作品タイトル不明
第八百二十三話 世界に狙われよう
◎ゴルディオスの街 バトロイ工房前
「ああ、ヤス様。戻ってらしたんですね。カザネたちもヤス様とお知り合いなら最初からそう言ってくれよな。まったくよぉ」
「えーと、ゴメン。なんか色々あってねえ」
プレイヤー同士の会合も終え、やすに連れられて風音と弓花はバトロイ工房にやってきていたが、入口には親方が待っていた。そして目をキラキラさせてやすを見ながら、風音に愚痴をこぼしていた。どうやら親方はやすを信奉しているようであった。
「おう、ジョーンズ。ちょっと工房借りるぞ。んで、お前も付いてこい」
「は、そりゃあ構いませんが、何をなさるんで?」
やすが「それがだな」と口にしたところに、工房の中から小さな子供が足早に飛び出してきた。
「 大匠(おおたくみ) 様ー。お戻りになりましたかぁ」
それは、どことなくやすに顔立ちの似ている子供だった。その後ろからは屈強そうなヒゲもじゃドワーフが五人ほどゾロゾロと出てきたが、彼らはやすの従者たちであった。
「それで、 大匠(おおたくみ) 様。ご友人方とのお話は終わったんですか? ヒトミはいないようですけど?」
「まあな。話は終わったが、用事は済んでねえんだ。んで、仁美は旧友と久しぶりに話を……いや、そうじゃないんだが……まあ、アイツはアイツで忙しいんだよ」
その言葉に子供が「えー、ヒトミがですかぁ」と声を上げる。どうやらJINJINは忙しくないのが基本らしかった。それを見ながら風音がぼやく。
「JINJINも相変わらずみたいだね。子供と仲が良いところも」
風音の知る限り、JINJINは子供と打ち解けるのが非常に上手い人物だった。JINJIN自身が背とおっぱいだけが大きくなった子供のような人物なので、誰であろうとも気負いなく付き合えるのである。
なお、当のJINJINは白の館でゆっこ姉と久方ぶりの語らいをしている……というわけではなく、直樹が三年も 友人(ライル) と共に旅をしていたことを聞き出し、今はライルも呼んで 聞き取り調査(ネタ収集) を行っていた。ついでにゆっこ姉は、その暴走を止めるためにその場に留まっていた。
「ともかくだ。俺はちと用を済ませてくるからお前らはもうちっと待機してろ」
「えー」
あからさまに不満げな顔の子供に、やすは「わりいな」と言って頭を撫でる。それから子供が口を尖らせたまま、風音と弓花を見た。
「あのぉ、ところで 大匠(おおたくみ) 様。そちらの小さい方とそこそこ大きい方は一体どなたで? そちらも一緒に行くんですよね?」
先ほど顔だけは合わせたが、JINJINが早々に白の館に向かったために、会釈程度の挨拶しかしていなかったのである。
「ああ、ダチだよ。チンチクリンなのが風音、そうじゃないのが弓花ってんだ。で、ふたりとも。こいつが俺の曾孫のカダスだ。後ろのむさいのは俺の従者兼弟子たちだ。」
「ダチ? こちらの俺と同じくらいのヤツがですか?」
「そうだがな。それよりもこっちのチンチクリンはダチ以前に、ここらじゃ一番……いや今はゆっこがいるから二番か。ともかく偉いヤツなんだからな。敬っとけよ。そうは見えねーけどな」
「は、マジですか。どうもです」
「はい。どーもー」「こんにちはカダスくん」
風音と弓花が挨拶を返し、そのままドワーフたちを通り過ぎて工房の中へと入っていく。そして、やすと風音、弓花、それに親方の四人は工房の奥の部屋へと向かったのである。
◎ゴルディオスの街 バトロイ工房内
「直樹。大丈夫かなぁ」
「まあ、取って喰われることはねえだろ」
部屋の扉の鍵を閉めながら、やすがそう言う。普段の態度はどうであれ、JINJINはやすにゾッコンである。例え直樹のイケメンフェイスでも、それを崩すことはできないとやすは信頼していた。
一方で風音は、ライルと絡めとか無茶なことを言われていないかが心配なだけであった。ただでさえ変態な弟が今度はホモに目覚めてしまったら……そう思うと、さすがに風音は眉をひそめざるを得なかったのである。
(けど、そうなったら……お姉ちゃんとして祝福してあげるべきなんだろうね)
人の幸せというものは本人でなければ分からないものだ。ライルとくっ付くのが直樹の選択ならば、それは認めてあげなければならない……と風音が明後日の方向に思考を飛ばしている横で、やすが弓花に口を開いた。
「さて、弓花。なんだか嫌な予感がしたんでな。さっき出そうとした刀もここでなら問題ないはずだ」
やすがそう言って周囲を見回す。この部屋の壁は特別製で、放たれた魔力を外に出さないようにする効果がある。それは特殊素材の武器等を造る際に使われる部屋だった。
「別に館で出しても良かったんですけど」
「それだと、外にいた連中……俺の連れに気付かれる可能性があったんだよ。俺が鍛え上げた連中だ。多分、炎の波動だけで勘付きかねない」
眉間にしわを寄せながら、やすがそう口にした。その言葉に弓花が首を傾げつつも、己の手を前にかざす。
「んじゃあ、出しますよ。せいやっと」
そして弓花が力を込めると、手のひらからズルリと白き炎と雷を纏った刀が出てきた。
その名は龍神刀『雷火』。
かつて暗殺者のひとりを倒した際に手に入れた妖刀『マサムネ』に神々の種火が宿って白炎の神刀『ヒノカグツチ』と化し、さらには龍神の神力もその中に入ったことで『神の炎』と『神の雷』の双方を宿すに至った刀だ。
問答無用に強力なその刀を手に取ったやすが、眉をひそめる。
「なんとも荒々しいが、神の炎と神の雷が反発せずに一体化しているのか。こりゃ人間の造り出せる域を超えてやがるな」
やすの額からはスーッと一筋の汗が流れ落ちる。大陸一の鍛冶師とも言われる男であっても、その神刀を前にしては戦慄せざるを得ないようだった。
「一応、私が手渡したから今は大人しいですけど、他の人が持つとかなり痛い目にあうんですよ。今もちょっとギリギリ抑えられてる感じっぽいので、早めに返してもらった方がいいかも」
そこまで言った弓花に、やすが「もういい」と言って龍神刀『雷火』を返すと、その刀は弓花が手に取った途端にスーッと弓花の身体の中へと消えていった。
「見事なもんだ。で、なんでお前は槍使いなんだ?」
「成り行きで。けど、こっちのムータンも雷火に勝るとも劣りませんよ」
弓花がそう言ってアイテムボックスから神槍ムータンを取り出した。それを見てやすが眉をひそめる。
「ジョーンズ。これ、テメェが打ったのか?」
「へい」
そう言って頷くジョーンズをやすがボコンと殴ってから「ケッ」と舌打ちして、目を離した。親方はそれに涙目になりながら首を傾げたが、やすからそれ以上の言葉はなく、再び弓花へと視線を戻していた。
「そっちの槍は、今はいい。それよりもジャパネスの刀に宿らせたのか。確かに東方の国の武器は、神の力を宿らせるのに長けているのも分かるが、みっつの神の力が同居して安定しているとはな。スペリオル化による化生の巫女の力ってヤツか」
やすがブツブツと呟きながら、弓花を見る。その様子に風音が口を挟んだ。
「で、結局やす君はそれを見に来たってわけだよね?」
「ああ、そうだな。六百年前にツヴァーラ王国に渡り、行方不明になっていた神々の種火だ。その後に、ツヴァーラ王国がボンゴ帝国になくした神々の種火の詫び賃を支払っちまったから、今の俺らにはそれの権利を主張することはできねえが」
やすの言葉は、以前にゆっこ姉からも聞いていた通りであった。
「とはいえだ。それがドワーフにとって神聖なるものなのは間違いねぇし、人間に与えられるもんじゃねえって息巻いてる連中もいるんだわ」
「えーと。まさか、弓花が狙われてるの?」
風音の問いに、弓花の目が細くなる。だが、やすは首を横に振った。
「いんや。基本的にそういう連中の大半は口だけだ。かつての王家の判断を非難して、自分たちを有利な立場にしておきたいだけなのさ。そもそも、今の弓花は炎が認めた鍛治の巫女だ。ドワーフとしちゃあ、それに手を出すのは不敬が過ぎるもんだからな」
「でも私、ドワーフではなく人間ですけど。そういうのって大丈夫なんですか?」
「いや、弓花は今はエルフだよ。仙族っていう種類の」
風音の指摘に弓花が「あ、そうだったっけ」と口にした。仙族の種族的特徴は耳が少し尖っているくらいなのだ。そのため弓花の外見上の変化はほとんどないが、種族としてはエルフの亜種なのである。
「そうか、弓花はエルフに変わったか。まあ、他種族ならなおさらなんだな。ドワーフではないのに炎に認められたってのは、神々の炎の器として高い適性を持ってたってことだからな」
その言葉に風音と弓花が少しばかり安堵した顔を見せるが、続けてやすが「やどなぁ」と口にする。
「純粋に神々の炎を信奉してる者の中には、鍛冶の巫女様がミンシアナ王国に無理矢理帰属させられてるんじゃないかって主張している連中もいるんだよ。で、結構揉めてな。俺がその見聞に寄越されたってワケだ」
「そんなことはないんですけど……」
口を尖らせる弓花に、やすが「わーってるっての」と返す。
「けど、ミンシアナ王国ってのは、まあ国そのものの評判はともかく、統治者のゆっこの評判は計算高く、猫かぶりで、残虐で、まったく情け容赦ない女王様ってことで有名だからな。最近も各国と手を組んでる上に、トゥーレ王国を実質的な従属国にしてるって話もあるしよ。政変で揺らいでるソルダード以上に信用ならないってもっぱらの噂だぜ」
「まあ、ゆっこ姉もやり過ぎるところあるからなぁ」
風音が己のほっぺをモミモミしながら、そう返す。
「それによ。大方、神々の種火をミンシアナに帰属させたのも面倒ごとに巻き込まれたくなくて、ゆっこに後ろ盾を頼んだってとこなんじゃないか?」
「まあ、そうですね」
弓花が苦笑いをしながら頷く。その様子に、やすがため息をつきながら言葉を重ねた。
「いいか。神々の種火ってのは神の力の一端そのものだ。その土地に宿る神じゃあねえ。火神ゾアと鍛冶神ゴブニュていう概念に宿る神様からドワーフに授けられた贈り物だ。つまりは、メチャクチャありがてぇもんだってことだ。それを宿す鍛冶の巫女ってのは、神棚の奥にきっちり仕舞われていないと本来はいけないほどに、大事に扱われているもんなんだ。一緒の特権階級だな」
「えーと。ということは、やっぱり戦闘に使っちゃマズいんですかねえ?」
弓花にはあの刀をあまり大事に扱っている記憶がなかった。時にはライト代わりに、時には肉を焼くときに、時々は口から出したりして攻撃していた。しかも、最近は犬に咥えさせてもいたのだ。
「普通に考えれば論外だ……が、その刀の炎の輝きだけでも、うちにある神々の炎よりも活性化されてて強力なのが分かる。正直に言って、俺らの神々の種火もただ大事に護っているだけじゃあダメなんじゃねえかって思えてくる」
その言葉に弓花がホッとした顔をするが、だがやすは難しい顔のままだ。
「でもな、それにその龍神の雷の神力が混ざっているってのは……正直、ヤバい」
「やっぱり、なんか魔改造しちゃった感じなのがいけないってことですかね?」
再び心配そうな顔になった弓花の問いに、やすが頭をかきながら唸った。
「魔改造って……ともかくな。そんなシロモノ、ボンゴ帝国だって所有してねえんだよ。いいか弓花」
「は、はい」
緊張した顔の弓花に、やすがゆっくりと告げた。
「そいつを持っていることが知られれば、お前は大陸全土のドワーフから狙われるぞ」