軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

●第262話●名物料理

「…………デカいエビ? いやザリガニか?? 姫、これをどうしたいんだい??」

朝早くにメルビナへと駆けつけた勇が、積まれたマッドクレイフィッシュを前に首を傾げる。

「うにゃにゃっにゃ!」

「えぇっ? 私が何か??」

尋ねられた織姫が、一緒にいた白い服を着た男の肩に乗ったまま、その頭をポムポムと叩いた。

白い服の男――マツモト男爵家の料理長を務めるチッポリーニは困惑顔だ。

朝食の準備をしていたところに突然織姫がやって来てキッチンから連れ出され、そのままの勢いで魔動車に乗せられ気付いたら目の前にマッドクレイフィッシュが山と積まれているのだから無理もない。

料理中に連れ出されたので、服装もコック着のままである。

「チッポリーニを連れ出したという事は、食べ物とか料理に関係あるという事ですよね?」

「あーーー、やっぱりそうなるよねぇ」

アンネマリーの言葉に苦笑する勇。

「これを料理して食べさせろ、ってことなのかい? 姫」

「にゃっふ!」

勇の問いかけに、チッポリーニの肩からマッドクレイフィッシュの上へ飛び移った織姫が胸を張る。

対してチッポリーニの表情が驚愕に染まる。

「え……。こ、コイツを食べるんですか!?」

普通の動物と同じくらいの生息数なので、 この世界(エーテルシア) ではそこそこ魔物は食べられている。

中には高級品もあり、貴族でも当たり前に食べるくらいにはポピュラーだ。

が、なんでもかんでも食べるのかと言えばそうではない。

ボア類のように食べ出があって歩留まりの良いものが好んで食べられ、そうでは無い物は基本的には忌避される。

そういった点でマッドクレイフィッシュは、見た目のグロテスクさと硬い殻がある食べづらさが相まって、食べられることのない魔物の代表格と言える。

そもそも、わざわざ森の中の湖に危険を冒してまで倒しに行く者などいないので、存在自体がマイナーだ。

せめて甲殻類が日常的に食べられていれば良いのだが、ほとんど海で漁をせず流通システムも発展していない この世界(エーテルシア) では、残念ながら食卓に上る事はほぼ無い。

チッポリーニがドン引きするのも無理はないだろう。

しかし この世界(エーテルシア) にあって、そんな常識をブレイクスルーしている集団がいた。

「イサムよ、オリヒメの言う通りコイツもいけるのか?」

「どうやって食べるのでしょうか?」

「これも、元の世界に似たようなものがあったのかい?」

エト、アンネマリー、ヴィレムが立て続けに勇に質問を投げかける。

護衛の騎士達も興味深そうに質問に耳をそばだてた。

そう。これまで勇と深く関わってきた者たちは、勇が食べるものに間違いがない事を経験上知っている。

なので、これを食べるという話になっても大した驚きはない。

チッポリーニもギードの元で研鑽を積んではいたのだが、それはつい最近になっての事。

ズヴァールからの紹介でクラウフェルト家にやってきた彼は、あまり勇の洗礼は受けていないのだ。

「ここまで大きい物はいなかったですけど、まぁ似たようなものは食べてましたね。割と高級品でしたよ」

苦笑しながらも肯定する勇。

そのやり取りを聞いて、集まっていた村人らも驚きの表情をみせる。

「んーー、ひとまず茹でてみる感じかなぁ。アベラート、大きな鍋を用意してください」

「は、はいっ! おい、何人かついて来てくれ!」

勇から指示を受けた村長のアベラートが、ガタイのいい村人を何人か連れて自宅へと向かっていった。

一時間後。

オレンジがかった赤色に綺麗に茹で上がったマッドクレイフィッシュの大きなハサミを前にして、勇は大きく頷いていた。

「うん、茹で上がりはロブスターとかに近い感じだな。匂いも悪くない」

かなり大きな鍋で茹でたのだが、ハサミだけで四十センチくらいはあるので、ハサミと尻尾の一部くらいしか茹でられていない。

「ふむ、確かにいい匂いじゃの」

「何とも言えない良い香りですね」

「綺麗な色になるもんだねぇ」

横で見ているエトら三人も興味津々である。

「姫、これは食べても毒とかは大丈夫なのかい?」

「にゃにゃっふ!」

目配せしながら最終確認する勇に、織姫が大きく頷く。

神様パワーで分かるのか、何かしら問題のあるものだった場合は織姫が止めてくれるので、この巨大ザリガニは少なくとも毒は無いのだろう。

「そうか。じゃあ味見してみるか……アチチっ! フーフーッ。どれどれ……」

「ああっ!!!」

織姫に殻を切ってもらって取り出した身の熱さに少々苦戦しながらもためらいなく口に入れた勇を見て、チッポリーニが思わず声を上げた。

茹でるところまではやった彼だったが、試食をためらう様子に気付いた勇が助け舟を出した形である。

「……お? 中々いけるな。食感はロブスターとかそっちの大きい海老系で、味は蟹寄りかなぁ?」

うんうんと小さく頷きながら味見をする勇。

海老と蟹の中間のような味で、地球人で海老・蟹が大丈夫な人であればほとんどが美味しいと答える味だ。

やや香りと味が淡白だと感じるのは、淡水生だからだろうか。

「あ、本当ですね。初めて食べる味ですが、美味しいですね」

「おぉ、これは美味いの」

「う~ん、お酒が欲しくなるねぇ」

アンネマリーたちにも好評のようだ。

「うにゃ~~~」

勇の肩では、織姫も美味しそうに食べている。

地球の猫に対しては、生の甲殻類を与えてはいけない。

火を通して殻を除いたものは与えても良いとされているが、勇は地球にいた時に織姫に与えたことは無かった。

(勇が食べていても欲しがる素振りを見せなかったというのもあるが)

こちらに来てからの織姫は、神の加護を授かったせいなのか、そうした制限とは無縁だ。

そもそも身体に悪かったり毒のあるものについては与える前に教えてさえくれるので、欲しがるものは基本的に大丈夫なのは助かっている。

もちろん塩分などについては、摂りすぎないよう気をつかってはいるし、一時期のようにおやつの食べ過ぎで太らないように気を付ける必要もあるのだが……。

そんな皆の様子を見ても中々口にする事が出来なかったチッポリーニだったが、目を瞑り意を決してその身を口の中へと放り投げる。

「…………っ!! お、美味しい!?」

一、二回咀嚼した後、カッと目を見開いてその美味しさに驚きの声を漏らした。

「あはは、良かった。さぁ、皆も味見してみてください!」

それを見た勇が、笑顔で村人たちにも試食を勧める。護衛の騎士達は既に舌鼓を打っていた。

「おお、これは美味いぞ!」

「あんな見た目なのに……」

恐る恐る口へと運ぶ村人たちだったが、一口食べると皆驚きの表情に変わる。概ね好評なようだ。

「チッポリーニ、これは身も美味しいけど出汁――茹でた後のお湯にも香りと味が出てるから、スープはもちろん色んな料理に使えるはずです」

「なんと! 湯にもですか!? どれ……。確かに!! これは色々な料理に使えそうですね!!」

「ええ。沢山ありますし、ひとまず全部茹でてください。急いで強力冷蔵箱を作るので、茹でたものは全部入れちゃいましょう。それならしばらく保つので、色々試してみてください」

「分かりました!」

「ああそれと、作って欲しい料理があるんです。上手くいけば、マツモト領の名物に出来るんじゃないかと」

勇はそう言うと、メモにレシピを書きつつチッポリーニに作り方の説明をしていく。

「……確かにこれはこの土地ならではの料理かもしれませんね。早速今日のお昼に作ってみます!!」

真剣な表情で説明を聞いていたチッポリーニは、レシピを握りしめてマツモト家の別邸へと駆けていった。

ここメルビナへ来る機会が増えた勇は、村長宅の近くについ最近別邸を構えていた。

来るたびに村長宅や宿に世話になるのはお互い気を遣うし、行動が制限されてしまいよろしくない為だ。

居住スペースはさほど大きくは無いが、魔動車の駐車スペースや魔法具の工房などマツモト家らしい設備が充実した別邸であった。

「イサム様、昼食の準備が整いました」

「ああ、もうそんな時間か。ありがとうノイマン」

別邸の工房で巨大ザリガニ保管用の強力タイプ保冷箱の魔法具を作っていた勇を、ノイマンが呼びに来た。

「なにやらチッポリーニにレシピを渡していましたよね?」

「うん。向こうの世界でも人気だった料理を、試しに作ってもらおうと思ってね」

「この土地ならでは、とも言うとったな」

「ええ。油がポイントになる料理ですからね」

一緒に作業をしていたアンネマリーらを伴って、工房からダイニングへと向かっていく。

貴族家当主となった事で、さすがに使用人らとはある程度の線引きをしているが、研究所の面々とは引き続き同じ食卓を囲むことが多い。

色々な事を話しながら食事をするのは、勇の大切なライフワークの一つである。

「おおお! そうそう、こんな感じです!!」

「そう言っていただけてホッとしました……。何分初めて作りましたので」

食卓に並べられたそれを一目見て、勇が破顔する。

作った本人であるチッポリーニも、そんな勇を見てホッとした表情を見せた。

「これは初めて見るタイプのお料理ですね……。茶色くて細かい何かが表面を覆っていますが……?」

「ふむ。食欲をそそる匂いじゃな。何かを焼いたような匂いじゃが、ムラが全く無いの……」

「この下に敷いてあるのはトマトのソースかな……?」

初めて見るそれに、アンネマリーら三人は興味津々だ。

「ふふ、まずは食べてみましょうか。こちらの少し細長い方からどうぞ。丸い方は……ちょっと危険なので」

「「「危険!?」」」

「あはは。じゃあ、いただきます!」

そんな皆の様子を見ていた勇が、悪戯っぽく笑う。

料理に対して思わぬ単語が出てきたことに驚く三人を尻目に、勇が早速料理に箸をつけた。

そう、箸である。男爵となった勇は、近しい者だけで食事をする際に箸を使うようになっていたのだ。

この世界(エーテルシア) で使われるカトラリーは、ほぼフォークとスプーンのみだ。

固めの料理の場合のみナイフが付属する程度で、貴族であってもさほどテーブルマナーにはうるさく無い。

であれば、使い慣れた箸を使いたいという事で、マツモト男爵家に箸文化が持ち込まれたのである。

まだ椀を持って汁物を飲んだりする所までは行っていないので、今のところは箸とスプーンの兼用であるが。

そんな箸を使って、勇がヒョイと細長い方を摘まんでかぶりついた。

サクっという心地よい音が微かに響く。

「うんうん、上手に揚がってるね。さすがチッポリーニ」

「ありがとうございます! えびふらい、でしたか? 私も味見しましたが非常に美味しかったです!」

一口食べて感想を述べる勇に、チッポリーニが嬉しそうに答える。

今回勇が依頼した一品目は、マッドクレイフィッシュを使ったシンプルなエビフライだった。

身が大きいため切り身にしてあるので、地球の一般的なエビフライのように尻尾が付いた物では無いが、後はほとんど変わらない。

この世界(エーテルシア) にも揚げ物はあるが、油が高いのでほとんど食べられていない。

現マツモト領は油の産地なので、他の地域に比べればまだ馴染みがあるのだが、やはり高級品だ。

またそのほとんどが、素揚げか小麦をつけた唐揚げである。

パン粉をつけて揚げる“フライ”と言う調理方法は、チッポリーニも知らなかった。

「おおっ!! これは香ばしくて美味いな!」

「すごいですね、外はサクサクしているのに中はプリプリです!」

「ん~~、このトマトのソースともよく合うねぇ」

勇が食べたのを見届けてから食べ始めた三人も、一様にその美味しさに驚く。

ちなみにこの三人も手先が器用なので、勇と同じように箸を使っている。エトなどは、既にマイ箸を自分で作っているくらいだ。

「おお、皆の口にもあったのなら大丈夫そうだね」

残ったフライを口に入れながら勇が目を細める。

調理法としてはシンプルでクセのある材料も使っていないので問題無いとは思っていたが、好評を得て胸をなでおろしていた。

「どれ、こっちのヤツはどうだ? これもフライっぽいが……」

「あっ!!」

「あっづぅ!!?」

ペロリとエビフライを食べたエトが、もう一つのやや丸いほうのフライを口に放り込んで一秒後、悶絶した。

「ああーーー、だから危険だと言ったのに! こっちは中身が尋常じゃなく熱いんですよ。はいエトさん、お水です」

「ほうひうほほは、はひにひっへふへ――ゴクゴク……ふうぅ、死ぬかと思ったわい」

勇が慌てて差し出した水を飲み干して、エトが大きく息を吐く。

エトが悶絶したもう一品のほうは、海老クリームコロッケだ。

小麦粉とミルクは普通に手に入るので、ベシャメルソース――バターの替わりにオリーブオイルを使っているので、正確にはホワイトソースだが――から手作りした逸品である。

「あつつ……。こ、これはまた素晴らしく美味しいですね!!」

「恐ろしく熱いけど、このトロっとした食感がたまらないねぇ」

エトの惨状を見て慎重に一口分ずつ口へ運んだアンネマリーとヴィレムが、ハフハフ言いながら絶賛する。

「良かった。こっちも問題無いみたいだね」

その反応を見た勇が嬉しそうに頷いた。

「これで上手くいけば、新しい名物として売りに出せそうだ」

「そうですね。これなら屋台で売ることも出来そうですし」

「そん時は、くれぐれも先に“地獄のような熱さだから気を付けるように”と言い含めるんじゃな」

名物料理としての手ごたえを感じる領主夫妻に、エトがジト目で注文を付ける。

何とも言えないエトの表情に、ダイニングは大きな笑い声に包まれた。

――その後、細かな改良を施された二品は、毎年田植えの時期にやって来るマッドクレイフィッシュを使ったマツモト領の季節限定名物料理として王国中に広まり、第二第三のエトを量産する事になるのだが、それはまた別の話。

「お~~、見えてきましたね!!」

「おぅ。中々立派な港だろ?」

「ふふっ……ええ。この規模の港は、こっちに来て初めて見ました!」

夏の鮮やかな西日に目を眇めながら、甲板の上に立った勇が前方に見えてきた港に声を弾ませる。

隣に立って同じく目を細めていたレベッキオがまるで自分の港であるかのように胸を張るので、思わず笑ってしまう。

ザリガニ騒動に沸いてからおよそ二ヶ月。勇達は海上にいた。

目的地は、シャルトリューズ侯爵領にあるこの国で一番大きな港、シャルルドール港だ。

「しかし、思っていたよりも早く出来上がりましたね」

「そうだなぁ。話を持ってった時のシャルトリューズ閣下は、かなり前のめりだったからな。急がせてくれたんじゃねぇか?」

「そんな感じでしょうねぇ」

徐々に迫って来る大きな港を眺めながら二人の会話は続き、話は今回の訪問の理由についてに移っていく。

勇達がはるばるシャルトリューズ領まで足を運んでいるのは、そこで作られているマツモト家の外洋船を視察するためだ。

多くの技術やノウハウがシャルトリューズ家側にある事もあって、共同開発という体で作られている外洋船の外装が、概ね出来上がったと連絡が入ったのだ。

「これでいよいよ、外洋船が形になりますね」

「ああ。 ガ(・) ワ(・) が出来上がったって話が本当なら、残り半分ってとこだからな!」

まだ見ぬ外洋船への二人の思いと共に、船は港へと滑り込んでいった。