作品タイトル不明
第八百七十四話 ワイフを見よう
「妻?」
風音が眉をひそめながら尋ねた。カルラ王の放った言葉の意味を、それがどういう意図を持っているのかを、風音はまったく理解できなかったのだ。対してカルラ王は自然体で「うむ」と頷いた。
「イライザと言ってな。非常に良い女なのだ。本当であればお前に十騎士すべてを倒してもらいたいところなのだが、ソレも敵わんということだしな。であれば、優先順位を考えればイライザとなるのは当然だろう?」
「いや、そりゃあ、全部は倒せないけどさ……」
ダンジョンを攻略しているのは風音たちだけではない。内部で殺伐とした争いを起こさぬように、風音たちはパーティ同士で分担を決めている。ソレを見越して、カルラ王は己の望む十騎士を選択させていたのであった。
「であればだ。あのイライザは再生体とはいえ、他の者に 殺(と) らせるのは惜しい女だ。私の目の届かぬところで終わりを迎えて欲しくはないし、お前に倒されればうまくいけばこれからも一緒にいられるかもしれんと思ったのだ。アレは私の女だからな」
直球だった。風音のスキル『直感』が教えてくれている。本当にカルラ王はそれだけを考えて第五遺跡を選択したのだと。まごうことなくそれだけが理由だったのだと。
「あ、姉貴。こいつ、姉貴の中で夫婦水入らずで過ごすつもりだ。エロいことかするつもりだ」
「ゲスな発想だな主の弟よ。もちろん、できるならばするつもりだが」
そして、するつもりだった。そのやり取りに風音が頭をかかえながらカルラ王に尋ねる。
「で、その彼女を私が倒すとどうなるの? アンタみたいに召喚体になるわけ?」
「いや、それは分からんな。自ら調整した私であっても賭けだったのだ。召喚体になるのであれば良いとも思うが、そうでなくともイライザは『鳥類覚醒』という術を使う。どう出るにせよお前の役には立つはずだ」
そのカルラ王の言葉に風音が眉をひそめて考え込む。鳥類覚醒……という名前から考えればガルーダ族などを強化するスキルなのだろうと理解はできる。
(召喚体ならカルラ王は所持していたスキルは使えていた。どちらに転んでも、それはそれでオーケーではあるのか)
そして『鳥人』覚醒ではなく『鳥類』覚醒だ。であればポッポさんの強化すらも可能かもしれないと風音は考えて、ひとり頷いた。それから風音はカルラ王に気にかかっていたことを尋ねる。
「けど、あれってアンタの奥さんなんだよね。本当に倒して良いの?」
『構わん。アレは我が妻である前にカルラ族の戦士だ。どうであれ、このような茶番に付き合わせ続けることこそが哀れなのだ。この薄暗い穴の中から早く解放させてやってくれ』
そう口にしたカルラ王の言葉に、風音は何とも言えない顔をしたが、直後のタツオの報告にとっさに思考を切り替えた。
『母上。遺跡からなんか大きいのが出てきました』
「大きい? キュクロープスかなんかかな?」
遺跡には二体のドン・ガルーダがいた。であれば地上でのようにキュクロープスを使役していてもおかしくはないと風音は考えたのだが、続く直樹の言葉にその認識が間違いだと知らされる。
「違うぞ姉貴。デカい……ひよこみたいな、なんかデラックスな感じのヤツがいるぞ」
直樹の報告に、風音も遠隔視を使って出てきた何かを確認する。そして驚きの余り、ゴクリと喉を鳴らした。
確かにデカい。デラックスなひよこという直樹の言葉は的確であった。その上に圧倒的に顔が強面なのである。それは殺し屋の目をしていた。
卵から出てきたばかりのヒヨヒヨ言っているひよっことは一線を画した大人の凄みというものがその巨大ひよこにはあったのだ。後、持っているのがやたらゴツい巨大な斧だった。怖い。
「確かにデラックスな体格だけど……なんなの、あれ?」
「ああ、イライザ。相変わらず包容力のある愛らしい姿だ。あの羽毛に再び包まれたいものだな」
そして目の良いカルラ王もその姿を捉えているようだが、その事実以上に見えている魔物の正体をカルラ王が口にしたことに風音たちが驚愕した。
「え、アレがイライザなの? あの大きなひよこみたいなのが?」
デカい。だがよく考えてみれば、カルラ王の正体である巨大鳥人には、釣り合っている気がしなくもなかった。そして風音の問いにカルラ王が頷く。
「そうだ。我らカルラ族を愛で包み込み、恩恵を与える豊穣の女神のような我が妻よ。イライザは、かつてあの巨大な斧で我が敵を何度となく打ち砕いてくれたものだ。おお、我が愛しきイライザよ。再びこうして出会えるとはな」
そのノロケだが何だが分からない言葉に風音たちが驚いている前で、カルラ王は「はて?」と首を傾げる。
『しかし、目がおかしいな。あの知性ある瞳が、妙に……』
それからカルラ王がくわーっとクチバシを開けた。同時に風音や直樹にもイライザが自分たちの方を向いているのが理解できた。
『拙いぞ。気付かれている』
「気付かれたって、それってどうして?」
そう言い合っている途中で、突如として風音たちの周囲の森の中から振動が起き始めた。出元は四方の森の土の中からだ。
そして、風音たちの視界に巨大な単眼の巨人が四体、地面から這い出てくるのが見えた。その正体はキュクロープス。ひとつ目から強力な光線を放つ巨大な魔物である。
「四体のキュクロープス? おい。姉貴、こいつは!?」
「カルラ王、これって」
『ああ、ドン・ガルーダは二体しかいないようだが……四体のキュクロープスが生み出されているとはな。ドン・ガルーダをすでに強化済みだったということか。であれば、恐らくイライザは我らがここに訪れることを事前に察してキュクロープスを周囲に待機させていたのだ。さすがイライザ、なんという知性。あのような良い女は他にはいない』
「姉貴。そのノロケてるアホをどうにかしろ」
「あんたがうるさいよ直樹。えーと、ティアラは温存……で、タツオ、エミリィ、お爺ちゃんで防ぐよ」
そう風音が言っている間にも、それぞれのキュクロープスの瞳が輝き始めていた。それはメガビームの発射動作だ。対して風音たちもそれに抗する手段を用意し始める。
「スキル・ミラーシールド」
「魔を退ける鏡よ。光返す鏡よ。退けよ。光刃を主へと返せ!」
『光輪を食らえです』
「天鏡の大盾『ゼガイ』よ、我らを守れ!」
次の瞬間にはよっつのメガビームが四方から放たれ、風音とエミリィの発生させたミラーシールドがそれをキュクロープスへとはね返し、タツオが風音から預かった光輪を投げて吸収させ、メフィルスが天鏡の大盾ゼガイの力を解放して防ぎきる。
「ギャアァアアアアアア」
「グガァアアア」
反射された二体のキュクロープスが焼け焦げてその場を転げ回り、他の二体のキュクロープスが風音たちへと警戒の視線を向けた。
そして今の攻撃で周囲の森は焼け落ち、風音たちの姿はもはや丸裸となっていた。遺跡からはイライザ率いるガルーダ軍団も動き出しているのが見えている。
「初手は防げた……けど、なかなか強敵だね」
目の前の状況に、風音が少しばかりひきつらせた顔をした。その後ろでジンライがメカジンライと共にシップーに乗って、弓花へと声をかける。
「ユミカよ。ワシとお前とでダメージを受けてないキュクロープスを一体ずつ相手するぞ。いけるな?」
「了解です師匠。風音もソレでいい?」
「任せるよ」
その風音の返しを聞いて、ジンライと弓花がそれぞれ動き出した。
「それでは、わたくしとお爺さまで一体押さえますわ」
「姉貴。俺たちはせいぜいが一体だ。イライザは頼んでも平気か?」
続いての直樹たちの提案にも風音が頷き、風音とカルラ王、タツオを乗せたタツヨシくんツインソードにユッコネエを除いた全員が動き出した。
それらを見送りながら風音がイライザへと視線を向けて、カルラ王へと尋ねる。
「で、あれを私が倒すでいいんでしょ? カルラ王」
『うむ。ゆくぞカザネ、タツオよ』
カルラ王の言葉にタツオがくわーっと鳴いて頷く。そして風音たちは正面より迫る十騎士イライザへと駆け出したのであった。