作品タイトル不明
第八百三十話 森の声を聞こう
『つぅう……』
風音が意識を覚醒させながらゆっくりと目を開いた。
全身の痛みは、スキル『リジェネレイト』によって徐々に癒されていくのが分かったが、それ以前に受けたダメージ自体が少ないようだと風音は考える。それから風音は、自分の身体が揺れているのを把握しながら、周囲を見回した。そこは先ほどと変わらず、ロクテンくんの中であった。
『私、意識を……どれくらい? 大して経っていない?』
ウィンドウの時間を見ながら、風音が呟く。正確な時間は分からないが、作戦開始時間から逆算してもほとんど経っていないだろうと判断した。それから風音は、どうやらロクテンくんは風音の操作を離れて、自ら動いているようだと理解する。それも外骨格を動かす『リビングアーマー』のスキルではなく、『ゴーレムメーカー』でマッスルクレイを動かしているようであった。
『これは……ナビかな?』
風音がそう口にすると、風音の声を電子音声にしたようなナビの言葉がすぐさま発せられる。
『緊急回避、停止。操作権限をマスターへと返還します』
その宣言と同時に風音の首裏に設置されている感応石が動き出す。そして魔術式の発動が行われて風音の本来の手足の動きが止まり、疑似的にロクテンくんの手足を風音は己の手足と認識していった。
『なーるほど。さすがはレベル6のスキルだ。優秀だね』
風音はそう言いながら自然な流れで自らにロクテンくんの操作に戻ったのを確認すると、すぐさまゴブリンゴッドクィーンへと視線を向ける。戦闘は継続中。しかし、ナビは回避行動こそ取っていたが、攻撃は行ってはいないようだった。
(ナビがちゃんと避けきっててくれたか。けど、思ったよりもこっちにダメージが少ないのは、龍神の大剣でガードしたからかな?)
意識を失う前の最後の記憶。それは新たに手に入れたスキルを放った後、防ぎきれないと判断して龍神の大剣を盾代わりにしていた……というものであった。
『やっほー。目ー覚ましたみたいね風音ぇ』
『あ、JINJIN。来てくれたんだ?』
そして、風音はJINJINが離れた位置でゴブリンゴッドクィーンと対峙しているのを目撃する。他の仲間はいないので、どうやら単独で助けに来てくれたようである。
『まぁねえ。つってもアレ、私と相性悪いなぁ』
JINJINはそう言いながらも放たれた雷の壁を恐るべき身体能力で避けていく。ゴブリンゴッドクィーンが絶え間なく雷の壁を放ってくるが、それらを脚力だけで跳んで避けていく。どうやら、風音が追加の攻撃を喰らっていないのはナビの回避によるものだけではなく、攻撃がJINJINに集中していたが故のことであった。
『ハヤッ、もしかしてJINJINの職業って軽業師? 悪魔になる前とか」
『えーと? 腐女子?』
『戻りすぎだから!』
『ああ、ゴメン。現役だった』
あっはっはと笑うJINJINに風音が『いや、そういうのいいからね』と返す。また、それと同時に風音にも雷の壁が放たれる。
『っと、スキル・神の雷』
それを風音が『神の雷』を宿した龍神の大剣で真っ二つに斬り裂いて、破壊する。
『うん。やっぱり、これなら防げる』
風音がロクテンくんの中でうんうんと頷く。先ほどの攻撃も龍神の大剣で軽減できていたし、同じ神力の宿された武器であれば抗せるだろうと風音は踏んだのだが、それは正解のようだった。
一方でその光景を見てゴブリンゴッドクィーンが眉をひそめる。防御不可能の雷の壁に絶対の自信があった彼女にとって、己の雷の壁を切り裂かれるという現象は驚愕に値することだった。
『無属性には無属性なら抗せるわけかぁ。ズルいなー』
『ズルいとかいいから。もう、とりあえず対抗手段が分かれば、なんとかなるかな。けど速いし!』
風音が眉をひそめながらスキルを放っていく。
ゴブリンゴッドクィーンはその雷の壁も強力だが、体格に似合わぬ機動力も相当に厄介だ。その上に勘が鋭く、牽制に放った風音の『マテリアルシールド』も次々と避けられていた。
(大技を撃ってもあの雷の壁で防御されるととどめを刺しきれないかもしれないし、どさくさに紛れて逃げられるかもしれない。かと言って知恵の実はここぞというときに取っておきたいし)
知恵の実で誘導すればゴブリンゴッドクィーンも引っかかるだろうが、その効果は食われるか破壊されるかで解除される。できれば、倒せる算段が付いたときのだめ押しの一手に使いたいと風音は考えていた。それにタイミングを見計らわないと、下手するとJINJINが引っかかる可能性もあった。
そんなことを考えながら風音がスキル『スパイダーウェブ』を次々と撃っていくが、しかしゴブリンゴッドクィーンには当たらない。
『スパイダーウェブも避けられるか。この系統はジンライさんや弓花ならパッパッと倒せそうなんだけどなあ』
風音が己のスキルが避けられたことに愚痴をこぼす。
接近し避けてカウンターで倒す。それは弓花やジンライならば可能なのだろうが、鍛え上げていない風音は高レベルの魔物相手にそんな立ち回りはできない。
どうするべきか……それを考える風音に、JINJINが近付いて声をかけてきた。
『ああ、そうだ風音。私の職業なんだけどさ』
『え、何?』
『元の職業。それはね』
JINJINの言葉の途中で、唐突に爆発が起こる。
「ギキィィイイイッ」
そしてゴブリンゴッドクィーンの悲鳴が響き、足下に熊手のようなものに挟まれて、全身が焼け焦げていた。
『罠師なのよ』
そう言ってJINJINが手に起爆装置のようなものを取り出した。
『それって?』
『いやー避けながら罠を張ってくのに骨折れたわー。罠魔術ってゼクシアハーツでもメジャーじゃなかったし、結構仕掛けるまでが大変なのよね。はっはー』
そう言いながら、JINJINが小型のワンドの水晶球ボタンを連続で押していく。そのたびに爆発が起き、罠が召喚陣より発動して飛び出てきた。それをゴブリンゴッドクィーンが雷の壁で防御し、その足で避けていくが如何せん数が多く、避けきれていない。
『うわ、やり過ぎ。闇の森の魔物対策に派手なのは自重してたのに!?』
その風音の言葉も、爆音に阻まれてJINJINには届かない。JINJINはヒャッホーと言いながら完全に自分の攻撃に酔っていた。ちなみにJINJINのゼクシアハーツ時代のキャラの職業は偏執的な爆弾魔というもので、罠師に近いものだった。実はアーチの所持している爆弾のレシピもJINJINが教えたものなので、ある意味では彼女はアーチの師匠とも言えた。
『風音ー。長引かせても仕方ないし、あんたスキルも欲しいでしょ。トドメは譲るから、さっさとやっちゃいなよ。ヒャッホー』
『ああもう、うりゃああーーー』
周囲を様々な鎖に繋がれて身動きの取れなくなったゴブリンゴッドクィーンへとロクテンくんが突撃し、そのまま龍神の大剣で実に呆気なくコアを貫いた。
『やったっ……え?』
そしてゴブリンゴッドクィーンのスキルが手に入り、これで終わりだ……と風音が思った直後、闇の森の方から凄まじい咆哮が響き渡った。それには風音とJINJINの目が見開かれる。
『あちゃー、バレたか』
『あちゃーって、だから言ったじゃん。JINJINの考えなし』
そう言っている間にも闇の森からの圧力は高まってくる。明らかに風音たちへと標的を定めた気配だった。それに風音が焦った顔をするが、JINJINは特に慌てることもなく、口を開いた。
『まあまあ、 私(ボマー) と やす(アタッカー) と あんた(タンク) の英霊がいれば、森から出てくるハグレ程度どうとでもなるっしょ』
『まあ……そりゃあ、そうだけどさ』
それには風音も渋々ではあるが頷かざるを得ない。
ふたりがいれば、英霊ジーク最大の弱点である火力不足は補われる。例え、闇の森の上位の魔物であろうとも、一戦二戦程度であればどうにかはなるはずだった。なお、当然のように英霊アーチは数に含まれていなかった。
とはいえ、どんな敵が来るかも分からない。声からすれば魔獣系統。或いは以前に倒したプラチナトゥースタイガーではないか……と風音が緊張して闇の森へと視線を向けたが、唐突に闇の森の中で巨大な白い爆発を起きた。それを見て風音が眉をひそめる。
『あれ、何かと戦い始めた?』
『ラッキー。いや……むむ、チャンスを阻まれて残念と思うべきか?』
『ラッキーで良いってば。それよりもチャンスだよ。今のウチにとっとと弓花たちの元に戻ろう』
『了解ッ。ふむ?』
『どったの?』
『いやね。今の光って……いや、気のせいかな。行こう』
『? ……りょーかい。急ごう』
そして、風音とJINJINは仲間たちの元へと戻っていく。その途中で、JINJINがふと闇の森へと視線を向けて呟いた。
『さっきの光、殺魅のヘルバーストに似てたけど……まさかね』
その声は風音には届かない。また改めて届けられることもなかった。JINJINは新たに造られた人形の殺魅が悪魔たちの元にいることなどこの時点では知らなかったのだ。
そして、ふたりが背を向けて去っていく森の中では、魔物の断末魔の悲鳴が響き渡っていた。闇の森での戦闘もまた、終了したようであった。