作品タイトル不明
183 EEE
ダンジョン38階の雪山に 聳(そび) え立つ“魔人城”の大広間。どこからともなく凍てつく空気が石床を這うように流れ込んでくる。
ダンエクにおいてこの広間は魔人と死闘を繰り広げる特別な場所なのだが、今はアーサーの寝床であり臨時の集会場所として利用させてもらっている。
「ささっ……ささ寒いですっ!」
「今日は一段と気温が低いみたい、はいこれをどうぞっ」
ガチガチと歯を鳴らし内股になっているチーちゃんが防寒具であるコートを受け取ると、慌てて着込んでチャックを閉める。サツキは来客用に予備の防寒具をたくさん用意していたらしく、慣れた手つきで同じく寒さに凍える久我さんと天摩さんに手渡していた。大変に準備がよろしい。
「まったくさー、あいつら節操がないよね。何でもかんでも力で押し通せると勘違いしてさ」
「確かにな……っておいっ。その木は貴重なんだぞ」
一方で真っ白いアラクネから魔人の体に戻ったアーサーが、マジックバッグから“フローズントレント”のドロップ品である青い丸太を取り出し組み上げていた。魔力を通すと氷属性の魔力を発する貴重な木材だというのに、暖を取るだけのために 躊躇(ちゅうちょ) なく火を付けやがった。まぁこの辺りにある木材なんてあれくらいしか手に入らないから仕方が……ないのか?
最初は小さかった炎がパチパチと音を立てて徐々に大きくなり、薄暗い大広間がオレンジ色に照らされる。寒さに凍える者達が我先にと炎の近くに陣取り、真っ白い息を吐きながら冷えた体を暖めようとする。そんな中、華乃は気になった人物の隣に腰を下ろし、しげしげと見つめながら問いかけた。
「天摩お姉様が……こんなナイスバディの綺麗な方だったなんて……どうして全身鎧なんて着てたんですかっ?」
「ボクも聞きたい! どういうことなの?」
皆が注目するのはもちろん天摩さんである。今は鎧姿ではなく、モコモコのダウンコートを着込んで素顔を晒している。薄い金色のおかっぱ頭とエメラルドグリーンの瞳、すっきりとした鼻立ちは高校生とは思えないほど大人びていて、絵画に描かれるような浮世離れした美人といっても過言ではない。
これまで姿を隠すために鎧に入っていたのではないのかと遠慮のない質問を浴びせる華乃だが、プレイヤーである俺とアーサーも同じくそう思っていた。何せダンエクでの天摩さんは呪い状態のときの自分を「老いて、醜く太っていた」と評していたからだ。
ダウンコートの胸元からは耳の大きな猫っぽい獣――ウガルム・クイーンが顔だけ出して周囲を 窺(うかが) っており、それを見た妖精リリーが駆け寄ってきて抱きかかえていってしまう。手持ち無沙汰となった天摩さんは小さく白い息を一度吐いてからポツポツと語り始める。
「ウチがこの姿になったのって、中学一年の頃でね。いきなりこんな大人になっちゃって……胸もこんなに大きくなってるし。どうしていいか分からなくなったの……」
冒険者中学に入学して間もない頃の話だ。念願だったダンジョンに潜れるようになり、士族をお供に嬉々として探索していると、見たこともない大きな湖があるエリアにたどり着いたという。
水はキラキラと透き通って輝いており、白い花を咲かせる水草がいくつも浮かび、息を呑むほどの綺麗な光景が広がっていたという。だがそのような湖はダンジョン浅層にないので、極めて強力な精霊がエリア介入した可能性が高い。
天摩さんは何も不思議に思わずその中に喜び勇んで入った――という記憶はあるものの、いつの間にか 溺(おぼ) れていたようで気付けばこんな姿に。それだけでなく背中には見たこともない魔法陣のような紋様が深々と刻まれて、ショックで寝込んでしまったとのことだ。
人前にでる勇気はなく不登校が続き、見かねた祖父が全身を覆い隠す特注の鎧を作ってくれた。その後に優秀なメイドが傍にいてずっと励ましてくれたから何とか立ち直れたのだと目尻に涙を溜めて語る天摩さん。確かに、まだ中学生になったばかりの少女がそんな大人びた姿になってしまったら気が引けるのは理解できる。
「ですが天摩先輩。そのお姿は同性のわたくしから見ても、とてもお綺麗でございます」
「異性のボクから見ても……き、きき、綺麗だよ!」
今の姿を自信がなさそうに苦笑いしながら恥じている天摩さん。チーちゃんはそれが不思議なのか「とてもお綺麗です」と素直に感想を述べる。アーサーも挙動不審な態度で大げさに頷いて同意しているが、これは本人の心の問題なので周りがいくら言ったところで意味はないのかもしれない――
――とも思ったが、天摩さんはその反応が意外だったらしく、キョトンとしていた。そして何を思ったか柳眉を寄せながらこちらの方に振り向く。
「そうなの? じゃああの……成海クンもそう思う?」
「……へ? もちろんだよ」
「おいっ災悪! 邪(よこしま) な目で 晶(あきら) ちゃんを見るな!」
綺麗かと問われたので正直に肯定すると、天摩さんは目をまん丸にした後に考え込んでしまった。もう少し気の利いた言い方をすべきだったかと反省するものの、本当の意味で彼女を救うには仮初の言葉を投げかけるのではなく、黒崎さんを連れ戻し解呪を成功させるしかない。
そのためには目を逆三角にして威嚇するアーサーは放っておき、現状を確認しておきたい。とにかく考えねばならないことが多すぎるのだ。まずは天摩さんが落ち込んでいる直接的原因である、メイドが連れ去られたことについて話し合おうと思う。
俺達はメイドを連れ去った組織、その先兵である 白水(はくすい) と取り巻きの女二人を相手に決闘という形式で戦った。作戦名は“アラクネの極細糸で作った魔法陣《 銀糸(ぎんし) 牢結界(ろうけっかい) 》の上に誘い込み、タコ殴り大作戦”である。結果は圧勝だ。
糸は目視できないほどに細く、魔力も通っていない状態なので初見ではまず発見できない。しかも魔法陣を設置した場所は見渡しの良い草原。まさかそんなところに致命的な罠があるなどと思ってもいなかったはずだ。
あいつらもそこそこの実力者だったのだろうが、アラクネの魔法陣にかかれば身動きができなくなり、鼻歌交じりで調理される食材に成り下がるしかない。今後アラクネと戦う機会があるなら真っ先に魔法陣の有無を確認すべきという教訓を得たことだろう。
そんなわけで俺達が勝ったことにより、白水の口からメイドの行方を聞くことができたわけだが……案の定、十羅刹の本隊にいるとのことだ。そこには数人の幹部と数千もの兵も一緒にいるので、戦って連れ戻すという手段は現実的ではない。だからといって落ち込む天摩さんのことを考えれば、諦める選択肢など取れようはずもなく。この難題をどう切り抜けるのか、答えがでないままなのだ。
皆でうんうんと唸りつつ良いアイデアがないか考えていると、華乃が元気よく手を挙げた。何か思い当たることがあったようだ。
「十羅刹って 六路木(ろくろぎ) 様のいるところだよね。おにぃ、話を聞いてもらえないの?」
「あの人は探索には同行してないんじゃないのか」
東京で一緒に戦った【侍】――六路木 時雨(しぐれ) 。あの人も十羅刹の幹部であり、貸しもあるので話くらい聞いてもらえるかもしれないと、華乃は言っているのだ。だが彼女は東京の後始末のために冒険者ギルドの運営として動き回っており、今回のダンジョン探索に同行している余裕など無いはず。
しかしこうなってしまったら六路木のいる場所まで出向いて頼み込んだ方が話が早いかもしれない……とも思ったが、一介の高校生に過ぎない俺が、立場的には大貴族にも匹敵する六路木に伝手もなく話し合いの時間など取れるとは思えない。
仮にアポなしで六路木に突撃したらどれくらいのリスクがあるのか。そんなことを考えていると別方向から新たな問題がやってくる。気だるげな目をして黙って聞いていた久我さんが小さく手を挙げ、ようやく口を開いた。
「……あのメイドを連れ戻そうって話だけど、自分の意思で向こうに行ったのは私も確認している。それをどう説得するつもりなの」
「 琴音(ことね) ちゃん、黒崎はウチのために身を引いたんだよ」
久我さんの話によれば、メイドは自分の意思で十羅刹に戻ったとのこと。一方、天摩さんが言うには黒崎さんを連れて行かれそうになったのでトレードマークの鎧がボロボロになるくらいまで暴れたのがマズかったのか、これ以上手を出されないよう自ら身を引いたのだと付け加える。
まぁあのメイドは天摩さんことを自分の命以上に大切に思っていたのだから、その行動自体は想像に難くない。だが久我さんが言いたいのは、主のために身を引いた黒崎さんを連れ戻そうとしたところで素直に応じるものなのか、ということだ。
天摩家に戻ったところで再び十羅刹が動き出し、天摩さんを傷つけでもしたら本末転倒。だからあのメイドが安心して戻ってもいいと思えるよう、何らかの方法を講じる必要がある。
それについてチーちゃんに意見があるようで、綺麗な角度で手を挙げて発言許可を求めてきた。はいどうぞ。
「対抗策というわけではありませんが、“EEE”をクラン化なさってみてはいかがでしょうか」
「EEE? ……それは何なの?」
「未来を照らし天を 穿(うが) つ、正義の――」
「私達のサークル名なの」
チーちゃんがボコボコにした白水の顔に妙に達筆な字で“EEE参上”と描き入れていたことに、久我さんは気になっていた模様。それは何かと尋ねられると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに勢いよく立ち上がって説明しようとするものの、サツキがあっさりとネタバラシをしたため萎むように再び座り込んだ。
まぁ要するにEEEを十羅刹の標的にさせて、天摩家から目を逸らすためのスケープゴートにしようという意見だ。それは俺も考えていた。目を付けられても実体のない組織なのでいつでも気軽に捨てられるし、俺達の正体を隠す目くらましにもなり、メリットが多いのだ。
だがクラン化する必要などあるのか。どういうことかと聞いてみれば、チーちゃんはもう少し踏み込んだ考えを持っていたようだ。
「クラン化して名を上げると様々な特典や優遇措置が受けられることは、ご存じですか?」
「特典? 優遇措置なんてあるの!? 教えて!」
EEEが組織として力を示せば、十羅刹でも容易に手を出せなくなる。そうなれば黒崎さんも安心して戻ってきてくれる。だがそこで終わらせるのではなく、名を上げて第三者機関に認められることで様々な恩恵も受けられるとのことだ。
そう言われてもスケープゴートに過ぎないモノの名を上げる気なんて無いのだが、美味しい話があるというなら気にはなる。利に聡い華乃も目をキラキラさせて「早う教えて」と床を叩いて催促している。早速、チーちゃんは胸ポケットからメモ帳を取り出して具体的な説明を書き出していく。
「クランには公認と非公認がありまして、どちらについても第三者機関により格付けがなされています。たとえばこんな感じです」
クラン格付けは“AAA”→“AA”→“A”→“BBB”→“BB”→“B”→“CCC”→“CC”→“C”の9段階。まるで社債の格付けのような感じである。大規模攻略クランと名乗るには最低でもAAランク以上の格付けが必要と定義されており、そのようなクランには冒険者ギルドや国から美味しい依頼や取引、資金提供などの話が回ってくるのだそうだ。
またAランク以上のクランには、冒険者ギルドビルの上層階を無償で貸し出しているとのこと。立地的にダンジョン入口のすぐ隣なのでクランの拠点にするにも利便性が良く、そこに出入りできることは冒険者の間でステータスにもなっている。
これらの特典は冒険者ギルドが認めた公認クランの場合だが、非公認のクランであっても実力や功績があれば勝手に格付けがなされ、ある程度の優遇措置も受けられるという。俺達の場合は素性を隠しておきたいので、狙うにしても非公認クランの方だろう。
しばしの間、各自が無言で考えを整理していると、ウガルムを抱きかかえた妖精リリーが散歩から帰ってきた。チーちゃんの隣に寄り添うように腰を下ろすと頭を撫でられ目を細めている。やはり契約者の隣は落ち着くものがあるのだろう。
一方のウガルムは白水達に紐で縛られていたことが余程ストレスだったのか、リリーの腕の中で丸くなったまま寝ている模様。契約したときにレベル1となってしまっており、体も小さく縮んで戦闘力はほぼない状態だ。あれでは契約者である天摩さんを守ることもできないので悔しかったのかもしれないな。さっさと魔石を食わせてレベルを上げるか、パワーレベリングに出向いたほうがよさそうだ。
そんなふうに様子を見ていると、天摩さんがクランについて気になる事があったのか遠慮がちに手を挙げる。
「えーと真宮さん……だっけ。非公認クランって知らないんだけど、どういうところがあるのかな?」
「はい。たとえば一騎当千が集う、かの有名な正義の味方“ 朧(おぼろ) ”があります」
「……え、正義の味方?」
その質問を待ってましたとばかりに胸を張り、自信満々に答えるチーちゃん。聞けば 朧(おぼろ) も最高峰のAAAランクとして格付けされているとのこと。正体を隠し、冒険者ギルドや国とも距離を置いているので優遇措置は一切受けていないらしい。
しかし朧の世間一般的なイメージは都市伝説とか闇の組織などというオカルトチックでダークなもの。正義の味方と評したチーちゃんにサツキと華乃が目をパチクリして驚いていた。
いずれにしても俺達の目的は、十羅刹から二度と手を出されないよう環境作りをして、一刻も早くメイドを連れ戻すことにある。悠長に第三者機関から格付けされるのを待っている時間はない。クラン化による優遇措置はあくまでオマケ程度に考えるべきだろう。
それにクラン化して多少の名を上げたところで、十羅刹が簡単に認めるようなことはない。それこそ他の大規模攻略クランがやってきたような実績や実力を見せつけない限り歯牙にもかけないはずだ。
なので本来なら相応の献上品を納めて手打ちにしてもらうか、従属するという手段もなくはなかったのだが、羅刹である白水を派手にボコボコにして落書き祭りにした今となってはそれも難しい。
今後、十羅刹とは幾度となく接触を繰り返す必要があり、ともすれば戦闘になるかもしれない。危険性を考慮し、しばらくの間は俺とアーサーの二人だけで立ち回るほうが無難。そう伝えるや否や待ったが入る。
「ソウタ、私も一緒に戦わせてっ」
「成海クン、ウチも絶対に入るからね!」
自分は仲間であり覚悟もある。どうか一緒に戦わせてほしいと言ってくれるサツキであるが、東京の件でも命の危険を顧みず援護に来てくれたのだから嘘偽りない言葉だと分かる。天摩さんもメイドを連れ戻すために何かできることはないかと必死だ。
いくら危険だからといって彼女達の気持ちを疎かにし、遠ざけようとしたのは傲慢過ぎる考えだったか。俺からも頭を下げて協力を頼もうとするのだが、その前に二人の少女が颯爽と割って入る。
「サツキ姉ぇ、喜んでっ!」
「天摩先輩の協力も感謝いたします」
慈悲の笑みを浮かべ、腕を広げながらサツキと天摩さんを歓迎する華乃とチーちゃん。まるで自分は初期メンバーだというようなツラをしてやがる。もちろんお前らは駄目だと言って断ると、二人揃って「話が違う!」と訳の分からない反論をしてきやがった。何を言おうと駄目なものは駄目だ。
「……私も入る。親友の天摩が困ってるのだから」
「うぅ、ありがとう、琴音ちゃん!」
足元にしがみ付く華乃とチーちゃんを引き剝がしていると「親友のため」と言って久我さんもEEEに参加表明した。感激のあまり天摩さんが大きな目をウルウルさせて飛びついているところ悪いが、その褐色肌の少女は俺を横目にしながらニヤリとしているぞ。
天摩さんと同じく久我さんも純然たるダンエクヒロインであり応援したいのは山々なのだけど、イベントを進めて絆を深めない限り信用できる状態にない。
どうしたものかと頭を悩ませていると再びアーサーが躍り出てきて勝手に話を進めてしまう。
「そんじゃあクランは作る方向でいくとして次は拠点をどこにするかだね! ボクの家でもいいけど闇の魔素が強いし、ずっといていいところじゃないかもよ?」
「やっぱりダンジョン内のどこかがいいよね!」
クランを作るとなれば、次は皆が集まれる拠点が欲しい。他の冒険者やモンスターに襲われない安全な場所であるなら、なお良いだろう。そういう意味でアーサーの家は条件に合致するのだが、ここは魔人の根城だけあって空気に溶け込んでいる闇の魔素が非常に濃く、常駐すると精神に負担がかかる可能性がある。
一方、ダンジョンの外だと肉体強化とスキルが使えないため、攻撃された場合に脆弱だ。やはりダンジョン内に候補地を絞るべきだと華乃が条件を追加する。
それに付け加えるなら、天摩さんのためにも大きめの拠点が欲しい。今も作戦会議のためと言って彼女を借りてきているのだが、そう何度も貴族令嬢を連れ回しては黒執事達の立場がなくなる。一緒に常駐できる広さがあると天摩さんも黒執事も気が楽だろう。
ところがそのような大きな建物は、建築スキル《ゴーレムキャッスル》で建てようにも今の俺達では魔力が足りないので不可能。かといって資材と人員を集める正攻法では億単位の金がかかってしまう。しかも二度と襲われないように対策も立てるなら相応の工期も必要となるだろう。
これら前途多難な問題をどうすべきか。解決手段なんてあるのか疑わしいが、一応金策の意見を募集してみたところ、間を置かずに金髪おかっぱ美女の手がスッと挙がる。
「先月分のウチのお小遣いはパーになっちゃったけど、来月のを前借りすれば何とかなるかも?」
「え~と……え? お小遣いですか?」
何を言っているのかが分からないと、サツキや華乃も「お小遣い?」と言って首を傾げている。詳しく話を聞かせて欲しいとチーちゃんが頼んでみれば……天摩さんの口から驚くべき真実が告げられる。
元々の話。ダンジョン25階に建てる予定だった建築物――メイドを巡る 諍(いさか) いにより破壊されたが――は、契約したウガルムのご機嫌を取るためのものだった。大型の建設機械と資材を搬入し、大勢の人員を動員していたことから相当に気合いが入っており、億単位の金がかかっていたに違いない。
それらを台無しにされて憤慨しているのかと思いきや、天摩さんは苦笑いするだけで 堪(こた) えた様子がない。何故なら「先月分のお小遣いがパーになっただけ」だからである。
驚天動地の小遣い額を聞き、金に滅法弱い我が妹が吸い寄せられるように天摩さんの足元にしがみつく。
「天摩お姉様っ! 一生ついていきますっ!」
「チーちゃんや、もしかして貴族ってこんなにお金持ちなのか?」
「……天摩先輩のお家が特殊なだけです」
天摩さんが金持ちなことは知っていたが、そんな大金を貰って一体何に使っているのか。そう聞けば黒執事達の運営費になっているとのことだが、詳しい内訳はメイドが管理していたため分からないと言う。確かにあれだけの部隊を常設するとなるとそれくらいの資金はかかるか。しかしお小遣いで運営されてたとは。
試しに同じ貴族令嬢であるもう一人の少女にも聞いてみると、華乃と大差ない小遣い額であった。そういえばチーちゃんは士族を一人も連れていない。もしかしたら真宮家は一般庶民と変わらない貧乏貴族なのだろうか。
思考が逸れたが、天摩さんは来月のお小遣いを前借りすれば25階に建てようとした建築物と同規模の出資が可能とのことだ。ただし“お爺ちゃん”にお願いしにいかないといけないので一緒に説得してくれることが条件。
天摩グループの創立者である天摩さんの祖父はダンエクにも登場するので、どんな人物かは知っている。しかし孫娘に近づく男を黒崎さん以上に毛嫌いしているので気が引けてしまう。それでも拠点作りのための資金や人員が賄えるのなら……行くしかないか。
「んじゃとりあえずの問題は……まだあったか。赤城はどうするのさ。もうパワーレベリングするしかないんじゃないの」
「……赤城ってあの赤頭のこと?」
アーサーが赤城君達について触れると、いきなり出てきたクラスメイトの名に久我さんが 訝(いぶか) しむ。何故彼が必要なのか。その理由として、天摩さんの解呪には赤城君の“精霊に好かれる素質”がカギとなるからだ。
しかし現時点の彼は解呪クエストに耐えられるほどの強さはなく、鍛えてくれる予定だった黒崎さんも連れ去られてしまい行き詰まっている。ならもうパワーレベリングで一気にレベルを上げてしまえばいいというのがアーサーの意見だ。
だがそんな付け焼き刃で精霊が認めるものだろうか。それにレベルを上げてしまえば学校で起きるはずだったイベントも起きなくなる可能性があり、苦しみ足掻くことがなければ成長は鈍化し、人々を惹きつけることもできなくなる。
今まではそのような理由で安易なパワーレベリングに頼ることを否定してきたが、それでも赤城君ならばという思いもある。
「解呪にはその人が必要なんだね……ウチも手伝う。黒崎ほど上手くは教えられないけど……」
「私も協力するよ! 必要な準備があったら言ってねっ!」
天摩さんが自信なさげに協力を申し出るのとは対照的に、サツキはいつものように気持ちの良い笑顔で応じてくれる。パワーレベリングの内容についてはまだ何も考えていないけれど、ダンエク知識のあるプレイヤーにとってはどんなレベル帯であっても難しい話ではない。いくつかプランを考えておくとしようかね。
大広間の中央で燃え盛る焚火の前で、拠点作りとクラン化に向けて仲間達が話に花を咲かせている。チーちゃんと久我さんは互いに初めて会うというのに会話が弾んでいる模様。二人は気難しい性格をしていると思ったが、意外にも相性良いのかもしれない。
もうすぐ俺達は夏休みに入る。その期間中にメイドの奪還と解呪イベントを立て続けに解決しておきたかったが……厳しいだろうか。
何せこの世界はダンエクに模して造られている。あるいはその逆でダンエクの方がこの世界を模しているのかもしれないが、仮にダンエクで起きた恐ろしいイベントがこの世界でも同じく発生するならば、早く準備しておく必要がある。もっとも――
(もう俺達には手に負えなくなっている可能性があるけどな)
ダンエクのストーリーは、悪い奴をとっちめてハッピーエンドに向かうだけの生易しいものではない。ヒーローやヒロインをかき集めて世界の終わりに立ち向かうゲームだ。つまり赤城君かピンクちゃんがゲームストーリーから脱落などすれば、彼らも俺達も、この世界に生きる人々もバッドエンドの世界へと直行することになる。
ダンエクのバッドエンドは悲惨そのものだ。それが現実となればダンジョン都市に住む人々の多くが死に絶え、ただただ地獄のような光景が広がっていくのは知っている。国も経済の根本を破壊されて、立ち直るために何十年要するのかは予測できない。そんな未来が来る可能性はもうかなり高いのではないかと疑っている。
今こうしている間にもバッドエンドをもたらす最悪の事象だけは、ゆっくりと着実に進行しているはずだ。落ち込む天摩さんに無邪気な笑顔を振りまき元気づけているアーサーも、その辺りのことは気付いているであろう。
(タイムリミットまであとどれくらいか)
ブタオや家族、幼馴染が生まれ育ったあの街は、俺も愛着ができたし大事にしたいとは思っている。そこに生きる人々の生活だってできることなら守ってあげたい。だが俺は神でも何でもなく、やれる範囲にも限度がある。アーサーと相談して被害を軽減する対策は立てていくつもりだが、少しずつでも悲惨な未来を受け入れる覚悟は……しておくべきだろうな。
十羅刹からメイドを取り戻し、天摩さんの解呪イベントを無事に終えられたら、次はどう動こうか。カヲルか、それとも久我さんか。ヒロインイベントはヒロインの能力を大幅に引き上げるものなので、できることならチーちゃんのイベントも終えておきたいが。
その後は……はてさて。どこへ逃げようかね。