軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女神のお告げ、正か否か

――迎えに来た。

勇者と名乗る少年、エリオットはそう言った。ということは、彼がエル・メイデで呼ばれ、レフィールと旅を共にするというお告げを受けた者なのか。

「やっぱり、お告げで聞いた特徴とピッタリだ。君の名前を教えてもらえるかな?」

「わ、私は……レフィール・グラキスという……」

「レフィール・グラキス。うん、レフィールちゃんか。よろしく」

そう、笑顔を見せたエリオットが、レフィールにその白い手を差し出す。親愛の表現か、それともこのまま――

「さあ、女神アルシュナのお告げに従い、ぼくたちと一緒に行こう」

「そ、それは……」

来るのがさも当然というようなエリオットの言動に、レフィールが当惑する。周りを余所に勝手に話を進めるそこに、割って入ったのは無論のこと、水明。

「ちょっといいか?」

「君は?」

「彼女の連れのスイメイ・ヤカギだ。突然自己紹介してきて勝手に話を進めてるが……あんた本当に勇者なのか?」

その問いには、クリスタが苛立ったらしい。疑いを向けられたことに文句でも言おうとしたのか一歩前に出ると、すぐにエリオットが手で制し、代わりに彼が発言する。

「その疑問は当然だね。確かに勇者を騙る別人物というのもあり得ることだ。でも、これは本当の話さ。そうだね、それについてはクリスタや宵闇亭の人たちが証明してくれるよ」

「ここの人たちもか?」

「すこし前に一緒に魔物の討伐に出たからね。ぼくの実力は彼らに周知済みだと思けど」

そんな自身を匂わせる発言をするエリオットが周囲に視線を向けると、幾人かが頷く。なるほど、先ほどのざわめきはこの少年が何者か知っていたからなのか。勇者がなんの迷いなく話し掛けに行くところを見れば、確かに話題にもなろう。

だが、ということはこの異なる言語が分かる異質な感じはどういうことを意味するのか。向こうの世界の言語は大概聞き覚えくらいはあるゆえ、変換されても意識すれば言語が特定できるはず。いまはそれができないということは、この少年は向こうの世界から呼ばれた人間ではないということになる。それでなお勇者というなら、どういった意味合いをもつのか。

すると、レフィールが険しい表情で、

「……スイメイくん。私も、託宣であった特徴が一致する。おそらくは彼がエル・メイデで呼ばれた勇者に間違いはない」

「はい、エリオットさまはエル・メイデで召喚された勇者に間違いありません」

クリスタもきっぱりと断言する。そして、エリオットは自分の胸に手を当てて、片目つむりから問いを投げる。

「どうかな? これで納得してもらえたと思うけど?」

「あんたが勇者だってことはな」

「なら――」

「俺も彼女からその話は聞いたが、連れて行く行かないは話が別だ」

「ふむ?」

「というよりも、それは絶対連れていかなきゃならないモン――女神サマのお告げっていうのは守らなければならないものなのか?」

水明が呈した疑問である。多少この世界に暮らす人間の常識とは乖離した問いかもしれないが、そこは投げかけておかなければならぬもの。そして、それにはクリスタが答えた。

「当然です。女神さまのご意思。その恩恵を与っている我ら人間は、女神さまの言葉を聞き入れる義務があります」

この世界に暮らしている者は、少なからず女神の――直接的にはお告げや、エレメントから彼女のいう恩恵とやらを受けている。レフィールに至っては本人がその右腕のようなものと血を分けた存在であるがゆえに、なのだろうが。

だが、それでも――

「本人は嫌がってるんだぜ?」

「それでもだね」

と、エリオットはきっぱりと言い放つ。呼ばれた世界が違うのにもかかわらずこうまでアルシュナとやらの意思を尊重することについては――いまのところ判然としないが、託宣に疑問を持たないことをみると理由があるのだろう。それにしても、この状態のレフィールを見てもそんなことを言えるのはおかしい気もするが。

それを踏まえ、水明は訊ねる。

「魔王とやらの討伐に行くんだろ? それに戦えない人間を連れていくのか?」

「確かにそれについてはぼくも気が引ける」

そうだ。真っ当な感性を持っていればそう答えるだろう。

「なら――」

「だけど、それでもそんなお告げがあるということは、彼女を連れていかなければならない何かがあると言うことにはならないか?」

「そりゃあ深読みしすぎだろ」

「だけどお告げを下さったのは人間が想像も及ばないような途方もない存在だ。ぼくらには計り知れない何かがそこにあると見ていい」

「神様とやら胡乱な存在がか? 単なる気まぐれかもしれないぜ」

「そんなことはない。現にぼくはそのお告げに助けられているからね」

「芝居じみた身振り手振りで言われても、女神の信用には繋がらないぜ?」

そう水明がエリオットの大仰な言い回しと手振りを掣肘すると、今度はクリスタが。

「聞いていれば……」

「ん……?」

「聞いていれば、あなたはお告げの内容を拒否なさる発言ばかりしておられますが、あなたがたは勇者であるエリオットさまのご意向に、ひいてはアルシュナさまのお言葉に逆らうと言うのですか?」

「そ、それは」

と、鋭い視線で睥睨するクリスタ。これにはレフィールが狼狽える。普段なら少女の咎めの視線など、彼女にとって憂慮の一欠片にもならないことであろうが、そこに女神アルシュナの言葉が加われば堪えてしまうのは明らかだ。

そこに、フェルメニアが助け舟をと、普段は見せないきりりとした態度でクリスタに挑む。

「確かに女神アルシュナのお言葉も大事なものですが、我らの事情を無視しすぎなのでは? いますぐここでレフィールを連れて行こうとなさるのは、いささか性急なことではないかと」

「そんな悠長なことを言っている情勢でないのは誰もが存じているはずですが? 魔族によってノーシアス王国が陥落し、つい先日アステル王国内にも侵攻の魔の手が及んだのですよ?」

「あれは防がれたこと」

「それは結果論でしょう。いまは魔族が侵攻したということが問題なのです」

「しかしそれでレフィールが勇者殿のところに行ったとて、現状は変わるとは限りません。むしろ無関係な話と民衆に受け取られる可能性も十分あり、そちらの勇者殿にとってあまり良くない風評も立つのでは?」

フェルメニアとクリスタの視線がぶつかり合い、火花を散らしている。一瞬、論調ではフェルメニアの方が劣勢に立たされたかと思ったが、それを上手く逆手に取っての反撃が行われた。クリスタの口が真一文字に結ばれる。

すると、エリオットが、

「それでも、彼女についてきもらわないと困るんだよ」

「それはいくらなんでも横暴だろ?」

「君からすれば、そうかもしれないな」

はぐらかすのか。水明が顔をしかめていると、エリオットが急にじろじろと品定めするような不躾な視線を向けてくる。

「なんだ?」

「隣の彼女は強いみたいだけど、君はぼくたちの旅に耐えられそうな腕ではなさそうだ」

「あ?」

「つまり、君がそこのレフィールちゃんと離れたくないと言ったところで、君を連れて行くことはできないということだ。申し訳ないけど諦めてくれ。君にとっては連れの女の子を盗られるといったところだろうけど、魔王の討伐はこの世界の人たちにとっては切実なことだ。この世界の人たちのために、涙を飲んでもらおう」

水明の口元がわずかに引きつる。そんな侮辱し切った物言いを浴びせられれば、水明とて冷静さを装えない。初対面のくせに遠慮もなく、随分と言ってくれるものである。

「どうかな?」

「この世界の人たちのために? そんな言葉が免罪符になるとでも?」

「メンザイフ……言葉の流れからするに、彼女たちを連れて行く誹りを免れるものって意味かな」

エリオットはそう言うと、「そう言う理由があるからこそと言うべきだろう」と、あしらいにかかる。

だが、それでもと、水明はエリオットに向き直る。そして、

「断る」

「君は関係ないことだ。君がそんなことを言う筋合いはない」

「いいや。レフィールは俺の連れだ。俺が断るっつーのも筋だろうが」

「先ほども言ったけど、この世界のためなんだよ」

そう再びこの世界の事情を盾にするエリオットに、水明は苛立ちを含んだ様子で、

「そんなもの俺の知ったこっちゃねぇよ」

「スイメイくん!」

「す、スイメイ殿!」

公の場で言っていいことではないだろうがそれでも、言わずにはいれなかった。水明が口にした言葉に、フェルメニアやレフィールは声を上げ、対する勇者エリオットも少なからず驚きを見せた。

「……君もこの世界に住む人間だろう?」

「かもな。だが、俺にとってはどうだっていいことだ」

「君は……」

困惑にとらわれたエリオットの視線に、水明の鋼の如き意思を表す視線が交わる。そうした互いの意志の交錯はしばらくの間続いたが、それを撃ち破る者が現れる。

クリスタだった。

「聞きましたかいまの言葉を! この男は恐れ多くも女神さまの言葉に逆らい、立てつくというのです!」

がたりと、フェルメニアやレフィールの椅子が音を立てる。

水明たちに背を向けて行われた、クリスタの演説じみた行為で、宵闇亭の一角から室内にいる人間全てに向け、脚色された話が発信された。これは大仰に叫び糾弾して、周囲を巻き込み孤立感を煽ろうという算段か。

にわかに発せられたクリスタの大声に様々な反応を見せる者たち。いままで小声で話し合いながらこちらを窺っていた宵闇亭の関係者たちは、あからさまにこちらに興味を示し、依頼を出しにきていただろう救世教会の信者らしき者は非難の視線を向けてくる。

やがて、先ほどとは打って変わった空気に触発されたのだろう。周囲から「不届き者」「恥知らず」など、水明を罵倒する言葉まで聞こえてきた。

水明も自分勝手さでは人のことは言えない身だ。だが、無関係な周囲を多数の力に変え、信心から悪意を煽るのは、やはり無性に腹の立つことだ。

「……女神様女神様。そのなんとも知らないモンが言えば、本人の意思なんてゴミみたいなモンなのかよ」

「そう言うわけじゃない。だけど、この話はそう言った感情を忖度できない次元にある問題なんだよ」

だとしても。

「アホらしいな」

「なに……?」

水明のあまりに直接的な物言いを聞いて、一瞬の当惑にとらわれるエリオット。そんな彼を尻目に、水明はレフィールに視線を向ける。彼女からすれば複雑な心境だろう。女神の思し召しと自分の意思が拮抗して、表情は視線は不安に揺らいでいる。

「レフィールの顔を見てみろよ。いままでまともに生きてきた奴にそんな顔をさせる女神なんざ、碌でもねぇモンだろ。違うか?」

「あなたはまだそんなことを言うのですか……」

「言ったがどうした? それでも連れていくっていうんなら――フン。力ずくでやってみることだな」

水明の物騒な発言に、「勇者様になんてことを」「勇者に勝てると思っているのか」「愚かな」などの声が室内を飛び交う。やはり、それはエリオットたちもそう思ったようで、

「……君が、勇者である僕に?」

「そうだ」

その問いに、水明は断固とした姿勢を頑なに示す。それは譲らないと。そんな水明の態度を見ても、考えは変わらないか。エリオットは今度は説得の対象をレフィールへと向ける。

「君も女神アルシュナの思し召しの重要性については理解しているんだろう」

「わ、私は、その……」

レフィールは押し黙って、やがて頷いた。恩恵を受けている以上、意に反するが頷くよりなかったのだろう。

「彼女は分かっているそうだ」

「そうだな。だが、それでもだ」

そう、約束したのだ。なんであろうが、嫌な目には遭わせないと。

再三の拒否に、エリオットは呆れにも似たため息を吐いて、意志の灯った目を向ける。

「――わかった。君には悪いが力づくで連れて行かせてもらう」

決めたか。それに追随して、再び自分たちの正当性を周囲に訴えようとクリスタが騒ぎ立てる。

「聞きましたか! ここにいる者は、あろうことか女神さまに立てつこうと言い放ちました!」

クリスタの声に合わせ、また、周囲から非難の声が集まる。今度は喧騒も大きく、聞こえよがしな声も多い。フェルメニアは苦い表情にとどまってはいるが、レフィールは周囲からの非難には弱い。針の筵に立たされているため顔を青くしている。

「……どいつもこいつも」

聞こえた言葉に流され、非難の声を合わせる。他者の事情などおかまいなしだ。正しいものなど見もしないで、見えないものばかりありがたがる。周囲や、神の示したものに合わせてればいいと、自ら考えることを放棄して、立場の弱いものを攻撃するのだ。

「……スイメイくん。やはり、私が諦めれば……」

弱気を口にするレフィールの頭を優しく撫でる。

隣にいるフェルメニアが、些かばかり気後れした表情で声を掛けてくる。

「スイメイ殿ここは……」

勇者相手は実力いかんにかかわらず、分が悪いと言うのだろう。しかし、それについては水明も百も承知であってのこと。

「ここはやらなきゃならないところだ。このあとはとばっちりになる。あんたは離れていた方が良い」

「いえ、それは出来ません。来てそうそう、逃げ出すようなことはしたくない」

「そうか。来てもらったばっかで悪いな」

そして今度は視線を、目の前の勇者たちに。

いくらお告げがあったからといって、横暴というほかないだろう。レフィールの抱える事情を、その辛さを知っているのか。このような話など、断じて許せることではない。

クリスタはいまだ騒ぎ続けている。勇者エリオットは勝負のため、距離を取った。室内にいる他の者が、土俵を作るか自分たちを囲むように位置を取る。

そして、自分が力を得た意味。それをいま一度思い出すことで、抑える心もなにも、全て吹き飛んで消え失せた。

「――良いぜ。こいよ。勇者だかなんだか知らねぇが、立ちはだかるっつーんなら、振り払うまでのこと」

「言ったはずだ。君はぼくたちについて行ける力量じゃないと。そんな君がぼくに敵うわけないじゃないか」

「……」

「ぼくはこれでも、ぼくのいた世界ではそこそこ名の通った剣と魔法の使い手だ。それがこちらの世界に来て英傑召喚の加護を受けているんだ。それがどういうことを意味しているか、理解できないことじゃないはずだ」

「さあな。そんなのは俺の知ったことじゃあない」

「あまり会話の通じるような人間じゃないみたいだ――」

そして、エリオットが剣を抜いたその時だった。

「――お待ちになって下さい!」

「――ッ⁉」

唐突に掛けられた、逼迫した制止の言葉に遮られ、水明とエリオットはそちらを向く。このようなタイミングで声を放ち、誰しもの気を惹いたその言葉を放ったのは、声音の高さから察するに女性か。しかしてそこにいたのは、以前水明たちが赴いた教会にいた獣人種のシスターだった。

クリスタがその場で、彼女に誰何する。

「あなたは?」

「私は救世教会のシスター、クラリッサと申します。女神さまから下された新しいお告げを携えて、ここに参りました――」

「双方、お納めになって下さい」

エリオットと水明の勝負の舞台に上がったクラリッサは、両名の姿を見て、そう告げた。

床から身を起こしたクリスタが、疑問を投げかける。

「新しいお告げ、とはどういうことですか? それよりもそのお告げは私たちに関係のあるものなのですか?」

「ええ。勇者様と、そちらのお方、お二方に。先ほど、女神さまから直接この私に下されました」

「ぼくと、彼に?」

「はい。そちらの赤髪の少女の件で双方が直接争ってはならない。帝都を騒がす影を捕まえることで、決着を付けろ、とのことです」

意外場所からの仲裁に、周囲がざわめく。まさかこんなタイミングでお告げにお告げを重ねてくるとは、誰からしても予想外だった。

今度は、水明がシスターに問う。

「シスターさん。その帝都を騒がす影っていうのは?」

「おそらく、昏睡事件の犯人なのではないかと。このお告げはその犯人を捕まえた方がこの件を……」

「つまり、彼とぼくとで勝負をしろというわけだね」

「はい。ですので、お納め下さい。このような場所で争うなど、無益でしょう」

シスターがそう益体のないのだと説くと、エリオットは大人しく剣を納める。

「……分かった。お告げと言うならば、ぼくは剣を引こう」

それを見た水明も、構えをといた。この状況で無理に争えば、それこそ分が悪くなる一方だからだ。

剣を納めたエリオットが水明の方を向く。

「そう言うことになったみたいだけど、君はどうする?」

「ふん。俺にはアルシュナとやらの話なんざ聞く義理もない。だが、その勝負でこの件に後腐れなく決着を付けられるっていうのなら、乗ってやってもいい」

「言い様は気に食わないが――決まりだね」

そう言うと、エリオットは承諾した旨をその場で宣言して、クリスタの元へと向かい、再度、彼は水明に振り向いた。

「確か、スイメイ・ヤカギだったね。君の名前」

「ああ」

「覚えておこう。さあ行こう、クリスタ」

エリオットはそう言って、クリスタを連れて野次馬の中を突っ切り、ギルドの外へと出ていった。

エリオットの背を見送る水明に、クラリッサが近づいてくる。

「お久しぶりです」

「まさかシスターが割って入ってくるとは思いませんでした」

「それは私もです。用があって宵闇亭に来たらこの前お話をした殿方が、勇者様と事を構えているのですから」

確かに意外だろう。まさか世界を救う勇者と知っていてなお、ケンカを吹っかけ

ているとは、思うまい――

そこで、水明はクラリッサの言動がおかしいことに気付く。彼女はいま用があって宵闇亭を訪れたと言った。話の流れから察するに、どうにもお告げを持ってきたといった言い回しではない。ならば、

「シスター。では先ほどのお告げは……」

「いまのお告げですか? いまのは――」

「……?」

シスターがささめくように顔を近づけてくる。そして一言、「嘘ですわ」とそう悪戯っぽい笑いを漏らして、また離れた。

「は……はぁっ⁉」

「だってああでもしないと、勇者様はあなた様にボロクソ――ごほん! 手酷くのされていたでしょうから」

そう言って、シスターはくすくすと笑っている。その姿は勇者を守るのが目的だったというような感じではない。

「俺が負けてたかもしれませんよ?」

「あら、私の目が節穴とおっしゃいますので?」

「いえ、そういうわけではありませんが……」

戦いの行く末はわからないが、予測を立てられとは、シスターらしからぬものだ。まさか、武威も放っていないのに見抜かれるとは。だが、獣人種だからこそ分かることなのかもしれない。それはそれとして、

「だとしても、いいんですか嘘のお告げなんか言って。シスターは、救世教会の人間でしょう?」

「はい」

「なら」

と、水明が言うと、クラリッサは首を横にふるふると振った。

「アルシュナさまに使える身としてはあるまじき発言ですが、女神さまの仰ることが全てが正しいというわけではありません。そしてそのお言葉に安易に流されず、真正面から立ち向かい、大切なものを守ろうとしたあなたの姿、私は立派であったと思います」

「え……」

意外な言葉を聞いて困惑に囚われた水明の手を、クラリッサの手が優しく包む。

「良き心根をお持ちで。いまのお心を、決して忘れないようにしてくださいね」

そう言うと、シスターは踵を返し、去っていった。

クラリッサの仲介で、エリオットたちと勝負をすることで合意した水明たちは、宵闇亭から逃げるように退散し、家もほど近い、落ち着ける場所まで移動していた。

フェルメニアが険しい表情を作る。

「とんでもないことになってしまいましたね」

「そうだな」

合意する水明。確かに事件の犯人をどちらが早く捕まえられるか競おうなど、予想外の事態だ。クラリッサの機転だとはいえ、まさかこんなことに巻き込まれてしまおうとは。

「……申し訳ない。来てそうそう私のお告げの方に巻き込んでしまって」

「え……? あ、い、いえ! レフィールが気にすることはありませんよ! 発端がどうであろうと、この勝負に勝てばいいのですから! そうですよね!?」

失言に気付いたフェルメニアが慌てて水明に話を振るが、当の水明は腕を組んだまま一向に彼女には答えない。ただ地面の一点を穴の開くほど見詰めるばかり。そんな彼の態度を怪訝に思った彼女は、不安を募らせ問いかけ直す。

「す、スイメイ殿?」

「……ああ、そうだな。昏睡事件の犯人とやらをどうにかすれば、まあ一時的にはどうにかなるか」

そう、いま水明がそぞろに口にした通り、勝負に勝ったとしても問題を先送りした状態にある。勝負についてはクラリッサの虚言であるし、再び女神からレフィールについてなんらかのお告げがあるかもしれない。勝っても根本的なことが解決するわけではないのだ。信仰が関わっている以上、一筋縄でいく問題ではない。

と、そんなことを一人頭の中で仮想し進行させていく水明。彼が思考の海に埋没していると、レフィールが不安そうに彼の袖をくいくいと引っ張る。

「スイメイくん。どうしたんだ?」

「いや、今後のことを考えてな。これからまずどうしようかって」

「ふむ……やはり地道に聞き込みをするべきでしょうか?」

フェルメニアの提案に、水明は同意する。

「そうだな。だが……」

「大丈夫ですよスイメイ殿。不肖ながらこのフェルメニア・スティングレイ、お手伝いさせて頂きます」

「悪い。じゃあ聞き込みの方、お願いできるか?」

「任せてください。……だだ、あまり成果の方はでないかもしれないですが」

「それはまあ仕方ないだろうな。相手は勇者だから」

そう、おそらく帝都の住民は時が経つにつれ非協力的になるだろう。当然、世界を救ってくれる勇者と、それに逆らう愚か者たちどちらに協力するかということになるのだから。

邪魔まではしてこないだろうが、良い顔をして協力はしてくれることはない。その点で言えばハンディキャップは大きいが――まあ、それを補うこと自体は不可能ではない。

水明がそんな思案を続けていると、レフィールが手を挙げる。

「では私も聞き込みに」

「いや、レフィールには別のことを頼みたい」

「別のこと……もしや犯人を探すのか?」

「いやいや、さすがにいまのレフィールにそんなことは頼めないって」

レフィールの言葉に水明は首を横に振る。さすがに小さい状態の彼女にそんな無理はさせられない。

「では?」

「レフィールはこれから帝都を回って、できるだけ多く野良猫を連れて来て欲しいんだ」

「ね、猫? 何故野良猫が必要なのだ」

「まあ、人間の協力者を募れないから、猫の協力者を募ろうと思ってな」

水明はそう口にして、二人に事情を話し始めた。