軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百六十九話 最後の仕上げといこう

風音が「むぅ」と唸りながら、こぼれ落ちた鼻血を拭う。それは己の限界を超え、負荷が表に出た結果であった。

知恵の実を食べながらスキル『コンセントレーション』を発動させたとはいえ、ほんの僅かな間にアダマンチウムを無数の極小の糸に変え、『インビジブルナイツ』の効力を切らさぬように細心の注意を払って 金剛糸(アダマスワイヤー) を仕掛けていったのだ。

そのあまりの制御難度の高さに風音の頭は火が噴きそうなぐらいに負荷がかかっていたが、それでも風音はその制御を完璧にやり遂げていた。

金剛糸(アダマスワイヤー) を蜘蛛の糸のように細く精密に張り巡らし、英霊ジークの捨て身の攻撃で麒麟化弓花の集中力と体力を削ぎ、ロクテンくんドリルキャノン・バーストを敢えて避けさせることで、その配置へと誘導した。

その結果、絡め取った糸を前に麒麟化弓花は一歩たりとて動くことはできないでいた。可動部位をガッチリと固められているために、力だけではどうにもできないのだ。

或いは万全な状態であれば可能であったかも知れないが英霊ジークの自爆に巻き込まれた麒麟化弓花には抜け出すだけのパワーは残されていなかった。 魔力の川(ナーガライン) の魔力供給も肝心の肉体性能が追いついていなくてはどうしようもない。

そして最後の一ピース。弓花を救う手段。これだけが風音の中で想定できていなかった。

しかし、水晶化封印しかないと考えているときに、クロマルが来たことで問題は解決し、こうして 事(こと) は成ったのだ。

『う、動けない? 私が吸い取られていく?』

麒麟化弓花が白い炎の中でもがきながら、だがどうにもならないのを悟り、唸りながら風音を見た。

その風音の後ろでは、スザが必死で魔術を発動させている。ヒノカグツチと連携し、弓花の中にいる龍神の神力を今まさに神刀へと吸収させているのだ。

「まあ悪いけど、それは弓花の身体だから、神様は神刀の中にいてよ。人間に神が宿るなんて面倒ごとにしかならないしさ」

その風音の言葉に麒麟化弓花の顔が一瞬歪んだが、それから目を細めながらニタリと笑った。

『まあ良いわ。今回はこれで終いね。楽しかったけれど……私は本来ただの力そのもの。宿る刀を満足はさせている内は何も言わないわ。ただし……』

風音がその視線を受けてビクリとした。

『この世に人の欲ある限り弓花は再びやってくる。或いは第二第三の弓花がイケメンを手中に収めようとすでに動いているかも知れない……気を付けなさい。世界は未だ……』

そこで声は止まり、麒麟化弓花は元の弓花の姿へと戻ってそのまま地面に崩れ落ちていった。それに呆気にとられたのは風音である。

「え、思わせぶりなこと言ってる途中で封印されちゃった!?」

その様子を見ながら風音が叫んだ。第二第三の弓花など冗談ではないのだ。おーいおーいと言いながら倒れている弓花を揺さぶってみたが反応はない。弓花は壊れかけたラジオではないのでそれは当然であった。

「ああ、けど……もしかすると、こっちのことかなぁ」

それから風音は倒れているロクテンくんの腕に握られている龍神の大剣を見た。龍神の神力はまだふたつの鱗の中に宿っている。そのことを麒麟化弓花が言っていたのだとすれば、対策は必要だった。そう思ったときだ。

「アォォオオオオオン」

「うわっ、何あれ?」

突然の遠吠えに風音が驚き、その声の主を見た。そして少し離れた場所に全長三メートルはあろう巨大な四本脚の獣が立っていたのである。

それは口には白き炎と雷を放つ刀を咥え、全身が銀の鱗に覆われた竜頭の獣であった。

それが目の前で二体の銀狼を腹這いにさせて叫んでいた。

「クゥン」「クゥン」

その二体が元の姿に戻った 神狼の腕輪(フェンリルリング) の召喚獣シロとキバであることは風音にもすぐに分かったが、それを説教しているのは一体何なのか?

「えーと、もしかしてクロマル?」

その風音の言葉に気付いたクロマルが「ウォンッ」と返す。どうやら間違いはないようで、刀を咥えながら器用に鳴き声を出せるようにもなっているようだった。

「え……でも、なんで麒麟の姿に……?」

「恐らくはその刀の力でしょうね」

そう風音に声をかけたのは再び人化したスザであった。それに気付いた風音が「あー、スザさんご苦労さま」と声をかけた。

「それにユッコネエと狂い鬼たちも」

風音のその労いの言葉にスザが頭を下げ、ユッコネエと狂い鬼がそれぞれにゃーがーと鳴いて、狂い鬼とダークオーガ軍団たちの方はその場で自ら召喚解除して消えていった。それからすり寄ってきたユッコネエの頭を撫でながら風音が尋ねる。

「それでスザさん。その刀の力ってのは?」

「クロマルの咥えている刀を見て下さい。ユミカさんのヒノカグツチ、以前とは姿が変わっています」

その指摘に、風音がクロマルの咥えている刀をじっくり眺める。

「クゥン」

クロマルがその視線に気付き、頭を下ろして刀を見せると、確かに風音の目にもその刀は姿が変わっているのが分かった。

具体的には柄が稲光を放つ太陽のようなディティールへと変化し、刀身には竜の鱗のような模様が浮かび上がっていた。何よりも刀自体が以前よりもふた回りは大きくなっており、その身からは白い炎を放っているだけではなく、白い雷も放電していた。

「ああ、名前が……龍神刀『雷火』ってのに変わってるね」

「ウォンッ」

ウィンドウでそれを確認した風音の言葉にクロマルが鳴いて頷く。

「刀を咥えた犬……いえ、狼か。それならイリアに頼めば使い方を教えてくれるかもしれないわ。忍犬ってのがいるから」

そう答えたのは、妙に顔色を悪くしながら近付いてきたゆっこ姉だ。

「あ、ゆっこ姉。お疲れー。なんだか顔色悪いね」

そのノンキな風音の言葉にゆっこ姉が怒りの眼差しを向けながらズカズカとやってきて、ギューッとほっぺを掴んだ。

「顔色悪いねーじゃないわよ。あんな厄介なの押し付けて……それにもう年だの若くないだのババア無理すんなだの」

「ソレ言ったのはジーク。ひは、他は言ってなひゃひ、いは、やめへ」

必死の抗議も聴かずにゆっこ姉は風音のほっぺをにょーんとしようとしたが、しかし同時にゆっこ姉は思い出してしまった。先ほどのベロンベロンの■■となった■■の■■■なアーチの姿を。

「に、肉が伸び……あ、あああああ、ぅ、ウォップ」

「ゆっこへぇ? ちょ、ちょっひょ。ひゃめ、ひゃめへえええぇええええええええええええ!?」

風音が必死の抵抗をしたがもう遅かった。そして次の瞬間に風音の絶叫が轟いた。

***********

「ご迷惑をおかけしました。そしてありがとうございます」

全員の意識が戻り、事のあらましを普通の服に着替えて顔も頭も洗ってサッパリした風音が告げると、弓花がその場で土下座をしていた。

それは、謝罪と感謝を相手に伝える最終奥義DOGEZA。元々、東方での伝統的風習であったそれは今やミンシアナ領土でも広く伝わりつつあった。嫌な文化が伝わってきたものである。

「いえ。まあ……弓花の願いがああしたものだとは少々意外でしたが、大丈夫です。誰にも言いませんから」

アオがそう口にし、スザと風音もひとまず頷いていた。勿論、意識のなかった弓花や他の者たちにはその意味は分からない。

「? とりあえず、ありがとうございます」

「ともかく、もう大丈夫なんだよねアオさん?」

風音が話題を変えようとアオに尋ねる。それにはアオも同意し、すぐさま「そうですね」と答えが返ってきた。

「刀に宿った龍神の神力も安定していますし、弓花さんはもう大丈夫でしょう。後はそちらの龍神の大剣の方も処理してしまえば問題は解決です」

そういってアオが地面に突き刺さっている龍神の大剣を見た。元々龍神の神力はヒノカグツチという器を狙って出てきたので、その器の内部が埋まっている以上は、これ以上龍神の神力が出てくることはないはずである。

とはいえ同じようなことがないように対策をしておく必要はあった。

「ふぅ。それにしてもすっかり地形が変わってしまいましたわね。何があったらこうなるのやら」

ダハス・カピルーツが周囲を見回しながらそう口にする。

彼女はどういった事態になっているのかを知らない。それどころか食べて意識を失って気が付けば終わっていたので特に気にしてもいないようだった。それほどにスタミナ丼は素晴らしいものであったとも言える。

またこの場に居合わせていた冒険者ギルドマスターであるルネイはこの事態に頭を抱え、ルイーズに慰められていた。今後の後始末のことを思うと非情に頭の痛い話だが、今回は自分も参加していた分、さらに胃が痛かった。

もっとも、それでも麒麟化弓花との激闘を街の中の自宅から見ていて、絶句しながら倒れた領主に比べれば、まだマシであるとも言えた。

それから風音が周囲を見回しながら言う。

「ま、それはそれとしてともかく弓花の問題は無事解決。そんで今回の会食、最後の仕上げといこっか。良い筋肉の人たち、例のモノをカモーン!」

風音がパチンと指を鳴らすと、調理師であるマッチョメン軍団がザッザッザッとやってきて、それぞれの前に 釣り鐘形の蓋(クロッシュ) が乗せられた皿を置いていく。

それをなんだろうと首を傾げて見ている会食メンバーに対し風音が「さあ、お食べよ!」と声を上げると、全員が一斉に 釣り鐘形の蓋(クロッシュ) を開けた。

ォォオオオオオオオオオ

それと同時に一斉に歓声が響いたのだ。

それは知恵の実のソルベ。風音が造り出した知恵の実の中身を洋酒と共にシャーベット状に凍らせ、再び知恵の実の器に戻したものであった。

ターゲット強制切り替えの効果はシャーベットになっても生きており、視線が釘付けとなった全員が一斉にそれを口の中に放り込み、歓喜の声を上げた。

なお、この知恵の実というものは、ほぼ現物が手に入らない最高ランクの食材であり、後ほど文献を紐解いてその事実を知ったダハスが目玉を飛び出すほどに驚いたという。

それから口の中をさっぱりさせたところで本日の会食パーティは終了となったのだが、当然のことながら街は大混乱となっており、その後始末に主にルネイが奮闘することになるのはまた仕方のない話ではあった。