作品タイトル不明
第六百九十五話 天から降りてこよう
「あれ?」
「あの男がどうかしたのかよ?」
レームはそう口にしながら弓花に視線を向けると弓花の瞳から銀色の炎が燃え上がっていた。それを見てレームが少しばかり躊躇した後に口を開いた。
「相変わらずユミカは人間離れしてるな」
「相変わらずって何よ!?」
弓花が抗議の声を上げるが相変わらずは相変わらずである。それは 解放神狼(リバティフェンリル) のスキル『銀炎の瞳』の発動である。
弓花は闇の森での戦いで『化生の加護』のスキルレベルが上がりスキルセットが3つ可能になっていた。そのため普段セットしている『直感』と『犬の嗅覚』に加えて幻惑を跳ね退け、真実を見通すことができる補助スキルも装着していたのである。もっとも集中してスキルを強く発動させると今レームが見ているように銀の炎が瞳から発せられてしまうようで、見た目はちょっとアレだった。
なお、相手の正体に気付けたのはスキル『犬の嗅覚』によるものでそちらもスキルアップしていて風音と同じくアストラル体の識別が可能となっていた。
「微妙な匂いを感じたんだけどね。あれ、悪魔だわ」
指を差して告げる弓花の言葉にレームがギョッとした顔をする。タツオはフードの中から顔を出して『私にはよく分かりません』と口にした。タツオの『嗅覚』はまだアストラル体まで捉えることはできないようであった。
「で、どうするんだよ? 街中だけど戦うつもりか?」
レームの問いに弓花は「うーん」と唸りながら考え込む。
「悪い悪魔かどうかも分からないしこのまま放っておくって手もあるんだけどねえ」
「おいおい。分からないって悪魔なんだろ? 悪(あく) の 魔(ま) ってくらいなんだし悪いヤツなんじゃねーの?」
レームはそう口にするがそれは認識間違いであると弓花はルイーズから教わっていた。
「いや、悪魔って言っても人間に敵対しているのばかりじゃないよ。悪魔使いってのもいるし、悪魔の特性を持った 悪魔喰い(デモノイーター) や精霊も存在するんだって。けど……アレは人間を乗っ取ってるタイプっぽいんだよね。中に入っている魂の数を見れば随分と人の魂を喰らっているようだし」
そう口にした弓花の話を聞いてレームが「うへぇ」と怯えた声を上げる。そして弓花たちがそんなことを話していると悪魔と容疑をかけられた男がその場から歩き出し始めた。
『行っちゃいますよ。どうしますか?』
タツオがくわーっと鳴きながら尋ねる。それには弓花も悩みながら口を開いた。
「このまま見逃すのもどうかと思うけど……かといって誰かを呼びに行くのもなぁ」
弓花がタツオとレームを見る。この場でタツオとレームのどちらかに応援を呼びに言ってもらうのはそれはそれで危険過ぎる。ふたりの存在価値はこの場で気軽に出歩くには高過ぎるのだ。故に弓花がこの場にいるのはふたりの護衛の意味もあった。
(風音にメールを……けど、今はサグーさんって人のところに行ってるしなあ)
緊急性があるならいざ知らず、今の状況なら呼ぶべきか否かの判断は難しいところだ。そもそも今回弓花たちは積極的に動かない方針でこの国に来ている。行動を起こすこと自体が危険かもしれなかった。
(直接は止めとくか。尾行してタツオとレームを危険に晒すのもマズいしね)
そう思った弓花は懐にしまっておいたチャイルドストーンを取り出すと、それに声をかけた。
「よしクロマル。出ておいで」
「ウォンッ」
弓花の声に反応してチャイルドストーンから光が放たれると、その中から銀の角を生やした凛々しい銀の狼が出現した。
「クロマルを呼んでどうするんだ?」
レームの問いに弓花は「この子に追わせる」とだけ言うと懐から紙を取り出してサラサラと何かを書くとそれをクロマルに咥えさせた。
「クロマル。まずはあの男を追跡。それで向かった先を突き止めたらこれを冒険者ギルド事務所の受付の人にでも届けて。で、ギルドの人が了承したら居場所へと誘導する。分かった?」
紙を咥えているクロマルは声を発せないので無言で頷いた。クロマルは人語を話すことはできないが弓花の言葉ならばある程度は理解が可能だ。そして弓花の指示を受けたクロマルはその場で踵を返すと男の方へとゆっくりと走っていったのであった。
「お、周りの人もよく気付かないもんだな」
弓花を乗せられるほどの巨体であるクロマルがまるで消え去るように人混みの中に入っていった姿を見てレームが驚きの声を上げた。
「クロマルはスニークスキルを持ってるからね。そんじゃ私たちは……えーと、ひとまずは魔法具屋さんに行こうか」
やれるべきことはやったと考えた弓花はすぐさま思考を切り替えて歩き出し「放置でいいのかなあ」とクロマルの姿が消えた方に視線を向けながらレームもそのまま弓花に手を引かれて歩き出した。そして弓花たちはそのままショッピングをエンジョイして迎賓館へと帰ってきたのであった。
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「という感じのことがあったんだよね」
「なるほど。ファインプレーなのかどうかは今後の結果次第だけど理解した」
風音が微妙な物言いをして頷いた。風音ならそのまま尾行していただろうが、タツオとレームを連れてではやはり心配である。悪魔関連で踏み込めなかったことがどう影響するかはその後の状況を見ての判断となる。
「ま、ここで悪魔が捕まえられてその流れが見えれば、例の人も助かるんじゃないの? クロマルもやること終えたらさっさと帰ってくるだろうし、追いかけられたら召喚解除すりゃいいわけでしょ。んで私らに届く前にミサリさんたちのワンクッションがあれば面倒ごともそのままスルーしても大丈夫なんじゃないかな?」
『ところがどっこい。すっとこどっこいっすね。ユミカっち』
弓花の言葉に天井から声がして、続けてスーッと蜘蛛が降りてきた。
「あ、イリアさんだ」
『どもっす。クノイチのイリアさんっす』
風音の言葉通り、目の前の蜘蛛はイリアの式神であった。
「どういう意味ですイリアさん?」
弓花が少しムスッとした顔でイリアに尋ねるが『そっちはもう少ししてから本人に聞くっすよ』と謎の返答が返ってきた。
『まーあっしはあっしの仕事をするっす。そんじゃあ報告っす』
「あーはいはい。お願いするよ」
ゆっこ姉の影武者にして専属の諜報員イリアは、風音たちよりも先にアモリア入りして状況を探っていたのである。他国の王族が勝手に動くことは当然問題であるので、基本的に今回の件で積極的に動くのはこのイリアだけの予定であった。
『まあ前に調べたこととそんなに変わらないっすけど、キャンサー家がゼクウ・キャンサー悪魔説の噂を消そうと躍起になってるのが改めて浮き彫りになったのを目撃したっす」
「何か見たの?」
風音の問いにイリアは『そうっす』と返した。
『外来の悪魔狩りの代表であるヴァーゼンっておっさんが今この街に来てるっすけど、キャンサー家の前で門前払い喰らってたっす』
「代表? ヴァーゼン? 誰?」
レームが初めて聞く名前に目をグルグルさせている。
『ヴァーゼン・ロイマー。悪魔狩りのクラン『自由なる魂』のリーダーっすね。この男がリーダーの組織を中心に外来、つまりはキャンサー家でない悪魔狩りが構成されてるわけっすよ』
「で、その人が拒絶されたってことはゼクウってお爺さんは黒ってこと?」
風音の問いにはイリアが「どうっすかねえ」と返す。
『外来悪魔狩りの多くはそうなんすけど、ヴァーゼンっておっさんも悪魔にひどい目に遭わされて悪魔を殺し尽くし復讐するって考えてる人物っす。まあ疑わしきは殺せって感じっすね。会えばどうあれ騒動になるのは目に見えてるっす』
ゼクウがどうあれ、会わせたくはない人物のようだった。
『それにキャンサー家の方も妙な慌てっぷりっす。まるで臭いものに蓋をしたいような……多分っすけどあっちも確証がないんじゃないっすか』
「でも隠してる?」
風音の問いに蜘蛛がクルリンと回った。
『そうっす。まあ、ゼクウ・キャンサーは悪魔狩りを創設したキャンサー家の精神的支柱っす。ルイーズっちも敵と思えないって認めてるっすけど一種のカリスマっすよ。手出しなんてさせるかってキャンサー家が息巻くのも仕方ないっす』
「なーるほど。それで肝心のゼクウさんは?」
問題はそこであった。
『そこなんすけど、どうもいつも通りみたいっすよ。どちらかという意気込んでるのはローアっていう家長代理っす』
その名前を聞いて風音は昨日に出会ったエルフのオバチャンを思いだした。
「ああ、その人なら昨日会ったけど嫌みなオバチャンっぽかった」
『中身もその印象通りっす。まあ今はそんなところっすね』
「了解。それでこっちは何もしなくていいんだよね」
風音の問いにイリアが『ははははは』と笑って返す。
『何もしないでいられればっすけどね。あ、来たっす』
「来た? む、ルイーズさん?」
「クロマルもだね」
風音がルイーズの匂いを嗅ぎ取ったらしく鼻をヒクヒクさせ、召喚師として繋がっている弓花がクロマルの気配を感知した。そして蜘蛛が天井に上がっていく。
『そんじゃー。あんまり騒動にならんようにしてくれっすねー』
「どういうことなのさ?」
風音が尋ねるが、イリアは答えずそのまま蜘蛛は去っていった。風音が弓花に視線を送るが弓花も意味が分からず肩をすくめる。
それから数分後にルイーズがクロマルと共に部屋に戻ってきた。
「あ、ルイーズさ……ん?」
」
その顔はムスッとしていて風音が声をかけようと立ち上がった次の瞬間には弓花に視線を向けて声を上げていた。
「ユミカ。明日、キャンサー家の屋敷に行くわよ」
「え?」
開口一番の言葉に弓花が目を丸くしたが、目の前のルイーズの横ではクロマルが「へっへっへっへ」と舌を出して『やりやしたぜ姐さん』という感じの誇らしげな顔をしていた。どうやらひと騒動あったようである。