軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔術師、ハイデマリー・アルツバイン

「あ!」

怒りに震えて近づいてくる彼女を見て、ふと初美が、気付きの声を上げる。

初美は以前に一度か二度程度、ハイデマリーに会ったことがあるのだ。

ハイデマリーが、いつになく甲高い声を上げる。

「もう、いったい、いままで、どこをほっつき歩いてたのさキミは! しかもなに!? 女の子沢山連れて! ねぇ!? 一体これはどういうこと!?」

それはさながら浮気を目撃した女のヒステリックさを思わせる言い回し。

ずいずいと迫って来るハイデマリーに、水明は両手を上げて降参の意を示しつつ、答えた。

「まず一つ言いたい。俺は悪くない。俺は被害者なんだ」

「なにが被害者なのさ。誰にも何も言わずに消えるなんて、水明君キミ、 偉業者級(ハイグランドクラス) の魔術師失格だよ?」

「手厳しいな」

「弟子を残してどっか行くなんて許されないの。違う? ボクおかしなこと言ってる?」

ハイデマリーは遠慮など置き去りにして、文句を矢継ぎ早にまくし立てて来る。

長らく放置されていた分、ぶちまけたいもやもやが溜まりに溜まっているのだろう。

やはり無表情だが、付き合いのおかげか、その怒りの程が雰囲気でわかると言うもの。

ともかく、だ。水明には、彼女にまず確かめなければならないことがある。

「マリー、まず訊きたい。俺が音信不通になって一体どれくらい経った?」

「半年だよ半年! は、ん、と、し! 水明君の失踪期間は六か月と十三日!」

「そうか」

なるほど。そこは向こうで過ごした期間と一緒だ。細かい日数と時間は不明だが、誤差が問題ない範囲だったことで、安堵に胸を撫で下ろす。

すると、ハイデマリーはそんな水明の胸の内の機微を目ざとく見抜いたか。

「キミなんで一人でほっとしてるのさ。それどころじゃないんだよ? キミがいなくなったことであっちこっちに出た少なくない影響ってものがね――」

「わかってるわかってる」

「ほんと? キミほんとにわかってるの? 間抜けなのは顔だけにしてよ」

ハイデマリーはふとした罵倒も忘れない。減らず口なのは相変わらずである。

一方、他四名は、このやり取りに驚いている様子。呆けた調子なのは、ハイデマリーに気圧されたということもあるのだろうが、水明が一方的に責められているということもそれを助長しているのだろう。

ともかく、

「マリー、盟主殿とかはどんな感じだ?」

「どんな感じって、水明君がいなくなってどんな反応かってこと? 別に結社の人は大概いつもの感じだけど?」

「と言うと?」

「盟主さまは、『ま、そういうこともあるよね。十年とか二十年とか行方をくらますのは魔術師にはよくあることだよ。うん。よくある』で、ニコラス博士は『小局はまた面白いことに巻き込まれていると予想するのである。あの水明くんであるからして』だって」

「…………はぁ」

思わず漏れたのは、ため息。心配されないのは、いいことなのか、悪いことなのか。信頼されていると言えば、そうなのだろう。だが、気分的にはなんとなく納得がいかない。

「もちろん議長さんはお冠ね」

「だよな」

ハイデマリーが言う議長さんは、結社最古参にして三幹部唯一の真面目人だ。そりゃあ突然音信不通になれば怒るだろう。当然水明が事件に巻き込まれたとは誰もが予想しているところだろうが、水明にも立場と言うものがある。

ふと、ハイデマリーが顔をずいと寄せて来る。詰問のようでもあるが、あまり怖さがないのは、愛らしい顔をした少女ゆえか。

「それで? キミは一体いままでどこ行ってたのさ?」

「ああ、ちょっと異世界にな」

端的にそう言うと、ハイデマリーの眼差しが一気に真冬のシベリアまで冷え込んだような気がした。

「……水明君、ついに残念な人になっちゃったんだね。小説とか漫画とか沢山読んだせいで、自分が主人公だって勘違いしちゃったんだね。かわいそうに……」

「マジだわ。というかそこの術陣調べてみろ。面白いぞ?」

「それ? ……ふぅん。……!? ……!?!?!?」

ハイデマリーは感情を表に出さないというか、出せない。感動がないわけではないのだが、いつも無表情がデフォである。そんな彼女が驚きに目を見開くというのは、珍しいを通り越してある意味快挙かもしれない。

「はー、お前でもそんなリアクションすんのな」

「何これ、外殻行きのパスが通って……うそ、その先にちゃんと転移先が設定されてある! なにこれ!」

帰還の魔法陣は、こちらに着いたと同時に完成された。トンネルが開通されたと言えば、なんとなくしっくりくるだろう。

「これ、ホントの? 水明君が自分のミスを誤魔化すために作った大掛かりな仕掛けじゃなくて?」

「違うわ」

「わぁーこれ、すごいね。一部の人が発狂するんじゃない? フェルミのパラドックスとか、ドレイクの方程式に助走付けて殴りかかってるよこれ?」

「だな」

「それで? 一体どういうことなの?」

ハイデマリーの訊ねに対し、水明はかいつまんで口にする。

「召喚された。帰るのにスッゲー手間取った。天才ならそれでなんとなくわかるだろ?」

「うん。要するに水明くんが他人の強制転移に持ってかれるほど迂闊野郎だってことはね」

「無茶言うな。それには神格の力がかかわってたから、どうしようもなかったんだよ」

「世の終末を退けたり、神格をこの世界から追い払った人外生物がなに言ってるのさ。魔術の歴史に名前を刻む偉業をポンポンしてる人の発言とは思えないね。そんな発言するんだったらもっと人間らしくしてよ。マスター水明?」

「茶化すなっての」

「別にボクは茶化してるつもりはないんだけどね」

ハイデマリーはそう言って、無表情のまま吐息の音を聞こえよがしに響かせる。

大いに呆れていることを印象付けたいのか。

ともあれ。

「迷惑かけたな。すまん」

「まったくだよ。ボクなんてあちこち飛び回って地球三周分くらい移動したんだよ? わかる? 地球三周。今日来なかったら危うく南極登山までするところだったんだよ?」

居なくなっていた間、そんなに探してくれたのか。

「……いや、あとでお菓子を献上させていただくわ」

「当然だね」

ハイデマリーは業腹だと言うように胸を反る。普段は小憎たらしい態度だが、いまはあまりに申し訳なさ過ぎて、苛立ちさえ涌いてこない。

すると、レフィールが間を取るように咳払いをする。

「……スイメイくん、そろそろいいかな?」

「――あ! 悪い」

「まったくだね。他の人お構いなしに話を勝手に進めるのはよくないと思うよ」

「お前はいちいち……」

「べー」

茶々を非難する視線に対し、ハイデマリーは舌を出す。ふと見せた悪態はひどく子供っぽい仕草だが……というよりも、事実彼女はまだ子供なのだからしょうがないことか。

「ということは、こっちの人たちはその……異世界だっけ? そこから連れて来たの? 初美ちゃんはボクも知ってるけど」

「久しぶり、かな?」

「うん。お久しぶりだね」

初美とハイデマリーはお互いに近づいて、顔を合わせる。二人はすでに顔見知りだ。ハイデマリーが海外の友人として水明の家を訊ねてくるので、当然のように鉢合わせは回避できないのだ。

「まずは、紹介だよね」

そう言って、ホストの役目を果たせとでも言うように、視線を寄こしてくるハイデマリー。

水明は先ほどのレフィールよろしく、咳払いして間を取り、ハイデマリーを前に出す。

「こいつは、ハイデマリー・アルツバイン。結社――俺が所属している魔術組織に出向する魔術師で、俺の弟子だ」

「ハイデマリー・アルツバイン。一応水明くんの弟子なんかしてあげてる天才魔術師だよ」

彼女はそう言ってステッキをくるりと回し、帽子を取って礼をする。

その所作はさながら舞台に上がったマジシャンそのもの。

ともあれ、憚らず自分のことを天才と称したハイデマリー。自意識過剰気味な彼女の自己紹介を聞いていたレフィールとフェルメニアが、言葉に困る。

「て、天才か」

「自分で言うんですね……」

「非常に、非っ常ーに不本意だが、こいつってマジのガチで天才なんだわ」

「すごいでしょ。ふふん」

水明がお墨付きを与えると、ハイデマリーが自慢をするように胸を張る。

そのうえで、補足を入れた。

「あと、こいつは人間じゃない」

「……? スイメイ殿。それは魔術師だから、ということですか?」

「いや、単純に人間じゃないんだ。マリーはいわゆる人造生命体――ホムンクルスってヤツでな」

「ホムンクルス?」

「人造……ということはつまり、人が造り出した生命ということか?」

人造生命体(ホムンクルス) という言葉に、フェルメニアもレフィールも困惑を隠せない。

当然だ。人が人を作り出すと言うことは、歴史的にも人道的にも言葉的にも、忌避される傾向にある。

ホムンクルスがどういったものなのか簡単に説明すると、異世界組は更に困惑を深めた。

「やっぱりもやもやするんだな」

「それは、な。生命とは神からの授かりもの。人の営みの結果だ。それを人の手で行うと言うのは、やはり」

受け入れがたいということか。

だがハイデマリーは、そんな抵抗感など知らぬというように、

「ボクとしては、そんなの人の胎からなのか、試験管の中からなかの違いでしかないよ。いずれにせよ、人が自らの意思で作ろうと思って作ってるんだから、結局は変わらないんじゃないの?」

「なるほど。そういう考え方もありますか……」

「そういう考え方っての、こっちの世界にもあるけど、宗教家的な考え方だよね。科学的なものを肯定すると『|いままで教育で教えてきた 存在(とくていのかみさま) 』が否定されちゃうから、冒涜だなんだのって聞こえのいい建前で排斥しようとするの――」

「おいおい、脱線してるぞ」

水明はハイデマリーの肩を揺すって、その興奮とめどない話を遮った。ハイデマリーは生命がかかわる哲学的な話になると、際限なくしゃべり続けてしまうのだ。

「でもさ」

「言いたいことはわかる。だからちょっと落ち着け。な?」

「むう……」

まだ言い足りなそうにしているハイデマリー。当たり前だ。この話は、彼女に取って『自分のアイデンティティ』にかかわる重大な問題だ。人が人を作ることに異を唱えれば、彼女の存在を否定することになりかねない。

確かに彼女は、作られた存在だ。だが、それでもこうして動いている。考えている。生きているのだ。忌避されるべき手法で生み出された存在だと言われるのは、堪ったものではないだろう。

気を取り直し、まずは……と、フェルメニアに視線を向ける。

すると、

「フェルメニア・スティングレイと申します。現在はスイメイ殿の弟子として活動させてもらっています」

「え? わっ! じゃあボクの妹弟子なんだ!」

ハイデマリーは先ほどの不満さはどこへ行ったのかというように、とびきり明るい声を出す。ぴょんぴょん跳ねて近づいていく彼女に、フェルメニアは戸惑いを隠せない。

だが、一方のハイデマリーは、興味深そうにしたまま。

ふと、レフィールが耳打ちするように近づいてきて、

(スイメイくん。彼女は随分とその……子供っぽいところがあるんだな)

(まあ、こいつは見た目と違って子供なんだ)

(ふむ?)

それについては、またあとでもいいだろう。急いで言わなければいけない話でもない。

「リリアナ・ザンダイク、です。フェルメニアと同じく、異世界に来たすいめーの弟子に、なりました」

「こっちの子も?」

ハイデマリーは中腰になって、リリアナの顔をじっと見つめる。

遠慮のないハイデマリーの視線に、人慣れないリリアナは戸惑って後退る。後退ると、ハイデマリーは間隔を開けられないように付いて行く。それが繰り返されて、周辺をゆっくりとその場をうろうろ。

「あ、あの……その……」

「そんな不安そうにしなくても大丈夫だよ」

「あう……」

立ち止まったリリアナを、ハイデマリーは態勢を入れ替え、いろんな方向、角度から観察する。その様はまるで、アングルを何度も確かめる写真家のよう。果ては彼女の紫のツインテールを手に取って、髪質まで確かめているほどだ。

「どうした突然?」

「うん。リリアナちゃんを見てると、創作意欲が掻き立てられるなぁって」

「ああ……なるほどな。だけどそのくらいにしとけ」

リリアナの見た目は、属性盛りだくさんだ。幼女。異世界風ロリータファッション。ツインテール。そのうえ眼帯とくれば、人形作りが趣味のハイデマリーにとって、いい素材だろう。

水明はハイデマリーを窘めつつ腕を取って引き剥がし、リリアナ観察を強制的に終わらせる。

「レフィール・グラキスだ。私は魔術師ではないからスイメイくんの弟子ではないが、仲間といったところかな?」

「…………?」

ハイデマリーが、先の二人とは違う反応を見せる。

レフィールをしげしげと見た彼女は、愛らしく小首をかしげた。

そしてレフィールに歩み寄って、その身体を人差し指でつんつんとつ突く。

「……あの」

と困ったように口にしたのは、レフィールだ。

ハイデマリーの行為は失礼だが、態度の幼気さもあり、強くは言えない様子。

だが彼女がそんなことをするのも――いや、この世界の魔術師であれば、レフィールに対し多大な興味を示すのも無理はないのだ。

「気付いたか」

「気付くっていうより、レフィールさんってさ……」

ハイデマリーの戸惑いには、レフィールが応じる。

「精霊。この世界で言うスピリットというものらしい。厳密に言えば、半分なんだがね」

「異世界ってすごい。神話レベルだ」

表情のない顔が、感嘆の声を上げる。そんなハイデマリーの声に、レフィールが眉をひそめた。

「それほど驚くことなのかな? いや私たちの世界でも特殊なものだが……」

「だって精霊が存在するってことはすごいことなんだよ? この世界では、精霊は百年以上前に地上からいなくなっちゃったから」

「だがこちらの世界にも召喚という技術はあるのだろう? それを使って召喚すれば、珍しくはないはず」

「精霊自体はね。ボクが驚いてるのは、存在の仕方にだよ。召喚は一時的なものだけど、レフィールさんはそうじゃないでしょ? ここに存在するために必要な生贄も魔力も必要ないから、いなくならない……というかすでに半分人間として存在してるし」

ハイデマリーはいつになく弾んだ声を出す。

「すごいね。ボク、キミたちの世界に俄然興味が湧いたよ」

「そ、それは、なんというか、ありがとうと言えばいいのか?」

レフィールの方は、ハイデマリーの興奮に、若干気圧され気味である。

一方水明は、その興奮に水を差すように悩ましげな息を吐いた。

「でも魔術はな……」

「なにその顔。もしかして残念なの?」

「そういやフェルメニア、こっちでも使えるか?」

「少々お待ちください。……はい、大丈夫そうです!」

「そうか。じゃあちょっと、以前に使ってたのここでよろしく」

水明はフェルメニアにこの場での魔術行使を促す。

するとそれを聞いた初美が、泡を食ったように取り乱した。

「ちょ、ここで魔術使うの!?」

「ああ。なに、俺んちの敷地だから大丈夫さ。心配ない」

「魔術を使ってもバレないようになってるってこと?」

「そうそう。っていうかそうじゃなかったら、もっと前にお前にバレてるだろ?」

「……うちの隣で連日怪しげな儀式行ってるんじゃないわよ」

「人をカルトの集まり見たく言うな。つーかそれが俺たち魔術師の仕事だ」

「ええと……では行きますね――トゥルースフレア!」

フェルメニアが軽快な口調で呪文を口にし、その場で魔術を行使する。

少し使うだけなので、詠唱を省略した簡単なものだ。

魔法陣は――もちろん浮かび上がらない。異世界の、水明が魔術を教える前のフェルメニアの『トゥルースフレア』である。

白い色の、普通の炎よりも温度の高いだけの炎が飛び回り、八鍵邸の庭を明るく照らす。草花は夜の闇から美しい色彩を取り戻し、あらゆるものが強い色みを帯びた。

普通の人間なら神秘的で美しい光景を目の当たりにして、感嘆の声の一つでも漏らすところだが、ハイデマリーが漏らしたのは、一段トーンが落ちた声。

「……うん。なんかこれ、微妙な感じだね。でも外部からなにか干渉がある?」

「エレメントっていう精霊未満クラスの……現象だな。それが術に干渉してるのさ」

「現象が?」

「あるだろ? あれだ。あれあれ、並行世界法則論だって」

「あれ? 別の世界は違う法則に支配されているから、他の世界とこの世界を連結させて、そっちの現象をこっちでも起こそうって超理論」

「そうそうそれだ。エレメントってのは、その『この世界とは違う現象を生み出す法則』に当てはまるヤツで、この世界とは違う法則の一つなんだ」

「すごいね。あれ、そもそも『異世界を観測できないから不可能』って言われて、机上の空論だったのに」

「これで実際にできることが証明されたわけだ」

「水明君お手柄だよ」

「背伸びしてまでデコを叩こうとするな。俺はどこぞのダメ刑事か」

ハイデマリーとおどけたやり取りをした水明は、すぐに説明の続きへと戻る。

「しかも、法則のタイプとしてはかなり限定されたものだ。おそらく異世界に手を加えた神格が、元々の法則に、 外部ハード(エレメントのほうそく) を後付けしたんだろう」

「それでいまのが、そっちの世界の主流な魔術ってこと?」

「そうだ。呼称的には、魔法だそうだ」

水明がそう言うと、初美が小首を傾げる。

「ねぇ水明。その呼び方ってこっちでは何か違うの? 魔術と魔法って」

「細かいニュアンスで言うと違うんだ。魔術で、神秘を操る技術を指し、魔法は神秘的な法則を指す。ま、基本どっちも総合的な言葉である『神秘』で済ますんだが――」

神秘という言葉には、一般的に不可思議と呼ばれるものがすべて含まれる。日本で言う、怪や 鬼(モノ) などと同じようなものだ。魔術に限らず、魔力、法則。すべてが神秘で代替できる。

「にしても、こっちではさらに威力が低かったな」

「……そういえばそうですね。確かにいつもの威力ではありませんでした」

フェルメニアの生み出した白の炎は、使用した魔力の割りに威力――つまり熱量が小さかった。この原因がなんなのかと考えれば、

(やっぱり俺と同じことになってるのか)

これは、水明が向こうの世界で全力を出せなかったことと同様だ。

向こうの世界で『こちらの世界の法則を用いた魔術』の威力が下がるのと同様に、こちらの世界でも『異世界の法則を用いた魔術』を使うと、威力が下がるのだ。

要するに、離れすぎていて電波が届かないようなものなのだろう。

通信状態が悪いせいで、スペックを発揮できないのである。

「でだ、俺が魔術を教え始めてからは」

「―― 白炎薙(トゥルースフレア) !」

鍵言と同時に、今度は白い魔力光を放つ魔法陣がフェルメニアの足元に展開、回転しながら白い電流を伴って拡大。やがて中空にも同じ魔法陣が生まれると、そこから眩い光線が天へと向かって撃ち出された。

闇の黒を、空気を燃やす音を尾に引いて切り裂く白光。消失と共に白い魔力光の残滓が降り注ぐ様は、粉雪が降る夜のように幻想的だった。

「おおー。違うね。さっきは炎に術式を当て込んでたけど、こっちはちゃんと術式で炎を発生させてから、干渉が来てる」

向こうの世界の魔法は、 元素(エレメント) ありきだ。それが魔法の媒体になっているため、どうしても効果は一定の型にはまったものとなってしまう。

フェルメニアのトゥルースフレアで言えば、媒体は火。

相手に、『火に対する対策』を使われてしまうと、媒体が消失し、それだけで無力化されてしまう恐れがある。

だが、それが、元素や現象をもとにしたものでなく、術式――つまり意味的、概念的に作り出せば、そう簡単には対処されにくい。もとが術式である以上、その魔術体系を解明されなければ魔術を破却することはできないため、たとえ水をぶっかけられたとしても、弱まるだけで消えることはないのだ。

「しかも術式がきちんとしててきめ細かいね」

「ありがとうございます」

ハイデマリーの称賛に、フェルメニアは謝辞を述べる。いつも通りしているつもりなのだろうが、ニヤけ面が隠しきれていない。

一方、それを見ていた初美が首を傾げた。

「私にはわからないんだけど、すごいの?」

「すごいっていうよりは、しっかりしてるってイメージだな」

「こういうの、おざなりにしちゃう人が沢山いるんだよね」

魔術を使う側はわかっているが、初美とレフィールは腑に落ちない様子。

「以前にスイメイくんは『魔術は、正しい手順を踏まないと使えない』というようなことを言っていたはずだが? それとは違うのか?」

「これは絵みたいなもんさ。細かいところまで気を遣う人間と、そうでない人間の二人に同じ絵を描いてもらうとする。出来上がったものは遠目から見ると同じものにしか見えないが、近くで見ると、適当にやった人間のは荒い部分が見えて来る。それがきめ細かいとかそうでないとかになるんだ」

「魔術っていうのは、そんな荒い部分をそのままにしておくと、付け込まれちゃうんだ。だから、魔術は細部まで気を遣っていればいるほどいいんだよ」

付け込まれる。先ほどの絵の話にすると、アラを指摘されてよい評価を得られなくなると言い換えればいいか。

ふと、リリアナが袖をくいくいと引っ張ってくる。

「すいめー、逆にこっちの魔術は強くなっていますね」

「そりゃあこっちの世界の法則使ってるからな。当たり前の結果だ」

水明がそう言うと、レフィールが何かに気付いたらしく、

「待て。ということは、スイメイくんの力も?」

「まあ、もとに戻ってるだろうな」

水明は、平時にも備えを怠らないため、常に魔術で自分を強化している。それゆえ、向こうの世界では弱体化が避けられないが、こちらの世界に戻れば常に最高の状態でいられるということだ。

ふと、水明、そして彼のもともとの実力を知るハイデマリー以外の者の目が、一瞬にして胡乱なものへと変化した。

責めるようなものではないが、さながらそれは詐欺師を見るようなもの。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「なんだよ四人して?」

訊ねると、『水明の胡散臭さを非難する会』の代表として、初美が口を開いた。

「水明、あなたこれ以上化け物なの?」

「ばけ……人を怪物呼ばわりして欲しくないんだが」

「いままで、嘘をつきまくったその口で、よく、いいます」

毒の混じった呆れの声をたどたどしくも吐いたのは、もちろんリリアナである。

「水明君の実力に関しては、ボクがおいおい話してあげるよ。でも、ボクも弱くなって頭抱えてる水明君とか見てみたかったなぁ。いちいち取り乱してる水明君とか。叫び声をあげてる水明君とか。地団太踏んでる水明君とか」

「うぐ……」

これに関しては、ほぼ当たっているから始末に負えない。特にアステル王城キャメリアでの取り乱しようは、あまりに酷かったと水明も自覚している。

「だが、もしハイデマリー嬢も私たちの世界に来れば、同じようなことになるのでは?」

「ボク? ボクにはそういうの、無縁のお話だね」

「……? スイメイ殿、どういうことなのですか? こちらの世界の魔術師は、魔術の弱体化が避けられないと思うのですが」

「マリーの技術の元はマリー自身だ。こいつ自身がいれば。もちろん、魔術に使う道具があればの話にはなるが」

「必要なものは『部屋』に全部仕舞ってるしね」

ハイデマリーの使う魔術は、こちらの世界では『オリジンマジック』というものに分類される。既存のどの系統にも属さない、彼女がこの世に生み出した法則だ。それゆえ、魔術に必要な媒体も現象も、彼女の思いのままなのである。

しかしてそれを聞いていたフェルメニアとリリアナが、ハイデマリーに驚愕の視線を向けた。

「つ、つ、つ、つまりそれは……」

「開祖、ということ、ですか」

「うん。そうなるね」

そう、つまりは新しい魔術体系を作ったということになる。

だがそう言った話は、特段目新しいものではない。オリジンマジックを扱える者は、数十年に一度は現れる。ただ、それが淘汰されず残るかどうかの話だ。抹消されず、淘汰から生き延びた魔術こそが、現在の有名どころということだ。

ふと、水明は初美がそわそわしていることに気付いた。

「初美?」

「うん。そろそろ家に顔出そうかなって……」

落ち着かないのは、家を長く空けていたためだ。水明の場合は魔術師という仕事がある以上、叔父夫婦には心配されないが、初美は別だ。心配をかけていること、諸々合わせて、不安は激増だろう。

「一緒に行くぞ。だけど、大勢で押しかけるのもアレだし、フェルメニアたちには俺の家で待機してもらおう。三人のことは……マリー、任せた」

「そうだね。ボクもそれがいいと思う」

ハイデマリーの了解を得て、今度は待機組に目で確認すると、

「勝手に動ける感じではないしな」

「不思議なものが沢山あるようですから、その辺り説明を受けないといけませんし」

「こちらの風習なども、重要、です」

自分の知らない世界ということで、当然慎重になっている。別の国に行くだけでも風習や文化に気を遣わなければならないのだ。それ以上に物理法則の異なる世界となれば、順応するためにまず説明を受けなければならない。

それも合わせて、ハイデマリーに目配せすると、彼女が訊ねた。

「水明君。異世界の文明的にはどんな感じなの?」

「大体は中世から近世の間だ。そのうえ神秘が人々の身近にあるから、ところどころそれよりも遡る」

「うわ……みんなカルチャーショックで卒倒したりしないかな?」

「大丈夫だろ。あらかじめどんなものがあるかは説明してるし」

「それでも驚くだろうね」

「そうだろうな」

転移前、事前に説明はしているが、実物を見て実感していない以上、まだそれは空想だ。

実際にそれを見て聞いて体感して、やっと自得できるのである。

「とりあえず一度俺んちに入って、初美の家に電話かけようか」

そう言って、八鍵邸の勝手口へと向かう。罠は自動制御であり、家主や家主が認めた者には反応しないため、静かなもの。

ドアを開けて靴を脱ぐよう三人に指示を出し、リビングへと向かう。

アンティーク調の調度品の上に置かれていたのは、見覚えのない人形だ。

それが、かなりの量。タンスの上、テーブルの上、ソファの上、そこかしこに置いてある。

もちろん水明の趣味で置いたものではない。あずかり知らぬ設置物。

犯人は、誰に訊かずとも明確だ。

水明は主犯であるハイデマリーに対し、非難の視線を向ける。

「……おいマリー、俺の家」

「水明くんが留守にしてたのがいけないんだよ。キミをここで待ってるときに暇を持て余して作ってたんだ」

だからといって人の家を人形屋敷にするほど内職しているのはどうなのか。

「と言うか不法侵入したうえこれかよ?」

「別に。ボクはキミの弟子なんだから構わないでしょ? 初美ちゃんだって勝手に入ってるんでしょ?」

「それはそうだが」

水明はそう言いつつ、初美に視線を向けるが、話題に上がった当の本人はと言えば、目を丸くして驚くばかり。

「……すっごいお人形さんの数」

それは異世界組もそうで、人形を持ち上げてはその精緻さに唸っている。

「うむ、これはすごいな」

「作りも細かく……かなりのものですね」

「かわいい、です」

「なんせ天才のボクが造ったんだからね」

自慢げな言葉を発するハイデマリーに、水明は胡乱げな声を放つ。

「呪いとか、かかってねぇよな?」

「ボクの子たちにそんなのかけるわけないじゃないか」

「どの口が言うんだよ。あれはどうなんだって、あれは」

「あれ? あ、水明くん人形のこと?」

ハイデマリーはそう言うと、どこからともなく一体のぬいぐるみを出す。

黒い髪、黒いスーツを着た少年のデフォルメ。どこかの誰かによく似た造形の、人形だった。

「はいこれ。水明くん人形ver.3」

「ば、お前また作ったのかよ!?」

「まあね」

「――自慢げにすんじゃねーっていうかそれはいますぐ破棄しやがれ!」

水明はすぐさまぬいぐるみ人形を奪いにかかる。だがハイデマリーはぬいぐるみ人形を取り上げられないよう、身体を器用に動かして、腕を回避していく。

しかして、それにただならぬ興味を示すフェルメニア。

「ええっと、それは一体なんなのですか!? ただのぬいぐるみにしてはスイメイ殿の焦り様が尋常ではないですが!?」

「これはね。水明くんを思い通りに動かせる神アイテムなんだよ」

「――!? 興味があります!!」

「ぜひ、ぜひ、さわらせて、ほしい、です」

「ふーん。ちょっと面白そうね」

ぬいぐるみが何なのか知れた瞬間、ハイデマリーのもとへ群がっていく少女たち。

もちろん、興味本位で自由にしたいためだろうが、自由にされる水明は堪ったものではない。

「やめろやめろ! こいつらには絶対に触らせるなつーか群がるな! というかお前も触るんじゃねぇ!」

「――では、最初に私に貸してもらおう」

四人の中で、レフィールが一歩前に先んじた。すると、ハイデマリーが水明くん人形を快く手渡す。

「いいよ」

「れ、レフィ……」

「ふふふ……」

レフィールは不気味に笑うと……すぐに受け取ったぬいぐるみ人形を水明に手渡した。

「あ、レフィールさん」

「こういうものは道徳的によろしくないぞ? 操られた人間は堪ったものではないからな」

「むうー」

「あ、ありがとう、レフィ……」

「こういうものは、私にとっては他人ごとではないからな……」

「うう、俺の味方はレフィだけだ……」

水明はレフィールの優しさに感極まって涙ぐむ。

一方、興奮して群がっていた者たちと言えば。

「くっ、あと少しでスイメイ殿を 弄(もてあそ) ぶことができたのに!」

「わ、私は、決して、すいめーを玩具にするつもり、では……」

「お前ら……」

水明は肩を落とすと、初美の家に連絡を入れるため、電話のもとへ行く。

電話台の上にあったのは、昔懐かしい黒電話……ではなく、やはりアンティーク調の電話機であった。

「――あ、俺です。水明です。なんて言いますか、ご無沙汰して……」

電話をかける水明を、後ろで見ていた異世界組はと言うと。

「あれは、遠話の術を別の技術で再現しているのですね」

「うん、そうだよ。わかるんだ?」

「すいめーの、持っていた『けーたい』や、ハツミの『すまほ』で、説明がありました、から」

「ある程度どんなものがあるかはすでに聞いているんだ。だが、実物を見るとやはり不思議だな。魔力が発生しているわけでもないのに、遠くの人間と会話ができるとは……」

水明が一通り話をすると、初美が恐る恐るといった様子で彼に訊ねる。

「……ねぇ、大丈夫そう?」

「ええ、いま代わります。……大丈夫だ。ほれ」

水明が初美に受話器を手渡す。すると彼女は一瞬何を言おうか迷ったような素振りを見せた。頭の中が真っ白になったのだろう。受話器越しの向こうから二、三言葉がかけられて、やっと何を口にするか思い至ったらしく。

「あ、お母さん? うん、私。ごめんなさい心配かけて……ううん私は悪くないんだけど。大丈夫、すぐ戻るから」

やがて初美は電話を切ると、一仕事終えたと言うように大きく息を吐いた。

「これで今度こそ一安心だな」

「やっと帰ってこられたのになんで罪悪感持たなきゃいけないのかしらね」

それは、日本人ゆえのものだろう。

……異世界組およびハイデマリーを八鍵邸に残し、水明と初美はお隣、朽葉邸へと向かったのだった。