作品タイトル不明
第七百十六話 糾弾をしよう
パーンッと頬を叩く音がした。
「よしっ」
それは風音が己の頬を叩いた音だった。
解放神狼(リバティフェンリル) 化弓花が何事かと風音を見たが、ひとり気合いを入れている姿を見て、その心境を察して特に何も口にはしなかった。
弓花が言うまでもなく、同郷の相手を倒したこと、そうしなければならなかった意味を風音は理解している。ここまでの旅の経験が、風音の心を強くしていた。
そして、直樹の拉致から始まった悪魔との戦いも終わりを迎えた。スキル『見習い解除』も解かれて風音の姿も元に戻り、ポッポさんは再び 魔力の川(ナーガライン) の元へと去っていき、ルビーグリフォンは召喚解除されて空中で消滅していった。
また今回、風音はスキルを手に入れることはできなかったが、それはそれでやむを得ないことでもあった。
悪魔憑き(デビル) ドラゴンを風音は倒していないし、エイジは『魂を砕く刃』を発動させた『ソードレイン』で仕留め、オールドジンライは守護兵装『神の杖』がトドメを刺していたのだ。もっとも今の風音にそのことを考える心の余裕はなく、それを思い返すのはまたしばらく後のことである。
それから風音たちはポッポさんを見送った後、メタルカザネJを回収し、倒壊したキャンサー家の屋敷へと戻っていった。そこにはすでに 悪魔憑き(デビル) ドラゴンの姿もなく、屋敷での戦闘も終わっているようだった。
◎魔道大国アモリア 王都コーダ キャンサー家 屋敷
「ほいやっと」
解放神狼(リバティフェンリル) 化弓花が屋敷跡に着地すると、風音がかけ声を上げながらその場で飛び降りた。続いて弓花も元の姿へと変わっていく。変化の制限時間もギリギリであったのだ。
「カザネ、お帰りなさい」
そして、下りてきた風音にティアラが真っ先に飛び出して抱きついてきた。
召喚獣でとはいえ、先ほどまで一緒に戦っていたティアラではあったが、倒した相手のことを考えたら、いてもたってもいられなかったようである。ともあれ、風音の中でソレは整理がついているし、ティアラで迎えにも笑顔で応じていた。
「うん。ただいまティアラ。それにみんなもご苦労様」
ティアラの背をポンポンと叩きながら、風音がそう言って仲間たちを見回す。
そこには「へへっ」と笑うレームとその頭の上でくわーっと鳴いているタツオ、 悪魔憑き(デビル) ドラゴンとの戦闘で活躍したらしく満足げなライルとエミリィ、さらわれて問題を起こした張本人なのに「やったぜ姉貴」と満足げな顔を浮かべているキモオ(気持ちが悪い弟の略。懲罰対象予定)とそれの近くでハーハー言っているクノイチ、「ォォオオン」と吠えるタツヨシくんケイローンと、それに合わせて万歳をしているホーリースカルレギオンと黒ミノくん、さらには 端(はじ) で体育座りをして落ち込んでいるジンライと、見知らぬ青年に抱きついているルイーズに涙を流して謝罪しているローアたちがいた。
それを流し見て、途中から風音の顔が笑顔から怒り、さらには困惑へと変わっていった。それは直樹の懲罰がこの場ではキャンセルされた瞬間だった。
「えっと、そっちのローアさんたちが何でいるのかも分からないんだけど、その人は誰?」
風音が指を差す先にいるのは、ルイーズが抱きついている相手である。それはミンシアナの冒険者ギルドマスターにして、ルイーズの息子であるルネイに似た青年だった。その青年にルイーズが涙を流しながら頬ずりをしているのだ。若いツバメを手に入れて歓喜しているようにも見えたが、どうやら本当にルイーズは感動しているようである。
「ええと、カザネさんですね」
「はい」
風音が素直に頷いた。声を聞く限りは優しそうな青年であった。
「僕、ヨーシュアです」
「え?」
その言葉を聞いた風音に対し、ルイーズがヨーシュアを名乗る青年を指差して、それから自分にその指を向けた。
「この子があたしの弟よカザネ」
「え?」
その言葉に風音と弓花の頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「ええと、弟って……それってどういうこと?」
その風音の疑問に、
「それ、私にも教えてもらえますかね?」
上空からも声がかかった。そして、その場の全員が上を見上げると、そこにはミサリが乗っている巨大な鳥がいたのである。守護兵装を使用した後、急いでここまでやってきたようでミサリの息は上がっていた。
「あ、ミサリさん」
「あ、じゃないですよ。あ、じゃああ!」
手を振って挨拶をする風音にミサリが激昂する。
「王都壊滅の危機だったじゃないですか。何をしてくれてるんですか?」
そう言われて風音が考え込む。何をしたのか。それは非常に難しいところだ。ともあれ、風音は王都に被害をほとんど出さなかった自分を褒めてやりたいくらいだったので、ひとまずは正直に話すことにした。
「え、被害は……キャンサー家の屋敷はノーカンとして、メタルカザネJで道が壊れたぐらい?」
「風音。騒音罪よ、たぶん」
後ろから弓花が微妙にズレた助言をし、風音が「マジで?」という顔をするが、ミサリはそれを見て青筋を立てながら叫んだ。
「ええい。ともかく全員王城に来てください」
◎魔道大国アモリア 王城コーダ 円卓の間
そのミサリの言葉に素直に……ではなく、一応状況を確認し準備をしてから王城に向かった風音たちは、大浄化塚で待機していたが呼び出されて移動していた竜騎士団長ローグとも合流し王城に入ることとなった。
そして風音たちは、重要な決めごとを行う際に使用される円卓の間へと通されたのであった。
「よく来てくれたカザネ殿」
部屋の中に入った風音たちにそう口にしたのはアモリア王ドーマであった。そのドーマの横には王弟ゼンドーと重鎮が三名立ち並び、その他にも部屋の中には悪魔狩りのクラン『自由なる魂』のリーダーであるヴァーゼンと、キャンサー家の重鎮モルガンとカルアも待っていた。
弓花は部屋の中にカルアがいることに首を傾げていたが、彼は正真正銘キャンサー家の重鎮であり、性格はともかく仕事はできる男なのである。
もっとも今のカルアに、かつての頃の威勢はなかった。弓花が入ってきたのを見た途端にカルアはビクッとした顔をして、それから顔を伏せながら脂汗を流し始めていたのである。植え付けられたトラウマは、カルアの心に深く浸透しているようだった。
「さて、カザネ様。ご説明願えますかな?」
軽い挨拶の後、硬い口調で王の横にいるゼンドーが、そう風音に問いかけた。
ゼンドーにしてみれば風音は王都コーダを騒乱の渦に叩き落とした張本人である。それがどのような意図によるものだろうと糾弾し、捕らえることは無理だろうとも、せめて王都から追放して早々に国へとお帰り願いたかった。
しかし、今回の事件の背景は色々と複雑だ。発端を考えれば、どこに責があるのかも分からない。故にひとまずは事情を聞かねば……とゼンドーも自制しての言葉であったのだが、風音がそれに快く応じて事情を話し始めるとゼンドーたちの表情はますます険しくなっていき、さらには青ざめていった。
ことの発端はローアたちが直樹をさらったことから始まった……というわけではなかったのである。
実のところ、ローアとルイーズに確執があることはゼンドーたちも掴んでいた。だが、直樹の拉致を誘導したのはゼクウであり、その標的は直樹ではなく、ヨーシュアを殺害したローアへの粛正であったのだ。
その言葉にはローアの顔が強ばり、モルガンとカルアも難しい顔をしている。だが、もっと表情に変化があったのはゼンドーたち、アモリアの重鎮たちであった。
問題なのはゼクウと悪魔狩りだった。正確にはゼクウが悪魔に荷担した経緯と、悪魔狩りの発端が問題だったのだ。
「アモリア王族が悪魔信奉者だった……だと?」
ゼンドーがよろめきながら呟いた。
その言葉の意味するところは、あまりにも大きすぎた。各国を狙って暗躍し、東の竜の里ゼーガンを襲撃した最悪の悪魔集団『七つの大罪』が、見方によってはアモリア王族によって生み出されたとも取れる状況だったのである。
「ははははは、まあそういうことっすね」
そう言って一歩前に出たのはイリアであった。今のイリアは隠密クノイチからミンシアナ王国のユウコ女王の使いという立場へと早変わりしていた。変わり身の早い女と定評があると、ここに来るまでにイリアは直樹に自慢していたが、普通に考えるとそれはマイナスポイントでしかない。
ともあれ、イリアの身の保証はミンシアナ王族である風音がしているし、実際にここに来るまでの間に風音はゆっこ姉とメールでやりとりをして指示を仰ぎ、その答えももらっている。
また、イリアも方針が書かれたメールを風音が出力した写真で確認しており、ゆっこ姉の意志を正確に把握していた。
「我が国の大事な、大事な、大事な、とても大事な宝であるナオキ様の拉致に荷担したアモリアが、実は七つの大罪とも通じていた……ということが周辺国に知れたらどうなるか。ここからは、それを考えながら話をして欲しいっすねえ」
そう口にするイリアは、とても悪い笑顔をしていた。途中までイリアは「こりゃ、もうあかん」と意気消沈していたのだが、今ではすべての責任を回避するどころか、実を取る気満々であった。
そのイリアの言葉を聞き、ゼンドーもミサリも、他のアモリアの重鎮たちもすでに状況が変わっていることを理解せざるを得なかった。断罪されるべき者と糾弾すべき者の立場はすでに入れ替わっていたのだ。
「しょ、証拠は、証拠はあるのか?」
アモリアの重鎮のひとりがそう声を上げた。
しかし、それは悪手である。そこにヨーシュアを名乗る青年が挙手をして「あります」と答えたのだ。
ゼクウは当時の契約書などをすべて保存していて、その所在をヨーシュアは知っている。その言葉を聞いてミサリが魔術で外部に連絡を取ろうとするが、
「あ、全部こっちで保管してるっすから、キャンサー家に向かおうとしても無駄っすよ」
魔術の発動に気付いたイリアがニコリと笑いながら、そう口にした。その言葉を聞きながらもミサリは一応部下を屋敷に送るように念話で指示を出したが、イリアの表情を見て、すでに手遅れであるのだろうと諦めてもいた。
ちなみに、保管先は風音のスキル『真・空間拡張』の大型格納スペースである。そこにゼクウの部屋ごと保管しているのだから誰にも手出しできるはずもない。
それは知恵の実を食べて強化されていた風音が機転を利かせて行っていたことで、王城に向かう前に準備の時間を許したミサリの失態でもあった。
そして、イリアと風音がゼンドーたちに笑いかける。
イリアはゆっこ姉からのオーダーを完遂すべく、風音はこのままお流れになりかねないオークションの参加と有利な立場を掴むべく、ふたりはタッグを組んでいたのである。
その己の欲望のままに行動するふたりを前に、ゼンドーとミサリは今や絶体絶命の窮地に追い込まれていた。