作品タイトル不明
第九百二十六話 最後の敵と戦おう
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第九十九階層 階段
急いで階段を下りていく風音たちの前で、徐々に封印門が開いていくのが見えた。
「なんか開き始めてるね」
「封印は解かれていたみたいだし、近付いたから自動で開いたんじゃないの」
風音と弓花がそう言い合いながらかけていく。
一方で、アダミノくんの背の台座に設置されたゴレムスキャノン内にいるレームが「ぐぬぬ」と唸っていた。その様子にタツオがくわーっと鳴いた。
『レーム、トイレですか? もう間に合いませんよ。我慢してくださいね』
「違うわッ。き、緊張してるだけだよ畜生。ミソッかすの私にこんな責任重大な役回りがくるなんてよぉ。なんか間違ってる気がして……」
『レーム。私たちは後方支援です。いつも通りでいいんです。落ち着いていきましょうよ』
「わ、分かってらぁ」
そのレームとタツオのやり取りに、横にいたエミリィがクスッと笑う。こんなにも鬼気迫る状況であっても、変わらない空気がそこにはあった。
それからエミリィがレームの言葉を少しだけ気にして、前に走っている風音に尋ねる。
「けど、カザネは良かったの。私たちで? 他のメンバーって選択肢だってあったんじゃないの?」
「ううん。エミリィの矢って、正直直樹たちよりも役に立ってるしさ。信頼してるよ。予定通りにやれれば問題はないって」
直樹とライルが聞いたら泣いてしまいそうな言い草だが、それは事実でもあった。
後方からの精密射撃は敵の防御を崩し、風音たちのような実力の高い者にとっても非常に強力なサポートとなる。
特にファイア・ヴォーテックスの同時撃ちができるようになり、爆裂矢すらも放てる今のエミリィの火力は極めて高い。そこにレームの 雷王砲(レールキャノン) が加われば、通常の魔物であれば軽く蜂の巣にできるほどのオーバーキルを即座に実行可能なのだ。残念ながら直樹とライルにはまだそこまで一方的な必勝パターンはなかった。
それから風音がタツオに視線を向ける。
「そんで、タツオは防御に集中ね。カルラ王の黄金の炎も神気の宿ったクリスタルシールドなら通さないはず。タツオが後衛の盾となるんだよ」
『お任せを。母上!』
タツオがくわーっと鳴いて、自分の胸を叩いた。
タツオが生み出す神気宿るクリスタルシールドはあらゆる属性の攻撃を防ぎ、未来予測を用いれば敵の攻撃を確実に防ぐことも可能である。
また、この場でもっとも冷静なのはタツオであった。緊張し過ぎでも意気込み過ぎてもいない。ドラゴンという種族として生きるタツオにとって、命がけの戦いもライフサイクルの中のひとつであった。
「そんで、レームは 雷王砲(レールキャノン) の連射で。弾丸は『アレ』でね。この日のために用意したんだから、勿体ないなんて考えないでブッ放す」
「わーってるさ。たっぷりあるし、使い切るつもりで撃つぜ」
レームがニヤリと笑う。準備期間中に用意した専用弾頭を込めたマガジンをレームは複数携えている。
ここまでの戦闘でも使わなかったまさしく虎の子の切り札だ。また緊張はしていても、レームもしくじる気はさらさらなかった。ここまでの経験を糧にレームは狙いを定めてただ撃つだけだと正しく認識していた。
そして、レームとエミリィの火力にタツオの防御力、彼らを乗せて移動するアダミノくんの機動力が組み合わさることで強固な移動砲台が完成する。その信頼性は、ここまでの撃墜数と圧倒的な負傷率の低さからも明らかであった。
「よし、到着した。一気に行くよ」
そうこうしている間に扉は開ききり、風音のかけ声とともに全員が心臓球の間へとなだれ込んでいく。
◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 最深層 心臓球の間
「カルラ王ッ」
風音が声を上げてその場で構えた。
心臓球の間と呼ばれるその部屋は、中央に闘技場のような円形になっている巨大な石の台があり、その先には不可視の防壁に護られた心臓球と呼ばれるダンジョンのコアがあった。そして台の中央には人の姿の状態のカルラ王が立っていた。
その風音の声にカルラ王が反応して顔を上げる。
「来たかカザネとその仲間たち。どうやらジンライは来られなかったようだな」
明らかに落胆の顔をしたカルラ王に、風音が頷く。
「うん。ジンライさんも悔しそうだったけど……上で残って戦ってくれてる」
「そうか。残念だ。まったくままならないものだな。ここに至って最大の楽しみを奪われるとは……」
心底そう感じているだろう言葉を吐くカルラ王に、弓花が一歩前に出て声を上げた。
「師匠の代わりは私が務めます」
「ジンライの弟子か。お前を侮る気はない。だが、お前はジンライの代わりにはなれん。それは分かっているのだろう?」
その言葉に弓花が何とも言えない顔をする。
それは相手が師匠を認めているという嬉しさと、己とジンライの差違を指摘され違うと断定された寂しさが混じっていた。その状況の中で、風音の頭にポンッと幼鳥のカルラ王が出現した。
『私よ。随分と苦労しているようだな』
幼鳥カルラ王が口を開くと、人のカルラ王がフッと笑った。
「そう、哀れんだ顔を見せるな、私よ。元より我らはそういうもの。ただの駒だ。今も操っているのが心臓球から神に代わっただけのこと。何も変わりはしない。何もな」
「同情は……するよ」
そこに風音が口を挟む。その目には一切の油断はない。
「なんで……とも、どうして……とも聞かないよ。そうせざるを得ない立ち位置なのは理解している」
背後に悪魔がいようが神がいようが、恐らくはカルラ王にはどうしようもなかった。それはカルラ王と少なからず交流のあった風音には理解できている。ダンジョンの駒として生み出された過去の存在。風音だって弓花や直樹、自分の大切な誰かが殺されるために再び造られるような事態は死んでもゴメンだと思っている。それをカルラ王は無理やり延々と繰り返されているのだ。その心中を風音が察することなど到底できない。
だが風音は「だけど」と口にする。
「私たちも仲間の命を背負ってる。今はそれを優先させてもらう。ソッコーで倒すからね」
「ははは、恐いな。そういう顔もできたのか。いや、ここまでを戦い抜いたお前たちならば当然と言うべきか。ならば……」
「ポッポさん!」
カルラ王の言葉の途中で、風音から発せられた膨大な魔力が巨大な雷の鳥の形となって一直線に飛び出していく。全力全開。圧倒的な雷の奔流がカルラ王を包み込み、心臓球の間を白く染め上げた。
「カイザーサンダーバードのポッポさん。ま、魔力消費量が大きくて開幕にしか使えないけど、効くと思うよ?」
そう言ってマナポーションをグビグビと飲み干す風音の前で、今も激しい放電が続いている心臓球の間の中央から声が響く。
『いきなりか。本当に容赦がないな。まったく』
そう言って雷の中から巨大な黄金翼がはためいた。クケーーッという鳴き声が響いてポッポさんが地に押し付けられ、それを踏みつけた鳥頭巨人が雷を散らしながら立ち上がる。
「防がれた?」
『いいや。随分とダメージは受けたさ』
そう言って真の姿を見せたカルラ王が、足蹴にしていたポッポさんの首を刎ねようと剣を振り下ろし、風音がすぐさま召喚を解除する。
その様子に笑みを浮かべながら、巨人となったカルラ王が口を開いた。
『ゲームでいうところの二段階目というヤツに一撃で達した感じだな。まったく恐るべきプレイヤーだ。お前は』
「ゲームにプレイヤー。そういえばアンタは、妙に私たちのゲームのこと詳しいよね?」
訝しがる風音に、カルラ王が笑う。
『当然だろう。そちらの小さい私の記憶からは削除されているがな。ダンジョンマスターはみな再生された際に植えつけられているのだ。ゼクシアハーツ大型ヴァージョンアップに伴う新システム『ランダムダンジョン』の 心臓球(ダンジョンコア) 管理マニュアルとやらを』
それに弓花が驚きの顔を見せたが、風音は「ああ。やっぱりね」と呟いた。ここまでの状況から風音にはそれが予測できていた。カルラ王の言葉は、その信憑性を上げたに過ぎない。
「次ヴァージョンのランダムダンジョン。掲示板の噂は本当だったってことかな。今更、だからどうって話だけどさ」
記憶の中にある元の世界の記憶。ゼクシアハーツの次のヴァージョンアップではそうした要素が組み込まれるという噂はあったのだ。もっとも、もうそれは遙か昔の思い出のようにも感じられた。
そして、風音がバッと右手を前へと掲げる。
「そんじゃあ、みんな戦闘開始だよ! カルラ王、ユッコネエ、狂い鬼ゴーッ!」
『クロマル、キバ、シロ、気合い入れてきなさい! キングもお願いね!!』
「来い幻創剣『カリバーン』!」
風音の掛け声とともに、弓花が、オーリが、幼鳥カルラ王とローランを乗せたイライザが、ドラゴンとなったユッコネエが、ダークオーガ軍団を従えた狂い鬼とベヒモスビーストが、四体のアパスルゴブリンを従えたキングが、 三つ首の銀狼(ホーリーケルベロス) が飛び出していく。またそれらがカルラ王へと到達するよりも早くレームの 雷王砲(レールキャノン) とエミリィの爆裂矢が放たれ、それを黄金翼で受け止めたカルラ王の前で大爆発が起きた。
『初手からなかなか強力。む……』
爆発で発生した煙を翼で吹き飛ばしたカルラ王が、迫る敵たちの背後に浮かぶ黄金の巨人を見て『ホォ』と声を上げる。
魔法陣の中からそれは徐々に姿を表していく。それは今や『大魔王の器』と化したロクテンくんであり、その中に乗り込む風音の姿も見えていた。それから風音が入り込み、竜頭の口が閉じると、その口の中から小さな竜の顔が現れる。それがロクテンくんに風音が乗り込んだ証であった。
『さあ、一気に行くよ。決着はここで付ける!』
ここに至って手加減をする気もない。最後の切り札の使用も想定して、風音がロクテンくんに乗ってカルラ王に向けて飛び出していった。