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作品タイトル不明

第六十七話 情報の減価償却

荊州(けいしゅう) の入り口に到達した

曹操軍を待っていたのは、

戦わずして降伏した 劉琮(りゅうそう) による、

膨大な「資産」の移譲だった。

しかし、峻は差し出された荊州の戸籍や、

兵糧の目録を手に、深い溜息をついた。

「……峻殿、何を嘆いておられるのです。

一兵も損なわず、

天下の要衝である荊州を手に入れたのですよ?」

韓恢(かん恢)が、

信じられないものを見るような目で峻を見つめる。

「韓恢殿。……この目録に並んでいる数字、

いつのものだか分かりますか?」

峻は、黄ばんだ古い紙を指で弾いた。

「……これは三年前、あるいは五年前の数字です。

……戦時下において、

更新されていない情報は、

『資産』ではなく『負債』です。

この数字を信じて十万の兵を動かせば、

どこかの山中で確実に兵糧が尽き、

計算が破綻します」

峻が直面したのは、

情報の「減価償却(経年による価値の低下)」だった。

彼は即座に、荊州の降伏役人たちを全員広間に集め、

尋問ではなく「棚卸し」を開始した。

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「本日から、荊州の全ての蔵を『強制決算』します。

……報告と実態に一分でも誤差があれば、

それは曹操様への反逆、

すなわち『帳簿の偽造』と見なします」

峻の冷徹な宣言に、荊州の役人たちは震え上がった。

彼らが長年、 劉表(りゅうひょう) の元で

隠し持っていた「余剰在庫」や、

虚偽の報告で着服していた「裏金」が、

峻というプロの監査官によって、

白日の下にさらされていく。

一方その頃、曹操は逃亡した劉備を追撃するため、

精鋭騎馬隊「純州騎」の出撃を命じようとしていた。

「峻よ。劉備を逃せば、

将来的に大きな赤字を招く。

……今すぐ、追撃のための兵糧を供出せよ」

峻は、曹操の前に立ちふさがり、

一枚の「 時間対効果(タイムパフォーマンス) 」

の計算書を提出した。

「……曹操様。劉備を追うのは当然ですが、闇雲に動く

のは『燃料の無駄』です。

……私の計算によれば、逃亡する劉備軍は、

十万の避難民を引き連れており、

その行軍速度は、時速数里。

……追撃を三刻遅らせてでも、

兵たちに『適切な栄養補給』を行い、

馬の消耗を抑えるための軽装備化を済ませるべきです。

……その方が、最終的な『捕獲率』は上がります」

「……三刻待てと言うのか。

劉備が逃げ切るリスクはどうする」

「……そのリスクは、私が『情報の鮮度』で補います。

……逃走ルート上にある村々の備蓄量を逆算すれば、彼

らが足を止める場所は三箇所に絞られます。……そこに

、先回りして物流の壁を築けば良いのです」

曹操は峻の目をじっと見つめた。

そこには、戦の興奮に酔う武官の目ではなく、

獲物を「最も効率的に仕留めるコスト」を計算する、

冷徹な捕食者の目が宿っていた。

「……面白い。

……峻、お前の計算通りに劉備の首を

『計上』してみせろ」

長坂坡(ちょうはんは) の戦いの幕が上がる。

それは、劉備という「不確定要素」を、

峻が数字の檻に閉じ込めるための、

追撃の計算式だった。