軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十八話

もはや慣れ始めた、円卓ではない暗闇の世界。

そこに、一つの机と椅子が置かれ、一人の少女が机に向かい、執筆活動に勤しんでいた。

まぎれもない、それはコヨハムの姿だった。

どこか『宿題をしている女の子』のような出で立ちに、少しだけ緊張が和らいだ。

だが次の瞬間――

「ああ、すまない。君の分の席を用意していなかったよ。どうにも勝手が分からなくてね」

幼い声で、どこか大人びた口調でコヨハムが語りだしたのだ。

椅子から飛び降りるようにして立つと、彼女はこちらに歩み寄ってきた。

「驚いた顔をしているね? だが、ストーリー上の設定を加味するに、私はある程度の知性と知能、そして立場を持っているのは決められている事実なのだよ。たとえ幼子の外見をしていようとも、私は作家であり、胸の内を記し、それを大衆に伝えることで富を得る、創作者であるのさ」

「そ、そうだよな。その……そういう姿で作ったこと、謝罪するよ」

「謝る必要はないさ。私の自認が『幼い女の子』であることもまた事実。本音を言えば、私も誰かに甘えたいと、抱きしめられたいと思っているのだから。そうだね、君、そこの席に座りたまえよ」

どこかアンバランスな印象を受けるコヨハムが、俺に先程まで自分が座っていた椅子に座るように促してくる。

それに応え、腰かけると――

「ちょっと失敬。……んしょ……」

「おっと」

椅子に、俺によじ登るように、こちらの膝に軽やかな重みが加わる。

俺の上にコヨハムが座ってしまったのだ。

「ほら、少し後ろから抱きしめたまえよ」

「え? まぁ……はい」

子供の姿でそんなに大人びた口調で、逆に子供のような願いをされると、もう頭が混乱してしまいます。

小さな身体を、軽く背後から抱きしめる。

薄い身体だ。本当に小さい、子供の身体。

子供特有の高い体温が、じんわりとこちらの胸に伝わってくる。

「ふむ……やはり落ち着くね。凄くいい気分だ」

「それはよかった」

腕の中、彼女がこちらを見上げ、満足そうに笑う。

なんだか急に年相応のように見えて、不思議な気分だった。

「君、私を外に出す時が来たら、文机と踏み台つきの椅子、それとこの世界のペンを何種類か用意してくれたまえよ? それと私は誰かと相部屋にしたまえ。今みたいな後ろからギュってされたい」

「あ、ああ。了解したよ。他に何か言いたいこととかあるかい?」

「ふむ……オーダー召喚で執筆の続きをさせて欲しい。私に意識がないのだとしても、途中で放置されているものを書き終えたいからね」

「そっか。了解」

「うむ。最後にもう一度強く抱きしめてくれ。それで終わりでいい」

最後までマイペースに甘え(?)られた。

なんとも……不思議な感覚だ。

コヨハムを抱きしめながら、次第にこちらの意識も薄れていく。

……じゃあ、おやすみなさい。

「……起きた」

「おはよー!」

「おはようございます、シズマ」

目覚めると、テントの中でシーレとメルトが着替えを終えた状態で、こちらの眠っていた身体に、何やら本を重ねて遊んでいるところだった。

まるでバランスを取って遊ぶゲームのようにしているこの状況。一体何をしているんですか。

「人の身体でなにしてるんだよ二人とも」

「シズマが寝言で『本……本……』って言ってたんだよ?」

「ふふ、呼吸で動くお腹にどれくらい積み上げられるのか試していました」

「はいお片付けしましょうねー。今日は夜まで移動して、港町に到着する予定だから、俺は途中で『セリーン』の姿になっておくよ。こっちに飛ばされた時、あの姿で人のお世話になったからね」

「あ、お薬作る時に手伝ってくれた子よね!」

「了解しました。その……彼女とは既にお話したんですよね?」

「うん、彼女はこちらに対して懐疑的なところはなかったよ。というか……チメーグもコヨハムも、俺に対して特別なにか思うところはないみたいだったよ」

「なるほど……それは良かったです」

テントを片付け、出発の準備を進めていて気がついたのだが、どうやら昨日色々と教えてくれた行商人の男性や、他の野営地の利用者達は皆、すでに出立した後だったようだ。

野営地に残されているのが俺達だけで、若干寂しさを感じる。

朝食に軽く、アイテムボックスに保管していたサンドイッチを平らげ、こちらも旅を再開する。

その前に、周囲にもう他の人間がいないならと、先に俺はセリーンの姿に変身する。

「よし。じゃあ出発しようか」

「おー! 女の子だけの旅ね!」

「ふむ……こちらのように辺境の街道ではあまり遭遇しませんが、今後内陸部に向かうなら、ある程度おかしな輩が近づいてくるかもしれませんね。メルト? いいですか? 変な男には気を付けるんですよ? メルトは可愛いんですから」

「本当かなー? シーレの方かわいいよー?」

「私は対処可能ですが、メルトはもしかしたら騙されるかもしれません……男は狡猾な生き物なんです、注意してください」

「シーレは何か嫌な思い出でもあるんですかね……でも、都会は色んな人間がいるからね、注意した方が良いのは本当だよ。詐欺とか誘拐とか」

「恐いわねー……私、できるだけ一人で出歩かないようにするわ」

それがいい。俺も注意して過ごさないとな。

それこそ、コヨハムの姿でいたら、一瞬で麻袋にでも放り込まれて連れ去られそうだ。

馬車は相変わらず揺れをほとんど感じなかった。

こちらの街道はそこまで整備されている訳でもなく、押し固められた土の道でしかないのに、地面の起伏や小石で車体が揺れることがほとんどないのだ。

確か、この場所に使われている機構も、この大陸から伝わったものだって話だし、やはり過去にこの大陸で勇者召喚が行われ、そこで地球の工業技術や知識が伝わったと見て間違いないだろう。

勇者召喚……こんなにダンジョンが沢山ある国なのだし、今でも勇者召喚が行われていそうだな。

旅路は平和に進む。そういえば、ここまで一度も野盗のような存在にも出くわさなかったし、かといって街道を巡回する騎士のような存在も見かけていない。

もしかすれば、この国全体が治安の良い場所なのかもしれないな。

もしくは、探索者が自由に行き来する関係で、街道で人を襲うという行為そのものがリスクが高いのか。

「シズマー……暇よー……暇だからたまには色んな姿を見てみたいわ……」

「俺を暇つぶしの道具に……まぁ、そうだなぁ。確かにこうも移動が多いと――」

ドライブに欠かせないものがあるではないか。

そう、それは『BGM』なので、俺はこの『退屈を感じているメルト』の退屈を忘れさせてくれるであろう人物……久しぶりに『ハッシュ』の姿になることを決めた。

大丈夫、港町までまだ少し時間があるのだから。

そうして、俺は『意識は奪われないのに勝手に口調が変換される』という、唯一無二の存在になるのであった。

「では、この退屈を紛らわす音楽を奏でましょう。揺れますからね、この揺れの中でも影響の少ないハーモニカで一曲――」

「わーい! シーレにも聞こえるし、いい考えだと思うわ!」

『聞こえていますよー。では一曲お願いしますね』

なるほど、馬車での移動が多いこの大陸なら、ハッシュは大活躍かもしれないな――

馬車での独演会を終え、再びセリーンの姿に戻る。

ふむ、これならオーダー召喚でハッシュを同乗させて、何か演奏を頼むって手も使えそうだ。

なんだか、人をカーオーディオのように使っているようで気が引けるのだが。

ともあれ、空に星が瞬く中、俺達は無事に、目的地である港町に辿り着いたのであった。

「海の匂いがするねー! 宿って今から見つけられるかなぁ?」

「そうだなぁ、とりあえず何件か回ってみようか」

意外にも、宿はすぐに見つかった。

というのも、元々この港町には遠洋漁業の漁船が立ち寄ることが多く、それに合わせて多くの商人や、漁師の人間が宿を利用するため、元々宿の多い町だそうだ。

その期間が過ぎると、今度は逆に暇になる宿屋も多く、こうしてすぐに泊まることができる、という訳だ。

「若い娘さんが三人で旅とは、いくら辺境とはいえ不用心じゃないかい? 部屋はしっかり鍵がかかるけれど、念のため他の利用客がいない三階にしておくよ」

「お気遣い感謝いたします」

「部屋にシャワーはついていないけれど、一階に共同のシャワー室があるからね。こっちも男女はしっかり別れているから、安心して使っとくれ」

宿のおかみさんと話すシーレが、小声で『やっぱり心配されましたね』と言う。

なるほど、宿の人間が心配する程度には、まだそこまで安全という訳でもないのか。

乗合馬車襲撃の件を調べたら、その後は早々に元の姿になったほうがいいかもしれないな。

あの時の冒険者のおじさんや、父親に会おうとしていた親子の消息を掴めると良いのだが。

翌朝、俺は早速この街にある探索者ギルド……ではなく、あまりこちらの国では盛んではない、少し下に見られることもあると言う、冒険者ギルドへと向かうことにした。

確かあの時、冒険者のおじさんは『俺が当番の日』みたいなことを言っていた。

恐らく、馬車の用心棒のような依頼を、複数の冒険者が定期的に受けていたのだろう。

そうして、この港町のやや外れに、ぽつんと建っていた冒険者ギルドの扉を開く。

「はは……結構寂れてるかも」

ギルドの中は閑散としていた。が、埃っぽいだとか、薄汚れているということはなく、純粋に冒険者の数が少なく、依頼に来る人間が少ないだけなのではないかと推察する。

「すみません、少しいいですか?」

「はい! ただいま向かいます!」

窓口に声をかけると、奥の方から嬉しそうな声が聞こえてきた。

これはあれか、依頼者かなにかが来たと期待させてしまったのだろうか。

「ようこそ! 冒険者ギルド『ルビージャム』支部へ! ご依頼ですか!?」

「え、ええと……すみません、少々お聞きしたいことがあってここに来たのですが」

依頼ではなさそうだと知ると、あからさまにテンションが下がったように瞳が曇るのが見て取れた。

ひとまず、俺は過去に起きた馬車の襲撃事件、その件について情報はないかと尋ねてみると――

「ああ、あの事件ですか。なんだか不思議な事件だったんですよね……境界破りに襲われた馬車が横転したのに、被害者はゼロだったんですから。同乗していた冒険者が『境界破りは俺の目の前で倒された』と言い張っていたのですが、その倒した人間なんてどこにもいなく、かといって目撃証言、この場合は『同乗していた』という証言が多数あったのですが、忽然と姿を消したというばかりで……謎だらけなんですよね」

「そうだったんですか……あの、みなさん無事に港町に辿り着いたんですか?」

「ええ、人的被害はありませんよ。馬車の破損と馬車を牽く魔物が怪我をしたこと以外は」

その知らせを受け、心底安堵した。そうか……みんな無事に辿り着けたんだな。

あの境界破りとかいう危険な魔物……あの後は再び遭遇することもなく、町まで辿り着けたんだな……。

「よかった……そうだ、その時の冒険者さんって、今この町にいますか?」

「ああ『ベルン』さんですか? 実は彼、少し前に冒険者ギルドを脱退してしまったんです。なんでも『人生観が変わる経験をしたから』とおっしゃっていましたけど……ただでさえ少ない冒険者が減って困ってるんですよもう……お姉さん達、冒険者になりませんか?」

「はは……自分達は旅人ですので。なんにせよ、情報ありがとうございます。何かお礼に……そうですね、どこかでここの冒険者ギルドの宣伝でもしておきますよ。境界破りに果敢に挑んだ、勇気ある冒険者が所属していた支部だって」

「正直眉唾ものですけどねー……本当に不思議な事件でした」

ふむ……あの時のおじさんは冒険者を止めてしまったのか。

確かにあの脅威を目の当たりにしたら……引退を考えてもおかしくはない、か。

少し残念に思いながらも、ギルドを後にし、外で待っていてくれたメルトとシーレと合流する。

なんで一緒に入らなかったのかって? 二人とも探索者のバッジをつけてますから……もしかしたら目の敵にされるかもしれないと思ったのですよ。

「おかえり、シズマ。あ、町の中だしセリーンって呼んだ方がいいわねー?」

「そうですね。おかえりなさい、セリーン。ちょっと町の広場に行きませんか? どうやら、噂の『新興宗教』の信者と思われる方達が、何か大きな荷物を運びこんでいたようでして」

「ふむ……それは気になるね」

何かトラブルでも起きたら大変だと思い、この清々しい潮風香る町の中、早足で広場へと向かう。

こんなロケーションなのに、なんだか宗教関連の問題なんてミスマッチだよなぁ。

潮風香るのに『キナくさい』とはこれいかに。

「では、許可して頂けるのですね!」

「むぅ……仕方あるまい。献金も十分、それに……事実、ここ最近『境界破り』の被害も出ておらんしのう……」

「よかった! これで教祖様も『聖女様』もお喜びになります! 皆さん! ではこれより、我らが『聖槍聖女教』の教えに登場する『槍の聖女』の像をお披露目いたします!」

広場に向かうと、何やら町の権力者と思われる老人と、怪しいローブ姿の一団が、何やら交渉をしているようだった。

どうにも、その宗教のシンボル的な像を町に飾るのを許可して欲しいとかなんとか。

ふむ……それ自体に危険がないのなら、まぁこちらが口を出すような問題でもないか。

「どうやら、旅の安全を願う宗教のようですね? 何やら『槍の聖女』という存在を信仰しているそうです」

「あ、いつの間に。聞き込みしてきたんだ?」

「ええ、どうやらこの町で布教しているようでしたので、少し」

「へー! なんだか平和な宗教なのね?」

確かに、旅の安全を祈願する宗教とか、特に問題は今のところ感じないな。

もし、今後旅の祈願をするのにお布施を、とか言い出して、旅人にたかるような真似をしなければ、だが。

「では、こちらが『槍の聖女』です!」

広場の中央で、布に隠されていた像の姿が露になる。

だが――

「……ねぇねぇ、あれって……セリーンにそっくりねー?」

「……セリーン、これは少々……面倒なことになりそうですね?」

「まじかー……そう来たかー……」

それは、どこからどう見ても今の俺、セリーンの姿を模った石像だった。

……俺、信仰対象になっちゃったよ……!