軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終回 「ねぇ」「なに?」「なんでもない」

始業式が終わり。

体育館からわらわらと教室に帰っていく。

人波の中、俺と眞白も並んで歩いていた。

「「ふはぁ……」」

思わずあくびが重なる。

目を合わせると、眞白が気まずそうにふいっとそっぽを向いた。

「……何? 私と同時にあくびをしたことがそんなに嬉しいの? 馬鹿なの?」

「仮定したうえで馬鹿とか言うな」

「大丈夫よ。もし間違っていたらちゃんと撤回するから。そのための仮定よ」

「一度言われた以上、撤回って意味ないんだよな……」

それに、眞白のことだから謝らなさそうだし。

「眠いのか?」

「そ、それは……まぁ、昨日は寝るのが遅かったもの。当然だわ」

「確かに、結局二時間くらいしか寝れなかったしな」

「そうね……って、学校でそんな話するんじゃないわよ。周りに人もいるのに……」

「だからいいんじゃないのか? もはや」

「っ! ……兼助にそういう性癖があったのね。最悪だわ。気持ち悪い」

「冗談だから……」

なんて話していると、不意に肩を叩かれた。

それは眞白も同じで、後ろからひょいっと顔が出てくる。

「おふたりさん、なんだか距離感がちけぇですね~?」

「うおっ! な、なんだ長谷か」

「ちょっと八江子、びっくりしたじゃない」

「私はみんなに驚きを与えられる存在。どう? エンターテインメントじゃない?」

「何それハマってんの?」

「人生はエンターテインメント!」

「……あぁ、そう」

完全に呆れている眞白。

しかし、そんなのお構いなしに長谷は楽しそうだった。

「っていうか~? やっぱりひと夏の思い出を重ねちゃうと、カップルとしてこうも変わるもんなんだね~」

「変わる? 変わったか?」

「それはもう見違えるほどに。なんか……そういうことしたカップルにしか出せない空気感ってあるよね~」

「「っ!!!」」

「や、八江子は何を言っているの? 朝からおかしいわよ?」

「ま、眞白の言う通りだな。というか、相変わらずデリカシーに欠けるというか、そんなことからかい半分で言うもんじゃないというか……」

「……なるほど。ほ~ん。了解で~す」

「何が了解なのよ!」

ニヤニヤしている長谷と、怒る眞白。

これ以上喋るのは墓穴を掘るだけと判断し、俺は黙ることにした。

夏休み明け早々、本当に騒がしい。

だけど、この騒がしさは嫌いじゃないとそう思った。

「やっと終わった……」

放課後。

夕方の廊下をひとり歩く。

新学期早々、日直やら委員会やらのせいでこんな時間まで帰ることが出来ていなかった。

眞白はもう帰ってるだろうし、ひとり寂しく帰るしかない。

なんて思いながら教室に入って、思わず目を見開いた。

オレンジ色に染まる教室。

白いカーテンがふんわりと膨らみ、遠くから部活動の声が聞こえてくる。

まるで映画のワンシーンのような光景の中心で、俺の席に座り、窓の外を眺めている彼女。

艶やかな黒髪が吹く風になびいていて、その横顔は他の追随を許さないほどに綺麗だった。

彼女が俺に気が付き、不機嫌そうに目を細める。

「遅いわよ、兼助」

教室でただひとり、眞白が俺を見ていた。

「なんで眞白が……帰ったんじゃなかったのか?」

「……色々と駆り出されて、夏休み明け早々可哀そうな幼なじみのために待っていてあげたのよ。兼助にとってはそれが、一番のご褒美でしょ?」

「……よくお分かりで」

眞白の下に向かって歩いていく。

「でもここ最近はなんだか私、兼助に待たされてばかりのような気がするのよ。そのことに気が付いたら途中からやけに腹が立ってきて、これは帰りにスイーツを買ってもらわないと釣り合いが取れないとも思ったの。もちろん、年の数ね」

「節分やめろ」

「とにかく、楽しみにしているから。よろしく」

「えぇ……」

嫌そうな顔をしていると、眞白がフンっとそっぽを向いた。

……やはり、俺の幼なじみは女王様だ。

「ほら、早く帰るわよ」

眞白が立ち上がろうとする。

しかし、俺はそれを制止して――

「「…………」」

少しして、唇を離す。

眞白は咄嗟のことに驚いたようで、顔を真っ赤にしていた。

わなわなと震え、キッと俺を睨みつける。

「きゅ、急に何するのよ! しかも学校で……!」

「ダメだったか?」

「そっ、それは……」

「ダメ、だったか?」

「…………別に、ダメじゃないけれど」

口先を尖らせて呟く眞白が、やはりかわいい。

眞白とふたり、並んで教室を出る。

誰もいない廊下を、歩いていく。

「ねぇ兼助。今日も家、行っていい?」

「いいけど……え、まさか今夜も……」

「ち、違うわよ! なんで私が……で、でも、兼助がどうしてもって言うなら……考えてあげなくもないけれど」

「いや、でも眠いしな……」

「は? 兼助に断る権利はないのだけれど?」

「断る権利ないのかよ……」

「常に私次第。主導権は私にあるもの」

「へぇ? 昨晩の主導権は俺が完全に握ってたのに?」

「っ! ……うるさい、ばか」

道はまだ、続いていく。

▽ ▽ ▽

――五年後。

皿洗いを終え、眞白のとなりに座る。

座り慣れたソファーがグッと沈んだ。

「お疲れ様」

「それを言うならこっちのセリフだよ。今日の夕飯、絶品でした。さすが、眞白大先生です」

「そんなに持ち上げても何も出ないわよ? それに……花嫁修業だって言われて、お母さんに叩き込まれているだけだから」

「花嫁修業って……さすが眞利子さんだな」

眞白が紅茶を飲み、カップをテーブルにことりと置く。

はらりと揺れる、艶やかな黒髪。

肩より少し上に切りそろえられていて、この長さはまだあまり見慣れない。でも……。

「やっぱり眞白、長いのも短いのも似合うな」

「当たり前じゃない。だって私よ? 上黒川眞白よ? 似合わないものは……そうね、敗北くらいだわ」

「敗北って……」

二十二歳にもなってまだ血が騒いでるのかコイツは……いや、この先もきっと好戦的だろうけど。

「それはそうと、こないだ八江子から連絡があったわ。ゼミの飲み会で、また兼助が私の惚気話を酔っぱらって披露してたって」

「えっ、と……ってか覚えてないんだけど」

「……はぁ、いい加減直しなさいよその酔い癖。普通に恥ずかしいから」

「あははは……医者とか行けばいい?」

「自力で直しなさい」

直せって言われても……記憶ないんだし。

「どうするのよ。これから就職するのよ? 会社の飲み会とか普通にあるだろうし……その度に私の話なんてしたら引かれるわよ」

「た、確かに……なんとか、頑張ります。気合で」

「そうして」

眞白の命令とあらば、どうにかするしかない。

「それと」

「まだあるのか……今度は何を――」

「その飲み会で、兼助のとなりに後輩の女の子が座っていたらしいわね?」

「ひっ!!」

眞白の雰囲気がガラッと変わる。

腹の底に響くような、低くて冷たい声だった。

「まさかとは思うけれど……楽しくおしゃべりなんてしていないわよね?」

「してないですしてないです! 何ならほとんど話してないです! それだけは確実です!」

背筋をピンと伸ばして言うと、眞白はじっと俺を見た後、満足したように威圧を解いた。

「……そ。ならいいわ」

俺はこの五年で、眞白以外の女性のことに関してしっかりと教育されていた。さすがは女王。支配下に置くのが上手すぎる。

「あと」

「畳みかけてるな……」

「内見、いつにするか早く決めたいのだけれど」

「あ、そうだった。明日までに日程の候補出すよ」

「まったく、そんなゆるさで一緒に暮らしていけるのか不安だわ……もう大学生じゃなくなるのよ? わかっているの?」

「は、はい……わかってます」

「しっかりして」

「……はい」

思えば最近、眞白に説教ばかりされている気がする。

それもそうか。もう俺たちは学生じゃなくなるんだし。

「……そっか。これからは“ふたり”で生きていくんだもんな」

「そうよ。だから……」

眞白が俺の肩に頭を乗せてくる。

「しっかりしてもらわないと困るのよ。この先もずっと……一緒なのだから」

眞白のやわらかな声音が心に沁み込んでくる。

「あぁ、そうだな」

俺も眞白に寄りかかり、穏やかな時間を堪能する。

「……よしっ」

「え?」

立ち上がり、眞白をお姫様抱っこする。

「け、兼助?」

戸惑う眞白を抱えてそのまま二階に上がり、ベッドに運び込んだ。

眞白が華奢な体を縮こまらせて横たわる。

そんな眞白に覆いかぶさるように、顔の横に両手をついた。

すると、眞白が察したように睨んでくる。

「……昨日シたわよね?」

「だから?」

「……はぁ。全く……兼助は本当に仕方のない人ね」

眞白が俺の首に腕を回す。

「兼助ってほんと変態よね。というか私に欲情しすぎ。あんまり聞かないわよ? 付き合って五年も経つのに、今も頻度が変わらないなんて」

「それだけ眞白を愛してるからな。この先もずっと」

「っ! ……そ。ならいいのだけれど」

言葉はツンとしていても、表情は隠せない。

「ほんと、眞白はかわいいな」

「知ってる」

「でも最近、こういうのにも慣れ始めてるのが歯がゆいところだ……」

「……何言ってるのよ」

まぁ、慣れさせてしまったのは俺なんだけど。

「でもま、それでもかわいいんだけど」

「……知ってる」

強気な眞白の表情に、思わず笑ってしまう。

それにつられて、眞白も頬を緩ませた。

ベッドの上で、ふたり笑う。

何年経っても、色んな事が変わっても、きっと根っこのところは変わらないのだと思う。それに変わっても、間違いなく俺たちは“ふたり”でいられるから。

「ねぇ、兼助」

「なに?」

「……ふふっ、なんでもない」

「なんだよ、それ」

いつまでもこうして、ふたりで世界を生きていく。

今日も、明日も、そして――その先も。

(おしまい)