軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百三十話 オークションをしよう

魔道大国アモリアの西にあるドロイア山脈。その麓一帯を支配する辺境貴族アキド・ニースは、とある目的のために王都コーダへとやってきていた。

本日はアモリア名物、魔法具オークションの開催日。本来の開催日から一週間遅れたため滞在期間は延びたが、それでも中止にはならなかったことにアキドは心底安堵していた。

(見ていてくださいお婆さま。きっと私は、あの魔法具を手に入れてみせます)

そうアキドは祖母に誓う。

今も家にいるであろうアキドの敬愛する祖母はもう年であり、ここ最近は屋敷から出ることも少なくなっていた。また、かつて何度となく訪れていたツヴァーラの温泉街へ旅行するのが難しいほどに、もう祖母の体力もなくなっていた。

その祖母が「温泉に行きたいねえ」と窓の外を見ながら寂しそうにつぶやいているのを見て、アキドは決心をしたのだ。祖母にもう一度温泉に入らせてあげたい。再び笑顔を取り戻してあげたい……と。

そして、その願いを叶えることが可能な魔法具がオークションに出されることをアキドは知り、こうしてわざわざ王都へと出向いてきたというわけであった。

「ふぅ、緊張するな」

アキドがオークション会場にたどり着くと、すでに多くの名士たちがその場に集まっていた。アキドは己の場違い感を感じながらも、その中へと入っていく。

「アキド様、あまりキョロキョロとなさりまするな。田舎者とでも思われてはニース家の名に傷が付きます」

「分かっている爺。それよりも、こっちだろう。まったく、無駄に豪華だな」

アキドたちが会場の中に入ってみると、その内装は随分と凝っているようだった。

成金趣味とまでは言わないが、あまり飾り気のない生活を送ってきたアキドにとってそれは少々やりすぎのように見えていた。

「それだけのものを取り扱うのです。あらゆる面で気を使う必要があるのでしょう。おや、そこですか。アキド様、あの中だそうです」

その爺の言葉を聞いて、アキドも「ようやく着いたか」と口にした。それから案内人と部屋の入り口で別れたアキドは、そのまま席の方へと進んでいくが、

「おっと」

途中でアキドは横を通りかかった人物とぶつかってしまった。

「その、すみませ……」

そして、その人物へと顔を向けたアキドが息を飲んだ。

『いいえ。お気にせずに』

それは妙に恐ろしげな仮面を被り、 白金(プラチナ) 色の毛皮のコートを羽織っている小さな人物であった。

「カザ……カザーネサマー様。こちらですよ。もう、チョロチョロしてると危ないですから。すみません」

「いえ。こちら……こそ?」

そして、もうひとり。仮面の人物と共にいた者がいて、その姿を見たアキドは目を丸くした。

(宮廷魔術師長のミサリ様じゃないか)

アキドは呆気にとられてその人物を見た。

そこにいたのは、この国でも守護兵装を任された上級貴族にして国の魔術師たちを束ねる存在、魔道大国の実質的なナンバー3にあるミサリであったのだ。

アキドも何度か式典で見かけたことはあったが、それは田舎貴族にとっては雲の上の人物であった。

「アキド様」

「う、うん。私の席はそこであったな」

アキドは動揺を隠しながら、そうつぶやいて再び席へと向かう。

そしてたどり着いた席からはオークションのステージがよく見えた。

実はニース家は鉱山持ちで、中央への影響力こそ大きくはないが、財政は豊かで国内においての地位は低くない。

本日の魔法具オークションに参加する際にも多額の参加費を払っていたため、アキドの席はそれなりのものであった……のだが、そのすぐ近くの席にカザーネサマーと呼ばれた仮面の人物とミサリも座っていた。

(なぜ、この席に?)

アキドがさらに驚きの顔をして、ふたりを見ている。

本来のミサリの地位から考えればここよりも上のビップ席にでもいるはずなのだが、どうやらカザーネサマーの付き添いなのか、ミサリはこの部屋の席に座っていた。

またミサリはカザーネサマーと呼ばれていた人物に話すのに……というよりも、懇切丁寧に何かを注意するのに夢中になっていて、アキドが見ていることにも気付いていないようだった。

とはいえ、アキドもミサリとは知り合いというわけでもないし、席が近いからといって挨拶する間柄でもない。

それにアキドはむしろどういった人物か分かっているミサリよりも、その横にいるカザーネサマーの方が気にかかっていた。

(何者だ。あの仮面の人物は?)

カザーネサマーの被っている仮面の造形は妙に恐ろしく、やけに重い威圧感を放っているように見えるのだ。少なくともアキドの観察した限りでは、呪いの装備にしか見えなかった。

また身に纏っている 白金(プラチナ) 色の毛皮のコートはアキドが見たこともないほどに見事なもので、コートの中からは虹色の輝く指輪やネックレスなど、どう見ても一級品以上の装飾も覗かせていた。

(身に付けているものといい、纏う空気と言いい、相当な人物のようだが……仮面を被っている以上は表には出れない人物……ということか。かかわり合いにならぬ方が良さそうだな)

そうアキドは考え、それから素直に席に座ってオークションに集中することにしたのだ。スケジュールによればアキドの狙っている魔法具が出るのはまだ先である。それまではオークションに出る珍しい品々を見て楽しむつもりだった。

『ああ、それ。それ頂戴。おお、いいね。魔導炭酸水製造機。こんな素晴らしいものがあるんだね』

「ああ、 極めたる栄光の手(ハンズオブグローリーオーバー) をポンポン放出して。価値が釣り合ってませんよ」

『だって、あれ気持ち悪いんだもの。さっさと手放したいし』

そうしている間にも隣のカザーネサマーなる人物は、気になったものがあると猿の手のようなものを次々と取り出しては、オークションの品と交換していった。

オークションに事前に申請し、金銭的価値を認められた品を交換する。そうした方式がこの魔法具オークションには存在するのだ。それは、コレクターにとってはある種の見せ物のひとつであった。

「爺。あれは価値があるものなのか?」

ステージへと持っていかれる猿らしき手を見ながら尋ねるアキドの後ろでは、爺が血走った目をして震えていた。

「わ、分かりませぬかアキド様。あれは 極めたる栄光の手(ハンズオブグローリーオーバー) 。呪術師にとっては一種の憧れ、最上級の装備のひとつですぞ」

「爺はよく知っているな」

「昔、私も呪術師でしたので」

「初耳だが」

そんなやりとりをしている間にもオークションは進んでいく。そしてカザーネサマーは次々と 極めたる栄光の手(ハンズオブグローリーオーバー) を放出していった。手に入れているものが微妙に生活によったものに見えたが、ともあれカザーネーサマーは気前良く、その猿の手をポイポイと出していったのだ。

そして、続いてアキドの狙っていたソレがついにステージに並べられた。

「続けての品は温泉珠です。それも硫黄の温泉珠。体を温める、最高の湯を提供する魔法の水晶ですッ」

これだとばかりにアキドが立ち上がる。

そして同時に何人もの男たち、あるいは女性たちも立ち、競りが始まった。一言金額を口にするたびに、別の者が声を上げていく。

その応酬の中で、アキドは周囲の者たちを見ながら、挙手して己の金額を告げた。それは、その前に口にした人物の指定した金額の1.5倍。

そして、声が止まる。無論アキドも温泉珠の相場は事前に調べていた。今の金額はその相場の倍近くまで跳ね上がっている。だが、アキドは遠慮などしない。

敬愛する祖母の笑顔を取り戻すために、今日ばかりは金に糸目を付けるつもりはなかった。

『おおっと、これで決まりでしょうか。他におりませんか?』

アキドが周囲を見回すと、先ほどまで競り合っていた者たちはみな席に着いていた。もはや、彼らには温泉珠にそこまで金を払えなかった。そして、アキドが勝った……と、思ったそのときである。

『タイガーオブナインテイルウィップを出すよ』

気が付けば、カザーネサマーが立っていた。そしてその手には溢れ出さんばかりの魔力を放つ九つの紐が付いた鞭が握られていた。それを見てアキドがゾクッと背筋を震わせる。

同時に、会場がその鞭の金額が告げられてワッと湧いた。桁が違う。もはやそこにアキドの立つ場所はなかった。

「クッ」

アキドがガタッと音を立てながら席に座った。

「あ、アキド様」

「何も……言うな」

そうしている間にも、カザーネサマーはさらに『もういっちょ』と言いながら、また猿の手も合わせて出していた。ミサリが「カザネさ……マー様やりすぎです」と口にしているが、そのカザーネサマーに張り合おうという者は当然いない。

そして温泉珠は当然のようにカザーネサマーの手に渡ったのだ。それをアキドは虚ろな目で見ていることしかできなかった。

「しかし、とっととアレを出してればすぐに手に入りましたのに」

『ふふふ、私の温泉珠に群がる愚か者たちを見ながら、悦に浸っていたのさ。これなら根回しなんか必要なかったよね』

「そういうのは口に出さないで下さい」

(愚か者……根回し……)

アキドはギュッと拳を握りしめた。なんてことはない。結果など最初から決まっていたのだ。そして、元よりカザーネサマーは自力で手に入れられる財力も持っていた。アキドが温泉珠を購入できる道などなかったのである。

「アキド様、爺は悔しゅうございます。あれは、あの温泉珠はサーシャ様のためのものでしょうに」

爺が泣いていた。アキドの祖母は爺にとっても古い知己だ。その付き合いはアキドの倍以上の年月がある。悔しくないはずがなかった。

祖母の笑顔を取り戻す。そのことをもっとも喜んでくれたのも爺であった。しかし、それは無惨にも打ち砕かれた。

「言うな。頼むから……」

アキドは目をつぶって、上を向いた。

カザーネサマーの笑い声が次第に遠ざかっていく。どうやら目的のものを手に入れて、もうこの場には用がなくなったようだった。

猿の手無双のカザーネサマー。会場では誰からともなくそんな言葉が囁かれたが、それはアキドにはなんの関係もない話だ。今、アキドはただ悔しかった。

「すみません。お婆さま……」

そしてアキドの瞳から一筋の涙がこぼれた。それは悔しさと悲しさの入り交じった涙だ。もはや望みは叶わない。であれば、この場にいる意味はないとアキドが失意のまま立ち上がろうとして、

『さーて。こっからは飛び入りのアイテムのお出ましです。それじゃあ、まずは先ほどと同じ温泉珠から』

「買ったぁッ!」

アキドは勢いよく挙手したのだった。