軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百九十六話 お屋敷に招待されよう

◎魔道大国アモリア 王都コーダ キャンサー家屋敷 入り口

弓花が男に取り憑いた悪魔を発見した翌日。

その悪魔の発見者であった弓花は仲間のルイーズとクラン『自由なる魂』のリーダーであるヴァーゼン・ロイマーに挟まれ、さらには後ろを付いてきている直樹に苦笑されながらキャンサー家の屋敷の前に立っていた。

「立派な家だなぁ」

かなり気乗りしない様子で促されるままに門をくぐった弓花が屋敷の庭を見ながらそう呟いた。風音が生み出すゴーレムメーカーの建物もそれはそれで見栄えはするが、人の手によって生み出された芸術品の躍動感までは再現できない。

「悪魔はそれなりの身分の相手を契約者として選ぶ傾向があるからね。それを退治する悪魔狩りは王侯貴族や商人などとの繋がりも強いわけ。ま、要するにお金が流れやすいのよね」

そのルイーズの説明に弓花が「へー」と頷いた。

もっともそうした状態が続けば組織というものは腐っていくのが普通ではあるのだが、この悪魔狩りという組織に限ってはそうしたことはなかったようである。そうした組織の劣化を食い止めているのがゼクウ・キャンサーという傑物であることは、悪魔であることを疑っているルイーズもやヴァーゼンにしても理解しているところである。その不動の存在がいるからこそ悪魔狩りは五百年に渡り機能し続けていたと言っても過言ではなかった。

「フンッ、妖怪ジジイめ。あれが悪魔に取り憑かれたとは確かに考え辛いな」

ヴァーゼンが案内している執事に聞こえないようにボソッとぼやいた。ゼクウが仮に悪魔であったとして、今まで誰にも気付かれずに隠し通せてきていたとはルイーズとヴァーゼンは考えていない。かといってゼクウが悪魔に取り憑かれたのかといえば、それも考え辛いともふたりは予測していた。

「ゼクウお爺さま……可能性があるとすれば……自ら堕ちたか」

「まあ、さすがに年だからな」

悪魔狩り創設より五百年。その間、常にトップであり続けるゼクウ・キャンサーは当然エルフの寿命を超えている。もっともそうした寿命などと言った生物の有り様を超越できる者は時折存在しており、ゼクウもそのひとりだと言われていた。

「生き続けるために悪魔に堕ちる……ないとは言えないわ」

実際に悪魔は悪に堕ちやすい特性を持っているだけで、その存在自体は悪ではないのだ。故に悪魔をよく知っているゼクウであれば安全に悪魔化したという可能性がないとは言えなかった。

またゼクウが現在嫌疑を掛けられているのは正確に言えば『悪魔か否か』ではなく、東の竜の里ゼーガンの襲撃犯か否か、そして北黒侯ゲンを殺害した殺竜者か否かであった。そんなことを二人がボソボソと話している間にいる弓花は非常に居心地が悪そうに歩いていた。

(というか何で私、ここにいるんだろ?)

このキャンサー家の屋敷は悪魔狩りたちにとっての本拠地だ。そこに弓花がやってきた理由は昨日に悪魔狩りであるルイーズとヴァーゼンに、弓花が『協力して』悪魔を『退治し』、悪魔が運んでいた錠剤型ブラックポーションを『確保した』からだった。少なくともキャンサー家にはそう伝えられていた。

なお弓花の後ろを歩いている直樹は白き一団の仲間として付き添っているだけで、何かあったときのための脱出係としてこの場にいた。

そして弓花たちはそのまま庭を抜け、屋敷の中へと入り、通路の奥へと進んでいくと最奥にある大きな扉の前へとたどり着いた。その先が悪魔狩りの面々が一堂に介するために用意された円卓の間であった。

◎魔道大国アモリア 王都コーダ キャンサー家屋敷 円卓の間

「ようこそおいでくださいましたユミカ・タチキ、ナオキ・ユイハマ。それにヴァーゼンとルイーズ、あなた方もよくやってくださいましたね」

円卓の間へと入った弓花たちを迎え入れたのはキャンサー家の家長代理であるローアであった。そして弓花たちと、また円卓に並び座っているエルフたちが続けて挨拶を交わしていく。

(みんな、キャンサー姓か)

弓花が次々と告げられる名に必ずキャンサーがついていることに感心していたが彼らはキャンサー家の重鎮たちであるので当然ではあった。また、その中にはルイーズやヴァーゼンのそれぞれに、あるいは双方に対してあからさまに嫌そうな顔をしている者もいれば、逆に好意的に見ている者も少ない数だが存在しているようだった。対して弓花と直樹には主に興味本位の視線が向けられていた。

「ローア、今日はちゃんと用があって来てやったぞ」

「分かっておりますわ。だからお招きしたのでしょう。先日だって、この計画を最初に話していただけたらお通ししましたのに」

ローアの言葉にヴァーゼンが「ハッ」と笑う。

「それで横取りされては敵わんしなぁ」

ヴァーゼンの言葉にローアが口元を若干つり上がらせたが特には何も言わなかった。

この街はキャンサー家のお膝元。実際にヴァーゼンが

それをローアに告げていれば確かにヴァーゼンの言葉通りにキャンサー家がヴァーゼンたちを押しのけて行動していたはずである。もっともヴァーゼン自身が先日にこの屋敷に来たときにはブラックポーション徴発計画など考えてもいなかったので告げられるはずもなかったのだが。

(あー胃が痛い。なんでこんなことに)

そんな中で弓花はひとりおなかが痛くなっていた。

その状況は、昔遊びに行った友達の真智子ちゃんの家がたまたま法事で親戚一同が揃っていて、その妙にギスギスしている部屋の隅で「ごめんね弓花ちゃん。ちょっと待っててもらえるかな」と真智子ちゃんのお母さん(顔が全く笑っていない)に言われてじっと待っていた時の空気に似ていた。その後、どういった状況下は分からぬが親戚同士が嫌みを愚痴愚痴と言い合っているのを見て(大人って嫌だなー)と思いながらポロポロと涙をこぼしていた苦い記憶が弓花の中で蘇っていた。

「はぁー」

弓花がため息をついた。テンションだだ下がりである。

(それもこれも全部あんたのせいだからねえ)

弓花が懐に仕舞ってあるチャイルドストーンの中にいるクロマルに心の声で呟いた。それが届いたのかクロマルが悲しそうに『クゥン』と心話で鳴いて返してきたので、弓花はなんだかいたたまれない気持ちになり(いや、うん。私も悪かったよ)とすぐに折れたのである。

そして昨日の状況だが、弓花たちと別れた後にクロマルは悪魔の男を追いかけ続け最終的に倉庫街の倉庫のひとつにたどり着いたようだった。

その倉庫に仲間はおらず、悪魔が単独でいることを把握したクロマルは『|ウォン?(おや、やれんじゃね?)』と考えてそのまま制圧してしまい、冒険者ギルドへは男と倉庫に置かれていた無臭の錠剤型ブラックポーションを直接運んでいったということだった。

それだけでもやり過ぎではあったのだが、運の悪いことにクロマルが訪れた冒険者ギルド事務所には偶々ルイーズが居合わせていたのである。

(ルイーズさんと鉢合わせをしなければ、普通にスルーできたはずなのに……)

その弓花の認識が正しいかはともかく、同時にその場にはヴァーゼンもいたのである。

一方でクロマルは背に悪魔に憑かれた男を、口には錠剤型ブラックポーションを咥えており、当然クロマルを知っているルイーズは説明を求められたのであった。

そして最終的にキャンサー家に入り込む口実を欲していたヴァーゼンに押し切られての今の状況である。

ルイーズも悪魔狩りとして、ゼクウの疑惑の真偽を確かめるべく会合していた相手として、昨日の夜のお稽古の相手としてヴァーゼンの提案を拒めなかった。

「それにしても錠剤型のブラックポーションとは恐ろしいものがこの国にまで出回ってきたものね」

弓花が微妙な顔で「私、悪くなくない?」と思っている前ではローアが嘆かわしいという顔でそう口にしていた。悪魔狩りの本拠で悪魔がブラックポーションを運んでいたのだ。捨ておける話ではないが、問題は見つからなかった理由であった。

「反応できないブラックポーションに正体隠しの魔術ですか。組織だった連中はやっかいですな」

「しかしルイーズの活躍でキャンサー家の一応の面目は保たれました。ご苦労だったねルイーズ」

円卓の席にいるエルフの老人たちがそう口にした。そしてルイーズに声をかけたのはモルガン・キャンサーと名乗った老人であった。

その老人の言葉にルイーズが頭を下げる。何人かが苦虫を噛み潰したような顔をするが、何か言おうという者はいなかった。

「倉庫の履歴を洗ったところソルダード経由なのは確認できました。やはりブラックポーションはあの国から流れているものと見て間違いはないでしょうね。厄介なことではありますが」

眉間にしわを寄せながらローアがそう呟き、ルイーズが顔を伏せる。そのことに弓花が眉をひそめたが、その理由を口にしようという者はいない。

「あの国には我らは入り込めぬしな。面倒なことよ」

モルガンも忌々しそうにそう口にする。

「まあ何にせよだ。ユミカさんには感謝せねばな。最終的に決め手になったのはあなたの召喚獣だとか」

「いえいえ。こちらのふたりと綿密に計画したおかげですよ。私だけじゃあとても……」

アハハハハハと弓花が笑って返す。実際にはその召喚獣一匹で事足りていて、ルイーズもヴァーゼンも便乗しているだけなのだがそれは秘密であった。

そして、その弓花の言葉に反応して立ち上がる男がいた。

「まあ、そうであろうな。その凡庸な面構え。所詮はハリボテで固めただけの者なのは明らかであろうからな」

それには弓花だけではなく、ルイーズも、他のキャンサー家の者たちも眉をひそめて立ち上がった男に対して視線を向けた。それは先ほどの挨拶の中でもっとも態度の悪いエルフ男の、カルア・キャンサーという男であった。