作品タイトル不明
第七百五十六話 卒業をしよう
◎ハイヴァーン公国 神龍牙の断崖
ビュゥンと風切り音が聞こえる。
風音が 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) に乗りながら周囲を見回すが、そこは長く先へと続く岩と岩に挟まれた場所であった。遙か下は奈落のように深く、頭上の岩と岩の間からは曇り空が見えている。
そこはハイヴァーン公国の北にある、神龍牙の断崖と呼ばれる土地。風音たちはグレーターチキンの卵を手に入れるために、この場所へとやってきていた。
「一応、下も警戒しておいてください。滅多にありませんが、攻撃がこないとも限りません」
「そうだねえ。死の山の魔素が流れ込んでるから、崖下は闇の森に近いんだったよね」
「よくご存じで」
風音と同じく 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) に乗っているスザがそう返す。
ゲーム中においても下降し過ぎると撃ち落とされることがあったのだ。今では魔物の分布も変わっているかもしれないし、遠距離攻撃への警戒も必要だった。
なお、その他のメンツだが、風音の頭の上にタツオがいて、ティアラとエミリィ、それにメフィルスが 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) に乗って付いてきていた。
また、案内を買って出たスザも目立つからと今は人化しており、みんなで仲良く 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) での移動である。 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) の体から吹き出ているのは魔術の炎であるため、外敵と見なされていない風音たちに燃え広がることもない。
「それにしても本当に深い崖だね」
「はい。この先にある死の山『ヴァロール火山』の主である龍神『ガル・ヴァル・ゼア』が怒りに任せて大地を引き裂いたときにできたものと聞いています」
「これを……」
エミリィが呆気にとられた顔で下を見る。その先にあるのは闇であった。そこはゼクシアハーツでも存在していた場所であり、中盤で訪れることになるハイヴァーン公国の中でも崖を降りる手段がなければ到達できないため、メインシナリオの後半でなければ攻略できないフィールドであった。
「しっかし、ここにも龍神がいるんだねえ」
「私としてはロードゾラン大樹林の主も龍神であることの方が驚きでしたよ。こちらはずっと前から知られていましたし」
その言葉に風音は「へぇ、そうなんだ」と返す。
「それで、どうします? もうじき暗くなりますが」
そのスザの問いに風音は少しだけ考えてから口を開く。
「目標はもうちょい北にいったところにいるらしいからね。今日はここらで休もうか」
風音たちがゴルディオスの街を出てから今は二日目。一日目は東の竜の里ゼーガンへと転移して、そこからは久々にゴーレム馬のヒッポーくん(マッスルクレイ仕様)を呼び出してのサンダーチャリオットで移動となった。その同日には断崖近くの街に着き、そこで一泊し、そして今日は朝から聞き込み、昼頃から移動しての目的地到着である。風音たちは非常にタイトなスケジュールで動いていた。
もっとも目的地とはいってもグレーターチキンのいる場所はまだ先である。すでに夕暮れも近いため、探索を中断して夜を過ごす場所を確保せねばならぬ時間帯になっていた。
『それじゃあ、一旦上がりますか母上?』
「いんや、崖の上は森だしね。魔物に狙われるかもしれないから、こっちに作った方が安全かな。ティアラ、ここで止めてもらえる?」
その風音の言葉にティアラがすべての 炎の鷲獅子(フレイムグリフォン) を操作して空中待機させると、風音は背負っていた杖を取り出した。
「カザネ、どうなさいますの?」
「穴を掘るよ」
そう言って風音が杖に魔力を込めると、球体の 魔金剛石(マナダイヤ) が動き出し、ジュエルカザネとなって崖に向かって飛んでいった。
「ほぉ、それがカザネ様の新たなる武器ですか」
スザが興味深そうに見ている前でジュエルカザネはスキル『ドリル化』によって全身をドリルと化して横穴を掘っていく。
それから穴をある程度掘り進めると全員をその中に入れ、その後に風音は『ゴーレムメーカー』でさらに穴を掘って風音コテージを埋め込んだ。こうして本日の宿泊場所が完成したのである。
◎ハイヴァーン公国 神龍牙の断崖 風音コテージ 大浴場
「ふぅ、仕事の後のひとっ風呂は気持ちいいねえ」
まったいらな風音が水の抵抗をものともせずザブーンと湯船に入ると、ふやけた笑顔でそう口にした。その他のメンバーも続けてお湯に浸かり始めた。
この場にいるのは風音とティアラ、それにエミリィの三人である。今回、タツオはスザとともに男湯の方にいた。
『スザさんをおもてなしします』
くわーっと鳴きながらタツオはスザを連れていったのである。息子の成長に母涙であった。
「ふぅ」
その風音の横でエミリィがため息をついている。最近のエミリィは時々何かを思い出してはそんな状態になるのだが、その原因が直樹であるのは明らかだった。
「エミリィ、ごめんね」
そして風音がエミリィに謝った。エミリィのため息の理由を風音は正確には分からない。だが、それでも謝らなければ風音の気が済まなかった。それにエミリィは苦笑して、それから首を横に振った。
「ううん。カザネに謝ってもらう必要なんかないのよ。私の問題だし、カザネには申し訳ないと思ってるもの」
風音がエミリィのためにお膳立てしてくれたすべてを台無しにしたのだ。それをエミリィはエミリィで申し訳なく思っていた。
「でも弟の粗相は姉が責任を持って始末つけないと」
まるで飼い犬が人の家の前で糞をして家主に謝っているかのような風音の表情に、エミリィは(ああ、考えるだけ無駄だなあ)と思いながら、再度首を振った。
それから、直樹が自分を見ていないように、この姉は直樹を以前のエミリィと同じ風に見ることはないのだと思うと少しだけ気が軽くなった。
「大丈夫。なんにもされてないから」
「そうなの?」
「なんかされてたら離れなかったかも……いや、なんでもない。気にしないで」
「そっか……うん。分かった」
風音も一応の引き際は弁えている。なので話はそこで終わりであった。
「それよりもカザネって、トンファーはもう使わないの?」
それからエミリィは気を取り直して風音に別の話題を振ってきた。昨日から風音はドラグホーントンファーから装備を外していた。そのことをエミリィは疑問に思っていたのだ。
「うん。今ドラグホーントンファーはロクテンくんの足パーツにして装着させたままにしてる。私の今の武器はアレだから」
そう言って風音が指を差した先にあるのは、キュッキュキュッキュと自分を洗っているジュエルカザネであった。土まみれで汚れたので自ら洗わせていたのである。
「あれは杖って言うか……メイス……というよりもハンマーとかそういうカテゴリーなの?」
「まあ、何にでも変われるし、一応刃も収納してるけど、一応魔術師用の杖だよ」
風音は風音の虹杖を手に入れたことで武器をチェンジすることに決めたのだ。そう宣言したことで、横で聞いていたティアラが「でも勿体ないですわね」と口にする。
「カザネもトンファーの訓練をずっと積んできましたのに」
「うーん。とはいってもやっぱり実戦に使えるほどモノにできなかったしね。トンファービームくらいは使いたかったけど、ダメだったし」
その言葉の通り、結局風音はトンファーを上手く扱えなかった。トンファー入門書の下巻で覚えた円回転の防御こそ様にはなっていたが、それ以上伸ばすことができなかった。だから風音としてもキッパリ諦めることができたのだ。
「キッパリと気持ちを切り替えて、今後はあの杖で戦うよ。ジュエルカザネでも、直接ブン殴ってもいいしね」
その動きは変幻自在。だからこその運用が難しい。二足の草鞋ではいられなかった。それから今度はティアラが風音に質問をしてきた。
「そういえばカザネ、あちらの方はどうなっているんですの? 連絡はあったのですよね?」
あちらの方とは、こちらの方とは別に活動している直樹たちのことである。トゥーレ王国に向かった直樹からの定期報告には風音もさすがに目は通している。直樹からのメールは自動的にゴミ箱フォルダに振り分けされるため、探すのは簡単であった。
「ええとね。直樹からの連絡だと、今は山に入ったところだって。目標のガーリッククレイソルジャーは結構厄介だからね。まあ、ジンライさんがいれば問題はないけど」
「それって兄さん……やナオキには厳しいってこと?」
エミリィの心配そうな顔に風音は微妙な表情をしてから、言葉を返す。
「うーん。正面から戦えば勝てるとは思うけど、数が多かったら怖いかも……とはいっても難易度としてはグレーターチキンの方が高いから、こっちはこっちの心配しないとね」
「確かに聞いた話では厄介な相手みたいだけど……」
神龍牙の断崖に棲息する飛ばない鳥グレーターチキン。それは風音の言う通りに強力な魔物として知られていた。
「だから今回はエミリィの矢は期待してるよ。連中相手には一番効力あるしね」
「うん、任せて。このどうにもならない鬱憤を鳥どもにぶつけてやるわよ」
そう言ってエミリィが何もない手で矢を構えて、ヒュッと何かを打ち抜く動作をした。そして、わずかに揺れた貧乳を前に風音の闘志にも火が着いたのであった。