軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十五話

メルトは語る。今日、今この瞬間に至るまで、どんなことがあったのか。

『俺』だと思った相手が、どんな嘘で彼女を騙し、自由を手に入れたのかを――

時は、ダンジョンでシズマが『シズカ』の姿に変身した直後まで遡る。

そう……この時、シズカの自我は、シズマを押しのけ、完全に身体の支配権を得ていたのだ。

それだけではない。自身の言動を、内に眠る他の人間にも知らせることなく、僅かな時間だけとはいえ、完全に秘匿し、自分だけの時間を作り出していたのだ。

それは『繋がりが極端に薄い』からこそ。そして、シズカ自身が『心を殺し気持ちを悟らせない』術に、著しく長けていたからこそ。

そう……シズカは、あまりにも『悲惨すぎる過去を設定として背負わされている』。

故に、心を守る術に長けていても、なんら不思議ではなかったのだ。

犯され、嬲られ、慰み者にされ、虐げられ、それでも舞い、歌い、愛を振りまく者。

救いが待っているはずの物語も、彼女にはそれが一切与えられなかった。

放置され、救いへの道を閉ざされ、終わらない絶望の中に置き去りにされてしまっていたから。

楽しい思い出も、自分が救われる未来も、幸せに至る道も、全て与えられなかったが故に。

「メルト、ちょっとこっちに来てくれる?」

シズカは、細心の注意を払い、メルトだけを呼び寄せる。

言葉のイントネーション、仕草や表情、それらに一切の焦りが出ないよう、平常心を心がけて。

近づくシーレを自然に立ち止まらせ、『御しやすそうな』メルトだけを呼び寄せる。

千載一遇のチャンスだったのだ。自分が自由を手に入れ、世界に逃げ出すための。

そして……復讐のための。

「メルト、ちょっと秘密のお願いなんだけどいい?」

「なになに? シーレにも秘密なの?」

「そう、シーレを驚かせてあげようと思ってさ。だから秘密」

「シーレ、喜ぶの?」

シズカは、この精神がまだ幼い娘をどうすれば思うように動かせるのか、本能で分かっていた。

自分の魅力で、言葉で、肢体で、人間を操り、動かしてきた歴史がその身に刻まれているが故に。

「喜ぶよ。シーレはね、実は寂しがりやさんなんだ。だから、こっそり新しい仲間、歳の近いこの姿、シズカを自由にしてあげたら、絶対喜ぶと思うんだ。だから、俺の実験が終わったら、メルトから自然な感じで提案して欲しいんだ。『シズカと今晩だけ一緒にいたい』ってね。メルトはその後、こっそりシズカに薬を飲ませるんだ。シーレにばれないようにね? もちろん、彼女と一緒にいる俺にも悟らせないようにこっそりだよ? 明日の朝、びっくりさせてあげるんだ」

それらしい理由を作り上げ、メルトを動かし、自分に薬を飲ませるように仕組む。

己の意志だけでは、自分を召喚させ、薬を飲ませることなんてできないから。

だから協力者として、知らず知らずのうちに協力してしまうような、そんな手駒が必要だった。

結果、メルトはまんまと彼女の策略通り、何も知らないシズマに『シズカを出して』と願い、同じ部屋で眠れるように取り計らい、そして深夜……こっそりと彼女に薬を飲ませてしまった。

それが、今回の事件の真実。騙された人間と、騙した人間の全てであった。

「そんなことが……ごめん、メルトは俺だと思ったんだよな……俺が、そんな一瞬、意識を失っていたなんて……気がつかなかった。ちょっと、いつの間にか二人から離れていただけで、違和感に気がつけなかったんだ」

メルトが語った内容から察するに、俺が変身してから僅か数分だけ、完全に意識を奪われていたのだろう。

正直、低レベルのキャラクターに意識を持っていかれることなんてないと思っていた。

油断をしていた。そしてなによりも――『自分が恨まれているなんて微塵も考えていなかった』。

間違いなく、今回の原因は俺にある。メルトは、何も悪くないのだ。

「シズマごめんね……ごめんね……私の所為で、ダンジョンのコアも無駄になっちゃった、シズカもいなくなっちゃった……」

「メルトは悪くありません。私も……近くで見ていたのに、なんの異常にも気がつかなかったのがいけないんです」

「いや、誰も悪くない。メルトも、シーレも、そしてシズカも悪くない。シズカは、ずっと俺を恨んでいたんだと思う。俺は自分が悪いなんて意識したことなんてなかったけれど、今回のことで分かった。罪は俺にある。もし、今回のことで誰かが悪いとしたら、それは俺だ。シズカを責めないでくれ」

もし、シズカが自由を手に入れて、ようやく自分の人生を生きられるのなら。

俺は……。

「シーレ。メルト。今回の件はこれで終わりだ。俺達はシズカを探さないし、追わない。どこかで生きているなら……それでいい。自由に、自分の人生を生きて欲しい。それだけが願いだ」

「シズマ……分かりました。もう、誰が悪いだとか『ああすればよかった』『こうすればよかった』そういう話は止めます。メルト、貴女ももう、自分を責めないでください。ダンジョンは沢山あるんです、ね?」

「……うん。私、今度から自分一人で話を進めたりしないようにするわ。誰の話でも……相談する」

「うん、分かった。じゃあ、これからの話をしようか」

失ったものは、去ってしまったものは仕方ないのだ。だから、次に目を向けよう。

もうこの村に、俺達が留まる理由はないのだから。

「まず、今回のダンジョン踏破で、シーレの探索者ランクが白銀に上がるはずだ。手続きをしにいって確認しないと。そしたら、直接ダンジョンに挑めるようになるから、内陸部に向かおう。そこがダンジョンの密集している地域みたいだからね」

「そういえば……元々私だけ赤銅ランクだと、毎回外の任務を受けないとダンジョンに挑めないのが非効率だから、先に一つダンジョンを終わらせたんですよね。辺境なら難易度も低いと思いましたが……確かにダンジョン攻略に掛かった時間そのものは短く済みましたね」

「じゃあ、この後は大陸の真ん中の方に行くのかしら?」

「いや、このまま沿岸を進んで、港町の様子を見てから……かな」

メルトにはまだ、俺が『大地蝕む死海』から脱出した後、この大陸に跳んだことは教えていない。

シーレは知っているのだが……何かそれらしい理由も用意しないと。

「メルト、実は俺さ、メルトに鈴で呼び出してもらっただろう? あの時さ、メルトに呼ばれるまで、こっちの大陸にいたんだ。魔導具の調子が悪くなってさ」

「え! こっちに来たことあるの!? 魔導具って壊れてたんだ……シズマ、ちゃんと魔導具のチェックはしないとダメなのよ?」

「ごめん、今度から気を付けるよ。で、その時、こっちの大陸でお世話になった人達がいるんだ。その人達が無事なのか、港町で少し調べたら、その後内陸部に移動しようと思うんだ」

「なるほど。恩人さんがいるのね。だったら様子、見に行かないとねー。きっと、私が鈴で呼んだから、突然いなくなって驚いているかもしれないものね?」

「そういうこと。シーレも、この予定でいいかな?」

「ええ、問題ありませんよ。地図を見る限りですが、港町からもう少し帝国外周を回ると、国境沿いの大きなダンジョン付近を通ります。どうやらその辺りから、内陸部に向かう大きな街道が続いているようですので、そこを目指しましょう」

彼女はこちらの事情を知っているため、特に言うことはないのだろう。

地図見ながら、この先の道程を調べてくれていた。

スティル……いつか、ちゃんとメルトに紹介して、誤解を解いてあげた方が良いと思うんだけどな……いや、誤解とは言い切れないけれど。メルトを傷つけたのは『ある意味ワザと』なのだし。

「よし、じゃあまだ早朝だけど、旅立ちの準備をしようか。ご飯を食べたらギルドで手続きして、それで村を出発しよう」

この先、少しずつ変化していくことが約束された、深い森に囲まれた小さな村。

どんな風に変化していくのか、それを見守りたい気持ちだってもちろんあるのだが、今は旅路を急ごう。

コア沢山集めて、みんなを外に出して……作り上げるのだ、本当の旅団を。

もし、みんなが『居場所』だと思える場所を作ることができたなら、その時初めて探してみるのもいいかもしれない。

『もし、許してもらえるなら、また一緒に歩くことはできないか』と、去っていった彼女に伝えたいのだ。

それで断られたらそれはしょうがないけれど。ただ……そう思った。

「それでは、お世話になりました」

「お世話になりました、支部長さんに職員さん。それに宿のご主人も」

「ご飯美味しかったわ! また絶対食べにくるからねー!」

昼少し前。無事に探索者ギルドでシーレの昇級が決まり、村を後にする。

なんと、支部長から受付の女性、それに宿屋のご主人までもが、村の入り口まで見送りに来てくれたのだ。

短い滞在だったけれど、どうやら俺達が思っていた以上に、この村の人間に親しまれていたのかもしれない。

実際、もっとのんびりできる旅なら、もう少しこの村に滞在したっていい、そう思えるくらいには居心地も良かった。

綺麗な空気と、少し薄暗い、けれども木漏れ日が優しく照らす、小さな森の中の村。

メルトが凄く嬉しそうに過ごしていたのも、きっと故郷の里に似ていたからかもしれない。

それに大きな共同浴場に美味しいご飯を出してくれる宿もあるのだから。

皆に別れを告げ、告げられ、馬車が走り出す。

セイムが俺達に贈ってくれた最新の馬車が、揺れもなく森の道を進んで行く。

「凄く良い村だったね」

「ね! これで、森が育ち過ぎて悩むこともなくなれば、もっと発展するかもしれないわね!」

嬉しそうに笑う彼女は、もうシズカの件で自分を責めるのを止めたようで、少しほっとした。

すると、御者席に続く窓から――

「次回は秋の終わり頃にまた来ましょう。村で作っている木の実のワインを是非頂きたいです」

「ははは、そういえば作ってるって言っていたね。じゃあ秋になったらもう一度来ようか」

シーレが、楽しそうに語る。

そう、それでいいんだ。先のことを、少し未来のことを語ろう。

こんなに楽しい旅を、冒険をしているのだから。

「ふぅ……さてと。シーレ―? 俺ちょっと休憩がてら『内側』に行くから、何かあったらよろしく頼むよ」

「なるほど、今回のことを一度みんなと協議するんですね? 了解です」

「なになに? シズマ寝るの? はい、尻尾枕」

俺が心の中に潜るのを理解してか、メルトが座席に尻尾を伸ばし、そこで寝るように促す。

非常に心地よくていい香りがして、一瞬で眠りに落とす、魔性の尻尾枕だ。

俺はメルトに断りを入れ、今回もふかふかで肌触りの良い、彼女の尻尾に頭を埋める。

「じゃあ……何かあったらすぐに起こしていいからね、メルト」

「はーい。じゃあおやすみなさい」

心地よさに、意識を包まれていく。

埋め尽くされていく。意識が心地よさに囲まれ、深いところに沈んでいく――

目が覚めると、今回も円卓の上座、俺がいつも座る、他の席よりも少しだけ装飾の豪華な椅子で目が覚める。

既に座席では、皆が沈痛な面持ちで黙り込んでしまっていた。

「いや、参ったね。あれは俺が悪い。みんな、ごめんな。たぶん少なからず、俺に思うところがあるメンバーはこの中にもいると思う。俺が無神経だった。悪かった、本当に」

開口一番、俺はみんなに謝罪の言葉を告げる。

暗闇の円卓。その暗闇がいつもより暗く、この照らされた円卓までもが、薄暗く感じるような空気だったから。

「……謝る必要はない。シズマ、謝らなくて良い。俺達は本来……こうして感情を、意思を持つことだってない存在だった。それを宿してくれたこと……いや、生み出してくれたことを、俺達は感謝している」

シレントが、重々しく、けれどもしっかりとこちらの目を見ながら、言い聞かせるように語る。

その言葉に嘘偽りがないことくらい、俺にも分かる。

「……シズマ、私は少し、シズカの気持ちも分かるんだ。私も似たようなものだもん。でも……私もシズカも『自分の物語すら進めて貰えなかった』身ではあるけれど、私と違ってシズカは……たぶん、背負った絶望が、大きかったんだと思う。その差なんじゃないかな、私とシズカの差は」

「そうかもな……。みんな、俺はこれから、放置していた残りのキャラクター達全員と対話をしてみたいと思う。育成途中で放置してしまったキャラクター、倉庫にしてしまったキャラクター。そのみんなと話してみたいと思う。少し、その姿になって過ごして、この円卓に現れることができるようにしてみる」

「シズマ、それは危険じゃないかしら? またシズカみたいなことになるんじゃないの?」

「そうです、我が主。責任を感じるお気持ちもわかります。ですが……」

「今度は大丈夫だ。シーレにもメルトにもしっかり説明してからやる。対策は取っておくよ」

今一度、皆と話しておく必要が、俺にはある。

生み出した責任が、俺にはあるんだ。

ただのゲームキャラクターではない。こうして俺の心の中に、一人の人間として存在している以上……この責任から逃れることは出来ないのだ。

俺の決意を皆に告げ、そして現実世界に戻る。

シーレとメルトに説明して……俺は放置しているキャラクター、倉庫キャラクターの姿になると宣言しないとな。