軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.エピローグ

***

――あれから二か月が過ぎた。

ルーナの嘘がばれた事で、フィアが仕事を押しつけられる事はなくなった。

今までの刺繍もすべて、フィアのものだと証明された。

改めて謝罪と礼を言われてしまい、対応にてんてこ舞いだ。だが、その疲労は心地いいものだった。

『ごめんな、フィア。ひどいことを言って』

真っ先に謝ってくれたのは、以前に説教してきた男性だった。

『きちんと調べもせずに悪かった。片方の話だけうのみにして、一方的に叱りつけて。刺繍、大切にするよ。ありがとう』

心底反省した様子の彼は、しょげ返った顔で頭を下げた。あまりの申し訳なさにと前置きした後で、

「毎晩枕に顔をうずめて身もだえているよ」と言われ、聞き覚えのあるセリフに顔が引きつる。とりあえず聞かなかった事にして、フィアは男に笑いかけた。

『よかった。またいつでも言ってくださいね』

『他のやつらも謝りたいって言ってる。それと、この先刺繍を頼むことがあったら、直接金を払うって』

ルーナが金を抜いていた事も知れ渡り、聖布を取り上げようとした事まで広まった。なんと罰当たりなと、すっかり白い目で見られている。

ルーナは嫌々ながらも村人達に謝罪したが、その途中で逆切れし、数少ない信奉者もそれで離れた。今は村人に見張られながら、毎日刺繍に追われる日々だ。

フィアに押しつけようとしても、村人の目が光っている。「ほらまた!」という声が飛ぶたびに、フィアは遠い目をしている。

嬉しい事は他にもあった。

今まで刺繍に費やしていた分、自由時間がたっぷりできた。

おかげで今は、次々に新しい図案に挑戦し、山ほど刺繍ができている。……結局している事は同じだと突っ込まれそうではあるが。

ともあれ、フィアの生活は充実している。毎日楽しくて仕方がない。

神官さんは儀式の後、早々に村を発った。

これから王都に戻るらしい。仕事が溜まっているそうなので、見送りもいらないという。忙しい人である。

彼は去り際、「ハンカチは大切に使わせていただきます。ありがとう」と微笑んだ。フィアに暴言を吐いたとは思えない完璧な笑顔だった。

「あ、はい、さよなら」と答えたフィアに、彼は笑みを深めて、「ええ、また」と口にした。

「また?」とフィアは首をかしげたが、言い間違えだろうと気にしなかった。

何せ彼は王都の神官。対する自分は村娘だ。

もう二度と会う事がないだろうと思っていた矢先、唐突にそれは訪れた。

「迎えに来ましたよ」

「……は?」

フィアの家に現れた神官さんは、なぜか書状を携えていた。

「あれだけの技術の持ち主、スカウトしないはずないでしょう。あなたがいれば、上級図案にも挑戦できます」

「え、上級図案って何……ていうか、スカウト? はい?」

「今すぐ荷物をまとめなさい。動物を飼っていないのは確認済みです。植物は……近所の人間に手入れを任せれば問題ありませんね? 金銭の負担はこちらで引き受けます。事前に打診したところ、快く引き受けてくださいました」

「い、いつの間に!? いやそれより、お久しぶりですの前に、そんな話!?」

「私は無駄な時間を使わせる馬鹿と、察しの悪い馬鹿が嫌いです」

早く支度をしろと言われ、フィアは唖然とした。

「ちょっと待ってください、誰が引き受けるって言って……」

「珍しい図案が見られますよ」

「……か、勝手にそんなこと決められても」

「美しい布も十分に」

「……こ、心の準備ができてなくて」

「色糸も山ほどあります」

「……ふ、不安だなーって……」

「……そうですか」

神官さんはにっこりと笑ったかと思うと、いきなり顔を近づけた。

「――つべこべ言わずにとっととやれ」

問答無用の響きである。凄みがある分、ものすごく怖い。

「ひいいぃっ…!」と涙目になるフィアの前で、彼は書状を読み上げる。

「『村娘フィア。汝を新たな刺繍の刺し手と認め、王都の神殿に迎え入れる。宣言者・国王、及び神官長』。……文句があるなら国王と神官長に言いなさい。以上、何か質問は?」

「わ、私の意思はどこに……?」

「おや、これは不思議なことを」

そこで彼は片眉を吊り上げ、意外な事を聞いたという顔になった。

「王都の神殿で刺繍、したくないんですか?」

「…………!!」

「あなたの魔力は少ないですが、刺繍は超一流です。その才能を見込んで、私が後ろ盾になりましょう。中にはうるさい人間もいるでしょうが、逆らう奴は全員ぶっとば……穏便に分かっていただきます。何も問題ありません」

「今何か不穏な単語口走ってませんでした?」

「気のせいです。……それで、フィア。どうします?」

紫水晶の目がフィアを捉える。

「どうしても嫌だと言うなら、撤回もできますが。すべては君次第です」

「私、次第……」

神官さんは黙ったままフィアの返事を待っている。

ためらったのは数秒、フィアは力強く頷いた。

「――行きます」

「それはよかった」

その目が嬉しげに細められる。無邪気な顔に、どきりとした。

見かけだけなら極上の麗人なのだ。そんな顔をされれば、心臓に悪い。

「だったら早く支度しなさい。私は行動の遅い馬鹿と、面倒をかける馬鹿が嫌いです」

「あんまりバカバカ言わないでくれません?」

「だったら言われないようにする努力をなさい」

それと、と彼は唇を持ち上げる。

「承諾してくれてよかった。心から歓迎しますよ、私のフィア」

その言葉の破壊力は抜群だった。

「わ、わわわわ『私の』って……!?」

「私のげぼ……もとい、部下になるわけですからね。間違いではないでしょう」

「今下僕って言いませんでした?」

「聞き違いじゃありませんか?」

しれっと答えながら、「ほら、早く」と催促される。言われるまま荷物をまとめながら、フィアは落ち着かない心臓の音に首をかしげた。

これは恐怖からか、旅の不安からか、新たな場所への緊張からか――。

その答えは分からない。少なくとも、今はまだ。

「神官さん、いつもこんなことしてるんですか?」

「まさか。君だからですよ」

当然だろうという顔で神官さんが告げる。

「手放すつもりはなかったので、最速で許可をもぎ取りました。本当はそのまま連れ帰りたかったのですが……諸々の準備もあったものですから、仕方なく」

「そ、そんな前から?」

「悪い虫がつかないように、手は回してありましたよ?」

にっこりと笑う綺麗な顔に、フィアは顔を引きつらせる。

「わ、私、やっぱり辞退して……」

「今さら遅い」

腰が引けたフィアに詰め寄り、彼はがしっと腕をつかむ。

「ここで手放してたまるか。覚悟しろよ、金の卵」

「言葉遣いがもはや猫をかぶる気ないいぃっ……!」

フィアの悲鳴を聞き流しつつ、美貌の神官は人の悪い笑みを浮かべた。

「せっかく見つけた才能の塊、逃すわけがないでしょうが。君は私が育てます。苦労させないとは言いませんが、衣食住は保障します。何かあれば言いなさい。泣くほど罵倒することはあっても、見捨てることはありません」

「逆にしてもらってもいいですか?」

「却下です。――それと」

フィア、と名前を呼ばれる。

「言い忘れていましたが、私は気に入ったものほど構いたくなるタチなのですよ」

「……は」

「君は私が見つけました。久々に心が踊ります」

もはや嫌な予感しかなかったが、彼は非常に楽しそうな顔をしていた。

「まあ、おいおい、分かってもらえればいいですよ」

彼とともに、フィアは王都へ行く事になる。

先ほどの動悸が恐怖ではなく、胸のときめきだと気づくのは――残念ながら、当分先の事だった。