軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八百九十一話 スタコラと逃げよう

(私の仮面がぁあああああ)

風音が天井に張り付きながら心の叫びを上げていた。

唐突に部屋に入ってきた小さいおっさんがいったい誰なのか風音は知らないが、そのおっさんは何故かロクテンくんの頭部に装着させていた仮面を被っていた。

さらにスキル『犬の嗅覚』は仮面におっさんの臭いが染み込みつつあることを正確に風音に告げていた。

(駄目。今飛び出しちゃ……ぐぬぬ)

風音は血の涙をこぼしかねない顔で、ルネイとおっさんを眺めるしかなかった。己のものが嫌らしい笑みを浮かべたおっさんに汚されていく様を黙って見ているしかなかったのだ。

そして、おっさんの被っているのは浮遊島のヴォード遺跡で手に入れた覇王の仮面というものだ。それは被った者に覇王の気配を纏わせるアイテムで、仮面の力により覇王の威圧を放つそのおっさんを前に、ルネイは少しばかり動揺した顔をしながら口を開いた。

「ば、バルカン様。その仮面は何でしょうか?」

おっさんの名はバルカンと風音は覚えた。それから、そのおっさんの名ががソルダード王国軍を率いている人物の名と同じであることを風音は思い出す。

「ふふふ。ギルドマスターでも分からないのか? これは私がエルバロンに選ばれたという確かな証だ。我が国の守護神が形を変えてこの地に降臨した。それを証明するものなのだよ」

(エルバロン? ええと、それって……)

風音が眉をひそめる。

エルバロンはソルダード王国の守護兵装である鎧の名だ。同時にそれはソルダード王国の神の名であるとも風音は聞いていた。

な、当然バトロイ工房にはそのようなものはないはずで、その上でバルカンが被っている仮面を見れば、エルバロンと呼ばれているものが何を示しているのを推測することは風音には容易かった。

(まさかロクテンくんを……勘違いしてる?)

突飛だとも考えたが、風音にはそれぐらいしか原因が分からない。それに確かにロクテンくんは守護兵装に選ばれてもおかしくない武具であるのだ。

(けど、ロクテンくんにはゴーレムメーカーでロックかけてあるし、鎧自体にもスキル『リビングアーマー』がかかってるから私の命令なしじゃあ動かないんだけどなあ)

その上にロクテンくんは装備するだけでも精神を蝕む。風音もスキル『精神攻撃完全防御』がなければ気が狂ってしまうような呪いの武具そのものであった。

(まあ、だからこそ覇王の仮面だけ外して身に付けてるんだろうけどなぁ。ああ、どうしよう。パッと奪っちゃえばバレないかな)

一刻も早く仮面を取り戻したい。そうした意志を込めて眼を光らせている風音の真下で、バルカンとルネイの会話は進んでいく。

「分からずとも良い。どうせ、その事実をお前はすぐに理解することになるさルネイ・キャンサー。そして、お前たちには我が軍の力となってもらう。簒奪者よりソルダードを救うためのな」

バルカンの言葉にルネイが眉をひそめる。

「力? たち? 先ほども申し上げた通り、冒険者ギルドは一国に肩入れしません。そう望むのであれば、個人として召集するようにお願いいたします。徴兵されるか傭兵として雇われるのであれば、我々も関知するところではありませんし」

冒険者ギルドという体裁を護るのであれば、ルネイも多くは口を出さないという宣言である。だがバルカンは肩をすくめて笑う。

「関知するところではない? いいや。お前も私の配下となるのだ」

「お断りします」

覇王の威圧を当てられてルネイが一歩退きながらも、そう返す。

バルカンから発せられる言葉のすべてが本気だとルネイは理解していた。部屋を出てから戻ってくるまでに何があったのかは分からないが、だがどうやら目の前の人物に何か劇的な変化が起きているようだった。

「我々とて手駒は多い方がよい。そして、お前のような逸材をこのまま放置して帰るわけにもいかん」

その言葉に天井にいる風音が眉をひそめる。

(ルネイさんを強引に従わせる気かな。でも、そんなこと……あ?)

その次の瞬間である。風音の視線がバルカンの右腕に集中した。その手のひらは閉じられているが、その中からこぼれたわずかな臭いを風音は感じ取った。

(この人。まさか)

首筋がゾワッとする。『直感』が反応し、風音はその手の中にあるものが危険だと認識した。そして、バルカンが一歩二歩とルネイの前に近付いていく。

「さあ、ルネイ。我が配下になるがいい」

「チッ」

己の身に危機が迫っていることを察したルネイが、とっさにバルカンへと手をかざす。しかし、その手のひらから魔術が発動する前にルネイの身に白い雷が降り注いだ。

「ぁぁぁあああああああっ!?」

ルネイの悲鳴が部屋の中を木霊する。ソレを放ったのはバルカンだ。同時に仮面が変形し始めてドラゴンに近い造形になっていき、仮面から赤い髪がブワッと出てきて広がった。

「な……」

崩れ落ちたルネイが驚愕の顔をしている。その驚きはバルカンの変化に対してだけではなく、己が受けた魔術に対しての驚きでもあった。

「なんだ。これは…… 魔法耐性(レジスト) がまったく効いていな……い?」

魔術師であるルネイには、強力な 魔法耐性(レジスト) が備わっている。にも関わらず白い雷はソレをすり抜けて、ルネイに直撃したのだ。そのルネイの様子にバルカンは満足そうな笑みを浮かべながら口を開く。

「これが私が神に選ばれた証だ。これこそが神の力なのだ!」

バルカンはさらに踏み出すがルネイは痺れて動けない。それから手に持っている錠剤のブラックポーションをバルカンはルネイの前へと差し出した。

「ブラックポーション。そんなものまで持ちだして」

「備えあれば憂いなしとも言うだろう。何、私に従わせるために使うだけだ。身体が崩壊するほどは……ッ!?」

話している途中で、唐突に天井から何かが迫ってくるのをバルカンは感じた。

「何者だ?」

気付いたバルカンが腰に下げた剣を抜いて、攻撃を弾く。それから、すぐさまその場から跳び下がった。

「ガルーダ族だと?」

それからバルカンは対峙した相手の姿を見て、仮面の下の目を見開かせた。

「こんな場所に……いつの間に?」

バルカンの前にいるのは黄金の翼を広げた細身のガルーダ族の騎士だった。そしてバルカンは知らないが、天井から落ちてきたのは『リーヴレント化』した風音であったのだ。

魔金剛石(マナダイヤ) でリーブレントの姿に擬態し、表面もコーティングしているためにその姿はガルーダ族の騎士にしか見えない。それが、まだ姿をさらす訳には行かないと判断した風音の苦肉の策であった。

「くけーーーーっ」

それからチンチクリンの声で咆哮してバルカンを牽制すると、風音は倒れているルネイを抱き抱えた。

「それをどうするつもりだ。ダンジョンの魔物め。まさか我が守護神が目障りだとでも言うのか?」

見当違いのバルカンの言葉も今の風音には都合が良い。そうだと言わんばかりに風音が「くけーっ」と鳴くと、バルカンが眉をひそめながらその手を風音に向けた。

「どうであれ、その男を譲るつもりはない。喰らえッ」

バルカンの手のひらから白い光が溢れ始め、風音がその状況に焦りの顔を見せた。

(あかん。リーヴレント化一時解除。で、スキル『雷神の盾』!)

風音は姿形はリーヴレントのまま『リーヴレント化』のスキルだけを解除すると、続けて別のスキルを放った。

「ぬぅぅっ」

「うわっと」

すると部屋の中に白い光の壁が発現し、バルカンの放つ白き雷を完全に防いだ。それは神力を用いた無属性の雷の壁で、同じ神力の攻撃も防ぐことも可能であった。

「馬鹿な。防ぐことができぬはずの神の一撃を止めただと。貴様、ただのガルーダではないな。何者だ!」

その言葉にすぐには答えず、風音はすぐさま『神の雷』で魔法障壁も付与されている部屋の壁を破壊してからルネイを担いだ。

すでに想定外のことが多く起きている。ブラックポーションに神力の雷。仮面についた加齢臭。今は一旦離れて状況の確認をすべきと考え、風音は黄金翼を広げて破壊した壁から外へと出て行った。

バルカンが扉の外へと叫んで入ってきた兵たちにすぐに指示を飛ばしたが、兵たちが動き出したときにはもう風音たちの姿はどこにもなかったのである。