軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百五十二話 肉を仕掛けよう

◎ゴルディオスの街 白の館 中庭

弓花は今日も 微睡(まどろ) んでいた。

昨日も、一昨日も同じように彼女は庭で幸せそうに佇んでいた。

「ユッコネエ……えへへへ、クロマルも一緒ー。ムータンもー」

そんな動物と大切な槍に囲まれてひとり幸せに浸っている弓花に対し、直樹が離れた場所から気の毒そうな顔を向けていた。

「姉貴が身を粉にして弓花のために頑張ってるのに……とはさすがに言えないか。正直、見ているこっちも痛々しいや。アレ大丈夫なのかよ姉貴?」

直樹の問いに風音は目を細めながら頷く。

「あまり感情を揺さぶられると中の龍神の神力を刺激するからね。今はユッコネエのスキル『ドラゴンフェロモン』で精神状態を安定させて維持しておくぐらいしか手はないんだよ」

なお、一昨日にはドラゴンフェロモンの効果でクロフェやアカ、ソル、スザまであの中に混ざっていたりもした。そのため、今はゲストたちには近付かないように風音も指示をしていたのである。

「ともかく、弓花を元に戻すためにもさっさと行動を起こさないとね」

風音はそう言って、次の段取りのために動き出す。

弓花の死亡宣告がなされてから三日目。昨日に対策の目途が付いた風音は、至高のスタミナ丼の素材のひとつであるイチオクマンバッファローの 最高級部位(エンジェルラダー) の確保のため、美食家ダハス・カピルーツへとゴルディオスの街の領主を経由して申し入れをしていた。その際にミンシアナ王族の立場を使ったために風音は今回ダハスの元へは直樹と共に向かうこととなっていた。風音としてはこんな気持ち悪いことに特化した弟を人前に出したくはなかったのだが、周囲の進言により同行を許可せざるを得なかったのだ。

直樹のコミュ力の高さは風音以外の全員が知るところだし、それがうまく働けば……とほぼ全員が思っていたのである。

「で、どうすんだよ。そのダハスって人はアモリアの商人と同族なんだろ? そこら辺のコネでどうにかなる相手なのか?」

「ダハス・カピルーツさん……だったね。カピルーツ一族はここらの地域でもかなりの力を持った一族らしいから。まあ、ゲハーノさんとの縁も利用させてもらうつもりだけど、ゲハーノさんの依頼だって闇の森素材が対象っていうこの世界じゃあり得ないクエストだったからね。覚悟はした方が良いかも」

闇の森探索は基本自殺と同義であると言われている。それを依頼したゲハーノの同類であれば簡単な話になるとは到底風音には思えなかった。とはいえ、だからといって退くという選択はない。

「そんじゃあ、行きますか」

風音はそう言ってフンスと鼻息を荒くし、グッと拳を握った。その様子を直樹は(はぁ、かわいいなあ)と相変わらずの視線で見ていたのである。

◎ゴルディオスの街 オードナーホテル 最上階

「で、あなたがカザネ様なの?」

風音が訪ねたホテルにボン『ボン』ボーンの女がいた。それは例えるならヒグマに近い姿をした存在であったが、非常に身綺麗で、いかにもセレブという雰囲気も醸し出していた。熊界の貴族とはこうしたものなのだろうと、風音はうんうんと頷いていたが、普通の人間である。

それよりも風音が気になったのはそのヒグマセレブが女の格好をしていることだった。

「どうも。ダハス……さん?」

その風音の違和感のある挨拶に、ダハスは笑いながら風音の心の内を察した。

「ああ、名前で女性って分からなかったのね」

それはそれで事実ではあるので風音も頷く。

「まー、しょうがないわねえ。ダハスって名前はヌマでは女性もよく使うのだけれど、こっちだとねえ」

そう言ってコロコロと笑うダハスだったが、ひとしきり笑い終えると改めて風音と直樹に向き合い、頭を下げた。

「わたくしがダハス・カピルーツですわ。カザネ・ユイハマ様、ナオキ・ユイハマ様。ようこそお越しくださいました」

そして頭を上げたダハスは後ろに控えていた護衛らしきマッチョメンたちに指示をしてから風音へと再度向き合う。

「それではどうぞ中へとお入りになって。問題が早急に解決できるよう、さっさとお話を始めましょう」

それから風音たちが通された部屋の中は、以前にゲハーノ・カピルーツに案内された部屋に似ていた。そして風音と直樹は、その場のソファーへと座る。

「さて、それでカザネ様。と、どうかなさいました?」

ダハスが思わず尋ねてしまうほどに、風音の視線はあからさまに別の方向へと向いていた。それはダハスの後ろに控えているマッチョメンたちに向けられていたのだ。

それを警戒しているのかと受け取ったダハスは微笑みを浮かべて「大丈夫ですわよ」と返す。

「わたくしに危害を加える者以外には手を出しはしませんから、安心なさってくださる?」

直樹が眉をひそめながら「襲うとすれば姉貴の方からだよなあ」と誰にも聞こえないようにぼやいた。徹夜明けの昨日の状態のままだったらば危なかったかもしれない。しかし、本日の風音は一晩寝て一応心身ともに回復した状態だ。理性が働いている今に感謝である。

それから風音もさすがに見過ぎていたことを反省したのか視線をダハスに戻すと、まずはダハスの方から口を開いた。

「まずは一族としてお礼を。我が兄の長年の夢を叶えていただいたとか」

どうやらダハスはゲハーノの妹であるようだった。

「いやーこっちも依頼として受けてこなしただけだけどね。しっかし、ダハスさん耳が早いね」

風音は素直に感心してそう口にする。

ゲハーノにカツラを渡してまだ六日。その上にアモリアの王都コーダからこのゴルディオスの街までは馬車で通常一ヶ月はかかるのだ。もっともそれなら何故風音がこの場にいるのか……という話にもなるが、ダハスはそれについての言及もせず笑顔で頷いた。

「ここだけの話ですが、我が一族には連絡用に伝説のサンダーバードを飼っているのです。情報こそが商人にとっては命綱。大きな商会であれば、多かれ少なかれそうしたラインを持っておりますわ」

「へぇ、サンダーバードかぁ。私と同じだね」

「カザネ様もですか?」

風音の言葉にダハスが目をパチクリとさせる。サンダーバードを召喚できる者やテイムしている者の絶対数は少ない。だからこそカピルーツ一族は他から一歩抜きん出ているのだが、風音も同じようにサンダーバードを手に入れているとのことだった。

それからダハスは少しばかり考えてから「さすがですわね」と口にした。

「カザネ様個人としてもそうした情報網もあるということですか。それに、どういった依頼なのかまでは教えてはもらえませんでしたが、完璧主義者の兄の依頼を完遂した腕前。感服いたしますわね」

ダハスはそう言って頷いた。そのダハスの頭を風音はジロリと見たが、

(天然かな。一族がみんな……というわけではないみたいだね)

ダハスのわかめのようなウェーブのかかった髪を見ながら、風音はそう考えた。風音の見る限り、ダハスのそれは地毛のようであった。また依頼内容を知らないとダハスが口にしているということは、どうやらゲハーノは己の 宿業(ハゲ) を妹にも話してはいないようである。

「とはいえ、わたくしからカザネ様方へご依頼することは特にございませんが……イチオクマンバッファローについて何かご相談があると伺ったのですが、どういったご用件でしょう?」

ダハスが鋭い目つきに代わって尋ねる。その口調も先ほどよりも棘のあるものに変わっていた。もっともそれは当然のことではあるだろう。手に入れた途端に待ったをかけられたのだ。ダハスにしてみれば、あらゆる手段を通じて手に入れた極上のシロモノをハイエナに持って行かれそうになっているに等しい状況である。

「イチオクマンバッファローの稀少部位『エンジェル・ラダー』を譲って欲しいんだよ」

「何をっ!」

後ろに控えていたマッチョが吠えた。彼らはダハスが美食のためにあらゆる努力を惜しまぬことを知っている。であればこそ、王族と言えど、いきなりやってきた相手に横からかっさらわれるような真似を許せるはずもない。しかし、ダハスが右手を挙げてその言葉を制止する。それからダハスは風音を睨みつけながら尋ねた。

「理由はなんでしょうl?」

「仲間のひとりを助けるため」

「聞けませんね」

「なんでだ?」

直樹が立とうとして風音が「待って」と止める。そして直樹が風音を睨みつけた。弓花の命がかかった一品だ。直樹としては是が非でも……と思うところであったが、風音は風音で真剣な顔を見てダハスに向き合っているのを見て、直樹は腰をソファーに下ろした。

「こちらも別に、見返りを用意しないわけではないんだよ」

「ほぉ、なんでしょう?」

風音の言葉にダハスが目を細める。それからお手前拝見といった表情をしたダハスの前に、風音はアイテムボックスからさっと肉らしき形の水晶が置かれた皿を取りだした。それにはダハスとマッチョメンたちが首を傾げて眺めた。

「よっと」

風音がさらに食材を切ることに特化するよう進化した『竜牙の食斬刀』を取り出すと、目の前で水晶化を解いて湯気の出た肉をサッサッサと切り分けていく。

「なんという切れ味。恐るべき調理包丁ですわね」

感心しているダハスの前に、風音は何かの肉をスライスしたものに、何かのソースをかけて、さらには不滅のフォークも乗せた不滅の皿をスッと置いた。

「これはバッファローの肉?」

ダハスが眉をひそめながらフォークを取ってそれを口にする。後ろでマッチョメンたちがゴクリとノドを鳴らした。彼らとて美食を追い求める者たちなのだ。今風音の出した肉の価値を理解できないわけではない。

「ふむ……」

それから何度か咀嚼し飲み込んだダハスの目が見開かれた。

「この味は……上質すぎる脂の溶け具合に、ジューシーな肉汁が口の中に広がっていく。ソースが逸品であることは言うまでもないが、何よりも素材が飛び抜けている。これは恐らくバッファローの 最高級部位(エンジェルラダー) 、それもハッセンマンクラス!?」

ダハスが驚きの顔で風音を見た。そのダハスに対して風音はしてやったりという顔をする。

「いいや、これはニセンマンバッファローの肉だよ」

そう口にした風音にダハスからは「馬鹿な……」という声が漏れた。

美食家をも錯覚させるほどの味わいの肉を果たして風音はどうやって作り上げたのか。その秘密は彼女のスキルにあった。