軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【9】決闘

普段から訓練に使っている丘の上で、テオとアレンは木剣を手に対峙した。

少し離れた場所では、オリビア、エルバート、ベリルが見守っている。

オリビアはアレンの発言の意図が掴めず、困惑しているようだった。

ベリルは楽しげだ。ニコニコしながら「どっちも頑張れー」と声援を飛ばしている。

そしてエルバートは、二人の構えを真剣に観察していた。それが視線から伝わってきて、テオの手のひらに汗が滲む。テオは割と緊張しやすい性分なのだ。

(……アレンは、何を考えているんだろう?)

アレンが決闘を提案した真意について、テオはずっと考えていた。

アレンは剣の訓練に付き合ってくれるけれど、聖騎士を目指してはいなかったはずだ。

それこそ、エルバートがダンカンの息子を従騎士に考えている、とテオが話した時だって、テオがアレンを名乗れば良い、などと言い出す始末。

あの時のアレンの言葉に嘘はなかったはずだ。

それなのに、どうして急に決闘なんて提案したのだろう。

(もしかして、僕のために決闘を仕組んだんじゃ……)

エルバートは、テオとアレンの二人を従騎士にすると言ってくれた。

しかし、ダンカンの実子であるアレンが辞退したら、どうなるだろう?

養子ですらない居候のテオは、従騎士にしづらいのではないか? 本来、従騎士になるべきはアレンで、テオはそのついでのおまけなのだ。

だが決闘でテオが勝利し、実力を示せば、生まれに関係なくテオは円滑に従騎士になれる──アレンがそう考えたとしたら?

(わざと僕に負ける気か……?)

そうだとしたら、自分はどんな気持ちでアレンと戦えば良いのだろう。

戸惑うテオの向かいで、アレンが低く告げる。

「テオ」

その声に、背筋がゾクリと震えた。

影の薄いテオは、人に名前を覚えてもらえない。だから、アレンに名前で呼ばれると、いつもホッとしていた。

それなのに……アレンに名前を呼ばれて、初めて怖くなった。

アレンの顔にいつもの優しげな笑みはない。まとう空気は抜き身の剣のように鋭い。

「本気で行く。怪我をしたくなかったら、今の内に降参してくれ」

それは殺意でもない。敵意でもない。ただ、テオを倒すという覚悟がそこにあった。

アレンが本気を出したらすごいことは知っている。それでもテオは、こんなアレンを知らない。

血液の流れるゴゥゴゥという音が、耳の奥でやけにうるさく聞こえた。己の脈に合わせて、剣を握る手が上下しているような錯覚すら覚える。

アレンの気迫に萎縮し、意識が内側ばかりに向いているせいだ。

テオは動揺を隠しきれないまま、剣を構えた。

ベリルが一歩前に出て、片手を持ち上げる。

「それじゃあ、どっちかが意識を失うか、『参った』と言うまで、ってことで……はじめ!」

ベリルが振り上げた手を下ろすのと、アレンが動くのはほぼ同時だった。

決して大きな振りではない、左肩を狙った斬撃。

テオは慎重にそれを剣で受け止める。重い。僅かにふらついた瞬間、容赦なくアレンはテオの脇を打った。

「がっ……ぐ……ぐ」

テオは後ろに下がりながら、剣を構え直す。

訓練では寸止めにする攻撃を、アレンは容赦なくぶち当てた。脇腹が痛い。絶対痣になった。

テオが攻撃に移るより早く、アレンが攻めてくる。

(この距離は、良くない)

テオの攻撃は届くけれども勢いが乗らない、そういう距離だ。

どうしたって、手足の長いアレンの方がリーチが長い。攻撃にも勢いが乗る。テオが勝つには、もう少し踏み込まないといけないのだ。

だが、踏み込みたくとも、アレンの剣捌きがそれを許してくれない。

アレンは自分に有利な距離を保ったまま、的確に剣を振り下ろした。その切先がテオの腕を、胴を容赦なく打つ。

──痛い、痛い、痛い。

このままでは勝てない。嫌だ。負けたくない。

(僕は、騎士になるんだ)

先ほど、強かに手の甲を打たれたせいで、手は真っ赤に腫れている。それでもしっかりと剣を握りしめ、テオはアレンの動きに注視した。

左斜め上からの振り下ろし。それをしっかりと剣で受け流す。指がビリビリ痺れたが、絶対に剣は離さない。

「や、あ、ああぁぁ……っ!」

距離を詰め、踏み込む。いける──と思った瞬間、アレンの剣がクルリと翻り、その柄がテオの顎を下から殴打した。

ガフッ、と呻いてテオは地面を転がる。痛い。口の中を切ったのか、血の味がする。

テオを見下ろし、アレンが訊ねた。

「参ったは?」

「言う、もん、かぁ……っ!」

テオは全身の力を振り絞って飛び起き、その勢いのままアレンに突進した──が、アレンの足払いに引っかかり、顔面から地面に突っ込む。血の味に土の味が混じり、大惨事だ。

テオは血と土の混じった唾を吐き捨て、フラフラと立ち上がる。

立ち上がった瞬間、横っ面を殴られた。頭がクワンクワンする。

「参ったは?」

「…………」

テオは地面に爪を食い込ませ、立ち上がる。剣は離さない。絶対に。

(なんでだよ、アレン)

テオは横薙ぎに剣を振るう。それをアレンはあっさり受け流した。

そうしてよろけたテオの背中に一撃。木の剣で強かに打たれ、テオはボロボロと泣いた。泣きながら、それでも剣を振るう。

アレンは受ける価値すらないとばかりに、体を捻ってかわし、テオの手の甲を強く打った。

流石に握力の限界で、テオの手から剣が落ちる。

オリビアが「アレン! やめなさい、アレン!」と叫んでいた。今にも飛び出しそうな彼女を、ベリルが押しとどめている。

アレンは、母の声に耳を貸す様子はない。

「テオは聖騎士にはなれない。そろそろ諦めろ」

残酷な宣告に、テオは泣き声を押し殺すことしかできなかった。

(痛い、痛いよ、アレン。なんでだよ。聖騎士になる気はないって、言ってたじゃないか)

うーうー、と唸りながらテオは歩みを進める。

アレンが剣を構えた。

(僕が騎士になりたいって、知ってたじゃないか!!)

テオは踏み込み、真っ赤に腫れた拳をアレン目掛けて振るった。ぽふっ、と情けない音を立てて、テオの拳がアレンの体を叩く。

アレンは剣の柄でテオの鳩尾を突いた。

テオの体が地面に崩れ落ちる。まだ意識は失っていない。だけど、勝敗は誰の目にも明らかだ。

「そこまで! 勝者アレン!」

審判をしていたベリルが勝敗を告げた。

オリビアがスカートの裾を翻して、こちらに駆け寄る。

「テオ! テオ!」

オリビアは今にも泣き出しそうな顔をしていた。彼女はテオを案じてくれている。実の息子でもないテオを。

「うー……うう……うー……」

テオは唸りながら体を起こすと、もつれる足を動かし、アレンやオリビアに背を向けた。

打たれたところが痛くて、熱くて、もう動けないと思っていたのに、意外と体は動く。アレンが足はあまり狙わなかったからだ。

「テオ、大丈夫ですかっ、今手当を……」

オリビアがテオの名を呼ぶ。名前を、呼んでくれた。

(……こんな時なのに、嬉しいな)

それでもテオは振り向かずに走った。

丘を転げるように。泥と血と涙と鼻水で、グチャグチャに汚れた顔のまま。