作品タイトル不明
第八百八十六話 百合を愛でよう
「お姉さま。ユミカお姉さまぁ」
気が付けばリサはどこともしれぬ場所に立っていた。
リサの目の前には、まるで夢の王子様を現実に呼び出したかのような女性が立っていた。
銀の全身甲冑を纏ったその凛々しい女性はゆっくりと先へと進んでいた。それをリサは憧憬の視線を向けながら、必死に近付こうと走っている。その先にある闘いの場へと女性と並んで戦うためにリサは駆け続けていた。
「え?」
だが気付けば、リサの目の前にいたのは憧れの女性ではなかった。まったく気付かぬ間にリサが追っていたのは巨大な筋肉質の狼となっていた。
その狼の怪物はリサが近付いていることに気付き、獰猛な視線を向けてきた。そのまま広げた大口から涎を垂らしながら瞬く間にリサの前にやってきて、その細腕を掴み上げた。
「ば、化け物!? いや、お兄さま助けて。お兄さま!」
怪物に持ち上げられたリサはソレをふりほどけないと悟り、視界に映った兄ヴァリオに救いを求めた。
「お兄さま? わたくしの声が聞こえていませんの?」
そうリサは叫ぶが、兄であるヴァリオの身体は無数の糸に絡まれていた。その糸を後で握っている鳥顔の男に操られているようだった。そして、身動きのとれないリサにヴァリオが剣を向ける。
「いや、お兄さま。クロマル、助けて」
リサがとっさに自分を護ってくれていた銀の狼の名を呼ぶ。自分の後に付いてきていたとリサはなぜだか理解していた。だがリサが後を振り向くと、クロマルがいるはずの場所にいたのは三首のドラゴンのような怪物だった。リサを救ってくれる存在はそこにはいなかった。
「い、いやぁあああ」
その最悪の状況に、リサは悲鳴を上げて狼の怪物の手をはねのけて逃げ出していく。
どうしてあんな巨大な化物から地力で逃げ出すことができたのかはリサにも分からない。逃げるときに見えた化物の目が悲しそうだった理由もリサには分からない。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
ただ、息を切らしながらもリサは走って逃げ続ける。暗い闇の中をひとり駆けていく。そしてその先でリサは一筋の光を見た。
漆黒の中に天より一筋の光が伸びていた。それに照らされた地面には、倒れている血塗れの熊と、その前で佇んでいる女性がいたのだ。
「いた。人が……」
その姿を見てリサは目から涙をこぼす。ようやくそこに救いがあると思い、女性に近付いていく。そして、ポロポロと涙を流しながら、リサはその女性に抱きついた。
「た、たす、助けてください。みんなが、化け物が」
そのリサの必死の声に反応して、女性はゆっくりと後ろを振り向いた。
「ヒッ!?」
だが、その姿でリサの表情は硬直する。
そこにいたのは焼け焦げた女性だった。髪はチリジリになり、全身は焼け爛れているか炭化しているような悲惨な姿であったのだ。それから女性は爛れた顔で不思議そうに首を傾げながらリサを見て、口を開き、
『た……しゅぅ……け?』
ボトリと……
「ギャァアアアアアアア」
リサが目を覚ました。意識が覚醒していく。今まで見たものが夢だと分かり、安心してボロボロと涙がこぼれていく。それからリサは頬に流れる涙を拭いながら、なぜだか下半身がスースーするのを感じた。
「ええと、これはいった……い?」
そして己の下腹部へと視線を向けたリサは、なぜか弓花と視線を合わせていた。そう弓花がそこにいた。リサの股間をまさぐるようにして、その場にいたのだ。
「キャァアアアアアアアア」
「え? 何? 何?」
その状況に悲鳴に弓花が驚いて身を引き、その拍子にリサの股間を拭いていた不滅のタオルがデリケートゾーンを勢いよく滑ってリサの敏感な部分を刺激し、
「あ……」
桃色吐息を上げさせることに成功した。
そのことに弓花が「おうっ」という顔をして、リサが己の出した声に顔を真っ赤にしたところで、別の人物の声がその場に響いたのである。
「やべえ。変質者がいる……」
それを口にしたのは十騎士の間にたった今、偶然到着した風音であった。
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「ヒドい誤解だわ」
「ご、ごめんなさいユミカお姉さま。わたくし、つい」
ブンむくれの弓花にリサが頭を下げていた。風音との合流後、弓花は己が変質者扱いされて悲鳴を上げられたことにプックリと頬を膨らませて怒っていた。
「あ、写真がNG判定喰らってる。真っ黒だ」
横では風音がそう言って黒い写真をぺらぺらしている。とっさに証拠を収めるべく犯行現場を激写したのだが、どうやら魔導カメラ基準では先ほどの光景は規約違反であるようだった。
「たく。もうリサがちょっと……ゴニョゴニョ……だったから、後始末してただけじゃない」
そして、弓花たちが今いる場所は先ほどと変わらぬ十騎士の間。一緒にいるのは風音と少し遅れて到着したモーラと倒れているヴァリオのみだが、さすがに弓花も本人の前でお漏らしの後始末をしていましたとは言えなかったので、言葉を濁していた。
とはいえ、リサには当然意味は伝わったようで、顔を赤くして「ご、ご迷惑をおかけいたしましたわ」と再び謝り始めた。
その様子に苦笑しつつもモーラが弓花に声をかける。
「しかし、ユミカには助けられました。リサも護りながら敵を倒し、貴重なセフィロトポーションまで使ってヴァリオを助けていただけるとは。本当にどれだけ感謝しても足りません」
そう言ってモーラは、今は眠っているヴァリオへと視線を向けた。そのモーラの言葉通り、弓花はあらかじめ用意していたセフィロトポーションというアイテムを使ってヴァリオを回復させていたのである。
「んー。あのポーションは元々別の用途に使うためだったんだけどね。まあ使えなかったんだし、別にいいわよ」
そう弓花は口にするが、セフィロトポーションは体力をほぼ完全回復させられる貴重なポーションのひとつだ。
製造は大陸の北にあるエルフが管理している生命樹の朝露を集めて造るため、今では恐ろしく貴重な品として知られていた。
(思いのほか、グリリンが早く死んじゃったし……もう少し早めに使えてればなあ)
そんなことを考えながら、弓花ががっくりと肩を落とす。
実のところ、弓花がセフィロトポーションを持っていたのは常に瀕死で登場するグリリンを回復させるためだった。
弓花もここまでのことを反省はしていたのだ。そして、今までの失敗はすべてグリリンが死んで英霊アーチが暴走してしまったがために起きていると理解していた。だからグリリンを回復させれば英霊アーチもまともに動かせるのでは? と弓花は考えていたのだが、それを実行する前に今回もグリリンはあっさりと死んでいたのである。
(生命樹の朝露を集めて、次こそは……)
だから、弓花はひとりそう決意する。
使用したセフィロトポーションは、弓花が風音コテージミニの庭園にある生命樹の若木から毎日少しずつ集めたものだった。セフィロトポーションのために弓花は今、率先して生命樹の若木を育てていた。
そんなことを考えていた弓花に、モーラは肩をすくめながら言葉を返す。
「そうか。だが、使用した分は後で立て替えはさせてもらうよ。冒険者同士は助け合う存在だとはいえ、こうしたことにはキッチリとしておきたい」
その言葉には弓花も笑って頷く。
「ま、そう言うなら仕方ないわね。高く売る気もないし、買い取り相場で手を打ちましょう」
元は上級ポーションに生命樹の朝露を混ぜただけで、弓花にとってはそれほど高価なものではない。弓花の気軽な返答にモーラは頷いた。
「ああ、必ず借りは返す」
だが前述した通り、セフィロトポーションはその能力以上に入手が難しく付加価値が高いものである。モーラもユミカと共に笑いあっていたが、その言葉がパーティを貧困のどん底に突き落とすことになろうとは今のモーラにまだ知る由もなかった。
それからモーラが、続けてリサに注意を促す。
「しかし、リサもその程度で恥ずかしがることはありませんよ。女性同士なのですし。幻覚系の能力を操る魔物との戦闘では、場合によってはもっと非道い状況にだってなるのですからね」
「それってどういうものなのモーラ?」
おっかなびっくりと尋ねるリサに、モーラは「そうですね」と口にする。
「以前に聞いた話では、仲間のひとりが排■物を自分の顔に塗りたくったり、団子にして投げつけてきたり、いきなり■■を■■■に入れたりなども……」
そのモーラの話に、その場の全員の顔が「ゲッ」という感じになって後ずさった。ドン引きである。
それから全員に視線を外されて「やっちゃた?」という顔のモーラを無視して、弓花がゴホンと咳払いをしてリサに向き合った。
「ま、まあ……その件については私に『も』、『多少』の落ち度はあったと思うわ」
微妙に『も』と『多少』を強調しつつ、弓花が言う。
「だから、ごめんなさいリサ。戦う前に事前に説明をしておけばこんなことにはならなかったのにね。私はジョーさんと同じように別の生き物に変化ができるし、召喚体も従えているのよ。それを教えていればあんなに驚かせることもなかったのに」
「い、いえ。そんなこと、お姉さまには何も問題はありませんわ。よくよく思い出してみればクロマルのように凛々しいお顔でしたし、その驚いただけで……あれ、けどそれだけで意識を? う、うう。頭が痛い?」
リサが記憶の奥底にある何かを思い出しそうになった途端に頭を押さえ始めた。本能がその先を思い出すことを拒否しているのだ。そのリサを弓花がとっさに抱きしめる。
「大丈夫よリサ。嫌なことは思い出さなくていいの」
「お、お姉さま。ちょっと恥ずかしいですわ」
リサが顔を赤らめるが、例の件を思い出されないのであれば弓花にとっては御の字であった。これ以上のアーチの失点は使用禁止を言われかねない。
「やべえ百合花さんだよ」
その横では風音がうわーという顔をして見ていたが、リサの記憶を呼び覚ますわけにはいけない弓花は、思い出す必要はないとリサを優しく説得し続け、そしてことなきを得ることに成功していたのである。