軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百五十五話 故郷に帰ろう

◎トゥーレ王国 アライド地方

誰か目撃した人がいれば、あるいはワイバーンと見間違えたかもしれない。そう思えるほどの大きさの物体が空を飛んでいたのだ。それは、よく見れば人工的な乗り物で、竜船と呼ばれているものであった。この世界においては千年以上も昔に滅びた古代イシュタリア文明の遺産であり、現在は白き一団が所有している小型竜船であり、その船は今トゥーレ王国の空を飛んでいたのだ。

小型竜船は街を迂回しながら先へと進んでゆき、目的地となるアライド地方の、とある場所へと降下していった。

そして小型竜船はまず腹部に設置していた馬車から大地に降ろし、ロックしていた鉤爪を外して馬車から離れると、少し距離を置いたところに移動してから着陸したのである。

「なーーーーっ!」

置かれた馬車はサンダーチャリオットではなかったが、頑丈そうな良い馬車であった。その中からシップーが勢いよく飛び出し、続いてジンライもトンッと馬車から飛び降りた。

「ふーむ。着いたな。やはり外の空気は旨いわい」

ジンライがそう言って周囲を見回し、シップーも外でノビをしている。どちらもここに来るまで馬車の中に押し込められていたために、外での開放感を満喫しているようだった。

それからジンライは馬車の中から不思議な倉庫の扉を取り出し、タツヨシくんケイローンを出して馬車に繋ぎ始めた。

今回は風音もユッコネエも共にいないため、この馬車がジンライたちの移動手段となるのだ。

そんな風にジンライが準備している少し離れたところに着陸した小型竜船の中からは直樹にライル、それにレームが続けて降りてきた。

「おー、ここも久々だなぁ」

そんな風にひとり元気にチョロチョロと見回しているレームの後ろでは、直樹とライルが目の前の廃れた屋敷を見て神妙な顔をしていた。

「荒れてるな」

「ああ……」

今現在、彼らのいる場所はレームの生家であった。

かつて祖父と共に暮らし、レームが女王に担ぎ出されたことで強制的に連れ出されてしまった場所。

直樹たちは、至高のスタミナ丼の材料のひとつであるガーリッククレイソルジャー探索のついでにレームの生家へと訪れていたのである。

そして今は誰もいない屋敷の荒れ具合を見て、直樹とライルが何とも言えない顔をしていたが、ふたりの様子に気付いたレームが、少し考えてから声をかけた。

「おい、おふたりさん。なんか妙なこと考えてそうだけどよ。一応言っておくけどウチは元からこんなモンだぜ? まあ離れちまって二年は経つし、ちょっとは汚れちまってるみたいだけどな」

その言葉に直樹とライルが驚きの顔をしたが、レームの表情からは嘘をついているようには見えなかった。それからライルがレームの顔と、屋敷を見比べながら「マジかよ」と口にする。

「何年か経ってるにせよ、さすがに荒れすぎだろ?」

「いやー、ここには祖父さんとふたりだけで住んでたわけだし、私も祖父さんもそういうのあんま気にしなかったからな。それに前にも言ったと思うけど、祖父さんが死んだのはワルギレオの兵が来る前だぜ。連中が来たときには私とメイドゴーレムだけだったし、抵抗することなくアッサリと連れてかれちまったわけよ。つーことでよ。ほら入ろうぜ」

レームはそう言うと、サバサバとした表情で錆だらけの門を開けてからひとり屋敷の中へと入っていった。それを見ていたジンライが直樹とライルへと指示を飛ばす。

「ナオキ、お前がレームに付いていけ。ライルはワシとシップーと共に周囲を少し探索するぞ。どうも魔素の流れが避ける場所のようだから問題はないと思うが、魔物が潜んでいないとも限らん」

「了解、ジンライ師匠」

「あいよ爺さん」

ジンライの言葉に直樹とライルが頷いてから、それぞれ動き出す。なお、ここは曲がりなりにも王族の住居である。この場は 魔力の川(ナーガライン) の影響が薄く、ジンライの目でもってしても魔物の気配もなく、周囲にいるのは精々が野生動物程度だろうというところであった。

そんな中で、ふとシップーが顔を上げて山の方を見た。

何かに見られた……ような気がシップーはしたのが、改めて山を見ても特には何も感じなかったため「なーご」と鳴いてから、すぐさまジンライの元へと駆けていった。

◎トゥーレ王国 レームの生家 中庭

「よ、祖父さん。戻ってきたぜ」

レームが屋敷に入ってから最初に向かった先は中庭だった。そこはやはり手入れがされておらず、荒れ放題のその場所の中心には古めかしい石造りの墓があった。

その墓石にはトゥーレ王国の王族の刻印が刻まれていて、どうやらトゥーレ王家の墓のようだった。

「これは……?」

その墓石の状態からみても、レームの祖父個人の墓ではないと直樹は予測したが、その答えはレームの口からすぐさま出された。

「んー。今じゃあ廃れちまったが、元々ここは王家専用の墓場でさ。百年は使われてなかったらしいんだけど、そこを祖父さんが占拠しちまったんだな。魔物も出ねえような別荘地だ。使わないのは勿体ないってな」

その説明に直樹は「へぇ」と声を上げる。

元々百年放置されていた屋敷であれば、この荒れ具合も納得ではあった。

「まあ、王族暮らしに嫌気がさした祖父さんが、王族の血を引いているとはいえ不義の子である私を引き取って住み始めたってことらしいぜ。聞いたのはワルギレオからだけどな」

その言葉に、直樹は何も言えない。

「祖父さんは結局私を自分の孫だとしか言わなかったし、王族だってのも話さなかったからな。結局は年で冬を乗り越えられなくて金とゴーレムだけ残して死んじまったし、王族もワルギレオにほとんど殺された今となっては真相は分からねえし。今更どうでもいいけどな」

そう答えたレームからはやはり、その言葉以上の感情は感じられなかった。そこにあったのはサバサバとした納得済みの顔であったのだ。

「それじゃあ、両親とかは……?」

「知るかよ。少なくとも名乗り出たってのは聞いてねえ。ワルギレオも後で厄介の種になりそうなのを生かしてるとも思えねえし、 殺(や) っちまってるんだろうよ」

そのレームの言葉に直樹の顔が暗くなる。もっともレームは特に気にした風でもなく、直樹に言う。

「そんな顔するなっての。私は幸運さ。今はすげー充実してる。だから感謝してるんだぜ。お前らにはな」

「そうか。なら、いいんだけどな」

目の前のレームからは、スキル『救いを求む声』でも救済を望む声は聞こえない。表情からも迷いもなかった。

であれば、直樹からは何も言えない。憐憫の目を向けることこそ、目の前の少女に対して不義理であると感じていた。

その直樹の前で、レームは己の持っている不思議な鞄から高級そうな酒を一瓶取り出すと墓の前に供えた。

「よし祖父さん。私もこいつらと一緒で結構金もらえてるからな。奮発してスゲーのもらってきたぜ」

それは風音に頼み、ダハス経由で手に入れた酒であった。ドワーフ製の蒸留酒バッカスドミネーター。ここまでに稼いだほぼすべてを支払ってレームはそれを手に入れていた。

「今は楽しくやってるからな。まー、心配するなよ。あんたの介護やってるよりゃ大変じゃねーし」

そう言ってレームは「へへ」と笑って袖をめくると、

「じゃあ、ちょいと綺麗にしてやるか。ナオキ、手伝ってくれるか?」

「ああ、任せろ」

ふたりで墓の回りの掃除を始めたのであった。

**********

「そういえばよ」

それから草をむしっている途中で、レームが直樹に声をかけてきた。

「なんだよ?」

レームの問いに直樹が顔を上げて尋ね返す。

「うちの祖父さんの話で思い出したんだけどよ。お前らの家族ってどうなん?」

「ざっくりとした言い方だな。まあ、そりゃあ会いたいさ。会うために今はダンジョンを攻略してるところだ」

とはいっても最近まったく潜ってはいないのだが。

「まあ、そうだよな。カザネ見てると、そこらへん薄く感じてさ」

「それは……姉貴も俺と同じではあると思うけど……いや、分かんねえな。オレと違って姉貴は頭いいから、どこかで諦めてる感じがする」

そう直樹は口にする。

ダンジョンの最深層には元の世界へと通じる穴がある。それをゆっこ姉は断言したし、 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) で移動が可能なことを神ノーマンから言質を取り、そしてカルラ王もそれらを肯定した。

であるにも関わらず、風音はどうにも『最初から』何かを諦めているように直樹には思えていた。そして、それは風音自身も無自覚であるようだとも。

「あいつは考えてることは分かりやすいけど、色々と面倒だからな」

「まあ、それは同意するさ」

風音ラブである直樹にしても同じ思いである。その様子を見ながらレームがジト目で口を開く。

「面倒っていや、お前も大概だよな。別れたってのに妙にサバサバしてやがる。エミリィのことも本当に好きだったのかよ?」

「そう言われてもな。俺はフられた側だぜ?」

困った顔をする直樹にレームが「言ってろ」とだけ返す。

「それで諦めてるんじゃあ、お前の中ではエミリィはそこまで本気じゃあなかったってことだろ。カザネよりもってところをひとつでも言えたなら結果は違ってたはずだぜ」

「そんなわけ……とは言えないか。姉貴と比べられるとやっぱりと思っちまう。確かに言いたいことは分かるけどさ」

苦々しい顔をしながら直樹がそう返した。それを見てレームが肩をすくめながら皮肉げに笑う。

「はっ、そいつは誰にとってもご愁傷様だ。まあ、仕方ねえよ。お前を振り向かせられなかったエミリィにも責任はある。結局は女としてお前を惹かせることができなかったんだからな」

そのレームの言葉に直樹が眉をひそめる。

「お前こそ……凄いことを言うなぁ」

「ああ、ルイーズの受け売りだからな。私にゃよく分かんねえよ」

「あ……そ」

そう言って肩の力が抜けた直樹の胸をレームがドンと叩いた。

「ま、いつかあんたにとってカザネよりも大切な人、見つかればいいな」

「それこそ考えられねえな」

その直樹の返しにレームが笑いながら、祖父の墓を見て「じゃ、また来るぜ祖父さん。ナオキ、後は頼んだ」と言うと直樹を置いて屋敷の中へと入っていってしまった。

「……大切な人ねえ」

直樹はそう呟いてから草むしりを続けていく。

そしてレームが草むしりを面倒になって直樹に投げて逃げたことに直樹が気付いたのは、草むしりがすべて終わった後のことだった。