軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

別の勇者、現る!

水明はフェルメニアを連れ、彼の活動拠点たる裏路地の家に到着した。

家の扉を明け、中に入るのを促す水明。ふと家の中の気配を探ると、室内には一人。いるのはレフィールだけらしく、もうジルベルトも帰ったらしい。

やがて彼女も気付いたか、出迎えに来てくれた。

「お帰り、スイメイくん」

「ああ、いま帰った」

と、手を挙げレフィールと親しげなやり取りを交わす水明。誰かにお帰りと言ってもらえるのが久しぶりなことを思い出し、一人勝手に感じ入る。そんなことを言われたのは、父が亡くなっていつ振りか。

目を瞑り、しばしして目を開けると、そこには当然知らぬ顔を見つけて目を白黒させているレフィールと、仲間と聞いたのに見れば小さな女の子で、困惑しているフェルメニアの二人がいた。

「スイメイ殿、こちらの子が先ほど言っていた……?」

「スイメイくん、彼女は知り合いか? 私にも紹介してほしい」

「ああ、そうだな。じゃあまず――こっちは俺をこの世界に召喚した魔法使いで、アステル王国の元宮廷魔導師フェルメニア・スティングレイ。俺の力になってくれるため、わざわざメテールから来てくれたんだ」

まずはレフィールにフェルメニアを紹介すると、名前に聞き覚えがあったか。驚いたように目を開く。

「おお、貴方があのアステルで名高い白炎のフェルメニア・スティングレイ殿か!」

頷くフェルメニア。次は彼女に、レフィールのことをかいつまんで紹介する。

「こっちはレフィール・グラキス。ネルフェリアに来る途中、縁があって一緒にここまできた旅の仲間だ」

「仲間……ですか」

「そうなんだ」

「は、はぁ……」

やはりフェルメニアは少し困惑気味だ。まあ小さい子供が旅の仲間になっているなど、当然ながらピンとくるわけがないか。「まーいろいろあるんだ」と、完全な紹介はレフィールがもとの姿に戻った時にするということにして、ここは濁しておく。

すると、レフィールが改まって、

「レフィール・グラキスと申します」

「ええ、よろしく」

と、二人は仲良く握手を交わす。するとフェルメニアが水明に向かって、

「スイメイ殿。レフィールは随分とその、気品があるように見えますが、もしや」

「ああ、わかるのか。確かにレフィールは良いとこのお嬢様だしな」

「やはり。所作の端々から窺えたもので、高貴な生まれの方なのですね」

フェルメニアがレフィールに微笑むと、レフィールは自分が小さいことなどを考慮したか、気後れした顔で遠慮気味に言う。

「ですがフェルメニア殿の方が年上でしょう。そのように下手に出た話し方などしなくても……」

「いえ、察するにあなたは他国の高貴な方でしょう。ならたとえ貴族の子女であろうとも、それなりの対応をするのが筋というもの。レフィールの方は気にしなくてもいいですよ」

そう言えばフェルメニアは女中や衛兵、敵以外の者には、基本的に丁寧な口調を使っていた気がする。いまの態度もその延長線上にあるというような口ぶりだが、というよりは子供にやさしい口調を使ってると言ったところだろう。

どうしたのか、レフィールが水明の袖を引っ張ってくる。

「な、なあ、スイメイくん。ちょっといいか?」

「なんだ?」

そして内緒話でもしたいのか、どこか不安そうな顔を近づけてきて、

「……もしやとは思うが、まさかフェルメニア殿もここに逗留するのか?」

「……いや、フェルメニアは宿を長期間で取っているから、この家には住まないよ。それがどうしたんだ?」

「い、いやなんでもない。それは良かった……」

「良かった?」

「べ、別になんでもないぞ! 深い意味はない! 二人っきりじゃなくなるとか思ってないぞ!」

「……?」

不安な表情をしたり、安堵したり、焦ったりと忙しいレフィール。

その一方で、フェルメニアが胡乱げな眼差しで水明のことを見ていた。

「スイメイ殿、もしや……」

「……今度はそっちか。一体なんだ?」

「なんだではなくですね」

「じゃあなにかあったのか?」

水明が本当に怪訝そうに訊ねると、フェルメニアは難しそうな顔をして、結論が出たのか、

「……いえ、いまのは私の邪推ですね。スイメイ殿もどことなく勇者殿のような感じがします」

「なんの話だ?」

「ものすごく鈍いところですよ」

「はぁ?」

このあとしばらくフェルメニアの言った言葉の意味を考えたが、結局わからずじまいの水明だった。

思っていた以上に、フェルメニアとレフィールの仲は良好だった。

出会って初日のやり取りからもそうだが、人当たりも悪くなく、元々真面目で正義感の強い二人。考え方も方向性を似たような性質であったので、打ち解けるまでにそう時間はかからなかった。

両者が醸す空気が混じりあったものにもいささかの剣呑さもないことから、憂慮については水明も一切ない。レフィールについてもこちらの世界の魔法に詳しい人間が仲間になったのだ。彼女にとっては僥倖だったろう。魔導院には通えないことをもどかしく思っていたようだが、そこは水明が頼んだ通り、フェルメニアが教えるということで決着もついた。

ただ時々、何故かレフィールがフェルメニアを牽制するような素振りを見せるのは――気のせいかもしれないが、それはともかくとして。

フェルメニアが合流してから二日ほどあと、水明たち三人は帝国にある冒険者ギルド宵闇亭の支部を訪れていた。

ラジャスを撃退してからは一度も支部に行っていなかったため、今回はその報告と帝国での活動について申請するための来訪である。そして現在は受付の女性にラジャスや魔族についての当たり障りのないあらましを告げて、その後の手続きを終えたところである。

「……はい。お疲れさまでした。アステルの件についてはこちらの支部でも伺っています。商隊の方たちや同道した所属の方々は残念でしたね」

「ええ。こちらも報告が遅れて申し訳ありません」

と、水明は受付嬢に頭を下げる。ラジャスたちの件で頭が一杯だったが、依頼からは中途離脱し、それに他のメンバーも失ったこともあるゆえ、報告は必ずしなければと思っていた。

置かれた立場が立場ゆえ、それをすぐに公表することができない日々であったが、これで肩の荷も下りたというところだ。

「いえ、それについては仕方ないでしょう。無事にご到着されただけでも良かったです。それとこの件についてのヤカギさんへの支援は我々も惜しみませんので、なにかあればお申し付けください」

と、今後のケアも申し出た宵闇亭の受付嬢に「ありがとうございます」と一言告げ、水明はフェルメニアとレフィールの待つテーブルへと戻った。陶器のカップを両手で持って葡萄水を「んくんく」しているレフィールと、落ち着き払った様子を崩さず、周囲を見回すフェルメニア。彼女たちに手続等が終わったことを挙手で告げ、備え付けのチェアに腰掛けると、すぐにフェルメニアが訊ねてくる。

「よかったのですか?」

「ん? よかったってのは?」

と、難しそうに顔を歪めた彼女に水明は鼻から抜けたような声で聞き返すと、それにはレフィールが答えた。

「いまの報告についてだ。ここから聞いていたが、思ったよりも詳しく話していたからな。あそこまで報告すれば、いずれハドリアスとやらに生きていることが判るだろう。それは私たちにとって不利になるのでは?」

「さて、どうだかな……。話を聞く限り、そいつが俺を囮にしたのは、それが得策だからってだけだろ? 別にそいつは俺を殺そうと躍起になってるわけじゃない。元々俺が害になるなんてこれっぽちも思っちゃいないだろうからな」

「確かに。ラジャスの件がなければハドリアス公爵もそのような手段には訴えなかったと思います。公爵にとてってスイメイ殿は、なんの力も持たない勇者の友人という認識しかないでしょうから」

「なるほど。だが、知られていないということは、往々にして有利を招くものだぞ? 相手がこちらの存在を知らなければ、手を出してこないし、何かあった時に隙を突ける。いまのは舌禍になりうるのでは?」

レフィールは葡萄水の入ったカップを置いて、そう語る。確かに、いま置かれている立場と言うのはとても重要だろう。帝国とは違いクラント市では偽名で入市したため、おそらくハドリアスは水明が生きていることは知らないはずだ。ならば今後その状態を維持していけば、利用されることもない。

レフィールの言う通り、自分の舌で喉を切ったのではないかとも思われることをしただろう。だが、それについては水明も分かっており、それをメリットデメリットを計る両天秤に掛けた上で――

「どっちかと言うと手を出してきて欲しいところではある。そうすれば俺たちにもそいつにふっかける切っ掛けができるからな。ちょっかい掛けてくるんなら、どうぞご自由にってところだ」

その不敵な言に「あとはそいつの動向もわかるしな」と付け加え、この報告についての答えとする水明。

「こちらでもどうにか牽制できればいいのですが、ハドリアス公爵については国王陛下も手を出し難い相手でして……」

「 封建制国家(フューダリズム) だから、そこはしょうがないか」

と水明は取扱いの難しい問題だと息を吐いて、この話は終わりと話を切り替える。そしてさてこれからどうするかと二人と相談しようとした折だった。

後ろの方から、透き通るような美声が掛かる。

「――君たち、少しいいかな」

「俺たちのことか?」

「ああ」

と、水明が振り向いて答えた先には、見目麗しいという表現がぴったり合う美少年がいた。金髪、碧眼。白い肌は北欧系を連想させるが、それほど色素が薄いとは感じられなく、中性的。黎二とは方向性の違う、「綺麗な」といったところの男だ。歳はおそらくそれほど離れていないだろう。服装はどこか異国風。帝国で着られているものとはどことなく違う。

声を掛けられた少年からはそんな印象を受けた。ふと気付けば、室内にいる者たちがざわめいている。察するにどうやら、彼が話しかけたからだと思われるが、

「突然すまない。ぼくの名はエリオット・オースティン。ぼくの素性については――自分で言うのも少し変なものだけど、勇者と呼ばれている人間だと言えば、分かるね」

目の前で披露された唐突な自己紹介で、水明たちの椅子がガタリと音を立てる。

「そしてこっちはぼくの供をしてくれている救世教会の魔法神官である」

「クリスタと申します」

エリオットの紹介に合わせ、隣に控えた少女がフードを取り、スカートを持ち上げてしとやかに一礼する。緑のおさげを垂らした、むっつりとした硬い表情を崩さない神経質そうな少女である。

そしてすぐにエリオットの視線がレフィールに注がれた。気付けば、彼女の表情が驚きへと変わっている。

「その顔は、やはり心当たりがあるようだね」

「まさか……貴公にも託宣が」

愕然と顔を震わせ、訊ねのような言葉をたどたどしく口にするレフィール。そんな彼女に、エリオットは爽やかな口調で、笑顔を見せる。

「そうだよ。女神アルシュナからお告げがあってね。君を迎えにきたんだ」

波乱の、幕開けであった。