気を使い、悩んだり迷ったりしていることを知っていた。だからこそ今回の告白に強く心打たれていた。

しかしその一方で、これを伝えたことでユーリがもっと無理をしてしまうのではないかと心配もしていた。

そうならないでほしい。

そんな思いを込めての、優しい接触だった。

もう十分に泣いたと思っていたユーリだったが、そんなモンタナの言葉にまた目が潤んできてしまう。

ユーリ自身信じられないくらいの涙もろさだった。そしてそれは、ユーリの仲間たちへの信頼の証でもあった。

「モン君好き」

モンタナに抱き着いたユーリを見て、コリンも立ち上がる。

「ちょっと、私も、私もユーリに好きってされたい。ほら、コリンちゃんもユーリのこと大好きだよー、もっと甘えていいよー?」

ハルカがそちらに目をやってみると、アルベルトも何か言いたげに半分腰を浮かしては座るを繰り返している。そわそわしすぎて、何を考えているのかハルカでもわかってしまった。

ハルカは一人でふっと笑って、一度考えることをやめる。

今は皆ユーリのことを甘やかしたいのだ。

安心してもらいたいし、褒めてあげたくて仕方がない。

先のことを話すのは、明日出発してからでも構わない。

今日はとにかく、余計なことはせずにユーリのことを甘やかそう。ハルカもそう決めて、また泣き出したユーリのことを見守るのだった。

ユーリの腫れぼったい眼を、治癒魔法で治してやる。

朝の食事を終えると、ナギが『まだ? もう行く?』と尋ねるようにハルカへと首を伸ばしてくる。一緒に旅をするうちに、ナギは一緒に空を飛ぶのが随分好きになったようだった。

「そろそろ出発するから準備してくださいね」

そう言って鼻先を撫でてやると、ナギの尻尾がゆるりゆるりと揺れた。

本来はブンブンと動かしたいのだろうけれど、それをやると無駄に森の木々を薙ぎ倒し、地面の土を跳ね飛ばしてしまうから、ナギは遠慮がちだ。

火の始末をして全員が背中に乗り込むと、ナギはすぐに空に浮かぶ。

振動の少ない離陸は、ハルカが元の世界で数度だけ乗ったことのある飛行機なんかよりもずっと快適だった。

ハルカが地図を広げると、皆が寄ってくる。それを待ってからハルカは話を始めた。

「さて、このまま【ドットハルト公国】を越えて、【グロッサ帝国】へ向かうわけですが……」

指で進路をなぞっていく。できるだけ大きな街を避けて進むつもりだったが、補給のために一度くらいは立ち寄っておきたい。

元の世界のような領空なんて概念はない。

なんと言っても、空を飛ぶ手段は限られているのだ。

軍の者が空を飛んでいれば国に苦情くらいは入るかもしれないが、冒険者が飛んでいる分には苦情を入れる先もない。

逆に言えば身の安全の保障もないと言えるのだけれど。

入国の審査だって、あれは道を通るものがどこの誰かをはっきりさせるためだけのものだ。

空を飛んでいるものを誰何することなんてできない。

つまり、倫理観さえ無視すれば、ナギに乗っているハルカたちは入国も出国もやりたい放題なのであった。

「念のため【ドットハルト公国】の国境に一番近い街に入国を伝え、国土を斜めに進み、海の上を通って【グロッサ帝国】へ入ります。……とまぁ、進路はこんな所なのですが、改めてユーリに確認しておきたいことがあります」

ハルカは姿勢を正してユーリに向かい合う。

「昨日のことでユーリが昔のことや今の状況をしっかり理解していることが分かりました。だからこそユーリの意見もきちんと聞いておきたい。私たちは、家族であり仲間であるユーリをつけ狙う帝国と話をつけたいと思っています。仲間の命を狙う存在を放っておくわけにはいきませんからね。これは私たちの意志です。……ユーリはどう思いますか? ゆっくりでいいので聞かせてください」

ユーリは考えを巡らせる。

帝国がどれほどの規模のものなのか、今広げられている地図を見るだけでも十分に理解できる。この間まで長い時間をかけてめぐってきた王国と同じくらいの国土を持ち、南方大陸の北側のほとんどを領有している。

繰り返し戦争をしていることから、十分な戦力を保持していることもわかっていた。

ユーリには、母や叔母の命が奪われ、今もなお自分の命が狙われ続けている理由すらも、感情を抜きにすれば理解できてしまっていたのだ。

ハルカたちは、それが許せないといって何とかしようとしてくれている。

嬉しい気持ちとやめてほしい気持ちがぐちゃぐちゃに絡まっている。

「まぁ、ユーリがなんて言っても、俺は皇帝が気に食わねぇから文句言いに行くつもりだけどな」

「…………あの、アル?」

ハルカが何を言い出すのかとアルベルトを見ても、その堂々とした態度は揺るがない。

「俺はムカつく奴に文句言いに行くだけだぜ。ユーリもごちゃごちゃ考えてるみてぇだけどな、やめさせたいなら、俺を止められるくらいに強くなってからにしろ」

アルベルトが手を伸ばしてユーリの額に指を押し当てる。

「わかったか?」

「わか……った」

思わず気の抜けた声で了承してしまい、ユーリは目を瞬かせる。

「ハルカ。ユーリが行くなっていったら行くのやめたのかよ? どっかで結局行くことになんじゃねぇの?」

「…………すみません、責任を負わせるだけの質問だったかもしれませんね」

「いや、それはよくわかんねぇけど」

ハルカが肩を落として謝罪すると、アルベルトは首を傾げる。

「今回はアルが正しいかな」

「今回はってなんだよ」

睨みつけられたイーストンは、流し目を送って笑う。

「褒めてるんだけどな。ユーリ、心配しないでも僕たちがいいようにやるよ。君はまだ小さいんだから、安心して任せておいて」

「流石王子様、かっこいい……」

コリンが感心したように呟くと「茶化さないで」とイーストン。

ユーリのことをまじめに考えて聞いたことだったが、どうやら間違いだったことを仲間たちに思い知らされ、またも交流の下手さに落ち込むハルカ。背中をポンと叩かれ振り返れば、モンタナが慰めに来てくれていた。

反対側からはレジーナの視線が向けられていて、それがなんだか痛い。今レジーナが何を考えているかハルカにはわからなかったが、情けないまま終われないと顔を上げる。

「……余計なことを聞きました。私は、ユーリが幸せに自由に生きてくれることが嬉しいので、余計な障害は取り除かせてもらいます。大船に乗ったつもりでいてください」

強がりで胸を張っているハルカを、心配させまいとしてくれている仲間たちを見て、ユーリは笑い、そして幸せを噛みしめながら頷いた。

「……うん、わかった」