軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百六十四話 野望を告げよう

麒麟。

それは鳳凰、霊亀、応龍と並ぶ『四霊』の一体である。穏やかな性格で殺生を嫌うとされる霊獣のはずであったが、今目の前にいる怪物はそんな逸話を吹き飛ばすほどに凶暴な笑みを浮かべていた。弓花史上、最高に恐ろしい弓花がそこにいたのである。

『凄まじきは食の力ね。まさかこの器に私を宿らせるほどの強化をするとは……』

麒麟化弓花が裂けきった口を開き、そう呟く。

そこにいるのは全身を鱗と盛り上がった筋肉で包んだ獣の身体に、凶暴そうなドラゴンの頭部を持つ六メートルの化け物。しかし、その口調は紛れもなく弓花であった。そのカオスな情況に風音は驚きつつも、目を細めて麒麟化弓花に尋ねる。

「弓花……じゃないの?」

その問いに目の前の怪物が頷き、笑った。

『ふふふ、この器の友か。風音、ああ風音よ。そうね。私はあなたたちが龍神と呼ぶもの。闇の森の支配者にして、神の一柱に縛られていた存在よ』

その言葉に風音が眉をひそめた。

(口調が弓花そのもの……うーん。なんだろ、これ?)

もしかしたら手の込んだ悪ふざけかとも思い、風音は後ろにいたアオに答えを求めて視線を向ける。だがアオは余裕のない表情をしながら首を横に振った。

「あれは弓花ではありません。ですが弓花に宿っていたのは竜神の純粋な神力、そこに意志や人格は存在していないはず。であれば、恐らく龍神の神力は弓花の知識にアクセスして、それを材料に己の自我を形成した……ということなのでしょう」

アオの答えに麒麟化弓花が満足そうに頷いた。

『ええ、そうね。賢しいドラゴンだわ。言ってみれば私はこの器をベースにした龍神とでもいうべきもの。人も竜も我が前には等しく弱者でしかない』

麒麟化弓花がそう口にし、風音が激昂する。

「難しいことはいいから弓花を返してよ!」

それに麒麟化弓花は「嫌よ」と答えた。

『せっかくこの身体を手に入れたのよ。これから存分に自由を謳歌するつもりなんだから、風音こそ邪魔しないでくれる?』

そう言って睨む麒麟化弓花から発せられる強烈な威圧に、風音は顔を歪めながらも言葉を返す。

「そんなこと言ったって、スタミナ丼や 神狼の腕輪(フェンリルリング) の効果が切れたらその身体は元に戻っちゃうんだよ。謳歌できる余裕なんてないんだから」

風音の必死な言葉に麒麟化弓花は首を横に振った。

『時間がない? いいえ、私は神だもの。一度定着したならば、それを固定し続けることすら可能だと言ったらどうする?』

「……そんな」

絶句する風音の前で麒麟化弓花は両腕を広げて笑った。

『もはや闇の森に縛られることもない。今の私は自由。そして私は私の思うがままに生きる。まず手始めにゴルディオスの街すべてのイケメンを喰らい、やがてはフィロン大陸、その他の大陸にまで手を伸ばし、世界のすべてのイケメンを手中に収め、この世のイケメンを味わい尽くすのよ』

「なんでだぁあああ!?」

風音が叫ぶのも無理はない。それは極めて邪悪な野望であった。

『借り物の願いではあるけれども、それで我が心を満たせるのであれば何も問題はないわ。私はただ満たされたいだけなのだから』

「いやいやいや。問題ありすぎだよ。もっとちゃんとした願いを決めてよ。普通に世界を征服しようよ」

「弓花……あんなこと、考えてたんですかねえ」

叫ぶ風音の後ろで、アオが遠い目をしていた。

ただ眺めるだけで満足している自分の願望に比べて、なんと浅ましいものかと呆れていたのだ。なお、スザはよく解らなくて困っていた。

そんな風音たちの前で麒麟化弓花はゆっくりと浮かび上がっていく。それに風音たちが警戒の視線を向けるが、どうやら麒麟化弓花は翼がなくとも飛ぶことができるようだった。

そして恐るべき妄言を口にした怪物が宣言する。

『では、まず手始めに性格はキモいが顔は悪くないあんたの弟を喰らってあげるわ。なーに、口さえ開かさなければ許容範囲。天井のシミを数えているうちに終わらせてあげる』

「駄目だ。やっぱり認識がおかしい」

風音が衝撃を受けているが、このメンツの中では見れば妥当ではあった。だが風音は麒麟化弓花の言葉を受け入れられない。六メートルの化け物に弟をあげられない。風音の姉としての愛が弓花の提案を受け入れることを拒絶した。

「くっ。直樹、逃げて」

とっさに声を上げて風音がテラスを見る。だが直樹は動かない。いや、いつの間にやらその場のほぼ全員が椅子に座ったまま崩れ落ちていたのだ。

「駄目ね。みんな、至福の時間に酔っているわ」

そのテラスにいるメンバーの中で唯一正常なままで、ひとまずは今のやり取りを眺めていたゆっこ姉がそう告げる。

ゆっこ姉が正気であるのは、 真実の目の額飾り(ホルスアイ・サークレット) の効果によるものだが、他のメンバーは料理の旨さを自ら受け入れたことで恍惚状態になっていた。至高の友情スタミナ丼+5には紅蝶のアミュレットも効力を見せず、クロフェほどの竜種でもダブルピース状態になって倒れてしまうほどの料理だったのだ。だから今、この場で無事なのは風音とゆっこ姉、それにスタミナ丼を口にしていないスザとアオだけであった。

「くっ、スザさん、アオさん。直樹たちを」

逃がして……と言おうとした風音の言葉を遮るようにアオの身体から蒼い炎が吹き出した。

「アオさん?」

「仕方ありません。スザ、離れていなさい。私はここに結界を張ります」

アオはそう言って風音に視線を向けた。

「私はクロフェ様をお守りする義務があります。直樹たちのことは一緒に匿いましょう。だから、お任せしてよろしいですか?」

アオが風音に向き合って尋ねる。この場においての最大戦力はクロフェで、それを弓花の知識を得た麒麟化弓花は知っている。であれば今の無防備な状態は非情に危険であると認識したアオは今、クロフェの安全を最優先に動くつもりのようだった。そして、その言葉に風音が頷いた。

「できたらだけど、やってみる。弟をよろしく」

その風音の言葉にアオが炎を巻き上げながら頷き返す。

「駄目でもみんなが元に戻るまでの時間稼ぎはしてみるよ」

『まあ、イケメンを食べる前の腹ごなしの運動にはちょうどいいわね』

首を回してゴキッと音を鳴らしながら、麒麟化弓花が笑う。それを見ながらゆっこ姉が「うわぁ」という顔をした。

「肉食系過ぎ。あの子、こんな闇を抱えていたのね」

「最近色々とストレスも溜まってたみたいだから」

そう言い合う風音とゆっこ姉の後ろで、アオの蒼炎がさらに広がって周囲を巻き込み、それからアオが風音に声をかける。

「それでは、お願いします」」

その次の瞬間には蒼い炎と共に会食メンバーもろともテラス自体が消失したのであった。その現象は風音がボス空間と呼んでいる、ボス級の存在のみが扱える特殊な技だ。自らの魔力で亜空間を形成し、逃さぬよう相手を閉じこめるボス固有の魔法。しかし、今アオは麒麟化弓花から主を匿うために使ったのだ。

「アオ様の蒼炎結界です。あの中ならば大丈夫でしょう」

スザがそう言うが、その言葉を麒麟化弓花があざけるように笑う。

『たかだか亜空間に隠れたところで、逃れたと思うとはね。所詮はトカゲか』

その言葉にスザが麒麟化弓花を睨む。己が父であるアオのことを侮辱されたとスザは感じたのだが、しかし麒麟化弓花の絶対的な自信の笑みを見れば、それは恐らく事実であろうと思うしかなかった。

『で、やるの?』

そして、見下ろしながらの麒麟化弓花の言葉に風音が一歩前に出て口を開いた。

「やるよ。そんな状態の弓花を街に連れてったら今度こそ出禁喰らっちゃいそうだし」

そして風音の左右にゆっこ姉とスザが並ぶ。

「なんとしても元に戻させてもらうよ」

そう言って風音が手をかざすと、風音の前にユッコネエと狂い鬼とダークオーガ軍団が召還され、スキル『真・空間拡張』の大型格納スペースからロクテンくん、ケイローン、ホーリースカルレギオン、アダミノくんも出現していく

さらにはゆっこ姉が爆炎竜サラマンドラを召還して融合し、スザも本来の姿である赤きドラゴンへと戻り、ユッコネエも『竜体化』により黄金竜へとその身を変化させていった。

『面白い……』

その様子を見た麒麟化弓花がそう口にすると、全身から巨大な威圧を放つ。次の瞬間には周囲の森から無数の鳥が飛び離れ、上空の雲が一気に割れていった。

「させないよっ!」

同時に風音がスキル『魔王の威圧』を放ち、威圧同士が激突して両者の間を魔力風が嵐のように吹き荒れていく。

そして戦いが始まったのだ。